SDGs時代の商社にかかる期待と責任

朝日新聞 編集委員
北郷 美由紀

この原稿を書くにあたり、『SDGsと商社』を拝読しました。「商社とSDGsには親和性がある」との分析が紹介されていますが、この認識を早く行動に結びつけてもらえたらと願わずにはいられません。大きな本社に加えて関連会社がいくつもあり、幅広いサプライチェーンの随所に影響力を持つ。そうした商社には、社会と将来世代から期待がかかっているからです。

けれども実際は、「SDGsは捉えにくい」と思っている方が多いのではないでしょうか。広くて深い商社の業務はSDGsに多角的に貢献できるものの、焦点を定め切れていないため、長所が逆に妨げとなっているように見えます。焦点を合わせるには、SDGs時代の商社の役割を定義することです。こう言うと、「そんなことはもうやっているよ。マテリアリティだって特定している」という声が聞こえてきそうです。けれどもそれは2030年のありたい姿を広く議論し、逆算したものでしょうか。2050年の姿をその時も現役の社員を中心に描き、その途中として30年の姿を考えたものでしょうか。これをするかしないかで、将来の景色はまるで違ってきます。

こうしたプロセスを踏んで発信すれば、効果はすぐに得られます。環境・社会課題への対応と、企業統治を重視するESG投資を増やしている投資家から評価されるだけではありません。従業員には気づきとプライドがもたらされ、この会社で働きたいと願う大学生も増えるのです。

思うに問題は、商社の事業が幅広く、規模も大きいため、「ひもづけ」をするだけで立派に見えてしまうことです。社内を見渡せばSDGsに関係する実績があるなか、10年後の「ありたい姿」から逆算して新たなことを始めたり、既存の事業をSDGsの視点から補って発展させたりする必要性を感じにくいのかもしれません。けれども、他の業界では多くの企業がSDGsを契機に逆算で事業を捉え直し、新たな可能性を見いだしています。「ウサギとカメ」のイソップ物語のようにならないとは限りません。

働き方改革やジェンダー平等の推進、海や陸の生態系の保護、脱炭素……。SDGsとの相乗効果で進めていくことはたくさんあります。どれもリスク回避として必要なだけでなく、チャンスにもなるものです。紙幅が限られているので、ここではまだ浸透していない「ビジネスと人権」について取り上げたいと思います。

2011年、国連人権理事会で「ビジネスと人権に関する指導原則」が作られました。①人権侵害から保護する政府の責任、②人権を尊重する企業の責任、③救済へのアクセス、という3本柱のもと31の原則があります。企業には人権方針を策定し、デューデリジェンス(DD)と呼ばれる調査を回すことが求められています。

サプライチェーン全体でどこにどのような人権リスクがあるかを特定し、それをもとに予防策を講じ、問題が起きてしまった場合は責任を持って対応する。こうした「正しいビジネス」の要件のもと、新たな国際競争が始まっています。英国や豪州の現代奴隷法、フランスのDD法も、「指導原則」を根拠にしています。EUとドイツも義務化に向けて動いています。

商社は世界各地で原料や商材を扱っています。取引に強制労働や児童労働が関係するリスクは高く、法の執行が十分でない国もあります。その国の国内法に違反していなくても、国際基準から外れていれば少なくとも社会的な責任が問われる時代です。

海外で個社が対応するのには限界があります。業界が共同でその国のサプライヤーを監査したり、「日本の商社と取引する統一基準」を示したりすることを考えてもよいのではないでしょうか。

また、国内では米国国務省から「人身取引」と指摘される技能実習生の問題もあります。提携先や取引先に実習生がどれだけ働いているか、把握している社は少ないようです。裾野が広く大変なことはわかりますが、やらない理由にはなりません。


国連「ビジネスと人権に関する指導原則」の3本柱と企業に求められている行動

日本政府は「指導原則」を普及させる「国内行動計画」を10月に発表したところですが、残念ながら企業活動を強力にバックアップする内容にはなっていません。自助努力が必要な状況で、業界での協力はとても有効な手段です。

もう一つ有効なのは、NGOとの協力です。東京に拠点を置く国際人権NGO「ヒューマンライツ・ナウ」は2020年2月、人権対応について総合商社7社へアンケートを実施した結果を公表し、「国際水準から大きく立ち遅れている」と指摘しました。こうしたNGOを遠ざけるのではなく、対話してみてください。ネスレやユニリーバ、ダノンなど国連の会議に呼ばれる企業は、NGOからの批判をきっかけに対話を始め、「進化」しています。

「誰ひとり取り残さない」という基本理念に象徴されるように、人権はSDGsの土台です。コロナ禍によって、ESG投資では「S」の重要性が強調されていますが、真ん中には人権があります。

少し先を考えると、わかりやすいと思います。新たな学習指導要領のもと小学生は2020年から、中学生は21年からSDGsを学びます。手にする商品の作られ方を知って選ぼうとする消費者は、これから増える一方です。商社がしっかりしていないと、メーカーも消費者も人権侵害に間接的に加担してしまいかねません。

嘆きながらやるよりは、おもしろがってやる方が効果も出ます。楽しめない場合は、どうぞ社内でやりたいと言う人を見つけて下さい。特に若い世代に大勢、いるはずです。

SDGsの取材で、商社のみなさんにお世話になる日を楽しみにしています。

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