中国鉄鋼業の現状と展望

丸紅経済研究所 シニア・アナリスト
李 雪連

中国では、高度成長期の終焉に伴い、大量投資・大量生産・大量輸出の成長モデルに基づき構築してきた生産設備の過剰問題が顕在化している。政府は、2016年を「供給側構造改革」の元年と位置付け、鉄鋼を中心に本格的な対策を講じている。今後2-3年は過剰生産能力の除去が急務であり、さらに、10年の時間軸では、宝山鋼鉄と武漢鋼鉄の統合を皮切りに業界全体が統廃合の時代に入る。今後の留意点として、「雇用の安定がボトムラインである」という政府の基本スタンスを理解する必要がある。また、大気汚染対策を公約しているため、2018年の春にかけて鉄鋼の減産や建築工事停止など史上最も厳しい環境規制が発動されている。

注目点の第一に、過剰生産能力の除去について、前向きな進展が確認されていることである。中国の鉄鋼生産は国内需要の7億tと輸出向けの1億tを合わせた8億t程度で2013年以降頭打ちになっている。それに対して生産能力は2015年時点で12億t以上ある。政府目標では、2020年までの5年間において、新規建設が禁止されると同時に、粗鋼生産能力を1億-1.5億t削減する。初年度となる2016年には、目標(4,500万t)を超過する6,500万tの削減を達成し、2017年も5,000万tの目標に対し、5月末時点で4,000万t以上と順調に削減が進捗している。この結果、2015年に67%と史上最低を記録した稼働率は、2017年通年では80%程度に改善する見込みである(図表1)。


(注)2016年(除く生産量)・2017年:丸紅経済研究所予測値
(出所)中国鉄鋼工業協会、工業情報化部、国家統計局、CEIC、WIND等より作成


統廃合については、鉄鋼産業集積度(上位10社のシェア)を現在の34%から2025年に60%に引き上げるのが政府の計画である。国有企業・民間企業を合わせた業界全体では、既存100社を3分の1程度に集約していく計画だ。欧州ではこの過程に20年を要したが、中国では少なくとも10年が必要とされている。生産能力縮小で余剰となった経営資源は、川上権益獲得や生産設備拡充ではなく、物流や電子取引などの第3 次産業にシフトする見込みである。

第二に、政府の基本スタンスは、雇用の安定維持である。その観点から、①雇用を著しく悪化させる急速な減産は行わない、②米国との通商摩擦を回避する、③都市化を推進し内需を喚起する、④一帯一路を通じてミドルレンジの外需を獲得する、といった取り組みが優先される。内需については、中国の都市化率は、2016年に57%と、日本の1950年代の半ばの水準に相当し、潜在需要が大きい。都市化率が2020年に60%、2030年に65%と、政府想定通りに進展をすると、毎年1,000万人程度の農村人口が都市部へシフトし、内需市場が拡大する余地は大きく残されている。


一帯一路は、現代版のシルクロードとして、鉄道やパイプライン・通信・金融などを通じて中国と欧州・アジア地域を連結させ関係強化を促進する戦略である。中東の資源エネルギーや欧州消費市場へのアクセスに加え、鉄鋼や建材などの過剰生産能力の解消、人民元の国際化といった、一石三鳥の役割があると期待されている。最終的な狙いは、中央アジアなどに向けたミドルレンジのインフラ輸出の拡大にあり、鉄道・電力・通信・工作機械・自動車・飛行機・電子機器などが対象に挙げられている。完成品では日本企業と競合する場面があろうが、新幹線や発電所、原子力などのコア部材や制御システムなどでは日本製品に商機をもたらす側面も期待される(図表2)。

第三に、史上最も厳しい環境規制である。2017年は『大気汚染防止行動計画(2013-17年)』の最終年に当たる。目標達成のため、冬から史上最も厳しい規制が発動される。具体的には、大気汚染が深刻な28都市(北京と天津の2都市+河北省・山西省・山東省・河南省における26都市)において、石炭を多く消費する暖房時期(2017年11月15日-2018年3月15日)になると、鉄鋼は50%、電解アルミは30%以上、アルミナは30%の減産が強いられる。他にも、マンションやインフラ関連の建設工事の停止やセメント、建材の生産停止・減産が予定される(図表3)。

政府は、大気汚染対策の結果をもって地方政府の人事を評価する。不合格企業については、名前を公表の上、業務改善を命令し、違法行為があれば警察に通報する。2017年は5年に1度の共産党大会の年に当たるため、今まで以上に対策に本腰が入っている。強制的な工場稼働停止などは、経済や産業を傷めかねないが、国民の健康被害への対策は怠るわけにはいかず、2018年の春に規制が解除されるまで鉄鋼産業にとって大きな試練が続くであろう。

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