2016年世界経済と日本の対外通商・経済関係の展望

三菱商事株式会社 理事 グローバル渉外部長秋元 諭宏
伊藤忠商事株式会社 伊藤忠経済研究所所長秋山 勇
豊田通商株式会社 常務執行役員 渉外広報部長坂口 肇
株式会社三井物産戦略研究所 代表取締役社長中湊 晃
丸紅株式会社 丸紅経済研究所 所長美甘 哲秀
株式会社双日総合研究所 副所長 主任エコノミスト山本 大介
住友商事グローバルリサーチ株式会社 代表取締役社長髙井 裕之(司会)

本稿は、2015年11月12日に開催した「新春座談会」の内容を事務局でまとめ、出席者の校閲を受けたものです。

1. 2015年国内外経済の動向と注目点

髙井(司会)
本日は日本貿易会月報1月号の巻頭を飾る座談会のため、商社のシンクタンクおよび調査部門代表の方にお集まりいただいた。「2016年の世界経済と日本の対外通商・経済関係」というテーマで、皆さんの展望を共有できれば幸いである。初めに2016年を展望するに先立ち、「2015年の国内外経済の動向」について振り返ってみたい。

山本(双日)
2015年は不安要素があった中にも、少し先に明るさが見えてきた。国内外経済の注目点としては、米国経済の回復および中国・新興国経済の成長鈍化、原油価格の下落、TPPの大筋合意の3点が挙げられる。

まず米国経済だが、多少遅れ気味ではあるものの順調に回復しており、12月の利上げも視野に入ってきている。欧州経済も底堅く、当初の想定より低いが、絶対値では先進国も着実に成長していると思う。その中で日本はやや伸び悩んでいるが、目先の政策効果の良し悪しよりも構造的な問題に対応できていないためではないかと感じる。一方、新興国には中国の経済減速が伝でん播ぱし、また資源国の成長が低下しており、堅調なのはインドぐらいということで、成長の軸足は再び先進国の方に傾いているようにみえる。

原油価格は比較的低位になっている。産油国は財政的に苦しんでおり、産油国経済に影を投げ掛けている。

TPP大筋合意は、米国の議会承認などは2016年秋以降になるにしても、世界GDPの3割強、貿易の4分の1を占める規模があり、広い分野において包括的かつ、比較的高水準な自由貿易協定の出現は、他のFTA交渉を時間と内容の両面で加速させることになると思う。また副次的であるが、各国の外交・安全保障政策に影響を与えたことも見逃せない。

もう一つ付け加えるとすれば、国内で原発再稼働が始まったこと。一つ一つ安全性を確認しながらの再開であるが、着実に進んでいる。COP21、エネルギー政策のみならず貿易収支、さらには地域経済に至るまで、幅広く影響を与えることになる。

中湊(三井物産)
山本さんから比較的明るいトーンのお話があったが、逆に2015年印象的だったのは、IMFのワールド・エコノミック・アウトルックが毎回、期を追うごとに、2015年の成長率見通しを下方修正したこと。2014年4月にPPPベースで3.9%の成長といっていたのが、前回の15年10月時点では3.1%まで落ちた。いろいろな要因があったと思うが、期待したほど回復感が出ていない印象がある。

美甘(丸紅)
21世紀に入って15年が経過したが、その中間点であるリーマン・ショックを境に前半と後半で世界経済の景色が変わったと思う。前半は新興国に対する成長期待が高まり、世界経済もブームを迎え、資源価格高騰の一因ともなった。しかし、後半には、中国を中心とする新興国のけん引力は弱まり、資源価格も低迷期が続いている。IMFの統計でみれば、2012−15年にかけ、世界経済全体は4年連続して3%台の数字にとどまっている。やはり、伸び悩みの状況が続いているという印象だ。

こうした中で、日本、米国、ユーロ圏は、財政出動に加え、量的緩和政策を実施してきた。株高や長期金利の安定など金融市場に対して好影響を及ぼしており、企業や家計のセンチメントを押し上げるという点では、それなりの効果があったと思う。しかし、実体経済に対する影響が顕在化しにくくなっている。そこが一つの問題点であろう。


三菱商事株式会社
理事グローバル渉外部長
秋元 諭宏氏

秋元(三菱商事)
山本さんが指摘した三つの大きな課題に付け加えるならば、世界的な超金融緩和、金余りの状況が続いていて、その出口がなかなか見えないところが、世界経済が直面する大きな課題であると思う。現在、世界経済の中では、米国経済が緩やかながら確実な成長を続けているが、米国でさえ出口政策の予想が難しい状況が継続している。ましてや、他の経済の出口政策の行方は不透明な状況にとどまることになる。結果として、超金融緩和が世界的に継続し、不安定な要素を引きずったままの低成長が数年続く可能性があるとみている。

なお、世界経済の情勢に関連して一言付け加えれば、世界の経済に関する制度が変化する可能性についても注意が必要である。これまで、世界的な経済機関や制度は、欧米が主導する形で運営されてきたが、新興国経済の世界経済に占める割合が増すにつれて、新興国の発言力も増すことになる。例えば、世界通貨基金は欧州出身者、世界銀行は米国出身者がそれぞれトップを務めてきたが、将来的には世界通貨基金や世界銀行で欧米以外のトップが誕生する可能性が生じている。先進工業国と新興国の間には経済政策に関する利害関係や前提条件が異なる場合があり、先進工業国と新興国が経済の国際的制度や組織でいかに折り合いをつけていくのかも一つの大きな課題である。

坂口(豊田通商)
私も美甘さん、秋元さんの意見に同意します。美甘さんが量的緩和と実体経済の乖離というお話をされたが、まさにそ
こが問題であり、一度緩和したものはどこかでノーマルに戻さなければならないが、これからノーマルに戻していこうとしても、世界的な緩和の状況の中で、ある1国が出口戦略を考えても他の地域が付いてこない。特に米国と欧州と日本の3地域がどうやって量的緩和の出口戦略を見つけられるかということが、これからの世界経済の鍵を握ると思っている。

秋山(伊藤忠商事)
世界を見渡して最も期待外れだったのは日本だったのではないか。特に輸出はこれだけ円安だったにもかかわらず数量ベースで増えてない。中国やASEANの経済停滞もあるが、例えば米国への輸出を見ると、製造業の需要地生産の方向性が円安でも弱まっていない影響もある。また、労働需給は逼迫しているが総じてパートタイム雇用を優先する姿勢があり、それが全体での賃金上昇を抑え、個人消費の回復を遅らせた。企業が従業員へ十分に利益を分配しなかったことも景気の足を引っ張った。景気が停滞し企業の設備投資は進まない。要するに日本の企業経営者は日本経済の将来に悲観的なのだと思う。

髙井(司会)
私も今の秋山さんの意見に賛成だが、金融市場の観点からすると2年半前の日経平均が8,000円で、1ドルが75円だったのが、一時期は125円になり、日経平均も一時期2万1,000円となった。今はチャイナ・ショックで1万9,000円程度に落ちているが、株価と為替の金融指標からみると、日銀の「黒田バズーカ」はかなり効果があったと思う。しかし、実態面が付いてきていない。市場心理的には株価が上がって、何となくみんなリッチになった感じはあるが、それが賃金に反映されていないし、個人消費も若干期待外れ感があるのかもしれない。


丸紅株式会社 丸紅経済研究所所長
美甘 哲秀氏

美甘(丸紅)
まさにその通りだと思う。企業収益が良好であるにもかかわらず、残念ながら設備増強に伴う借入増に結び付きにくくなっている。これは、格付け会社や投資家がROEやROAなどで厳しい基準を求めるために、企業経営者としてもバランスシートを膨らませることに慎重になっている。従って、リターンの高い優良投資案件でなければなかなか手を出しにくくなっているのではないか。もちろん、資産を効率的に運用しながら高いリターンを求めることは大事だが、それが故に、企業家精神といったものを発揮しにくくなっている恐れもある。皆が良かれと思ってやることが、全体としてマイナスに働くという「合成の誤謬」のようなことが起こっているかもしれない。



山本(双日)
まさに同じ意見である。投資家たちが短期的な収益を求めてくる中で、やはり企業として長期的な目でみた投資がやりにくくなっていると思う。

髙井(司会)
ガバナンス・コードやスチュワードシップ・コードが日本でもようやく意識されてきた。企業経営に、ある意味、自由さが失われてきていて、失敗してもいいから思い切って何かをするという行動を結構制限している面はなかろうか。メーカーなどは大胆に動いているという印象であるが、逆に総合商社については、思い切ってやってみようという姿勢が弱まっていることはないだろうか。

坂口(豊田通商)
私はメーカーの経験もあるので、今おっしゃったメーカーの方が最近大胆になっているということにはかなり同意する部分がある。商社に居て常日頃感じていることですが、商社というのは比較的柔軟に動けるので、逆に足元ばかり気にして、足元のいろいろな環境変化にどうやってうまく対応しようかという思考が非常に強いような気がする。それに対して、メーカーは短期的に柔軟に動けないので、5年先、10年先を見据えて、今こう動かないと危ないという危機感が非常に強いような気がする。そういうこともあって、メーカーの方が最近は先の環境を読んで大胆な動きをしているのではないか。

2. 2016年世界経済見通し

髙井(司会)
今のポイントは、後ほど、「これからの商社のニュービジネス」のところでもう一度議論したい。引き続いて、2016年の世界経済を展望したい。

中湊(三井物産)
2016年の世界経済を考えると、「ばらつきのある回復」、「回復感なき回復」といった言葉が頭に浮かぶ。「ばらつきのある回復」というのは、先進国3極が弱いながらもそろってプラス成長になる見通しであるのに対して、新興国は5年連続の成長率低下に歯止めがかかるかどうかが怪しいところで、先進国と新興国の間でばらつきが見られるということ。というのは、
「回復感なき回復」IMFは2015年10月に2016年の実質GDP成長率を市場レートベースで3%としたが、過去55年間の平均成長率は3.5%だったことからこの水準では回復感に乏しいといえる。加えて2015年以上に不透明感がある中で、結局は15年並みの2%台半ばの成長にとどまるのではないかと思っている。

先行きを不透明にしているリスク要因として四つの点に注目している。まず、中国経済の減速。特に過剰設備の問題と過剰債務がセットになっていることには注意が必要である。銀行の貸出残高を見てもリーマン・ショック後に打ち出された4兆元対策以降、過去のトレンドを大きく上回って中国の社会融資総量が増えており、現在ではGDPの208%になっている。日本のバブル崩壊のときは、民間債務が約200%を超えたところだったと思う。その意味では、中国の社会融資総量(=民間債務総量)の一部が不良債権になれば、銀行経営の圧迫や、金融システムの不安につながりかねない。加えて、最近中国に行って感じたのだが、習近平政権による腐敗摘発の影響がいろいろなところに広がっていて、経済活動にも影響を及ぼしている点も見逃せない。例えば地方政府は公共事業の執行にもかなり慎重になっている。また地方の不動産価格の動向はいまだに弱く、輸出の減少も予断を許さない状況。

二つ目は米国の金融政策。OECDの2015年9月の報告では、新興国は米国の金利上昇に対し脆弱であると明確に書かれている。それでも10月の雇用統計が市場予想を上回ったので、12月のFOMCでは7年ぶりの利上げに踏み切ると思う。

バーナンキ・ショックが2013年5月にあったと思うが、QE3の縮小観測が出されただけでも新興国から資金が流出する動きが見られた。実際に米国が利上げに踏み切ったときは、どの程度、新興国から資金流出が起きるのか、この辺の世界経済への打撃を懸念している。

第三は、いろいろ新たな問題に直面している欧州経済。今のところは原油安、ユーロ安、量的金融緩和のトリプルメリットで欧州は一息ついているが、ギリシャ問題が依然残っている。これに加えて難民問題の深刻化、某大手自動車メーカーの排ガス規制問題が新たな難題として出てきている。今後、実体経済にどういう影響が表れるのか、注視していく必要がある。

第四に地政学的リスク、特に複雑な混乱に陥っている中東情勢。シリアに対してロシアが空爆を始め、米国も特殊部隊を派遣するような事態で、状況はさらに複雑化しており、収束していく兆しが見えない。内戦が常態化する中で大量の難民が発生している。すでにシリアでは国民の半分が家を失って、400万人が海外へ難民として流出している。欧州は、それに対して12万人をどう定住させるかで右往左往している状況。教養のある中間層が自国の暴力から逃れようとした結果、難民が大量発生しており、これは想定を超えた現象である。シリアの次の破綻国家がどこなのかも想像しないといけないし、世界経済への影響も考えなければいけない。また、ロシアに対する米欧の経済制裁の動向も気になる。

貿易動向については、スロートレードという現象が気になっている。リーマン・ショック以降、世界のGDPの成長率と貿易の伸びはほぼリンクしていたが、今はGDPの伸びに比べて貿易の伸びが落ちてきている。これが一過性なのか、それとも構造的なのかを考えると、幾つか構造的と思われる要因がある。その一つは、輸入を誘発する力を持った投資が世界的に落ちていることで、その背景には中国の生産設備過剰、新興国で起きた資源エネルギー投資の反動などがあると思う。

もう一つは中国において部品の内製化が進み、加工貿易が減ってきたこともあると思う。巷間では貿易を通じて先進国が新興国をけん引して経済が回復するというシナリオがよく出ているが、本当にその通りになるのか心配。このスロートレードの傾向は、注目しておく必要がある。

最後に、資源エネルギー価格。全体として盛り上がりに欠ける動きになるのではないか。資源価格高騰時に計画されたプロジェクトが進んだ結果、供給過剰になっており、それに対して世界経済減速に伴う需要の鈍化が予想以上となったために需給が緩和している。加えて米国の利上げによってドル高になると、さらに相場に重しが載るという印象もある。従って、原油価格も現在の水準を挟む弱い動きになるのではないか。イランの経済制裁が予定通りに解除されるとイラン産の原油が市場に出てくるし、原油価格がある程度上昇すると中断しているシェール開発が再び動きだすこともあろう。

秋元(三菱商事)
先ほど指摘された商社とメーカーの話に関連して重要なことは、インターネットに関する新しい動向ではないか。Industry 4.0等、いろいろな呼び方があるが、インターネットが事業環境の全てに関与するようになり、気が付いてみるとサプライチェーンの形態、市場の構造、顧客との関係等が大きく変わっている可能性がある。テクノロジーやイノベーションへの取り組みは各社で濃淡があると思うが、シリコンバレーに代表されるエコ・システムは、日本企業にはどちらかというとカルチャー的に親しみにくいところがある。商社としてIndustry 4.0などについてどう考えていくのか、具体的に対策を練る必要があるのではないかと思う。

なお、中国では、新常態への移行の中で都市間の競争が激化しているが、どの都市もITイノベーションを主張している。最近、ある主要都市の経済諮問委員会での議論を傍聴したが、ITとイノベーションを経済の起爆剤とするため、知的財産権を尊重すること、自由な発想を阻害するような社会制度を変革すること。世界中から優秀な起業家や技術者を呼び込むために生活環境を改善すること等、外国人諮問委員とかなり踏み込んだ議論をしていた。社会の在り方に関することまで議論の俎上に載せてでも、ITとイノベーションを進めて持続的経済成長を実現したいという強い意志が印象に残った。

髙井(司会)
インターネット・オブ・シングス、物のインターネットの部分についてどう取り組み、どうビジネスにしていくのかは非常に重要なポイントなので、これも、最後の「商社のこれからのビジネス」のところで再度議論したい。

美甘(丸紅)
米国の利上げは、今後、さまざまな影響を及ぼすであろうが、特に新興国に対する影響が大きいと思う。新興国から資金が流出し、通貨安、株安、債券安など金融市場の不安定化が懸念される。場合によっては、通貨防衛のために利上げを強いられる新興国も出てくるかもしれない。ただ、一方で、アジア通貨危機の1997年と今回を比べると新興国は構造改革を通じてかなり体力がついてきた。1997年当時、アジアのほとんどの国が経常赤字であったが、今は経常黒字国に転化している。主要赤字国はインドネシアとインドくらいであろうか。また、外貨準備もかなり厚みを増している。何よりも1997年当時は為替変動の自由度が極めて小さく、通貨調整が一挙に起こった。今回、新興国の通貨調整が時間をかけてすでに進んでいるともいえる。やや楽観的な言い方をすれば、米国の利上げがあっても、大きな通貨下落を避けることができ、影響は想定したほどは大きくならない可能性もある。

中湊(三井物産)
経常収支赤字額のGDP比で見ると、インドネシアがマイナス3%ぐらい、トルコや南アは6%近いところにある。アジア危機発生前の1996年当時はタイが8%近くで、インドネシアは3%台、マレーシア、フィリピン、韓国は4%台だった。その意味ではレベル感は同様だが、異なる点は美甘さんがおっしゃったようにセーフティーネットがかなりできていること。従って、97年とまったく同じことが起きるとは思わない。しかし、逆に言うと、われわれが想像していないような別の形の新興国金融危機が発生してしまう可能性もあり、不安感がある。

秋山(伊藤忠商事)
新興国は成長の源泉から二つの種類に分かれると思う。一つは資源輸出を中心に伸びてきた国で、その代表例はブラジルやロシア。もう一方は、中国やASEANなどアジアの国で、工業製品や労働力の輸出で外貨を稼いでいるところ。これから米国の金融緩和が終了すると、世界の投資マネーが新興国を選別する目が非常に厳しくなってくる。資源価格の情勢から考えると、お金の行き先はASEANや中国に向かい、アジア新興国の成長をより後押しするのではないかと想像をしている。


株式会社双日総合研究所
副所長 主任エコノミスト
山本 大介氏

山本(双日)
私はアジア経済危機のときに韓国に駐在していたが、当時と比較するとチェンマイイニシアチブ、通貨スワップなど、新興国に対するセーフティーネットは非常によくなっていると思う。また、各国の外貨準備も厚くなっている。その一方で、運用資産や投機マネーの規模も飛躍的に増えており、どちらが優勢なのか、注視していく必要がある。

髙井(司会)
中湊さんがおっしゃったスロートレードは面白いと思う。特にTPPが盛り上がっているので、スロートレードがあるのであれば、TPPをもっと広げ、スロートレードが起こらないような形に持っていくというのが、一つの課題なのではないか。

3. 欧米政治経済見通し

(1)米国経済の行方

秋元(三菱商事)
政治面では、2月1日のアイオワ州の党員集会、3月1日の13州同時のスーパーチューズデーと米国大統領選に注目する必要があるが、まず米国の全体的な動きを概観したい。

第一に米国社会ではさまざまな「分裂」の傾向が顕著になっている。例えば、共和党と民主党の関係、また政治的価値観による分裂もある。保守的なリベラルの層もいれば、エバンジェリカル、いわゆる福音派のような人たちもいる。この「価値観の分裂」は、米国の政治に極めて大きな影響を与えている。さらに、価値の問題に加えて、富裕層と貧困層の経済格差の問題があり、「経済による社会層の分断」という現象が、非常に大きくなっている。世論調査では、米国が良い方向に向かっている、あるいは子供の世代が自分たちよりも良い生活を送れると考える層が、建国以来、初めて低下している。言ってみれば、アメリカン・ドリームの消滅であり、米国が質的に変化してきているように感じる。

政治面では、世論を無視できなくなっており、ポピュリズムに基づく、短期的で即物的な政治運営が広まっている。オバマ大統領の評価はいろいろ分かれると思うが、ポピュリズムによって当選した大統領であり、これまでの米国の大統領とは異なった政策決定の指針を有しているようにみえる。例えば、オバマ政権では、外交政策より国内政策重視の姿勢が顕著である。また、米国は、民主主義、人権、自由といった世界的な価値観を標榜し世界に関与してきたが、オバマ政権ではこうした価値観に関する世界的難題について自ら積極的に関与する姿勢が低下している。2016年には大統領選挙が控えているが、こうした米国の傾向が、オバマ政権に特有なものなのか、あるいは米国社会の底流として生じているのかは、しっかりと見極める必要がある。

無論、米国のような国では指導者が代われば雰囲気も変わるわけで、クリントン前国務長官が大統領になれば、国際的な米国の関与の度合いが大きく変わり、特にアジアに対する関与姿勢も明確になることが予想される。

選挙戦については、民主党の方が討論や候補者を見ていると、現状では質が高いように感じる。現在、共和党はさまざまな政治哲学や意見を有する候補者が乱立し、世論調査では厳しい戦いになっている。カーソン氏にしてもトランプ氏にしても今後どうなるかは分からないが、カーソン氏やトランプ氏等の従来の共和党候補とは異なる候補がリードするのは先ほど指摘した社会の分断を反映したものであり、泡沫候補と軽くみることはできない。なお、共和党の主流を自認する中道穏健派が、一番落胆したのがブッシュ元フロリダ州知事である。極端な思想や意見の候補が多い中で、中道穏健派の中ではブッシュ元フロリダ州知事をまともな人物として推す声が強かったが、選挙キャンペーンがこれほど下手だとは思わなかったという、失望感が広がっている。

経済面では、世界経済の成長が総じて減速基調にある中、米国が唯一と言っていいほど緩やかながら確実な経済成長をしている。2015年7−9月期の実質GDPの成長率の改定値は、年率換算で前期比2.1%増と緩やかな拡大を継続している。個人消費が2.1%と全体をけん引しているが、住宅投資、非住宅の投資なども好調である。

米国内に目を向けると、やはり利上げの判断の一つの要素である、雇用環境にばらつきがあった。9月は目安となる20万人に到達しなかったが、10月は回復した。

足元の堅調な経済環境を反映して12月に利上げされる公算が大きいが、2016年の実際の利上げのペースがどのようになるのかはまだ分からない。米国経済の動向や世界情勢に鑑みて慎重に決定されると見られ、将来の利上げペースは先行き不透明な状況が続くのではないか。

秋山(伊藤忠商事)
今の秋元さんの政治情勢の総括はその通り。私は6月に米国駐在を終えて日本に戻ってきたが、駐在中は米国政治の細かな動きがよく分かった。現地にいて日々の動きに接していて感じたのは、米国の選挙キャンペーンはマスメディアの影響が極めて大きいということ。各候補者の政治信念や政策をしっかり伝える番組よりも、エンターテインメントの要素を含んだ政治ショーの方が視聴率が取れる。従ってご指摘のように、政治の方もポピュリズムに勢いよく傾いていく流れを感じた。大統領選挙での候補者の優先課題も基本的に国内問題。今回はトランプ氏の登場もあって、テロ対策なども話題となっているが、われわれにとって関心が高い外交政策などは有権者もあまり興味を持たない。従い比較的短絡的な議論に終始するか、あるいは単純に選挙受けする内容になりがち。


株式会社三井物産戦略研究所
代表取締役社長
中湊 晃氏

中湊(三井物産)
懸念材料はドル高と原油安ではないか。ドル高によって輸出が停滞すると、製造業の設備投資の逆風になっていくので、これは注視しなければいけない。原油安は米国にとって追い風だといわれていたが、石油リグの稼働数が想定以上に減少してくると、シェール・オイル・ブームで沸いていたいろいろなセクターにも悪影響が出てくる。この辺が懸念材料。

秋元(三菱商事)
米国では経済メカニズムが非常に素早く反応するので、経済的な利益が見込めることになればすぐに生産を増やすし、逆の状況ならば雇用を大きく調整したりもする、適応力が非常に高い経済である。一例を挙げれば、非在来型エネルギーの開発により、極めて短い期間にエネルギーミックスは大幅に変化し、化学品等の生産活動も大きく変化した。


美甘(丸紅) 秋元さんがおっしゃったことに二つの点で同感である。一つは、国内の政治的な分裂である。保守とリベラルが一方に振れてしまい、中道派の勢力が少なくなってしまった。それに加えて、共和党が上下両院とも制している。もっとも、これは別に珍しいことではなく、大統領と議会の多数政党が異なることはよくあることだ。ただ、保守、リベラルの分裂がある中で、共和党が議会を制しているため、オバマ大統領が議会対策に腐心せざるを得ないといったことが起こっている。

また、外交面では「不干渉主義」的な色彩が強まっている。IS(イスラム国)への消極的な対応を見ていても、イラク戦争への関与が米兵の犠牲を伴ったことがトラウマとして残っている気がする。今後、軍事を含めた外交的介入をちゅうちょする動きが続く可能性がある。これは、オバマ政権に特有なものではないのかもしれない。

(2) 欧州経済見通し

美甘(丸紅)
欧州は、ギリシャ・ショックの余波を通じて金融市場が不安定化し、低成長が続く中で、デフレも進んだ。欧州特有の問題であると思うが、ドイツやフランスなどでは5年物の国債金利でもマイナス金利になっている。このマイナス金利は、欧州ではデフレが当面続くといった見通しを反映していると思う。2016年の成長率は1%台半ばぐらいで推移するので、とりあえずは一息つくところだと思うが、先行きは決して安心できない。

国別にみると、基本的にはドイツは底堅く推移しているのに加え、スペインが想定以上に回復している。これは、労働コストが下がり、輸出が増加し、設備投資も改善しているということであり、今までにない動きではないか。反対に、フランス、イタリアなどは低成長が続くのではないかと思う。

通貨統合は、加盟19ヵ国全体が同じ金利、同じ為替レートを導入することなので、通貨統合が成立するためには各国の経済ファンダメンタルズがある程度同質性を持たなければうまくいかない。そのほころびがギリシャで顕在化したということであろう。これはギリシャだけの問題ではない。第2、第3のギリシャがこれから先、出てくるかもしれないという点には要注意である。

もう一つは、緊縮策と引き換えに金融支援を行うことでギリシャとEUが合意した。もちろん、この緊縮策は中長期的にはあるべき方向性であるが、短期的には着実に需要を減らすわけで、本当にギリシャがうまく浮上できるかどうか注視していく必要がある。場合によっては、第4次金融支援が必要になる可能性もあるので、まだまだユーロ圏については油断ができないと思っている。

髙井(司会)
今朝のニュース番組にユーラシア・グループのイアン・ブレマー氏が出演していた。彼は、「来年(2016年)はどうなるか」というショートインタビューに答えた中で、リスクとしてまず最初に挙げたのは難民問題であり、次に、メルケル首相のリーダーシップの低下が懸念材料であると言っていた。

さらに中東問題でサウジ離れが起こっており、OPECにおいても、イラン問題においてもサウジの孤立化がリスクだと言っていた。

坂口(豊田通商)
メルケルのリーダーシップだけでなく、ドイツのリーダーシップも揺らいでいる。難民問題に対してメルケル首相が優柔不断であるところに加えて、大企業の不祥事も複数社に広がる可能性が出てきている。それに対してドイツ政府は何ら毅き然ぜんとした態度を表明できていない。今まで欧州が何か問題があった場合にドイツがリーダーシップを持って方向を示してきたところがあるが、これから欧州全体を引っ張っていくリーダーシップを取る国がなくなると、欧州がどうなってしまうのか非常に不安に感じている。

山本(双日)
私は欧州についてはやや楽観しているところがある。ギリシャ問題も確かにあるのだが、中央大学の田中素香先生もおっしゃっているように、欧州の危機への対応力は、危機を経験するごとに高まっている。

欧州の大陸側では、EUがもたらしている共通通貨と人の往来の自由という利便性は絶対に放したくないという思いが強いと思う。従って、それを失わないために何とかしていこうという動きになるのではないか。この二つをいずれも持っていないのが英国であり、英国の動向は国益の延長線で見てゆく必要があると思う。

ドイツについては、大量の難民受け入れを表明しているのは形を変えた他のEU諸国への財政支援という見方もできるのではないか。

中湊(三井物産) 坂口さんのお話と少し関連するかもしれないが、自動車の販売が結構気になっている。実は第2四半期の世界の自動車販売は0.5%成長と大変落ち込んだ。自動車販売の落ち込みが、どの国に影響が出るのかを考えてみると、世界で一番自動車依存度が高いドイツ。全産業に占める自動車および部品産業の売上高比率が約7%であって、自動車産業の輸出依存度は63%である。さらに自動車産業依存度の高いスロバキアやチェコ、ハンガリーは、ドイツへの部品供給などもあり、間接的な影響を受ける。その意味で、某社の事件の影響も含めドイツの自動車産業が落ち込むと、欧州圏経済の新たなアキレスけんになっていくのではないかと危惧している。

秋元(三菱商事)
今の皆さんのお話を少し別の角度からみると、米国と英国の関係が本質的に変化しているようにみえる。まずは、アジアインフラ投資銀行への加盟問題である。米国があれだけ働き掛けたにもかかわらず、英国は先頭を切って加盟した。英国は、中国と領土問題等の安全保障上の懸案がなく、米国とは異なり中国を経済的な視点で捉えている。第二は、英国の軍隊の状況である。英国は軍隊を誇りにする国であるが、最近は経済的理由で国防予算が減少し、北大西洋条約機構が加盟国に課す国家予算の2%の国防支出義務も守れなくなってきそうな状況である。米国からみれば、最大の同盟国としていささか心もとない状況である。第三は、英国と欧州連合の関係である。英国が欧州連合の一部であることは米国にとって重要であり、仮に英国が欧州連合から離脱したり、関与が弱まったりすることがあれば、米国からみた英国の国際的な価値は低下してしまう。米国と英国の関係に質的な変化があれば、われわれがこれまでビジネスの前提として考えてきた国際金融の秩序、自由貿易の原則、法治の概念等に影響が発生する可能性がある。

4. 中国・アジア政治経済見通し

(1)中国経済の行方

秋山(伊藤忠商事)
中国の現状について整理する。中国経済が減速していることは明々白々。ただ、メディアは中国総悲観論的なトーンで報道する傾向が強く、これは少し行き過ぎではないかと思っている。確かに、鉄鋼やセメントなど、過剰生産業種を中心とする製造業は業績も悪く、景況感も悪化し、かなり厳しい状況である。その一方でサービス産業は比較的良好だということを考えると、2次産業と3次産業のような業種間の違い、あるいは企業規模の違い、地域格差など、みる対象によって状況も景気もかなり異なっているように思う。

こういった側面を踏まえて2016年をみると、重厚長大型製造業などを中心にした過剰生産能力の調整がまだ続き、固定資産の伸びはさらに抑制される。しかし足元の指標からは、在庫調整が進展している様子もうかがえるので、景気悪化にいったんは歯止めがかかるのではないか。一方で、多様な商品や価値を求める個人の消費欲に刺激されて、サービス産業は極めて高い成長をこれからも維持しよう。具体的には宅配を含む交通運輸、放送通信などが引き続き好調になると思う。宅配は、小売販売額の1割を超えるインターネットショッピングが追い風になっている。個人消費の多様化に伴い、観光やレジャー産業なども注目すべき分野。また、政府主導のインフラ投資については、今後も堅実な伸びを見せるだろう。

いろいろある懸念事項の中では、特に株価に注意したい。今のところ落ち着いているが、下落圧力となる要因が幾つかあるので、何かを契機として急激な株価下落が起これば、景気全体を下押しする要因になりかねない。

中湊(三井物産)
中国の減速は、他の国に対する影響が非常に大きいので、その見方が大事。

他国への影響としては、まず、中国は15年上期で全ての国からの輸入を減少させている。輸出に関しては鉄鋼など過剰設備業種の投げ売りが市況を崩しており、他国の同業他社の収益へも悪影響を及ぼしている。また、対中投資で思ったようなリターンが出てこなくなっているという問題もある。商品市況に与える影響では、鉄鉱石は海上貿易の65%、銅は需要の50%弱のシェアを中国が占めているので、中国経済の減速による需要の低下がそのまま市況を悪化させサプライヤーに影響を与えてしまう。

どの国が影響を受けやすいかを各国のGDPに占める対中輸出の比率でみると、世界平均で2.1%であるのに対し、インパクトが一番利いてくるのはNIEs、つまり韓国、香港、台湾、シンガポールであり、これらの国の平均は21%と10倍になっている。OPECは4.8%、ASEAN5は4.5%である。先進国はどうかというと、米国は0.7%、EUも1%と低く、日本は2.7%と世界平均よりも高い。従って、日本にとっても中国の減速は他人事ではなく、直接跳ね返ってくるので、真剣に注視しなければならないとあらためて思う。


住友商事グローバルリサーチ株式会社代表取締役社長
髙井 裕之氏

髙井(司会)
中湊さんご自身は、中国のハードランディングはないと考えていますか。

中湊(三井物産)
ないとみる。習近平主席が次の13次5ヵ年計画で平均成長率のボトムラインは6.5%以上と明言したことは非常に重要である。ただ、実際には第2四半期の成長を7%と中国が発表したのに対して、李克強指数などを使って計算をすると、4−6%の範囲に収まるという試算もあるので、中国が発表する数字は6.5%だけれども、実はハードランディングの水準である5%になっているという恐れもある。OECDは、中国の内需が2%下がると、世界の株価や金利に悪影響を及ぼし、世界経済を0.5%下押しすると言っている。いろいろな角度から考えるべきだろう。

美甘(丸紅)
今のハードランディングの話であるが、具体的に「ハードランディングとは何か」と問われれば、私自身は企業破綻や銀行の不良債権問題に行き着くのではないかと思っている。その時に、中国政府としては、財政でどこまで損失を補填できるかどうかがポイントになると思う。

楽観的かも分からないが、中国の政府の債務残高はGDP比で5−6割であり、国際的な標準に比べると、まだまだ財政の余裕がある。従って、大きなショックが起こったとしても、中国はその損失をカバーできる財政力があるので、当面、ハードランディングは阻止できるのではないか。もちろん、ショックが重なり、そのたびに財政出動をすれば、財政力は低下していくという点は留意する必要はある。

山本(双日)
ハードランディングがあるか、ないかと言われれば、私もおそらくないのではないかと思う。それは美甘さんがおっしゃるように、今度も財政投資により何とかなるだろうと思っているからだが、中国経済の難点は公表される数字が必ずしも信用できないこと、さらに言えば当局が本当に実態を把握できているのか疑問であり、これらが問題。

最近、日銀も、中国経済の減速は中国の産業構造の転換によるものでそれ自体は一般にいわれているほど問題ではないが、むしろ関連がある国の経済が中国の成長を前提としていて、そこで経済構造の転換ができてないことに問題があると指摘している。このあたりにも注目すべきである。

(2)ASEAN経済の行方

秋山(伊藤忠商事)
ASEAN全体はおおむね年率5%と先進国を上回るレベルで成長率は維持しているが、1年前と比べてかなりスピードダウンした。ASEANの2トップであるインドネシアの減速とタイの足踏みがその主要因であるが、両国とも輸出が不調。また、ベトナムを除いたASEANの主な国で輸出が減少している。

2016年を展望すると、ASEANの中軸国はいずれも経常収支が安定的に黒字で通貨が比較的安定し、かつ国内需要も堅調なので、大きく崩れることはないが景気が再加速するには、輸出拡大に加え、域内生産力の向上につながる海外からの直接投資拡大が鍵になると思う。

一方、中国の在庫調整が一巡し、これまでのような中国による安値輸出攻勢が一服、資源価格も底入れすると考えれば、ASEANの輸出は先進国経済の拡大を背景にして徐々に持ち直してくるとみられる。加えて、ASEANエコノミックコミュニティー(AEC)やTPPの動きが本格的になれば、これらが経済活性化の起爆剤になるという期待もある。

坂口(豊田通商)
今、世界の経済をみるときに幾つかドライバーがあると思う。その一つは中国の経済、それからもう一つは資源の価格である。これはいろいろな計算の仕方があるが、中国経済の減速の影響を受ける国をみると、台湾やタイ、サウジアラビア、豪州、南アフリカなどは中国経済の影響を非常に受けやすい。

一方、原油安は、例えば先ほど申し上げた台湾やタイに対してプラスに働く。反対に、サウジアラビア、豪州、南アなどは中国の減速もマイナスに働くし、原油安もマイナスに働く。特に資源価格と中国の減速、両方ダブルで受けるところが、今後かなり厳しくなっていくのではないかという気がする。

秋元(三菱商事)
われわれの世代は、日本経済、世界経済の流れの中で似たようなことを目撃したり、経験したりして会社生活を送ってきたと思うが、おそらく全員が見たことがないようなことが、過去数年で起きている。それがミャンマーだと思う。各社とも駐在員が1人いるのみといった状況から、数年でナショナルスタッフも入れて40人から50人といった規模に急増している。ヤンゴンの日本商工会の加盟社数も4年間ほどで約50社から約280社に増えており、「最後のフロンティア」等と呼ばれるように、驚くほど膨張した期待感がある。

選挙の結果は、ミャンマー内外の専門家も予想しないような、NLDの大勝になった。ただし、軍が国防大臣、国境地域担当大臣、内務大臣等の治安に関するポストを押さえているし、GADと呼ばれる、内務省の一般行政局が各地における統治を行っている。このため、スーチー氏およびNLDの幹部には、人材確保の視点も含めて、国内の和解と協力を実現する政治家としての度量が期待される。

NLDの経済政策は、現在のところはっきりしないが、外資を呼び込み経済成長、国民生活向上のためのインフラ整備という大きな流れには、あまり変化がないと思われる。なお、NLDが勝利した場合には、民衆の期待に応えるべく、農業振興、雇用創出、貧困層対策、職業訓練等への対応には、より厚みが生じるだろう。日本はこれまで、人間の安全保障の考え方に基づき、人材育成、医療改善、貧困対策等で貢献してきた実績があり、NLD主導政権の経済政策とは親和性がある。

坂口(豊田通商)
ミャンマーは期待したいが、少し不安なのは、あまりにも大勝し過ぎて、その後のスーチーさんの発言にあまり謙虚さを感じられないことである。非常に強気である。一時期アラブの国で民主選挙が起こった故に国が混乱したように、もう少しスーチーさんがいろいろな人の意見を聞いたりする姿勢が必要ではないかと思っている。

(3)インド経済の行方

秋山(伊藤忠商事)
インドは、モディノミクスへの期待に反して構造改革は足踏みしているが、金融緩和で下支えされた経済はまずまず堅調であり、経常赤字も縮小中。

インドは、改革を非常に積極的に推進しているモディ首相と欧米仕込みの敏腕ラジャン中銀総裁という期待のトップが引っ張る巨大なマーケット。新興国の選別が進む中、ポスト中国という視点でみれば、海外の投資資金がインドに再び注目してくると思う。

ただ、非常に独特な低付加価値の市場なので狙い目には工夫がいる。例えばアフリカなど比較的発展の遅れている新興国向けのビジネスなどを考える企業が、インドを輸出拠点として進出するといった動きなどが見られるかもしれない。

5. その他の新興国成長見通し

(1)中東地域


豊田通商株式会社
常務執行役員 渉外広報部長
坂口 肇氏

坂口(豊田通商)
中東については、特に原油価格が下がったことによって財政赤字国が産油国にもかなり増えており、主要122ヵ国のうち、財政赤字のワースト10のうち7ヵ国が中東の国になっている。この財政赤字ワーストというのは対GDP比であるが、サウジアラビア、アルジェリア、イラクなどがこの7ヵ国に入っており、非常に厳しい状況である。

原油価格は今後も低迷が予想される。その要因の第一はOPEC内でのシェア争いであり、第二は産油国、特にサウジが米国のシェールガスに対して原油のシェアを確保したいと考えていること。第三はロシアもシェア確保のため、原油生産量を調整していないこと。作り手の方で採取量を調整して価格を調整しようという動きがない。

これに加えて、中東は政情が非常に悪化していてISの勢力拡大に対して米国も有効な手を打てていない。さらにイランと米国との間で制裁解除の約束はできたが、実際にこれが実行に移されるには少なくとも2年ぐらいかかる。従って、イランもあと1−2年は動かないだろう。

そうした中でサウジとイランとの対立が激化し、中東は不安材料が多い。唯一いい話があるとすれば、これまで不安定だったエジプトが徐々に安定化の兆しが見えていること。やはりエジプトの安定は非常に大きいので、今後エジプトがもう少し安定化すれば、それがプラスに働くのではないか。

髙井(司会)
私はサウジが非常に心配である。油価が下がっている中でも、彼らは外貨準備が今6,000億ドルぐらいあるが、最近はかなり国防費が増えている。この10年ぐらいで4−5倍ぐらいになっているが、2015年になってまた空爆をやっているので、いくらリザーブがあっても使う方も相当増えている。イアン・ブレマー氏は、中東でサウジが孤立化していっているリスクが心配だと言っていたが、そこは私も一致するところである。

イランについては、坂口さんの発表の中では、まだ1−2年かかるのではないかということだが、今の流れからいくとイランもIAEAの査察団の言うこともきちんと聞いているらしいので、早ければ年内か年明けぐらいにはImplementation Dayが来るのではないか。

そうすると経済制裁がまず国連と欧州から解除される。米国の場合は法律を変えないといけないので、大統領令で一時停止するのだが、結構早いうちにイランへの制裁が解かれていくのではないかという印象を持っている。商社にとっても商機でもあるので、その辺のところはどう思うか。

中湊(三井物産)
イランは経済制裁が解除されると、原油生産が日量50万バレルから100万バレルぐらいまでは増やすことができるとみられている。エネルギーだけでなく、自動車も2014年で国内メーカーが109万台生産している。かつては160万台生産していたので製造業のすそ野も結構広いのではないか。欧州の自動車メーカーなどは人口8,000万人弱の大マーケットとして非常に興味を持って見ている。私も8月にイランに行ったが、旧型のプジョーの車がたくさん走っていた。昔はOEMや技術協力などで生産していたらしいが、最近はそれでもどうにか生産を続けているらしい。

髙井(司会)
実は私も4月にイランに行ったのだが、プジョーとルノーが走っていた。現地の自動車メーカーが2社あるが、制裁が厳しくなる中で、フランスの企業は撤退していき、今、生産しているのは自国メーカーであり、自動車を自分たちで造れる技術を持っていると言っていた。ただ、部品がどこから来ているかまではよくトレースができていない。

坂口(豊田通商)
部品も自分たちで作っていますね。

髙井(司会)
中国あたりから来ているのかなと思ったのですが、ちょっと末恐ろしい国ですね。

(2)アフリカ

坂口(豊田通商)
アフリカは、北アフリカの方はイスラム圏ということで、中東に入ると思う。アフリカもまだら模様ではあるが、産油国のナイジェリア、アンゴラなどは原油安の影響を受けているし、中国依存の高いザンビア、ガーナ、アンゴラなどは中国経済の減速の影響を受けている。

サブサハラのGDPは2014年で5%ぐらいだったのが、2015年は減速して4%ぐらいといわれているが、中東に比べると全体としては原油安の影響はもろに受けてない。その理由はやはり原油安等のメリットを受けている国も何ヵ国かあるということと、一番大きいのはアフリカで政治が非常に安定化していることである。10年ぐらい前は、国内で選挙が行われると、その選挙結果が内戦や部族間の対立にそのままつながったのだが、最近の3年内に選挙が行われたところは非常に平穏な選挙が行われて、その選挙後の新政権の立ち上がりも、非常にスムーズに行われている。この地域に対して海外からの投資環境が非常に整いつつある。

山本(双日)
アフリカに関しては2016年にTICAD VIがケニアのナイロビで開催される予定。過去、5年ごとに東京で開催していたのが、今回は3年ぶりかつ初のアフリカでの開催。資源国には経済が軟調なところもあるが、人口と発展余地を考えればポテンシャルは高い。日本政府はインフラシステム輸出など官民一体で資金援助していく姿勢であり、まだまだ取り組む余地があると思う。

(3)中南米

坂口(豊田通商)
中南米は、資源高、中国景気で、ブラジルやベネズエラ、アルゼンチンなどが潤っていたのだが、最終的に政治の力が弱かったために今は非常に混乱している。

ブラジルの今の大統領もリーダーシップがなくなった上に、ペトロブラスという石油関連会社の汚職問題などでもめている。アルゼンチンは大統領選挙を行ったが、まだ大統領が決まらない。決選投票はどちらが当選しても、経済に対して、おそらく有効な手は打てないだろうといわれている。やはりこれは「時代は繰り返す」なのだが、中南米が復活していくには政治の改善、行革が求められ、それが可能かというと、今のところ私の知っている限りでは難しそうである。

そういう中で、中南米全体の経済を引っ張っていくとすると、メキシコ、コロンビア、チリ、ペルーといった、いわゆる太平洋同盟諸国になるかもしれないという気がしている。

中湊(三井物産) 
メルコスール諸国だけでなく、太平洋同盟も最近少し元気がないと思っている。もともと加盟予定だったパナマも保留中で加盟国拡大の動きも少し停滞気味。南米全体で元気がないという印象である。

高井(司会) 
ビジネスを始めるなど、新しい投資を行うチャンスかもしれない。

6. 2016年の日本経済と商社ビジネスの展望

(1)日本経済

山本(双日)
日本経済の2016年の展望としては、ここまでアベノミクスは、期待に働き掛ける政策でデフレマインドを払拭して、ある程度は成功だったと思う。国内環境をみると、追い風としてここまでは企業の好業績があった。それにより一応勤労者の収入は若干増えているようであるが、これが2016年に続くかどうかといったところ。

一方、消費は、消費者の肌感覚での物価が上がり、あまり増加していない。期待される設備投資も計画では伸びているが計画通りに出てくるか少し心もとない。消費、設備投資というツインエンジンが点火するか疑問符が付いた状況である。また輸出についても金額は増えているが数量は減少しており、ここ3年間は数量ベースの輸出は震災前の2010年を下回っている。加えて、人手不足が産業活動の制約になるということもあり、追い風と向かい風どちらが強いかというと、向かい風の方が強いように感じる。企業業績についても中国の減速がやはり影響を及ぼしてくると思う。

外部環境をみると、追い風として米国経済が良くなっている一方で、向かい風として中国経済は減速している。資源価格下落は、消費者としてはありがたいが、企業としてはプラスばかりではない。アベノミクスは人々の期待に働き掛ける政策だが、日本は人口が減少しており、産業の高付加価値化を行い、構造的課題への対応を進めないといけない。経済成長に陰りが出てくれば、そもそも異次元緩和には効果があったのかという疑問が出てくるかもしれない。「新3本の矢」に成長戦略や構造改革が欠落しているのが少し気になるところであるが、細かい政策の効果や、あるいは一部の財投などで対応していって、2016年の日本経済は、低いながらも成長を続けるのではないかと思う。

次の関門は、2017年4月に予定されている消費再増税。どのような状況であれ、2016年秋には判断に迫られることになる。

髙井(司会)
安倍政権からは、1億総活躍や2020年にGDP 600兆円達成など、いろいろアドバルーンは出てきている。TPPが批准されるかどうかは米国が鍵を握っているので、あまり手放しで喜べないところがあるが、うまくいけば、日本にとってGDPを押し上げる効果が出てくる。しかし、2016年ではなく、もっと先になるので、TPPに対応した形で日本のビジネスモデルみたいなもの、特に商社などのビジネスモデルがあればということで、TPPにどう対応していくべきかという点が課題の一つになると感じている。

秋元(三菱商事)
安倍政権という安定した政権が誕生して、国際社会との接点を強くしてきたことは極めて肯定的なことで、国際社会の評価も一般的に高い。インフラ事業関連等を中心として、首相自らのトップセールスも行っており、企業団体と一緒のミッションで訪問することなどもありがたいことである。

TPPに関しては、日本が交渉に参加して約2年で大筋合意までこぎ着けたことから、安倍政権の積極的な関与姿勢が評価できる。地域を基盤とした貿易協定というのは、開放的な気持ちを強く意識しなければ、閉鎖的なものになっていく可能性がある。地域貿易協定と安全保障との関係を指摘する方もいるが、日本としてはアジア地域のオープンなトレードということを絶えず念頭に置いて対応することが重要である。

TPPが大枠合意したことで、次は欧州連合とのEPAが重要になってくる。日本の主要産業である自動車を考えてみると、欧州の市場にはなかなか入り込めていない。欧州全体では、世界で一番大きな経済圏でもあるので、自由貿易を広げていくことを志向する日本としては、王道を歩む形で訴えていくことで、経済活動の領域も拡大する。

髙井(司会)
TPPの最大の障害だと思っているのは米国の議会で、これが、一番ハードルが高いのではないか。米国について秋元さんの率直な意見を伺いたい。

秋元(三菱商事)
楽観はできないと思う。なぜ楽観ができないかというと、ハッチ上院議員など、TPPの承認に直接的に影響力を及ぼせる有力議員が、正面から反対を唱えている。また、現在、大統領選挙の核となっているクリントン前国務長官も、TPPに反対をしている。クリントン前国務長官の発言は、選挙中のレトリックかもしれないが、議会では実際に賛否が拮抗していると思う。これまでの議会における通商協定の投票も非常に僅差であり、楽観は許さない。しかし、最後はやはり議会の良識が帰趨を決めてくれるのではないかと期待している。

中湊(三井物産)
TPPはもちろんしっかりと批准に持っていかなければいけないが、他のメガFTAの通商交渉にどういう影響が出るかもみておかなければいけない。秋元さんのお話にあった日EUのEPAは大変大事だと思う。年内に大枠で合意したいという動きだったがなかなか難しい。やはりEUとの間では自動車関係が鍵だと思う。EUと韓国の間で結んでいるFTAでは乗用車は5年で関税を撤廃することになっているが、日本はTPPでは25年で合意した。この状況で、EU側からTPPで長期間の猶予を認めていながら、EUには5年を要求するのかといわれると、なかなかここは難しいところがあると思う。

また、TPPに関しては例えばフィリピンや台湾などが手を挙げているが、中国は本当に入らないのか。おそらく難しいと思うが、頭に置いておかなければいけないと思う。朱鎔基元総理が、国内の経済改革を進めようとするときにあえてWTOに加盟することで外圧を使った例も過去にある。おそらく、メーンシナリオではないと思うが、もし中国がTPP加盟に手を挙げる時はそこまで追い詰められている時という見方もできる。

秋元(三菱商事)
米国は、首席交渉官や閣僚の交渉があれば、米通商代表部の誰かが北京に赴き、しかるべくブリーフィングをしているので、米中間の情報共有は進んでいる。いずれにしてもTPPは発効しなければ、次の加盟希望国との正式交渉は開始しない。なお、最近、インドネシアのジョコウィ大統領もTPP参加の意向を表明したが、継続的にTPPがオープンな貿易協定であることを訴えることは重要である。

(2)商社ビジネス:非資源分野の展開


伊藤忠商事株式会社
伊藤忠経済研究所所長
秋山 勇氏

秋山(伊藤忠商事)
非資源ビジネスの分野は大変に広範で、インフラ、食料、衣料、生活関連、住宅関連、機械、化学品、その他サービスを全て含む。当社の場合、この中でも実績があり強みを発揮できる生活消費分野に特に注力している。どういった分野でも、全体のトレンドを捉えるマクロ視点と顧客に近いミクロ視点の両方からの目利きが必要だが、生活消費系の狙い目は半歩先を狙うような感覚だと思う。非資源分野のトレンドを考える上での自分なりの注目点を挙げると、一つ目は世代交代であり、二つ目は、eコマースの進化である。

「世代交代」は顧客層の変化に表れる。米国の場合は労働人口の4割近くがいわゆるミレニアル世代であり、彼らがこれからの消費トレンドをつくる。デジタルネイティブで、エコに敏感、社会貢献に関心が高い、といった彼らの価値観は、従来の消費の主役であったベビーブーマー世代とまったく違う。ということは、クレジットカードやマイホーム、ショッピングモール、ファストフードなどに代表される米国の今までの代表的な消費モデルが変貌してしまうことになる。中国でも1980年代生まれのバーリンホウ、90年代生まれのジゥリンホウなどに代表される若い世代が消費トレンドを形成する。日本の場合は、短期的にはむしろお金持ちの高齢者が消費トレンドの鍵になるかもしれない。こういった人口統計の変化や社会変貌の兆しは、頭では理解できても、目に見える日々の変化はゆっくりであるため、認識が追い付かない。やはり答えは常に現場にあるというのが世代交代の鍵である。

一方の「eコマースの進化」は、小売りなどをみると、書籍や衣料品にとどまらず、生活雑貨、生鮮食品を含む食料品まで幅広く、ごく普通に取り扱うようになっている。売り手と買い手の距離が大変縮まるとともに、活躍するプレーヤーが非常に増えた。機動力のある個人起業家が一気に新規参入するチャンスも広がっている。一方で商品の品質管理やアフターサービス、ロジスティクスなど、いわば商売の基本部分が顧客に非常に注目されることにもなるので、ここは現場感覚を持ったプロの商売人、すなわち既存の優良プレーヤーにも新たなチャンス到来になるのではないか。

美甘(丸紅)
先ほど、TPPの話が議論になったと思うが、商社のビジネスの原点に返るということでいえば、サプライチェーンの構築が一つの鍵になるのではないかと思っている。食料の事例でいえば、トウモロコシを調達した後、倉庫に搬入、飼料を生産、それを畜産農家に提供する。飼育してから食肉に加工し、流通プロセスに乗せ、最後は小売りの店頭に並べる。この一連のサプライチェーンの中で、各段階に出資して人を派遣し、安定的な商流を確保するのが商社のやり方である。そういうことが日本だけに限定されることなく、多くの国にまたがった形で実現させることも可能である。つまり、TPPをはじめとするメガFTAが誕生すれば、域内での国際分業体制にまで落とし込んだ上で、サプライチェーンの各段階に関与していこうということである。今後、こうしたビジネスモデルが幾つか構築されることを期待したい。

髙井(司会)
インターネット・オブ・シングスということが秋元さんから先ほど出たが、これどうですか。金融の世界ではFinTecなどもあるが、GEは、シリコンバレーで人を雇うなど、昔のGEではない方向を目指しているようだが、そういう流れの中で、商社が何をすべきか。場合によっては中抜きされる可能性もあるが、その辺のところは皆さんいかがでしょうか。

中湊(三井物産)
まさにインターネット・オブ・シングス、あるいはビッグデータの世界への取り組みだが、当社はICTを基盤にして新たなビジネスを創出するための本部として、2015年4月にICT事業本部を立ち上げた。ICTの活用がまだ十分ではない産業とICTを組み合わせることで新しい事業モデルの構築に取り組むことを目指している。

まだ1年たっていないが、いろいろな案件への投資に取り組んでいて、例えば、農業関連のビッグデータを分析して精密農業へ展開する農業ITの分野、患者に負担を掛けない形でセンサーを装着し、データ解析により医療に生かしていくヘルスケアITなどである。鉱山機器にセンサーを付けて資源会社の生産性向上やコスト削減をもたらすソリューションの提供を目指す鉱山ITも検討を始めている。また社内制度として、イノベーティブな案件により取り組みやすくするため、イノベーション推進委員会をつくり、従来の事業投資判断とは違うルートで、もう少し長期的、あるいはイノベーティブな案件に関してもテイクアップできる体制をつくっている。

髙井(司会)
目先の利益を追い掛けないわけですね。

中湊(三井物産)
長期での利益は追わないといけないので、ある程度タイムスパンを長くして取り組んでいくシステムであると思う。2012年から始めて、これまで8つの投資案件に推進判断を下しており、将来の大きな成果を期待している。

秋元(三菱商事)
インターネット・オブ・シングス、インダストリーインターネットはかなり幅広く、生活、ビジネス、全てに関与することだと思う。その中で、一つの鍵となるのは消費者の周りであり、ここで多様化や高度化が起きている。商社としては分野という捉え方があると思うが、分野とともに商社の機能としてこうした変化を考え、自ら新しい市場を開拓していく。そういう構造変化の一端を担っていくプロアクティブな取り組み方ができればいいと思う。

坂口(豊田通商)
インターネット・オブ・シングスの進化は商社にとって脅威であり、またビジネスチャンスではないかと思っている。脅威というのは、先ほどお話があったように、今まで商社が得意としてきた、世界の情報を基に、どこにどういうデマンドがあり、どういうサプライソースがあるかをある1ヵ所で結び付けて商売をするというビジネスモデルが商社の専売特許でなくなりつつある。このインターネットの進化によって、eコマースしかり、他のシステムの進化しかりで、商社がなくても瞬時に素人でも売買できるようになってしまうところは非常に脅威だと思っている。

一方、インターネット・オブ・シングスそのものについて、非常にこれから意味を持つ分野と、やってみても役に立たない分野が出てくると思う。これはやってみなければ分からない。やってみるという意味では、今の商社はいろいろな分野にいろいろな事業領域を持っているので、いろいろな分野のことを取りあえずやれる、トライできるという優位性はある。メーカーなど特定の業者であれば、自分たちがこれまでやってきたところでしかトライできないが、いろいろな分野にトライして、役立つもの、付加価値を生む分野を見つけられるという意味では、商社にとって、これは勝機ではないかと感じている。

秋山(伊藤忠商事)
インターネットは一つのツールとして極めて重要であり、流れに乗ってうまくやらなければいけないと考える一方で、やはり商売の基本とするのは、良い商品やサービスを、ニーズがあるところに、タイムリーに提供することであって、これは何時になっても変わらないと思う。日本は非常に消費者によって良い国で、観光客が大勢日本に来るのもよく分かる。日本で売れている商品やサービスは世界に通用する魅力がある。いろいろなメード・イン・ジャパンが新興国のアジアや中国でも展開できよう。中国の爆買いというのも、本当は飛行機に乗って日本に行きたいけど行けない人たちが友人や知人に代理購入を頼んでいるという商品も多く含まれる。こういったニーズをタイムリーにつなげるサービスなどもチャンスが出てくるので、ぜひもう一度日本を見直してみたい。

山本(双日)
IoTにせよ一般的な情報にせよ、情報化社会においては、情報量が爆発的に増えていく中で、多くの情報からいかに価値のある情報を取り出すかが鍵であり、そのような情報を見つける分析力やクリエーティブな想像力が求められている。これらは私たち商社が顧客に提供できることではないかと思う。

美甘(丸紅)
皆さんが議論してきたビジネスについていえば、商社にとって新たな分野で新たなビジネスモデルが構築されるということだ。ここでの論点は、商社としての機能をどのような形で提供していくのか。どのようにして機能を開発していくのか。そこを常に考えておかないと、ビジネスへの関与はそう簡単にはいかないと思う。繰り返すが、われわれとして、顧客に評価される機能をいかにして創造していくか。そのための人材育成をどのように進めていくべきかといった視点も忘れてはならない。

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