日中国交正常化40周年を迎えて

駐中華人民共和国日本国特命全権大使
丹羽 宇一郎

1972年の日中国交正常化から40周年となる2012年は、中国の指導者が交代する年にも当たります。急速な経済発展を実現してきた中国経済も、さまざまな問題を抱え、新指導者はこうした問題にどのように取り組んでいくのか、が問われることになります。そこで本稿では、最近の中国経済の状況をご紹介しつつ、国交正常化40周年を迎えた日中経済とその関係強化に向けた取り組み等について述べたいと思います。


1. 最近の中国経済情勢


いわゆるリーマン・ショック後も、4兆元の景気刺激策等を通じて政府による投資で経済を下支えした中国は、2010年に2007年以来となる2桁成長を実現し、2011年の名目GDPは約47兆元(実質GDPは前年比9.2%増)に至っています。こうした順調な経済成長の一方で、急激な投資の増大が招いた不動産価格の高騰やインフレ等に対して、マクロ経済政策上の対応が求められることとなるとともに、格差の是正、環境問題等は依然として大きな課題となっています。
2012年3月5日、第11期全国人民代表大会第5回会議において温家宝総理が発表した「政府活動報告」は、そうした問題も認識しつつ、2012年の GDP成長率を7.5%とすることや、消費者物価の上昇率を4%前後に抑制すること、輸出入総額の伸び率を10%前後とすること等を主要目標とし、「安定を保ちながら経済の発展を求め」、積極的な財政政策と穏健な金融政策の継続ならびに状況に応じた適時かつ適切な予防的調整および微調整等を行っていくことをうたいました。また、同報告は、経済の安定成長と物価の安定、経済構造の調整、民生分野の優先等をうまく結び付けなければならないことを指摘しつつ、2012年の主要任務として、内需の拡大および投資構造の合理化による「経済の安定したより速い発展」を目指すことを最初に掲げています。
最近の欧州危機をはじめとする世界経済情勢および2012年秋に新指導者を選出する党大会を控えていることなどから、こうした中国政府の安定成長志向は強まっています。5月23日、温総理主催の国務院常務会議は、中国経済の下振れリスク拡大を認識し、経済の安定したより速い発展の維持、経済構造の調整およびインフレ期待の管理の関係を正確に処理し、「安定した成長」をより重要なものとして位置付けなければならない旨表明しました。6月1日には、こうした中国政府の懸念を裏付けるように、景気の先行きを占う5月の購買担当者指数(PMI)が、6ヵ月ぶりに2.9ポイント下落して50.4%となり、好不況を判断する境界である50%に肉薄する状況となっています。
こうした状況に対し、中国政府は、6月7日に人民元預貸金基準金利の引き下げを決定する等、景気に配慮した対策も講じており、今後中国政府が「安定成長」実現に向けさらなる対策を講じていくのか、引き続き注視が必要な状況です。


2. 国交正常化40 周年を迎えた日中経済


中国は日本の最大の貿易パートナーです。国交正常化の1972年にはわずか11億ドルであった日中貿易は、2011年には3,449億ドルとなり、中国にとっても日本は米国に次ぐ第2位の貿易相手国です。また、2011年の日本の対中直接投資は前年比49.6%の63.5億ドルとなり、同年の中国への外国直接投資全体が前年比9.7%にとどまる中で大きな伸びを示しています。日中間のビジネス関係は、両国関係の基盤となっています。
2011年12月に野田総理が訪中された際、6つのイニシアティブが発表され、その中でも、互恵的経済関係をさらに強化していくことが強調されています。具体的には、日中両国の金融市場発展に向けた協力の強化(①日中間の貿易等での両国通貨の利用促進、②円・人民元直接交換市場の発展支援、③両国通貨建て債券市場の発展支援、④海外市場での両国通貨建て金融商品・サービスの民間部門による発展促進等)、東日本大震災後の協力(日本産食品等の輸入規制緩和に向けた協議、中国人に対する渡航自粛勧告解除に向けた要請、復興支援・貿易投資視察団の派遣)、社会保障協定の早期締結に向けた協議の加速、そして日中韓投資協定の早期締結ならびに日中韓FTAの早期交渉開始などが盛り込まれました。
このイニシアティブを受け、5月の日中韓サミットで3ヵ国は日中韓投資協定に署名するとともに、日中韓FTAの年内交渉開始で合意しました。この日中韓投資協定は、3ヵ国で初となる経済分野での法的枠組みであると同時に、知的財産権や公正衡平な待遇、投資家と締約国間の紛争解決(ISDS)手続き、送金の自由、一定の技術移転要求の禁止に関し規定が設けられ、1988年署名の日中投資協定の保護水準をより高めるものとなっています。日中韓FTAについては、3国間の貿易・投資を促進するのみならず、わが国が実現を目指しているアジア太平洋自由貿易圏(FTAAP)の実現に寄与する重要な地域的取り組みの1つであると認識しており、2011年末の日中韓FTA共同研究報告書も提言している通り、わが国としては高いレベルのFTAを目指して努力していく考えです。
また、6月1日には、2011年12月の合意事項の1つである、円と人民元の直接取引が始まりました。これは米ドル以外の主要国通貨との間で初めて行われる元の直接交換であり、第三国通貨を介さずに取引を行うことで、取引コストの低下や金融機関の決済リスク低減が期待されます。現時点(6月18日時点)で直接取引導入の効果を判断することは時期尚早ですが、北京においても、直接取引の開始は両国間の貿易・投資の拡大、国際金融市場における両国通貨の影響力向上につながるといった、積極的な評価が多く見られます。この他、2012年は「日中国民交流友好年~新たな出会い、心の絆~」をテーマとして、両国の交流拡大、相互理解の増進を目的に一連の記念事業を実施しています。皆さまのご協力とご支援をお願いいたします。


3. 終わりに


以上紹介してきました通り、日中両国では互恵的経済関係のグレードアップ等を通じて、戦略的互恵関係の一層の深化に取り組んでいます。外交の最前線に立つ自分として、40年を経て大きく発展してきた両国関係の一層の発展のために、引き続きさまざまな課題に取り組む考えです。皆さまのご協力、ご支援をお願い申し上げます。

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