最新のテロ情勢を踏まえた 海外安全対策について ~日本貿易会 第4回海外安全対策セミナーより

外務省領事局邦人テロ対策室長 兼
経済局日本企業海外安全対策特別専門官
小野 健

2019年11月5日に当会主催で海外安全対策セミナーを開催した。外務省の小野氏より昨今の海外テロ情勢と外務省の取り組みについて伺い、その後海外安全対策WG座長である豊田通商の山下氏をモデレータに、パネルディスカッション形式で三菱商事の飯田氏、住友商事の岡田氏、三井物産の色川氏から各社の出張管理と準備、安否確認等の事例をお話しいただいた。セミナーのポイントをまとめ、ご紹介する。
※本内容は海外安全対策セミナーが行われた2019年11月5日現在のものである。

講演「海外での安全確保~昨今の海外テロ情勢と外務省の最近の取り組み」より

昨今の海外テロ情勢(四つのトレンド)

(1)死者数は引き続き高い

テロによる死者数をまとめたグラフをご参照いただきたい(資料1)。2011年以降急激に死者数が増加していることが分かる。2011年は全ての駐留イラク米軍部隊が撤収した年。その後、ISILがイラクからシリアに支配地域を広げたことを契機にテロが増加した。2014年も重要な年である。ナイジェリア(ボコハラムの台頭)、アフガニスタンでテロが増加しているが、欧州などでもテロが起こるようになった。ISILの旧指導者バグダディが「カリフ国家」の建国を宣言したのが2014年。その1年前の2013年には、テロによる死者の80%以上をパキスタン、ナイジェリア、アフガニスタン、シリア、イラクの5 ヵ国での被害者が占めるとの報道もある。以降はテロは減少に転じたものの、2017年もテロ犠牲者は約1万9,000人と引き続き高い水準にある。この間、イラク、アフガニスタン、ナイジェリア、欧米以外でのテロ数はさほど減少しておらず、2017年には世界のテロの約半数を占めている。その他の国というのは東南アジア、南アジアを含んでおり、世界にテロが散らばっていることを表している。テロが多いと思われがちな地域以外でもテロが相当数起こっていることをよく念頭に置いていただきたい。


資料1


(2)東南アジアがターゲットに

資料2を見ていただくと東南アジア全体でテロが起きていることが分かる。なぜ東南アジアが狙われるのか。東南アジアにはISILの「東アジア州」(フィリピン南部やインドネシアなど)とされる地域がある。ISILは全体では活動地域を縮小させる一方、「東アジア州」への「ヒジュラ(移住)」を奨励し、各地でのテロ実行を呼び掛けている。東南アジアにおける帰還外国人戦闘員の数は2018年時点ですでにインドネシアに86人、マレーシアに11人いるとのデータがある。また、ロレンザーナ・フィリピン国防相が少なくとも100人の外国人メンバーがすでにフィリピンに潜入し、南部を中心に活動していると述べたとの報道もあり、複数のテロ集団がISIL「東アジア州」の下に結集しているともいわれている。その結果、フィリピンでは自動車爆弾テロ、インドネシアでは「家族テロ」などが起こっている。

今後の見方については現地当局の能力が向上し、ISILの活動が低下するという見方と、むしろISILの活動が活発化するとの見方があるが、あまり楽観視しない方がよいだろう。


資料2


(3)日本人がターゲットとなるケースも起きている

資料3に海外で被害に遭った日本人の数の推移をまとめた。コンスタントに日本人の方が亡くなっているのが分かる。ISILは、「対ISIL有志連合」を「十字軍連合」と位置付け、わが国をその一員と名指ししている。過去には、日本を含む60以上の国や機関などを列挙した上でインドネシア、マレーシア、ボスニア・ヘルツェゴビナにある日本の在外公館に対し攻撃を行うよう呼び掛けたように、日本人が狙われていることは明白(資料4)。また、大規模イベントはISILにとって格好の標的になり得る。実際ISILは、犠牲者を最大化するための凶器として、トラックなどの車両を使用し野外の大規模イベントなどを標的とするよう呼び掛けている。日本では、2020年に東京オリンピック・パラリンピック競技大会が予定され、世界中で日本への関心が高まっている。そのためわが国のみならず、在外の日本人も注意が必要になっている。


資料3


資料4


(4)テロの形態が多様化している


最近ではテロ組織に属さない新しいテロリストが生まれている。「ホームグロウン」と「ローンウルフ」の二つである(資料5)。ホームグロウンは国内で生まれ育った者が国外の過激派組織の主義主張に共鳴し自国内で起こすテロのことである。米国のボストン・マラソン爆弾テロやオーランドのナイトクラブ襲撃テロがそれに当たる。ナイトクラブ襲撃テロの犯人はニューヨーク生まれの米国育ちでテロ組織とは直接接触を図る機会はなかったが、インターネットなどの影響を受けテロ組織の思想に共鳴した結果犯行に及んだといわれている。ローンウルフはテロ組織との直接的な関わりがない個人(一匹おおかみ)による自発的なテロである。仏ニース車両突入テロがそれに当たる。

また、家族単位でのテロも起こっている(資料6)。この形態はいままで全くなかったものであり、非常に衝撃的なテロである。特徴の一つは一家全員が連続したテロ事件を分担して起こしていること。もう一つの特徴は教会や警察の検問所を狙うなど政府にとってダメージの大きい施設を標的にしたこと。この事件から警察の検問所には近づかないなどの教訓を引き出すことができよう。このように国際的なテロの傾向を知ることは私たちの身を守るために非常に重要なのである。


資料5


資料6


ISILの動向について


ISILについては、先日指導者バグダディが殺害されたが、その後の事実関係をフォローすることで今後の動向の参考になる部分がある。例えば、バグダディの死後すぐに後継者が指名され、11月1日にはバグダディの助言を実行せよとする声明が出された。その後、同日にアフリカのマリ(ISILでいえば「西アフリカ州」)で軍の駐屯地が襲撃され、2日にはエジプト(ISILでいえば「シナイ州」)で後継者に忠誠を誓う声明が出された。

サイバー攻撃に関する備え

サイバー攻撃の様態は、深刻化・巧妙化している。また、IoTの普及に伴い、IoT機器を狙った攻撃も急増している。犯罪者は組織の弱いところを狙ってくるため、対策が手薄になりがちな中堅・中小企業が被害に遭うリスクが高い。また、海外子会社等は会社組織の中心から目が届きづらいためサイバー攻撃の格好の標的になり得る。海外子会社等から本社の情報漏えいの可能性もあるため、事業拡大に合わせてサイバーセキュリティの範囲拡大も必要になっている。

パネルディスカッション

パネルディスカッションでは、パネリスト3人の取り組みや経験などが披露された。
概要は以下の通り。


パネリスト
三菱商事株式会社
総務部危機管理室長
飯田 剛司氏


パネリスト
住友商事株式会社
災害・安全対策推進部安全対策担当
岡田 法久氏


パネリスト
三井物産株式会社
人事総務部安全対策室長
色川 暁郎氏


モデレータ
日本貿易会海外安全対策WG座長
豊田通商株式会社 ERM・危機管理・BCM推進部 部長
山下 昌宏氏


危険レベルが高い国への渡航について


危険レベルに合わせた階層分け

危険レベルに合わせて国ごとに自社内で階層分けを行っている。渡航禁止レベル、社内全体の承認が必要なレベル、現地の拠点と相談レベル、安全対策室との相談レベルなど。その階層分けを現地の情報を確認しながら適宜見直すことも重要。更新が追い付かないと危険レベルの指針が形骸化して、出張者が社内での情報共有を重視しなくなってしまう。また、同じ国の中でも地域によって、報告レベルを分けている。同じ国の中でもメリハリをつけることで、危険なエリアに対する出張者の意識も高まる。

階層分けの基準

危険レベルの階層分けについては、テロをする者の意図、戦闘能力、その国の治安維持能力、この3点を掛け算して判断する必要がある。特定のエリアで事件件数が増えている場合、テロではなかったとしても治安維持能力に問題があると考えることもできる。単発のテロだから大丈夫という意識ではなくこの3点を踏まえて広い視野で判断してほしい。

高リスク国への渡航詳細検討

渡航禁止エリアなどのリスクの高い国へ出張が必要な時は事前協議を行う。訪問する日程、特別懸念するイベント、訪問先、宿泊先、移動ルート、移動手段のセキュリティ。現地の民間セキュリティ会社にこれら全てを出してかなり細かいところまで確認し、判断材料にしている。危険なエリアを担当する現地店ではセキュリティチームを常に置いて移動する際のプロトコルを決めている。渡航スケジュールによっては夜のフライトは避けるなどの指示をすることもある。何かあった際には連絡も取りやすくなるため、渡航した際に大使館、在外公館を訪問していただくのもよい。

土地勘のある現地スタッフへの対応

外国籍の現地スタッフで慣れているからと危険レベル3、4のエリアに簡単に渡航計画を立てる者がいるが、本当に危険なところはどこの国の渡航情報でもアラートは同じレベルである。その事実を伝え、本当に必要な出張かを精査している。安全対策に関する基準はナショナルスタッフかグローバルスタッフかという違いで差はなく、会社の業務目的で行く場合には会社の責任になる。

女性の渡航について

性別によって渡航の基準を分けているわけではないが、国によっては特別な対策が必要なので個別に対応している。

社内の渡航者の注意をどう引くか

情報周知の工夫

イントラネットで注意情報を出しても結局読まれないことが多い。情報を周知するための工夫の一つとして海外出張が多い人のメーリングリストを作成している。プッシュ型ツールで特定の国への出張者に一斉にメールするシステムも活用している。また、情報をプッシュ型で送信しつつ、最近発生している事例を一対一で直接アナウンスしている。安全対策室との相談レベルのエリアへの渡航では、出張者から現地情報の連絡が来る仕組みをつくっている。連絡が来た時点で具体的な事例を交えて、情報を提供できるよう準備をしている。

目を引く海外安全対策ツール活用

外務省の海外安全のホームページでも渡航者の興味を引くため、視覚に訴えるデザインを取り入れている。よしもとの芸人を起用したり、海外安全対策の冊子をゴルゴ13を主人公に漫画化し注目を集めている。渡航者の興味を引くアピールを各社でも検討していただきたい。

出張に慣れた社員への対応

商社ならではの悩みとして出張慣れしている関係者への注意喚起がある。非常に難しい課題である。やはり、自社の人間が巻き込まれた事例を挙げるのは効果的。同僚や先輩がやられたというと身が引き締まる。定期的に安全週報をイントラに上げるようにしているが、そこでもなるべく具体的に描くようにしている。

具体性に裏付けられた危機意識

テロ被害に遭わない留意事項、ラマダンなどの宗教行事の日程、宗教的にテロが起こりやすい地域での留意点をかなりの頻度で社内通知している。文章だけだとイメージがつきづらいので、強盗に遭った場合に家のドアをこじ開けられた写真を見せるなど視覚に訴えて、恐怖を感じてもらうことで注意喚起をすることも良い対策である。外務省に地域を相談すると、具体的な事例も紹介してもらえることもある。ぜひご相談いただきたい。

出張管理、海外拠点との連携について

本社での出張者情報把握の徹底

出張者に関しては本社機能で大切なことはとにかく出張者情報を把握してとりまとめをしておくこと。欧州諸国や米国、カナダなどの渡航危険レベルの低い国は渡航者が現地店に連絡をしないことが多い。必ず事前に現地店に連絡するルール決めをしている。連絡するルールが守れていない場合には本社でそのようなことがあったと周知し、事前連絡を徹底させるようにしている。

拠点がない国への渡航

拠点がない国への出張は最寄りの拠点がカバーすると決めているが、拠点がないと手が届きにくいのでその場合は持参する携帯電話番号、滞在ホテル、フライトをより詳しく聞くようにしている。

渡航先での行動把握

出張の行程だけを申請してもらうと途中で変更がある場合は拾えないことがあるため、航空券のデータを拾ってきて渡航者の出張経路を把握する方法もある。国内の旅行代理店は一つに集約し、世界各国の旅行代理店に依頼し、出張管理システムにパスするように連携している。現地の旅行代理店の善意の話にもなるので、本社でもモニターして報告をお願いするようにし、なるべく航空券のデータが集められるように働き掛けている。

安否確認について

安否確認報告の工夫

安否確認について、時間がかかる場合は集計の途中で中間報告することが重要。どこの誰まで安否確認ができていて、安否確認ができていないのは誰か、細かく進捗を把握し報告している。

経営幹部への報告

何か起こるたびに安否確認は必ず行い、経営幹部に報告する体制を確立すれば、出張者本人たちの安全意識も高まってくる。ビジネス規模が大きく駐在者や出張者が多い国については国ごとに安否確認システムを入れている。

現地拠点の役割

何かあった場合、現地拠点の責任として、域内にいる駐在者、その家族、ナショナルスタッフとその家族、事業会社に対して安否確認を行うようにしている。

帯同家族の役割・保護

帯同家族へのアテンションも重要。安否確認もさることながら、家族から社員本人の安否確認をしてもらう、もしくは家族に虚偽の情報を流すなど混乱させる人間も出てくるため、そのような事態から家族を保護することも必要。連絡先等を把握し常に連絡が取れる仕組みづくりをしている。

安否確認システム

社内での出張管理システムから安否確認システムにデータが飛ぶように業者のシステムを導入している。GPSを使用した安否確認システムはプライバシーの問題もあり、渡航者の判断でスイッチをオフにできるため採用していない。

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