ABICのDiversity

ABIC 大学・社会人講座コーディネーター 猪狩 眞弓

日本貿易会が設立したNPO法人である国際社会貢献センター(ABIC)の創設20周年記念特別企画第3弾として、創設当初からコーディネーターとして活躍を続けてこられた猪狩眞弓氏より、ABICとの出会いから未来のダイバーシティについての思いを伺いました。

ABICと共に20年

ABICとの出会いについてお聞かせください。

私は2000年3月に三井物産を早期退職しました。当時世界中でミレニアムという言葉が飛び交っていて、希望に満ちた特別な年でした。そこで自分も何か新しいことに向かって羽ばたいてみたいと思いました。人生半ばで何かやり残したことはないかと自分に問うたとき、すぐに答えは見つかりました。大学へ行って学び直そうと思ったのです。

会社からの退職手続き書類を整理していると、「国際社会貢献センター」の会員登録を勧めるチラシがありました。日本貿易会が新しくNPO法人を設立する予定とのことで、興味を引かれて早速登録しました。ABICは会員登録すると活動案件の公募メールが届くようになるのですが、その中に女性の大学講座コーディネーターの募集がありました。現役女子学生として、何かお手伝いできることがあるかもしれないと思い、迷わず応募しました。初代ABIC理事長の池上さんに面談していただき、学業を続けながらという条件で就任しました。その後、大学、大学院との掛け持ちを8年もの間続けましたが、今日は大学、明日はABICという忙しいながらも充実した毎日でした。


ABIC 大学・社会人講座コーディネーター
猪狩 眞弓


活動された業務についてお聞かせください。


多摩大学での日本の食文化講義 登壇する猪狩氏

大学講座コーディネーターとして、大学に講師を派遣する仕事がメインです。大学から具体的な講義テーマを指定されることもあれば、講座イメージを伺ってテーマの企画から携わることもあり、さまざまなケースに対応してきました。いずれも、ABIC会員の中からふさわしい講師を探して意向を打診することから始まります。登録者の情報はシステム化されていて、膨大なデータベースになっていますので、いろいろな角度から探し出して交渉していくことになります。その後、大学との契約など事務作業があり、日々の講座運営業務へという流れです。

講師に対する講義資料作成のアドバイスも行ってきました。年に1度となりますが、新たに大学での講義に挑戦したいという会員の方向けに、「大学講師勉強会」を大学講座コーディネーター4人全員で取り組んで開催しています。内容は、最新の大学事情やトピックス、出講に当たっての注意点、講義資料作成の方法論、教育に関する著作権法についてなどです。さらに、英語による講義法について、プロの先生による講習会も実施しています。活動を希望する会員の方向けの啓発プログラムであり、派遣している講師の層を厚くすることにも役立っています。この勉強会に関しては2007年から13年続けていて、もちろん第1回から関わっています。講義の質をより高いものにしていきたいというのが最初のきっかけでした。今の大学がどのような講義をしていて、どのような学生なのかをリアルなエピソードを交えて情報共有し、これらの知識を事前に身に付けた上で登壇いただいてきました。

私自身も、コーディネーター業務の傍ら、出講経験を積んできました。自身の研究テーマであるNPO論を、2005年からの宇都宮大学大学院を皮切りに、創価大学、麗澤大学でも講義しました。また、一橋大学大学院ではプレゼンテーション技法(アカデミックプレゼンテーション)を担当、さらに2013年から2016年にかけては多摩大学で日本の食文化を講義しました。大学講座に首尾一貫して関わることができたのは私の喜びです。

商社での経験がコーディネーターの仕事に役立ったことはありますか。

私はずっと食料部門に在籍していましたが、後半は食料総括部IT推進室というところで、メーカーと卸の間のネットワーク構築の営業を担当していました。実際の業務は日本全国を出張して顧客とコミュニケーショを図りながら、ネットワークを拡大していくことでした。ここで培ったコミュニケーション力がABICのコーディネーターの業務に非常に生きたと思います。大学講座担当であれば、大学側の教授や教務課等の職員の方々、そして講師候補のABIC会員の方々の間をコーディネートするには、コミュニケーション能力が必要です。加えて業務で培ったITリテラシーを駆使して、ABIC内での管理業務や講師に対するIT活用の指導などにも役立ててきました。担当教授やABIC講師の皆さんとの飲み会やゴルフが楽しめたのも、実践で培ってきたコミュニケーション力のたまものかなと思います(笑)。

社会人大学生として学んだことはABICでどのように生かされましたか。

入会動機でもあった、「現役」大学生としてお役に立ちたいという思いは至る所で発揮できたと思っています。まずは、子供のような年代の学生と共に学んだわけですから、その生活形態、受講態度を知ることができました。また、社会人の目線でたくさんの教員の講義方法や学生との接し方を観察してきました。ゼミ形式や集中講義の方法、ゲスト講師の招しょう聘へい方法などの実体験は、ABICの大学講座コーディネーターとして大変役に立ちました。学生としては大学院で論文を書く際に、書き方の作法や出典など著作権法の表記の仕方を学びました。私の役目は社会人大学生として感じたことや学んだことをABICで登壇する方々に伝えることでもあったと思います。

猪狩さんにとって学び続けることの意義は何でしょうか。

そもそもリカレント教育という言葉は古くから存在していて、当時は主に女性たちが結婚、子育てを理由に社会から家庭に入り、一定期間過ごした後に再度社会復帰するための支援ツールとして捉えられていたように思います。ところが、昨今のリカレントには、仕事を続けながら常に自分磨きをするために学ぶという意味も加わってきました。社会人大学生は私以外にも何人かいたのですが、皆授業が始まる前に来て、一番前に席を取って、先生の話を一言たりとも聞き逃すまいとして、授業に臨むのです。若い学生は後ろの方に座って、おしゃべりや内職をしている人もいて、本当にもったいないと思いました。知らないことを知る面白さが私を学びへと駆り立てていたのですが、それは社会に出たからこそ分かることなのかもしれません。

業務にかかわらず、いろいろなことに興味を持って学ぶことが、多様性につながっていくことになるのではないでしょうか。企業にとっても、引き出しのたくさんある人間の魅力はまさに人財といえると思います。学ぶ本人にとっても、楽しいはずであり、無駄な学びというのはありません。

猪狩さんにとってABICとは何ですか。

ずばり「誇り」であり「宝物」です。商社ごとに社風は違っても、業界としての文化というのは共通しているものがたくさんあるわけですね。職場として考えたときは歴代の理事長、事務局長、そして多くのコーディネーターの方々に公私にわたって大変良くしていただき、居心地の良い楽しい職場でした。そして、業務を通じて知り合った会員の方々とのコミュニケーションの世界は魅力的で、広がりのあるものでした。それらは文字通り「国際社会貢献」をしたいという、高い志を持った人々の集まりだからなのだと思います。素晴らしいコミュニティーです。元々教養と実績を積み、日本社会に貢献してきた方々は、個性は違っても同質のような気がします。その心を持った人々のコミュニティーは「誇り」であり、その人々との出会いは私にとっての「宝物」なのです。

ABICの女性活躍

女性が社会で働くことについてどのような変化を感じますか。

私のような団塊の世代の女性たちの多くが専業主婦であり、自身の社会活動実績は少なかったと思います。商社でも、昔は結婚したら退職するのが当たり前の時代がありました。

男女雇用機会均等法、そして改正法の施行を経て、次の世代は総合職でありながら家事も育児もこなす女性たちが育っています。近年に至っては、人口減少に伴って女性活躍がキーとなると考えられ、ダイバーシティという言葉が注目されています。しかし、商社で管理職の女性の割合を見ても、稀けう有なことが分かると思います。なぜ女性を管理職になかなか置けないかというと、相対する社会の体制が男性を求めているからなのですね。業界によって事情は異なりますが、概して日本社会全体が完全に平等にはなっていないということなのです。社会全体が完全に女性の社会進出を受け入れるまでにはもう少し時間がかかると考えています。それでも、最近の商社の女性の中には子供を連れて海外に赴任し、男性と伍ご して仕事をする人がたくさんいると聞いています。語学力はもちろん、海外勤務経験もある優秀な女性がたくさんいます。この世代がまさに定年を迎える時代がやって来つつあります。この女性たちが次の人生をどのように送ろうとするのか、大いに期待したいところです。


ABICの活動会員数推移(各年3月末)


ABICで女性はどのように活躍していますか。

ABIC設立当初から事務局長代理を務め、4代の事務局長のもとで縁の下の力持ちとして支えていたのは、貿易会から出向されていた女性でした。事務処理をはじめ、女性目線でのきめ細かいコーディネーターや会員への対応など、ABICの発展に尽力されていました。しかし、ABICの女性会員について見てみると、2020年8月末現在で188人、全体の6.3%にすぎません。さらにそのうちの商社出身者は32人、17%です。2004年第9号の「ABIC Information Letter」に私が初めて寄稿した文章が残っています。私立の高等学校から、女性講師によるキャリア形成についての講義を要請され、コーディネーターであった私に声が掛かりました。当時初登壇ということもあって、大変充実感の得られた活動でしたが、その際の感想として、「もっともっとABICに女性会員が加入して欲しい」という締めくくりでした。20年たっても増えていないということですね。

ABICでの女性の活動については、男性会員の配偶者などが多いように思います。家族帯同の海外生活の経験をした女性は語学力も身に付き、留学生支援活動などができています。近年、大学では就職活動に向けたキャリア支援講座を実施するところが多く、女子学生向けには特に女性講師の要請が来ることがあります。貿易会の女性にも協力いただいて、ワークライフバランスの講義を毎年行っています。また、通常講座であっても、オムニバスで提供する講座(複数の講師で一つの講座を受け持つ形式)の場合、ジェンダーバランスに配慮して女性講師も入れてほしいという要望を受けることがあります。女性登録者が少ない中で、会員以外の現役の方に登壇していただくこともありました。

ABICにとってのダイバーシティとはどのようなものでしょうか。

なかなか難しい質問だと思います。ダイバーシティという言葉はすごく厚みのある言葉で、これに関して一つの答えが出るわけではないと思います。ただ、事実として20年という長い歳月の間、最大時25-26人いたコーディネーターで、女性は私以外一人もいませんでした。ABICにとってのダイバーシティとは女性会員と女性コーディネーターを増やすことによって、既存の分野であってもその質を深めることだと思います。私自身コーディネーターとして、前例のないことでも実現するために柔らかく考えて、できるだけ引き受けるように努めてきました。なぜ今ダイバーシティが重要なのかというと、この女性ならではの柔軟で粘り強い視点が、仕事においても社会生活においても新しい展開を生むことができると分かったからではないでしょうか。例えば、このコロナ禍でもマスクやフェイスシールドなど、女性の発想が光りますよね。それはきっと社会貢献の在り方においても、同じだと思います。さらに多くの女性たちの知恵を結集させて未来のABICを盛り上げていくべきです。

ABICの未来 これから活躍される皆さんへのメッセージ

女性会員を増やすために必要なことは何だと思いますか。

これまで大学講座で活動していただいた女性会員は、ABICのウェブサイトを見て加入された方もいますが、私自身が加入を勧誘した方が多いのです。まずは、地道な口コミが一番だと思います。男性会員に同僚あるいは部下だった女性たちを勧誘してもらうのはどうでしょう。

貿易会の会員会社に協力していただき、現役時代に会員登録を促すことも良いと思います。活動をするかしないかは別として、会員になればInformation Letterやメールで情報が取得できます。

また、先ほどお話しした通り、男性会員の配偶者には大変有能な方が多いように見受けられます。入会時に配偶者の情報を書く欄があり、これを頼りにコンタクトするケースもあります。ついでに書かれた配偶者情報ではなく、配偶者の方にも正式に会員登録をしていただき、その能力をデータベースに追加するべきだと思います。ケースは少ないですが、ご夫婦で登録していただいている方もいらっしゃるのですよ。

これからABICに入会される女性はどのような分野で活躍できると思われますか。
また、チャレンジすべき活動はありますか。

私は大学講座のコーディネーターですので、まずは大学の講師として活躍いただきたいと思います。会員の持つバックグラウンドが多種多様であることがABICの財産だと思っていますので、テーマはそれぞれ当てはまるものがあると思います。

新しい分野ということでは、語学が堪能な女性の方は、オリパラをはじめ、各種イベント開催時に来日する女性外国人のサポートが良いかもしれません。留学生支援活動もお台場の国際交流館で実施されていますが、各大学で留学生の生活支援等を行う国際交流センター組織などと連携できれば、ABICの中でグループをつくって留学生支援のお手伝いができるのではないでしょうか。

また、女性目線での活動を検証するために女性会員のプロジェクトチームをつくって、チャレンジすべき活動そのものを考えていただいたら、思いもかけない活動が生まれるかもしれません。

これから入会され、活躍される女性の皆さまへのメッセージをお願いします。

これまで培ってきた能力、経験を生かして社会貢献する、社会貢献できる場がABICという組織です。そこには女性ならではの需要が必ずあります。

私自身、ABICで活動することの魅力は社会参加による、人との出会いに尽きると思っています。別々の商社で勤め上げ、社風はそれぞれ異なるけれども、同じ商社パーソンとしての空気を吸ってきた人たちがいるABICには商社ならではの共通点が幾つもあります。自分の会社を卒業してもその文化の中にいられるという居心地の良さを、ABIC創設以来この20年、感じながらやってきました。

退職後、趣味や旅行を楽しむ生活だけでなく、ABICに入会して活動すれば、社会とつながって、人々と新たに出会い、やりがいを感じることができるのです。ぜひ女性の皆さんに参加していただきたいと願っています。

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