地方創生と商社への期待

日本総合研究所
主席研究員
藻谷 浩介

地方創生とは何か。一言で言えば、「地域内経済循環の拡大」によって、その地域で生活を営める人を増やし、人口減少を食い止めることである。

地方創生の取り組みは、サッカーの試合のようなものだと思ってほしい。サッカーにおいて、自軍に来たボールをいかにうまくチームメートの間で回してシュートチャンスをつくるかが重要であるように、地方創生においては、外から稼いできたお金をいかにうまく地域住民や企業の間で回していくかが重要である。せっかく来たパスを考えもなしに目の前の敵に渡しているようでは、シュートチャンスは生まれようがない。同じように、せっかく稼いできたお金を考えもなしに地域の外に戻しているようでは、人口減少は食い止めようがないのである。

そのような地域内経済循環の拡大に有用なのは、①地消地産、あるいは②地域内における決裁権限の数の増加だ。①の地消地産とは耳慣れない言葉で、地産地消(地元の特産品を外に売るだけでなく地元でも使おうという考え方)と間違われるのが常だが、「地」元での「消」費には極力「地」元「産」の品を充てよう、という考え方である。②の決裁権限の増加とは、本社機能の集中する首都圏で顕著に起きている現象で、そこに企業の営業部隊やコンサル部隊、IT部隊などの各種事業支援サービス業がどうしても集積してしまうために、雇用が増え若者が集まってしまう。地方創生とは逆方向なのが現実だ。

それでは、①の地消地産により、地域内でうまくお金を回して人口維持・増加につなげている事例というのはどこなのか。一例は沖縄だ。沖縄の主たる収入源である観光客の消費は、他地域においてよりも、より分厚く、県内経済の中で循環している。本土からの輸送費がかかる分、従来から食材などの原材料の県内調達比率が高い上、近年は観光客の側に「島内産」を指向する意識が高まっていることから、ますます観光消費の県内の農工業への波及が大きくなっている。ホテルなどの建設に際しても、琉球瓦や琉球石灰岩が多用されるなど地元建材業への資金還流がある。

北海道のニセコ町も、外国人観光客に提供する食材や、土産物の原材料などを徹底的に町内産とし、需要の増大する別荘などにも地元木材を利用することで、観光消費を効果的に町内に還元させ、人口増加を実現している。沖縄の多くの市町村にも共通するのだが、ニセコでは子どもの数も増えている。家庭を営む若い世代の所得を維持・増加させるだけの、地域内経済循環があるわけだ。

逆に地消地産という意識がなく、観光収入を地域内で循環させるのに失敗している典型例が、関西の各地だ。大阪名物のたこ焼きが売れたとして、その原材料に地元産のものはほとんどない。安価な土産物が売れても、地元経済への波及は乏しい。関西の人口伸び悩みの主要因は、本社機能を首都圏に奪われることで決裁権限をどんどんと失い、営業要員やIT要員の雇用を失って地域内経済循環を細らせていることにあるのだが、しかし、急増する外客の観光消費を、地域内経済循環の拡大に活かせていないのは、残念な限りである。

北海道も、ニセコを除いて地域内経済循環の拡大に意識が向いていない自治体が多いのだが、特に残念なのはニセコと同じ後志管内にあって、同じく外国人観光客に人気であるにもかかわらず著しい人口減少の続いている小樽市だ。ニセコよりも格段に交通の便が良く(ニセコにはない高速道路があり、新千歳空港から毎時2本の直通快速もある)、ガラスやお菓子などの土産物もよく売れているが、その原材料に地元のものはほとんど使われていない。

以上のような問題意識に立ったときに、商社の役割はどう評価されるべきか。端的に言って、正反の両面があるわけだ。

世界各地から最もコストパフォーマンスの良い商品を調達して原材料に供する、という商社の「移入」機能は、地消地産に逆行し地域内経済循環を拡大させない。移入により地域企業のコストは下がり内部留保は増加するが、その多くは貯蓄と配当に回り、株主は地域内ではなく最寄りの大都市に住んでいることが多いので、地域内に還流しないのだ。地方創生を目指すなら、逆に地消地産を心掛けて多めのコストをかけ、そのかわりに地元産を売り物に高単価販売を実現せねばならない。

それでは、地域内のものを外に販売していくという商社の「移出」機能はどうか。輸入原材料や各地から集めた部品を組み合わせるハイテク工業製品の場合には、いくら売れても最終的に地域に落ちる部分は小さくなってしまうのだが、食品や伝統工芸品など、原材料の地域内調達比率が高い商品を取り扱う場合には、これは地消地産以上の効果があり得る。その中でも特に重要なのは、訪日外国人観光客に、帰国後も日本各地の商品を輸入して消費してもらうことだ。フランスがワインやチーズを、イタリアがパスタやオリーブオイルを、日本中に輸出しているのが典型だが、現地で地消地産の味を覚えた観光客は、帰国後も本場のものを消費したがる傾向がある。この需要に応えるには、地域の特産を輸出する、小口の商社機能の整備が不可欠だ。一部水産加工品に加え、米や日本酒やラーメンなどは既に世界に販路を開拓しつつあるが、もっともっと多くの地域特産品に、世界に小口に発送され普及されていくだけのポテンシャルはある。

商社に「地方創生に協力すべき義務」などというものはない。だから、既にチャンネルの確立された移入機能ばかりに特化していても、責められるべきものはないのだが、それが地域経済の縮小をもたらし、出生率の著しく低い首都圏への若者の集中を招いて、結局日本全体の人口縮小の元凶となっているということについては、自覚はしておいてほしい。首都圏への若者集中にいささかなりとも歯止めをかけ、日本の人口減少を食い止めたいのであれば、ぜひ地方の特産品の小口の移出機能を発達させていただきたいのだ。大手の得意な「規模の利益の発現」は期待できないが、需要発見やブランディングの得意な本当の意味での手だれの商社であれば、きっとご興味も示していただけるだろう。

期待せずに期待して、今後の推移を見守っていきたい。

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