豊洲で感じる「育てる」 水産の現状と未来

中央魚類株式会社
鮮魚部 次長
山口 稔秋

豊洲市場で養殖サーモンのグローバル取引から国内の水産養殖まで幅広く携わる中央魚類株式会社の山口さんに「育てる」水産について伺いました。

1.育てることで品質・供給安定 水産養殖の魅力

養殖物のいいところはやはり安定して出荷できることです。注文に応じて出荷可能で価格が大きく上下することはあまりありません。量販店やスーパーの魚はマグロも含めて養殖物が中心です。マグロも実は流通できるだけの量が養殖で捕れているのです。むしろ供給過剰のため、値段が落ちることもある。

自然災害にも強いといえます。台風が来ると天然物は漁自体ができなくなってしまう。海難事故になりかねない。養殖ではそういうリスクが少なく、台風が来る前に捕ってしまうということも可能です。

加えて養殖魚は品質をコントロールしやすい。特に、陸上養殖完全循環型であれば餌、温度なども自由に調整できます。フグの場合、人工餌にすることで無毒化できます。ヒラメは海上のいけすで育ててしまうと、泳ぐ際に腹に日光が当たって日焼けしてしまう。ヒラメはお腹が白くないと価値が低いので陸上養殖が有利です。

サーモンも水温が20度を超えると死んでしまうので、日本では北海道の一部を除き、夏を越えることができません。アニサキスなどの虫は餌から魚に入るので、養殖魚であれば人工の餌によって予防できる。海外ではおすしというとマグロよりもサーモンが出てきます。おすしでサーモンを豊富に提供できるのも養殖で安定して供給できるからなんです。

2.一筋縄ではいかない「育てる」プロセス

いいものを作るには餌や環境を整えることも重要です。食べた餌が身になる割合は魚種によって異なり、サーモンは1kgの餌で900g、鯛で3kgの餌で1kg、ブリだと7kgの餌で1kg、マグロに至っては15-18kgもの餌をやらないと1kgも身につかない。マグロはずっと泳いでいないといけない魚なのでエネルギーを消費するためです。その上うろこがないためちょっとした傷が全体に広がって病気になり死につながってしまう。おまけに前にしか行かないので衝突して死亡することが多い。

出荷するためには育てる年月もかかります。マグロは出荷するために小さくても40-50kgくらいは必要なので育てるのに2-3年かかります。水温によるところもあり奄美で養殖するのと壱岐対馬で養殖するのでは、出荷に1年くらいズレが出ます。天然の大きなマグロが成長するのに5年以上かかることを考えると養殖の方が成長は早いですね。

自然災害への対応にも苦労はあります。ブリの生産地は主に愛媛や鹿児島なのですが、今までは必ず台風が通るルートになっていた。台風が来るとなれば波が高くなり、いけすが損傷し魚が逃げ出したり、魚自体が駄目になったりする。最近は台風が来るときだけいけすを10mほど海面から沈めるなど、被害に遭わない工夫もしています。赤潮が発生して魚が死ぬこともあり、心配は尽きないですね。

養殖魚の供給量は1年当たり大まかに何千何万匹というのは分かるのですが、生き物なので単純なものではなく、養殖業者も複数いるため、結果実際の出荷数は予想よりも増減が見られます。需要と供給が微妙に合わないこともある。

3.養殖魚対天然魚 どちらが人気?

いい天然物と比べると養殖魚はやはり劣るイメージはあります。用途によって求める品質は分かれますので、どちらがいいという話ではないです。

いろんな人が豊洲には買いに来ます。スーパーのバイヤー、鮮魚専門店、量販店、さまざまな価格帯のすし屋、ホテル関係など用途はそれぞれ異なります。昔は天然物が確かに多かったけれど、仲買さん(仲卸業者のこと)の持っているお客さんによってそろえ方は変わっています。今のところ仲卸業者で養殖しかそろえていないという店はないですね。

チェーン店などは価格の安定にこだわりますので養殖が人気ですが、料亭や高級すし店などはほぼ天然です。一人1万5,000円、2万円と料金設定しているところは基本的に天然物のみ。飲食店の店主の目利きと仲買さんとの信頼関係で良い物を仕入れていきます。

養殖のマグロは天然物と比べて脂が多めです。赤身はスーパーでも天然物が売られていることが多いですが、中トロに関しては養殖魚が多い。養殖魚と天然魚は味も見た目も違います。養殖の方が天然に比べて身の色が鮮やかできれいなので、すごくおいしそうに見えるんです。消費者も養殖魚の味に慣れている印象があります。

サーモンについては天然物は季節限定の白鮭くらいで、年間通じては流通していない状況です。養殖の脂の乗ったサーモンのファンもおり、特に天然国内産に人気が集まるとは感じません。ただ、春から夏にかけて捕れる天然のサーモン(春鮭鱒)は脂が乗っており、キロ2,500円以上する高級魚として扱われます。


養殖マダイのいけすでの捕獲の様子


4.流通する養殖魚と取り巻く現状

日本食が世界中に広まり、海外でも生魚の需要が出てきたため、日本が買い負ける例も出てきています。ブリなどの生産者は輸出用に取り分けて生産しているので、国内用の養殖魚が輸出に回されることはまだないです。しかし、国内の魚の需要がここ数年落ちてきていると感じます。原因は人口減少と魚離れのダブルパンチです。あと、今はお肉が安いですよね。昔は「今日はお肉だ」と家族で喜ぶ風景があったと思います。でも最近は「今日はおすしだ」となっている。魚を食べる頻度が減っている証拠です。生産原価を比べると肉の方が安いと思います。ブロイラーでは2ヵ月程度で出荷できるし、豚も6ヵ月。牛は2-3年。家畜は穀物を食べますので餌の原価も安くなります。海外の豚や鳥は大量に生産しているのでさらに値段が下がります。生魚は航空便での輸送が必須ですが、お肉は船便での輸送時間を熟成期間にすることができる。

航空運賃を逆手に取って日本で陸上養殖のサーモンが出てきている面もあると思います。サーモンを海外から生で輸送すると航空運賃がすごくかかります。国内で陸上養殖をすると人件費や電気代などでそれなりにコストは高くなりますが、ノルウェー産の航空運賃もコストに含むと国内産とノルウェー産では結果コストは同じくらいになるのではないでしょうか。

日本の水産物の特徴として世界で認められる魚介類の「日本クオリティー」があります。日本で使われている魚となると海外で箔はくが付くのです。例えば、豪州原産の淡水魚マレーコッド。この魚を日本で販売してほしいと言われたんです。なぜかと聞くと、日本で流通しているとなると海外でも人気が出るからだと。驚きましたね。日本で販売する際にも和名はあえて付けず、マレーコッドの名前でそのままお店で出ています。お客さんはこの魚はなんだろうとむしろ手を伸ばしてくれるようです。


サーモンのいけすへの給餌の様子


5.水産の未来をつくる養殖魚

水産養殖は水産業の中で、一番未来があると考えています。自然保護の観点で天然物が取りづらい世の中になっているわけですが、環境に配慮していけばどんどん養殖は盛んになっていく。人工ふ化ができれば、天然魚の個体数に影響は出なくなります。

ただ、水産養殖業は資本がいるのです。マグロを例にとると年間何億円とエサ代に費やさないといけない。手塩にかけて育てたのに、出荷してみたらその時の相場に合わないということもある。ばくちのような部分があるのです。それでもマグロの養殖には魅力があるわけですが、資本がないとやはりできない。

今、国内外問わず水産養殖業には商社の資本がかなりの金額で複数入ってきています。また、水産養殖業の活性化に向けて規制緩和が進み、民間企業の参入が始まっています。また水産養殖業を取り巻く現状は変わっていくでしょう。商社にはこれからも新しい動きに敏感に付いていってほしいですね。

豊洲で感じる「育てる」 水産の現状と未来 誌面のダウンロードはこちら