シンポジウムを終えて ―「等身大の日本」を発信することの重要性―

ノンフィクション作家
青樹 明子

1.シンポジウムの成果は「若者との対話」

今回モデレーターを務めたシンポジウムでの大きな成果は「中国の若者との対話」だと考えています。

現代中国において、若者とのコミュニケーションは何よりも重要で、今後の日中関係のキーと言っても過言ではありません。中国における現在の50-60代は、1960-70年代の文化大革命の影響で、高等教育の機会が十分には与えられませんでした。一方、改革開放によって若い世代には教育の機会や活躍の場が与えられるようになり、若い人材が中国ビジネスの中核を担うようになっています。こういった歴史・背景から、若者を対象にした対話は両国関係の発展に不可欠だと思います。

今回のシンポジウムでは、北京外国語大学のご協力もあり、同大学生が参加者の中心でした。集まった学生の多くが日本語を勉強し、日本に親しみを持ってくれていました。

日本語学習者が多数を占める中で、専攻は日本語ではなく、金融だという男子学生がおりました。彼は独学で日本語を学習しているのだそうです。日本語は外国人には難しいとされている語学です。いったいどんな方法で独学しているのか興味を持ち、尋ねてみました。すると、「ドラマで勉強している」とのことです。

ここまではよく聞く話ですが、彼は「日本のドラマは、出演者が『かっこよくない』から好き」だと言います。最初は意味が分からなかったのですが、どうもこういうことのようです。

「中国のドラマは、出演者が美男美女ばかり。スーパースターが描かれている。しかし日本のドラマは違う。等身大のキャラクターが描かれている。中国のドラマは見終わってから、自分との落差を感じるばかりだが、日本のドラマはものすごく身近なので、親しみを持つし、励まされる思いだ…」

等身大を発信する重要性を再確認しました。

2.「等身大の日本」の発信はビジネスにも重要

「等身大の日本を知ってほしい」。私はこの思いを持って中国の高校生・大学生に向けて、等身大の日本を伝えてまいりました。中国国際放送局(通称北京放送)、北京ラジオ、広東ラジオで、クールジャパンを紹介するラジオ番組のプロデューサー兼パーソナリティーを務めましたが、日中間のコミュニケーション不足は日々痛感しております。

特に中国の対日理解の重要性は、文化レベルにとどまりません。今やビジネスのレベルでその重要性を捉える必要があります。ラジオパーソナリティーを務めていた頃、リスナーから「日系企業はよく理解できない」という声をたくさんいただきました。彼らは「残業が多く、薄給、重役ポストの外国人比率が低い、仕事も面白くない」という一面的なイメージを日系企業に持っていました。トータルにみれば福利厚生や長期雇用の面で、日系企業で働くメリットを感じている中国人も多いはずですが、そういった良い面は浸透していない。これでは、日系企業にいい人材がなかなか来ないことは容易に考えられます。

今や、世界の企業が中国に進出している中、「等身大の企業像」「魅力ある職場」をアピールする点で日本は後れを取っています。一因には、日系企業と中国の若者が対話する機会が少ないことにあるでしょう。諸外国の企業は、積極的にアプローチをしています。今回のシンポジウムでは、交流会を含めて日本に親しみを持つ学生を中心に対話し大きな成果を上げました。次は、日本語専攻者以外にも枠を広げる、あるいは学生という枠を超えたオーディエンスに対するシンポジウムとしてはいかがでしょうか。

3.これからの両国の関係が温かなものになるように

昨今の調査では、在日本中国人は 73万人を超えました。1)この数は両国の交流史上最大だと思います。近い将来、100万人にも到達するのではないでしょうか。これだけ身近な存在になっているのに、日本側も中国を十分に理解できていないと感じています。改革開放直後、中国と日本は非常に親密な関係を築いていました。1970- 80年代には中国人の対日好感度は高かったと記憶しています。当時は、高倉健さんが中国のあらゆる層から愛されていたのも印象的ですね。なぜ、このような温かな関係が続かなかったのか。われわれがうまくバトンをつなぐことができなかったのか。もしそうなら、次世代にうまくバトンをつなぐことを、われわれの世代で考える必要があります。

私自身の経験ですが、日本に親しみを持っている中国人は、政治的な緊張が高まった時も変わらず接してくれました。「等身大の日本」を認識していたからこそ、デモが起きても参加せず、平和を愛する日本人の存在を信じてくれました。

中国における対日好感度は年々改善しています。また 2018年は日中平和友好条約締結から 40年を記念して、二国でのシンポジウムが多く開催されています。米中関係に陰りがでて日本に目が向いていることも、無視できません。せっかく見えた中日交流の明るい兆しを将来につなげるべく、政治・経済、さまざまな分野で協力が進められること、そして両国の関係が一層親密なものになることを願っています。

1)法務省「在留外国人統計(旧登録外国人統計)」(2017年12月末時点)

シンポジウムを終えて ―「等身大の日本」を発信することの重要性― 誌面のダウンロードはこちら