2018年に注目する国・人・コト

伊藤忠商事株式会社 伊藤忠経済研究所 所長秋山 勇
丸紅株式会社 丸紅経済研究所 所長今村 卓
豊田通商株式会社 常勤顧問坂口 肇
住友商事株式会社 執行役員
住友商事グローバルリサーチ株式会社 社長
髙井 裕之
三菱商事株式会社 調査部長武居 秀典
三井物産株式会社 執行役員
株式会社三井物産戦略研究所 社長
山口 裕視
株式会社双日総合研究所 副所長 主任エコノミスト山本 大介
一般社団法人日本貿易会 常務理事(司会)
岩城 宏斗司

岩城(司会)
本日は日本貿易会月報1・2月号の巻頭を飾る座談会のため、商社のシンクタンクおよび調査部門代表の方にお集まりいただいた。「2018年に注目する国・人・コト」というテーマで、事前にキーワードを挙げていただいたが、そこから浮かび上がった共通の関心事項を中心に意見交換していきたい。各論に入る前に、髙井さんから「2018年の国際政治・経済情勢」全般のお話をお聞きしたい。

1. 2018年国際政治・経済情勢


住友商事グローバルリサーチ株式会社 社長
髙井 裕之氏

髙井(住友商事)
2018年の世界情勢については、次の3点で表現できる。①後退する協調(和)と台頭する自国中心主義(力)、②地政学リスクを尻目に楽観が広がる世界経済とマーケット、③静かに増殖する計測不能(価値破壊)リスクだ。特に戦争リスクともいえる③が不気味だ。2017年はトランプ大統領に象徴される自国中心主義が世界を席巻した。テロや国際紛争も頻発したが、経済成長や株価は堅調でゴルディロックス(適温)経済が続いている。背景には中国経済の持続的成長の寄与や、米国FRBの金融政策、また油価、物価、失業率の安定もあり、IMF世界経済見通しでは2017年は世界全体で3.6%と高い成長率を予測している(図1)。2018年も基本的にこの流れは続くと考えられるが、2019年半ばには、後退局面が訪れる可能性があるとみている。リーマン・ショック以降、日米欧中央銀行がバランスシートを膨らませて金融緩和を継続してきたが、FRBが引き締めに転じたことで、新興国には試練がやってくる(図2)。FRBのトップ人事は決まったが、空席の理事の後任人事も気になるところ。日本経済は外需頼みながら長期安定成長を続け名目GDPは2017年に過去最高(1997年537兆円)を超え、企業業績は過去最高益を更新、設備投資も加速してきた。雇用は回復しているが、所得と消費の拡大は道半ばの状況である。商品市況は、供給余力を反映して二極化、非鉄金属はおおむね上昇したが、農産品は下落、エネルギーは横ばいであった。2018年は需要側のリスクも予想している。為替については、円金利は変わらないもののドル金利が上がるため、普通であれば円安が進むと考えられるが、地政学リスクを踏まえた円高リスクも考慮し、105 - 120円で推移するのではとみている。

山本(双日)
貿易動向調査委員会で2018年度貿易見通しをとりまとめているが、貿易増加率が経済成長率を上回り、「スロートレード」から脱却の兆しがはっきり出ている(日本貿易会月報2017年12月号記事を参照)。


図1


図2


2. BREXITとEU

岩城(司会)
2018年は11月に米国中間選挙がある。2019年3月のBREXITの枠組みも2018年秋口までには合意する必要がある。まずは2017年も一連の選挙が耳目を集めたEUからお聞きしたい。


伊藤忠商事株式会社
伊藤忠経済研究所 所長
秋山 勇氏

秋山(伊藤忠商事)
このところ世界各地でグローバル化へのアンチテーゼの風が吹き、英国民投票によるEU離脱決定やトランプ氏の大統領選勝利で象徴的に見られた、「移民排斥」や「自国ファースト」のような「排除の論理」が堂々とまかり通る空気があふれている。しかし欧州で始まったこの流れに一石を投じたのも欧州。極右勢力台頭が懸念される中で注目された、2017年、欧州主要国の一連の選挙では極右の台頭はいったん阻止された。ただし逆に見れば、極右勢力が民主的な選挙で少数ながらも一定の市民権を得た、といえる。ドイツをはじめとする、欧州各国の政治的な安定が強く望まれるが、2018年の最大の注目はBREXITの交渉の行方。BREXITは2019年3月という期限以外はほとんど何も決まっておらず、このままでは企業としても準備・対策ができない。一方で英国の国民投票当時とは、移民・難民の元凶であったIS問題の状況なども変わっている。いろいろな要因を踏まえいま一度判断を見直しする、といった流れになる可能性もなきにしもあらずだ。いずれにしても欧州の政治的不協和音は世界への影響が大きい。

山本(双日)
秋山さんと重なる点もあるが、EUに注目するポイントは国やEUの在り方を巡る「価値観の揺らぎ」である。ドイツは国内でのメルケル首相の政権基盤弱体化がEUでのイニシアチブ低下につながる。フランスはやる気はあるがリソースがない。カタルーニャなど地域独立を求める動きも続いている。民主主義/民主的制度は求心力と遠心力のバランスによって維持されるものだが、EUでは各国内での求心力が強過ぎて、EUとしては遠心力に働き、活力や意思統一能力の低下をもたらしている。

山口(三井物産)
EUに関しては別の視点から、マルグレーテ・ベステアー欧州委員に注目している。主として競争政策と税の観点から欧州委員会と巨大IT企業が係争中だが、彼女はその担当欧州委員であるとともに、まさに象徴的存在。急成長を遂げる巨大IT企業とそのビジネスモデルが、現代社会とどのように折り合いをつけていくか、2018年の進展を見守りたい。巨大IT企業を巡る批判は以下4点に類型化できる。①インターネット検索などでの支配的立場乱用の問題、②税回避の問題、③検索、広告等のアルゴリズムの不透明性、個人情報の扱い等、ビジネス運営にまつわる問題、④フェイクニュースの拡散に対するプラットフォーム提供者としての社会的責任。①、②については、現行法や制度を修正することで対応が可能な側面もあるものの、③については、主要国の意見も自国企業の立ち位置を反映してバラつきがある。④については、誰がどんな基準に基づいてフェイクと判断するのか、表現の自由とのバランス等をどう考えるのか、非常に難しい課題。

3. 価値観の相対化


丸紅株式会社
丸紅経済研究所 所長
今村 卓氏

岩城(司会)
世界におけるルールメーキング、価値観などにも大きな変化が出てきていると思いますが、いかがでしょうか。

武居(三菱商事)
欧州は、世界における経済的プレゼンスは低下傾向にあるが、ESG投資やデータ保護規則(2018年5月にGDPR運用開始)などのルールメーキングで、世界をリードしている。ただし、データ保護規則が米国系IT企業をかなり意識したものであるように、世界のルールを巡る欧米間の対立という色彩も強まっている。

今村(丸紅)
巨大IT企業という場合、米国勢のみならず中国の2社(テンセントとアリババ)の存在は無視できない。欧米だけでは世界のルールは決められなくなるのではないか。

武居(三菱商事)
その点では、中国勢が真っ先に展開している東南アジアがどうなるか。中国のプレゼンスが高まり、欧米とは異なるルールが支配する地域となる可能性も念頭に入れておくべきだろう。日本企業にとっても重要市場だけに気になるところ。

髙井(住友商事)
この夏インドの状況を見てきた。日本でいうマイナンバー制度「アーダール(Aadhaar)」が既に11億人に適用され、公的な手続きだけでなく買い物などもこれなしにはできないところまで進んでいる。話題になった高額紙幣の廃止もデジタル決済化促進の一環で、デジタル化によって政府が個人を管理している。中国やアフリカなども同様の方向に向かっており、プライバシー保護を重視する先進国と考え方が二極化している。

山口(三井物産)
ご指摘の通りで、デモクラシーや自由経済などこれまでグローバリゼーションを支えてきた価値観が相対化し、新しい分野でのルール形成は今後一層困難になる。2000年にはデモクラシーや自由経済を是とする国々の経済規模は、世界で圧倒的比重を占めていたが今はそうではなく、中国、インドや新興国の台頭で、経済力や価値観に加え、ルール形成力といったものも相対化している。

坂口(豊田通商)
アラムコが米国や欧州市場での上場を模索する中、一方、非上場のままで中国の投資を受け入れるという話も出ている。経営の透明性を強く求める欧米の証券市場の事を考えると、全くあり得ない話ではない。金余りを背景にブラックロックに代表される資産運用会社が急成長している。運用額の1兆ドルクラブに16社といわれるが、運用状況の透明性は低い。中東の政府系ファンドも含め、世界経済を動かす力になりつつあるだけに、今後問題になってくるのではと考えている。

4. 米国の立ち位置の変容


株式会社三井物産戦略研究所 社長
山口 裕視氏

岩城(司会)
 「米国」を注目と挙げた皆さんにその理由をお聞きしたい。米国は従来デモクラシーや自由経済をけん引してきたが、状況はいかがか。

山口(三井物産) その米国がまさにグローバリゼーションの変容をもたらす最大のプレーヤーとなっている。トランプ政権は通商協定を国際公共財ではなく契約と捉え、米国に貿易赤字をもたらす協定は見直しが必要と主張している。従来の基本思想と異なるもので、現実の通商協定等にどのような変化をもたらすか、大きな関心を持っている。国内事情としては、米国を含むOECD諸国におけるジニ係数は上昇傾向にあり、中間層が低所得層と高所得層に分解、政府、企業、メディア等既存組織に対する信頼度、つまり社会秩序への信頼が揺らいでいる。その結果、健全な世論形成、さらには新しいルール形成での政治的リーダーシップ発揮が困難となっている。このような状況を背景に米国は国際公共財を支える立場から遠ざかりつつある。

今村(丸紅)
トランプ氏の大統領選勝利は、オバマ前政権が理想主義で世界をリードしようとしたことに対する反発の結果という側面が強かった。だから、トランプ政権の発足前は、反発が一層強まるのではと思われたが、現実は違った。米国内では、あまり変わらなかったという認識が広がっていると思う。しかも、これから反発が強まることもないだろう。トランプ大統領の支持率は低く、中間選挙では共和党が後退する可能性が高いからである。米国は今の政治から変化は生じることはないのではと思われる。一方で、FacebookのザッカーバーグCEOやアマゾンのベゾスCEOなど巨大IT企業の経営者が政治の分野にも乗り出す動きを見せている。今後の変化の芽としては、こちらにより注目したい。

岩城(司会)
米国政治からは大きな変化は生じないというのは、どういうことか。

今村(丸紅)
トランプ政権になって米国は世界のリーダーを担うことに消極的になったが、トランプ氏が大統領選で唱えた露骨な自国優先主義といった反動は強まっていないことである。トランプ氏が選挙戦で唱えた「政治的正しさ」への異議も社会には浸透していない。逆に、リベラル志向の強い米国のミレニアル世代からトランプ氏やその支持層の持つ価値観への異議が強まっているようにみえる。この世代は2016年大統領選への関心が低く目立たなかったが、このところ表に出始めている。ただ、この世代も米国が世界のリーダーとして復活するのを支持する気はなく、基本的に内向きという限界がある。

髙井(住友商事)
米国が価値観のリーダーとして再登場することはないのか。

坂口(豊田通商)
中間選挙は非常に重要だ。一般的に共和党が後退するという見方が強いが本当にそうか? ミドル層以下のトランプ支持は根強い。もし中間選挙でトランプ政権が信認されるような結果が出ると、米国は世界のリーダーポジションから完全に降りる事となる。米国は完全に内向きとなり、世界のゲームルール、パワーバランスが大きく変わる。

山本(双日)
トランプ大統領は「選挙区ファースト」。自国の立ち位置には関心がない。今の米国に国際公共財の提供者の役割を期待しても無理だ。

今村(丸紅)
トランプ氏を大統領に押し上げたミドルクラスの要求を政策化する手段やルートが見えてこないことも気になる。米国の次の芽がそこから出てこないとすれば、当面は混迷の時期が続くと思う。

秋山(伊藤忠商事)
米国の注目点と言えば、やはり2018年も、好き嫌いはさておきトランプ大統領。アクは強いが、次から次へと話題を繰り出し、とにかく熱烈支持者を飽きさせない。反トランプの主要メディアもトランプ氏にいいようにやられている。トランプ氏の目標は何か政治的事業を達成するのでなく、あくまで「勝ち続けること」のようだ。2018年は中間選挙を控え、自分の熱烈支持者に加えて、共和党支持者全般にもアピールする政策を進めると思う。すなわち「雇用」をキーワードにした通商交渉や、インフラ投資がポイント。また北朝鮮情勢しだいでは、対中戦略に本格的に乗り出してくるのかもしれない。

5. 地政学的リスクが高まる中東


豊田通商株式会社 常勤顧問
坂口 肇氏

岩城(司会)
続いて、米国の立ち位置変容の影響をもろに受ける中東について伺いたい。

坂口(豊田通商)
地政学的観点から中東を見ると、長らくイラン、トルコ、サウジアラビア、エジプトの4大国の影響力が強く、米国が調整役の機能を果たしてきた。オバマ前政権以来、米国の中東地域に対する関心が低下し、入れ替わりにロシアと中国が入ってきた。イランが核合意で経済的にも力を回復し、域内での影響を強める中で、エジプトの影響力後退、サウジアラビアの内政動揺などで構図が複雑化した。サウジアラビアは、足元では改革に伴うあつれきや王族拘束など不安定要因が注目されているが、世代交代に一定の動揺は不可避であり、圧倒的多数の国民はムハマンド皇太子に期待している。期待の背景は、①若さ(政策の継続性)、②改革の中身が若者の価値観に合致すること、③トランプ大統領や各国実業家とも対等に話せる国際派であることの3点にある。もしムハンマド皇太子が国王に即位すれば改革が一層本格的に動き出す。この可能性にも注目したい。ただし、足元、トランプ大統領がイスラエル寄りの発言をしていることにより、 トランプ政権との連携を外交の柱の一つとしてきたムハンマド皇太子の立場が微妙となっていることが懸念される。

秋山(伊藤忠商事)
やはりアラブの盟主サウジアラビアと存在感復活のイランを軸に中東情勢が展開するとみている。サウジアラビアの改革はイランの経済近代化を見て焦っている側面も感じられる。王族大量拘束のニュースでは原油価格にもインパクトがあったことが目に新しい。原油の需給に直接関係ないサウジ国内事案が油価に影響を及ぼすことは、油がジャブジャブ余っていたOPEC減産前ならば、なかったのではないだろうか。併せて、中東ではトルコにも注目したい。ギュレン派やクルド問題を巡って米国との関係が悪化しているが、いずれもトルコにとっては安全保障に関わる重要問題で、容易に妥協できない。まだ話題性として注目するレベルではあるが、女性党首が新党を立ち上げエルドアン大統領に対抗する動きもあり、今後の展開が興味深い。

髙井(住友商事)
原油価格について言えば、9月末あたりから市場で90ドルコール(90ドルで購入できる権利)や100ドルコールのオプションが買われている。これは、原油価格急騰の保険を買う行為であり、中東の地政学リスクの高まりを示している。ただ原油相場そのものはリバランスが進んで、需給が均衡してきており、もう少しで在庫も5年平均値に落ち着く。当面は下値が堅調で50ドルは割れない相場展開を予想。なお、サウジアラビア情勢について、基本認識は坂口さんと同じだが、中東のウォーレン・バフェットともいわれるアルワリード王子を逮捕し、2兆円ともいわれる資産を凍結したのは、外国人投資家にも資産凍結リスクを連想させマイナスだった。メディアは皇太子ばかりを取り上げているが、以前から汚職をなくそうとする動きはあり、今回の件も国王と緊密な連携の下にやっていると思う。

今村(丸紅)
サウジアラビアの国内改革は、米国においても評価が高い。一方で、最近のサウジアラビアの周辺国への対応は危なっかしい側面が目立つだけに、注意が必要である。

髙井(住友商事)
ロシアの動向にも注目すべきだろう。今や米国に代わって中東各国と対話できる存在だ。OPECでも非メンバーなのにワイルドカードを握っている。

坂口(豊田通商)
プーチン大統領は米国と違って戦略に一貫性があるのが強みだ。一方で、ドーピング問題に対し、ロシア選手の個人資格でのオリンピック参加を認めるなど柔軟性もある。

6. プーチン政権下のロシア

岩城(司会)
そのロシアについては2018年3月に大統領選挙が予定されている。内政・外交をどうみているか。

髙井(住友商事)
プーチン大統領が強過ぎて、外の人間は未来永劫(えいごう)大統領の座にとどまるくらいの見方をしているが、ロシア国内にはもう一期(6年)で交代とみている有識者もいる。実際、現内閣にも若い世代を入閣させており、後継者育成との見方もできる。プーチン大統領の問題は、経済にあまり関心がないこと。国営企業の優遇で民間セクターが育っておらず、国家財政に依存した経済構造から脱却できない。このような体制は長続きしないし、そもそも油価60ドルくらいでは経済
は相当苦しい。

今村(丸紅)
ロシアはトランプ政権誕生で米国との関係改善を期待していたと思う。だが、ロシア疑惑(トランプ政権とロシアの不明瞭な関係を巡る疑惑)の拡大により、かえって米国内の反ロシア感情が強まり、米議会が超党派で同疑惑を追及するなどで結局実現していない。欧州諸国との関係も改善できていない。制裁が経済にボディブローとなって効いている。

7. 独自の価値観で世界のリードを打ち出した中国

岩城(司会)
中国は共産党大会も終わり、習近平政権が2期目に入る。

山口(三井物産)
「価値観の相対化」という視点から中国に注目すると、2017年10月の共産党大会で、「社会主義現代化強国」として国際社会を主導していく方針を明示したことは重要だ。欧米が重視する民主主義や自由主義とは異なる価値観に基づく独自の発展を追求し、米国と並ぶ大国として外交を展開しようとする姿勢がうかがえる。一帯一路を多様な国が参加する国際公共財として位置づけ、気候変動防止にも積極的に関わっていく姿勢は、米国と対照的であり、今後の具体的展開が注目される。

髙井(住友商事)
先の共産党大会では鄧小平時代が終わったことを内外に示したことが重要で、これから真の意味で習近平体制がスタートするが、「独裁」ではなく「独走」だという見方もある。山口さんご指摘の通り、独自の中国モデルに自信を持ち、国営企業改革や民営化もこれ以上は進めない方針だ。日米欧の企業は、異なる枠組みに支えられた中国企業との厳しい競争を覚悟する必要
がある。

秋山(伊藤忠商事)
中国の国営企業改革動向は注視しているが、どうもわれわれが思い描いていた民営化的な改革ではなく、むしろ国営企業を強化するために民間を活用する方針だ。しかし市場によっては民間がどこまで関与できるか分からない。一方、成長分野については、情報面での管理・統制をしっかり押さえた上で、外資を含む民間企業の力を期待しているようだ。

髙井(住友商事)
2018年には日中平和友好条約締結40周年を迎える。党大会後日中関係は急速に改善しており、2018年に安倍首相の訪中、2019年早々には習近平国家主席の来日が実現するのではとみられている。日中関係がさらに改善することは、日本企業にとってもありがたいことだ。

8. アジア

岩城(司会)
武居さんは注目地域として東南アジアを挙げているが、ポイントは。

武居(三菱商事)
東南アジアは、足元の経済はよく見えるが、案外基盤は弱い。好景気が続いているうちに、どれだけ構造改革ができるかがカギ。インドネシアは資源価格が安定している間に、どれだけ資源に頼る経済構造から脱却が進められるか、楽観できない。タイは2018年末の総選挙と民政移管を予定通り実行できるか。生産拠点として、ベトナムやフィリピンの台頭で、タイでなければという強みが見えにくくなっており、政治混乱があれば、外資の動向がますます流動的となる。一方、インドは、経済構造改革に不可欠な政治的リーダーシップがある国で、今後の発展に期待している。中国企業の東南アジア進出は、インフラ中心からEC、リテール、モバイル決済などソフト分野に中心が移りつつある。日本勢としても出遅れないよう強い危機感を持つべきだろう。

髙井(住友商事)
インド、モディ首相のリーダーシップは傑出している。クリーンでブレーンもそろえ、国民の尊敬・支持も厚い。高額紙幣廃止やGST導入には短期的な混乱もあるが、中長期的な観点から断行した。商社も悩まされてきた州またぎ税制の問題は、GST導入で解消される見込みで、直接投資も円滑になるのではないか。また、日印は首相同士も関係が良好だ。ビジネスと政治の両面で、日印関係の発展に注目したい。

9. 日本


三菱商事株式会社 調査部長
武居 秀典氏

岩城(司会)
地域別では最後になるが、日本について、注目点・見方をお聞かせ願いたい。

今村(丸紅)
つい最近までワシントンに駐在して海外の目で日本を見ていたが、なぜ日本だけが欧米で生じている政治的な変化と無縁なのかが不思議だった。自分なりの分析では、①移民が少ない、②日本の政界に米国の共和党に当たる存在がなく米民主党に近い狭い政策的枠組の中で各政党が争っている、③企業業績が堅調、④人口減少で雇用不安が顕在化しないという4点がポイントではないかと思っている。足元では不安要素は少ないが、中低所得層を中心に国民生活の安定は実質的には国家財政で支えているようなものであり、経済と財政の構造改革が進まないと中長期的には大変なことになりかねないと心配している。

武居(三菱商事)
経済が好調なので注目されないが、アベノミクスのそもそもの目標(デフレ脱却と潜在成長率の引き上げ)は達成されたとは言い難い。財政再建や経済構造の改革が進んでいない。一強内閣で実行できなければ、今後、誰がこうした痛みを伴う改革を実行できるのか。政権基盤がさらに安定した今次内閣で、今後4年間、どこまで改革を断行できるか注目したい。

山本(双日)
価値観が揺らいでいる世界で、安倍政権は足元「いい立ち位置」にいるのではないか。統計で見ても国民は暮らし向きが良くなっていると感じており、地政学的リスクへの対応には強い政権が必要とも感じている。国際政治では米国を補完する役割になり、ロシア、インドなど各国首脳との距離感も近い。一方で、財政健全化、少子高齢化対策、日中関係などの課題は待ったなしだ。

髙井(住友商事)
アベノミクスの目標であるデフレからの脱却についてだが、私は既に「数字からみてデフレではないが、脱却宣言をしていない」状態にあると考えている。物価上昇なき好況という現状とデフレの混同も発生しており、日銀も物価目標一辺倒でなく、どういう経済を目指すのかうまくアピールしたらいいのではと思っている。

武居(三菱商事)
まだ国民が将来に希望を持てていないことから、本当の意味で、デフレから脱却したとは言い難いが、おっしゃる通り、どういう経済を目指すのか、その姿を明確にすることが必要だと思う。政府と日銀には、安心できる将来像を国民に提示してほしい。この姿がなければ、政策も場当たり的、総花的になり、効果も期待できない。

10. 技術革新と小売り破壊、AI


株式会社双日総合研究所
副所長 主任エコノミスト
山本 大介氏

岩城(司会)
最後に、事前アンケートで注目するコトとして技術革新やAIを挙げたお二人にそれぞれコメントをいただきたい。

秋山(伊藤忠商事)
AIやIoTに代表される技術革新は、突然既存ビジネスや産業構造を一変させる可能性を持つ。スマートフォンやEVもその例だが、2018年に進展が見込まれるコトとして私が特に注目するのはECによる小売り破壊だ。例えば米国では、昨年来、老舗百貨店や有名衣料品チェーンが店舗の大量閉鎖を発表し、ショッピングモールにおける空テナントの急増をもたらした。リーマン・ショック以降、雇用市場をけん引してきた小売業の雇用者数が2017年は数万人規模で減少した。元々オーバーストアだったところへ、アマゾンなどのECが急速に拡大したことが背景にある。また中国ではECが毎年2桁成長を続けており、「独身の日(11月11日)」のショッピングは、中国の消費文化イベントとして確立した。ECから派生した電子決済サービスは生活インフラの一部として定着し、屋台でも現金が使えないくらいキャッシュレス化が進み、それがさらに派生型ニュービジネスにつながっている。元々、先進国では、伝統的小売店→百貨店→スーパー→専門店→ショッピングモールといったように、消費者ニーズをくんだ店舗開発の歴史があり、その延長でEC に到達した。今後は、小売りや決済インフラの不十分な地域で、一足飛びにECが普及するワープ現象が発生するかもしれない。ECが世界の小売ビジネスを大きく変貌させる可能性に注目する必要があろう。当社では、消費をドライバーに経済成長を続ける中国市場でのECを強化すべく、越境EC ビジネスに着手している。

山本(双日)
注目するコトとして「AIがもたらすヒトと社会の変化」を取り上げたい。AIは利便性以外に、ヒトの性格、経験、趣味、嗜好(しこう)を理解し、それに合わせた対応もできるようになりつつある。AIがヒトの望むことや感情・表情も理解するようになると、かえってヒトの機能が退化し、ヒト同士の意思疎通にもAI が介在するようになるのではないかと危惧している。AIに親和性が少ないものが切り捨てられるのみならず、AIの処理能力がヒトの能力を決定づければ能力イコール財力となって、格差を拡大しかねない。AIの影響力に鑑みれば、人間社会にとってAIがどのような/どれくらいの存在であるべきかを真剣に考えておく必要がある。2018年がその始まりになればと願っている。

山口(三井)
同意見である。別の言い方をすると、今後Digital Transformation がどのように進展し、産業や社会のありようを変えていくか要注目。技術の進展によりつい最近まで難しかったビジネスモデルが普及し始めている。人やモノが今や「データ発信器」と化して、常時膨大なデータが蓄積され、これらを基に新しいビジネスが始まり、進化しつつある。データを蓄積し活用したものによるWinner takes allの構図が起こり、更なる格差拡大や、教育の在り方等、大きな問題を突き付ける。今後のヒトや社会の変化に、社会全体として、あるいは個々の立場からどう対処していくかは深淵な課題。

岩城(司会)
われわれの未来には、不安や懸念よりも、夢や期待を膨らませていきたいものです。本日は長時間にわたりどうもありがとうございました。

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