双日が取り組むホンマグロ養殖事業について ―マグロ養殖の市場の現状とその可能性

双日株式会社
食料事業部 水産事業課 課長
宮崎 誠尚

日本の食文化には欠かせないマグロですが、昨今、養殖マグロを売りにする料理店の出現や、毎年恒例となっている年始の初競り、国際的な漁獲規制などがメディアの注目を集めております。中でも最も価格が高いのがクロマグロ(ホンマグロ)で、他のメバチマグロやキハダマグロに比べ 3倍あるいはそれ以上の値が付くことがあります。クロマグロに関しては、2009年、ICCAT(大西洋まぐろ類保存国際委員会)年次会合において、当時の東大西洋クロマグロのTAC(総漁獲可能量)の4割削減が決定されるなど漁獲規制が続いています。
一方で品質の高いクロマグロをより安価に、という市場の需要により、わが国におけるクロマグロ養殖生産高は年々伸び、2012年の養殖クロマグロの出荷尾数は18万尾、出荷量は9,592t(水産庁資料)と世界一の規模となりました。現在は2012年の農林水産大臣指示等により養殖原魚となる天然稚魚の漁獲数増加に歯止めをかける流れとなっていますが、これにより過剰漁獲によるマグロ資源の減少や養殖マグロの供給過多による市況悪化を防ぐこととなり、秩序ある持続的な産業となっていくことが期待されています。

双日ツナファーム鷹島は2008年9月、ホンマグロの養殖事業を行う会社として当社100%出資で設立されました。当社は刺し身用の輸入冷凍マグロの分野で日本のトップトレーダーの一つに位置しておりました。その当社が大手商社では初めて国内でのマグロ養殖事業へ直接投資、参入した背景には、漁獲規制によって海外からの調達が不安定となる一方、高品位で安心・安全なマグロに対する国内外での需要は根強く、自ら生産者となってトレーサビリティーを確立した製品を安定して供給する狙いがありました。


マグロ取り上げ風景

当社は、地中海において天然マグロに数ヵ月間餌を与えて脂をつけた蓄養ホンマグロの買い付けを手掛けていましたので、養殖に活かせる知見が蓄積されていたこともあり、国内での養殖に踏み切りました。場所は長崎県松浦市鷹島町。餌と交通インフラの面で大きなメリットがあることが当地を選んだ理由です。マグロの餌はサバ、イワシなどの青物が中心で、主に巻き網漁で漁獲されますが、松浦市には日本有数の巻き網基地があるので、水揚げされたばかりの鮮度のいい餌を比較的安価かつ安定的に入手できます。身質や養殖コストは餌に大きく依存しますが、当地は餌の面で全国トップクラスの好条件に恵まれていると思います。
交通インフラについては、離島である鷹島と九州本土を結ぶ鷹島肥前大橋が2009年に完成、福岡市内から車で1時間半というアクセス至便になりマグロ出荷や餌・資材の搬入をスピーディーに行えます。冬は最低水温が12℃程度と全国のマグロ養殖場の中でも非常に低くなり、強い西風や波のうねりがいけすや給餌作業に大きな影響を与えるというマイナス面がある一方で、玄界灘から流れ込んでくる速い潮がいけすに当たり常時高い溶存酸素濃度が保たれる水質の良い漁場です。低い水温が魚の身を引き締め、皮下脂肪を蓄えるなどプラスの面もあり、生臭さのない天然物に近い身質という評価を頂いております。
安全面においては、2011年、国内のマグロ養殖業者として初めて、国際標準化機構が定めた食品安全マネジメントシステムの国際規格であるISO22000認証を取得しました。本認証の取得により、国内市場において安全・安心な鷹島ブランドマグロの認知向上ならびに販売拡大に努めています。

当社は将来の貿易自由化の可能性もにらみ、アジア向けを中心に輸出販路の開拓も進めており、主に当社が51%出資するマグロの加工・販売会社である大連翔祥食品有限公司(中国・大連市)を通じて中国向けに輸出を行っております。中国や、シンガポールに代表されるアジア諸国においては、近年の経済成長に伴い、マグロを生で食べる習慣が受け入れられつつあり、同時に、食の安全性の管理に関する注目も高まっています。昨今の中国においては、健康食ブームにより都市部の中華系レストランや、高級デパートなどの食品売り場、高級スーパー等でも販売されるようになってまいりました。
マグロは、鷹島の養殖場から最短距離にある福岡空港から中国・大連空港へ空路にて出荷されます。マグロは色変わりが早く、品質を維持しながら流通させるには、超低温物流網(-60℃)や解凍ノウハウが必要で、これまで中国における遠洋冷凍マグロの流通の制約条件となっておりましたが、中国から地理的に近い当社のマグロを生鮮のまま出荷することにより、制約条件を克服いたしました。この物流体制により、養殖されたマグロを取り上げてから中国の消費者にお届けするまでの日数が、最短で3-4日間となり、日本国内の物流スピードとほぼ変わらない物流条件が整いました。


マグロ養殖いけす

この事業の一番のリスクは自然です。台風の影響により出荷が滞ったり、養殖原魚となる稚魚が不漁となったりすることもあります。自然の影響そのものを防ぐことはできませんが、耐性の高い事業にしていきたいと考えています。
そのために取り組んでいることの一つは他の養殖場も含めた相互補完のネットワークづくりです。お互いの信頼関係を築き、当社と一緒にやっていこうというグループのようなものができれば、例えば稚魚が不漁のときにも多めに確保している養殖場と融通し合い、台風で出荷ができないときは他社からマグロを出荷してもらうことでお客さまに対する欠品を回避することができます。ネットワークづくりにより自然のリスクによる影響を軽減することができますし、それを目指すのが商社らしい養殖事業だと考えています。

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