中国ビジネス成功への鍵─中国における日系企業の現地化を考える

北京市金杜法律事務所 パートナー弁護士
中国政法大学大学院 特任教授
劉 新宇

1. はじめに


中国経済は輸出主導で成長してきたが、ここ数年、内需拡大への転換が唱えられるようになった。これを受けて、中国を輸出製品の生産基地として位置付けるだけでなく、中国国内での販売も視野に入れる日系企業が相当増えており、中国市場における競争力の強化が急務となっている。そのためには、現地の文化、風土、商慣習を熟知した中国人従業員を管理職や技術職に積極的に採用し、経営の現地化を進めることが不可欠となろう。
しかし、中国ビジネスにおける現地法人・事業会社の経営の現地化は、日系企業にとって困難な経営課題の1つといわれる。例えば、日中両国の企業風土、商慣習の違いから、日系企業において中国人管理職はなかなかその能力を発揮しにくいという問題がしばしば指摘されている。逆に、中国人管理職が権力を掌握したあまり暴走し、本社のコントロールが利かなくなるケースも時には見られる。このように、現地化を行うといっても、実際には種々の問題に直面することが予想される。
そこで、本稿はまず、中国ビジネスにおける現地化の必要性を論じた上で、実務的な観点から現地化推進の立脚点とこれを実施する際の注意点について解説したい。


2. 現地化の必要性


海外輸出のみならず、自社製品の中国国内での販売にも注力する現地日系企業にとっては、中国での消費者の需要を的確に把握し、成長する中国市場のニーズをリアルタイムで捉え、これに応えていくことが、今後ますます重要な目標となろう。
日系企業が中国市場をターゲットとした販売事業を行う際には、中国企業のみならず、欧米など諸外国の外資系企業との競争が待ち受けており、これらに勝ち抜くためには中国人のニーズに応じた市場戦略を展開する必要がある。そのためには、中国市場に対する理解が重要となるのはもちろんのこと、政府当局との関係維持など中国特有の対応が必要となる。この点で、日中は隣国といえども、政治、社会、文化、習慣といった要因や歴史的経緯、また、ビジネス手法の大きな差異ゆえ、日本で成功した企業が必ずしも中国で成功するとは限らないことに注意したい。こうした観点から、現地化によって管理職を中心とした中国人従業員を積極的に起用し、自社製品・サービスを中国市場に適合させ、その競争力を高めることが求められるようになっている。


3. 現地化推進における基本的な考え方


現地化の基本は、人的資源の活用、すなわち現地の人員を従業員、特に管理職として積極的に登用し、会社に貢献するよう動機付けることである。中国で事業を行うためには、当然ながら中国式のビジネスを知らなければならない。特に中国では、その特殊な社会制度、計画経済から市場経済への転換、近年の急激な経済成長などの要因により、独特のビジネス感覚が形成されている。例えば、それは、長期的な目標よりも直近の成果の重視、何十年も先のことは考えない目前の利益優先、実利主義などとして現れるが、これらの中国ビジネスの特徴は、特に日本の企業文化とは相いれない部分も少なくない。中国事業においてこの点の理解を欠いたままの経営判断は現地の実情に適合せず、失敗に終わるリスクが高い。従って、現地化の一環として、現地の事情に精通したビジネス経験豊富な中国人を抜てきすることなども、中国事業成功の鍵の1つといえよう。
これに対し、従来型の日系企業(特に完全子会社)では、本社から派遣された駐在員が董事(取締役)、監事(監査役)、総経理、財務責任者等の重職に就く場合がほとんどであり、意思決定も親会社の支配下にあることが多かった。しかし、中国の事情に通じていない外国人ばかりが会社の経営を担っていても、絶えず変化する中国市場に迅速に対応できない恐れがあり、他面において、現地従業員が管理職へと昇級する道がほぼ閉ざされた社内制度の下では、現地従業員が努力目標を見いだすことは難しく、会社への忠誠心も期待し得ない。さらに、同じ職場にいる本社派遣の駐在員と仕事の内容や量が大きく異なるわけではないにもかかわらず、賃金格差があることに対して不満を抱く現地従業員も少なくなかった。
以上のような問題に起因して、従来日系企業で働く現地従業員は、モチベーションが低く、職務に対して消極的であり、「中国人には決定権・発言権がない」、「どんなに頑張っても副部長止まり」、「中国人社員は信頼されない」といった考えに陥りやすい等の現象が往々に見受けられ、現地従業員を採用しても十分にその能力を発揮させられないことが指摘されていた。
こうして生じる会社全体としての活力の欠如は、ひいては経営不振の引き金にもなりかねないことから、優秀な中国人職員に対しては、本社社員と同一ないしこれに準じる待遇や昇進の機会を与え、その職務に対する責任感や会社への忠誠心を高めることが必要である。さらに、本社レベルの中国事業戦略の策定に中国人管理職を関与させ、その意見を積極的に取り入れ、彼らのモチベーションを最大限に引き出すことによって、労働意欲に満ちた現地従業員が会社のため多大な貢献をするという真の現地化を実現することが可能となろう。


4. 現地化推進に当たっての注意点


⑴ 現地従業員の採用における注意点―営業秘密(注1)保持、競業避止(注2)


近年の中国では、人材流動の加速に伴って営業秘密や技術秘密を知る従業員がライバル社に転職する例が増えており、同人が転職先で自社の営業秘密などを利用したとして旧勤務先の企業が損害賠償等を求め、同人とその転職先企業を提訴する不正競争関連の訴訟事件が多発している。
一般に、現地従業員は、本社派遣駐在員に比して忠誠心が低く、転職の可能性も高いため、日本人管理職以上の秘密保持措置を講じ情報漏えいを防ぐ必要がある。実務的観点からすると、管理職に限らず、例えば特定の技術者など秘密情報に接することが多い従業員を対象として、必要に応じ細かな規定を定めた秘密保持契約を労働契約とは別に締結することが必要となる。
他方、この営業秘密の保持と同じく、現地従業員に競業避止を義務付けておくことも会社の権利・利益を保護するための重要な手段となる。現地化の実施に当たっては、中国人管理職がその地位と会社の各種リソースを利用して在職中・退職後に会社と競合する事業を行うことがないよう、インセンティブの付与以外にも種々の対策を講じる必要がある。

(注1)営業秘密とは、一般に、①公衆に知られていないこと、②権利者に経済利益をもたらすことができ、実用性を有すること、③権利者が秘密保持措置を講じていること、これらの要件を充足する情報をいう。また、営業秘密には、会社の業務にとって重要な技術的情報(例えば製品の製法など)の他、顧客リストや経営ノウハウなどの商業的情報も含まれる

(注2)雇用関係における競業避止義務とは、一般的に、従業員が、自己または第三者のために、その地位を利用して、使用者の営業と競争する性質の取引をしてはならない義務をいう


⑵ 現地管理職の起用における注意点


中国人管理職を経営に関与させる過程で生じやすい問題点としては、他にも次のようなものが挙げられよう。

①権限の乱用と過度制限
現地従業員は、物理的に本社の目が届きにくいことに加え、当地において種々の利権や利害関係に関わっていることがあるため、独断的な経営に陥りやすく、会社を私利私欲のために利用しようとするリスクが考えられるところである。こうした管理職による職権乱用は、会社の利益を害するだけでなく、場合によっては違法行為に発展する恐れもある。
しかし、一方で本社が中国人管理職の経営権限を過度に制限して「名ばかり管理職」とし、最終的に外国本社の指示を仰がねばならない社内体制の下、実質的な管理権限を与えないでいると、中国人管理職を起用した意味が失われ、本来目的としていたはずの現地化を達成し得ない事態となりかねない。そこで、現地管理職による権限を付与しつつも、その適正さを確保するための監督体制の構築が求められる。

②不正・違法な経営
現地化のため現地従業員を会社の管理職に起用する場合における最大の懸念は、現地の利害関係者との癒着や、順法意識の欠如から生じる不正行為ないし違法行為のリスクである。特に最近では、商業賄賂、税関管理、外貨管理、不正競争と独占禁止、消費者保護などの領域で外国企業の現地従業員が関与した事件や問題が多発しており、コンプライアンスの徹底が急務となっている。

③不明確な職務・権限
これは中国人管理職自身の問題ではないが、その権限や本社派遣の駐在員との役割分担が不明確であると、会社の経営管理に責任の重複や空洞化が生じてしまう。このような場合には、中国人管理職がその地位において自己の能力を効果的に発揮することができず、期待される役割も十分に果たせない不完全燃焼の状態となって、現地化の目的も達成し得なくなりかねない。こうした事態を回避すべく、現地管理職と駐在員との権限の範囲を明確に定めた上で、意思決定過程を確立しておく必要がある。


4. 終わりに


中国経済が「構造転換と内需拡大」という新たな段階を迎えた今、中国における現地法人・事業会社の現地化は、競争を勝ち抜くため、もはや避けて通れない道となった。現地化は、中国に進出した外国企業にとって、単なる経営戦略の1つというだけでなく、企業文化そのものを刷新する絶好の機会ともいえるが、それに伴う種々の問題・リスクも否定し得ない。日系企業も例外ではなく、中国における現地化への移行は、現在も模索の段階にある。それ故、その推進に当たっては、試行錯誤を重ねながらも、日本本社と現地法人・事業会社とが密に情報交換をしながら確かな戦略を立て、外部の専門家の意見も取り入れながら着実に進めていくことが肝要となる。また、現地化を成功させるには、守秘義務や競業避止義務の他にも、労働法令に基づく現地従業員の雇用や福利、会社法の観点からの社内意思決定の健全化など、関連する法務・労務上の管理体制を整備することも極めて重要になる。
いずれにせよ、現地化を真に実現することは、新時代における中国事業、中国ビジネスにおいて、台頭する現地企業、その他の外国企業との競争に勝ち抜く成功への鍵となるであろう。

中国ビジネス成功への鍵─中国における日系企業の現地化を考える 誌面のダウンロードはこちら