大胆予測 経済連携と今後の日本

みずほ証券株式会社
チーフマーケットエコノミスト
上野 泰也
株式会社日本経済新聞社
編集委員 兼 論説委員
西條 都夫
日本機械輸出組合
通商・投資グループリーダー
谷口 正樹
丸紅株式会社
経済研究所 所長
美甘 哲秀
一般社団法人日本貿易会
理事 国際G・広報G担当
西川 徹(司会)

一般社団法人日本貿易会
理事 国際G・広報G担当
西川 徹 氏

西川(司会 )
本日は「経済連携特集」に関わる座談会ということで皆さまにお集まりいただいた。お忙しい中お越しいただき、深謝申し上げる。安倍政権は、2013年3月、TPP(環太平洋経済連携協定) 交渉への参加を表明して以降参加に向けた歩みを着実に進め、7月23日に初めてTPP交渉のテーブルに着いている。一方、日EU・EPAや日中韓FTA(自由貿易協定)、RCEP(東アジア地域包括的経済連携)などの大型の通商交渉も同時並行的に進展してきている。そこで本日は「大胆予測、経済連携と今後の日本」というテーマで有識者の皆さまにそれぞれの立場からお話を伺いたい。自己紹介に続いて、日本のTPP交渉正式参加について、どう評価しているか、またその意義を伺いたい。


1. TPP交渉への参加に対する評価と意義


西條(日本経済新聞社)
日本経済新聞社の編集委員兼論説委員で、主に企業経営分野を担当している。TPP交渉正式参加については、遅ればせながら意義深い一歩を踏み出したと思う。日本は通商国家や貿易国家であるという一種の通念が世の中にはあるが、実体として日本ほど世界からアイソレートされている経済はあまりない。「ヒト・モノ・カネ」の3つの面をみてもそうである。「貿易依存度」という概念があり、GDPを分母とし、「輸入+輸出」を分子にして、それに100を掛けた数値だが、(一財)国際貿易投資研究所のまとめによると、主要50ヵ国のうち日本は同依存度が28%で、下から2番目の49位にとどまっている。ちなみに最下位は米国で、国内の経済規模が大きいほど貿易依存度は小さくなりがちということはあるが、それでも日本よりGDPの大きい中国は49%に達している。つまり、日本は国内経済の規模に対する輸出入額が少なく、モノの出入りが乏しい。これに対して貿易依存度が一番大きいのは中継貿易拠点である香港やシンガポールであり、貿易依存度はGDPよりもはるかに大きい300-400%に達している。日本と同じ工業国であるドイツ(76%)や韓国(96%)といった国に比べても日本は少ない。モノの面でもそうだが、カネの面からみても海外からの直接投資の残高はGDPに比べて極端に少ない。日本はわずか3%で、これに対して米国は約20%、ロシアや中国も日本より大きく、G20諸国の中で日本は最下位レベルだ。株式市場をにぎわすような投機資金はともかくとして、工場投資や企業買収などに投じられる足の長い海外マネーはほとんど入ってきていない。ヒトについては観光客も増えてきたが、現在約800万人(世界32位)である。韓国は約1,100万人であり、観光資源の潜在量からいえば日本はもっと多くてしかるべきと思うが、それを十分活かし切れていない状況にある。つまり、「ヒト・モノ・カネ」の3面からみて、日本というのは実はかなり孤立した経済であるというのが、実態だと思う。こうした現状を打ち破るきっかけとしてTPPへの交渉参加というのは非常に貴重な第一歩だと評価している。日本を「開かれた国」、「開かれた経済」にするために、ぜひTPPを活用していきたいと考えている。


日本機械輸出組合
通商・投資グループリーダー
谷口 正樹 氏

谷口(日本機械輸出組合)
日本機械輸出組合は、機械を輸出するメーカーや商社が集まっている団体で、FTA、EPAは国際的な貿易・投資の自由化・円滑化を図り、企業の国際的な生産流通ネットワークを発展支援、国内総生産、国際貿易を拡大するために最も有効な制度インフラであるところから、2004年ごろから、東アジアFTA、北東アジアFTA、日中韓FTA、日EU・EPA(かつてのEIA)、TPPの早期締結、あるいはFTAネットワークの拡大深化の要望・提言をしてきた。ようやくこの1年~半年で広域FTAないしメガFTAが本格的に交渉開始、しかも同時期に交渉開始となり、歯車がかみ合ってレバレッジ効果が働き、日本がその駆動軸の一つになっている。今後広域FTAの早期締結を大いに期待している。現在、企業の国際競争力が落ちており、FTAを利用する意味は非常に大きいのではないか。FTAを利用するには、企業はデスクワークを中心に実務的に関税を調べ原産地規則を満たして申請し、社内コンプライアンスを整備すればよい。即時撤廃はもとより仮に5年、10年でもFTA関税が低減していった場合には、最適なFTA関税を選択すれば、相当なコストの節減になる。企業にとって大変ありがたいことで、ぜひ早期に進めていただきたい。政府はFTAの締結やメンテナンスに行政コストを負担することになるかもしれないが、今後輸出やGDPの拡大が得られ非常にコストパフォーマンスは良いだろう。得られた財源は国内構造改革や農業支援に活用していただければよいのではないか。今後もFTA、EPAについては拡大深化をお願いしたいと思っている。

美甘(丸紅)
マクロ経済、市況分析、産業構造の変化など、商社の経営に関わる分野での調査分析を主に担当している。TPPについては、従来から経済連携の一環としてフォローしてきたが、日本にとって1回目の交渉会合(コタキナバル)にスタッフを随行させるなど、政府との情報交換にも努めている。
TPPは広域FTAとしてサプライチェーンの構築に結び付き、また、自由化のレベルが高く、交渉妥結のスケジュールも他のFTAに比べてめどが立っているという点で非常に優れていると思う。インバウンドとアウトバウンドの両面があり、アウトバウンドについては、輸出や投資促進という点では皆さんがよく指摘されるが、インバウンドの面も無視することはできないだろう。2001年に中国がWTOに加盟した際、中国の方から印象深い話を聞いた。なぜ中国がWTOに加盟したかというと、「中国の既得権益者を外的なプレッシャーで抑えて、構造改革を断行するため」という内容であった。今の日本にも、同じことがいえるだろう。TPPを機に規制改革を進め、日本のビジネス環境を国際的に負けないような条件にすることが重要だろう。例えば、外国人が日本に観光客として訪問しやすい環境を整備する。あるいは、株、債券に投資してもらう。また、日本国内に海外企業が進出することによって雇用を増やしてもらう。こうした効果は、これから先、期待できるだろう。もう一点、FTAには政治的な側面もあり、米国などTPPの加盟国との外交関係強化にもつながる。現在、アジアの一部の国との関係が必ずしもうまくいっていないが、こうした関係を補完するという意味で、FTAは政治的結束力を誇る一つの手段になるだろう。

上野(みずほ証券)
私はマーケットをベースに調査を行っているエコノミストで、対象範囲は日米欧が中心だが、最近は中国、新興国もニーズが多いため、それら諸国も含めたマクロ経済指標をベースに、債券、為替を中心にマーケットを見ている。TPPについては、前向きに評価もしているが、あえて限界にも少し言及しようと思う。すでに美甘さんがおっしゃった通り、構造改革の突破口という意味で、既得権なり規制がある場合に外圧がかかって初めて動くところがあるので、TPP、各種FTAは一種の外圧としてワークするだろう。経済構造を高度化する上では、一つの原動力になる話だ。私は人口動態を重視するエコノミストだが、日本の経済は1995年に生産年齢人口のピークをつけてから下り坂、ということをずっと申し上げている。そういう意味では外需に頼らざるを得ない国であり、経済として少なくとも短期的には輸出を伸ばさなければならない時に、競争条件をより公平化する、ないしは優位化するという意味で、このようなさまざまな経済連携協定が一つのインフラにはなる。しかしながら、過大評価は禁物ということを、私のお客さまには申し上げている。つまり、TPPさえあれば、FTAさえ結べば、この国の経済は上向くというのはあまりに過大評価であり、競争条件において日本が格段に有利になるわけではない。プラットホームが単一になると、問われるのは製品の競争力である。競争力があるのであれば、それは優位になった条件の下シェアが上がっていくが、競争力のない製品しか売れないのであれば、いくら関税面で有利になっても伸びていかない。問題の本質は別のところにある。また、国内産業の空洞化の歯止めにはまずならない。企業や人を中に呼び込むという意味で言えば、クールジャパンには私も大変期待しているが、しかしながらTPPなどへの世の中の期待感は、基本的には輸出、外需に頼るという延長線上の話であり、国内の人口減少や、高齢化問題に対する直接の対応策にはならない。そこに大きな限界があると思っている。厳しいことを申し上げたが、前向きな評価をすれども、過大評価は禁物というのが私の考えである。


2. TPP交渉における重要な交渉分野と主張すべき点


西川(司会)
TPP交渉について焦点を当ててお伺いしたいが、日本が7月に交渉に参加し、次回はブルネイで8月22日(木)-23日(金)の閣僚会議に引き続き、8月24日(土)-31日(土)まで第19回の交渉が開催され、日本が実質的な議論に加わることになる。そこで、TPP交渉の21分野の中で、日本にとって重要な交渉分野は何か。また、日本が交渉で主張すべき点は何かについて伺いたい。


株式会社日本経済新聞社
編集委員 兼 論説委員
西條 都夫 氏

西條(日本経済新聞社)
関税の撤廃が大きいだろう。日本側が撤廃するものもあれば、相手側に撤廃してもらうのもある。98%の自由化率を目指すとしているので実現すれば、貿易障壁がなくなることで輸入品が相当日本に入ってきて淘汰されるような産業もあるかもしれないし、また日本が強い産業の場合はチャンスが広がり、成長機会がもたらされるだろう。
つまり、より競争の度合いが高まり、産業構造の高度化につながるのではないか。一つ気掛かりなのは自動車の問題である。日米間で、米国が2.5%の関税を課している自動車について関税撤廃を先送りする合意ができているという報道もあり、非常に危惧される。もしも舞台裏でそういうことが起こっているとすると、大きな例外ができてしまい、危惧すべき動きだろう。おそらく、日米で関税撤廃の道筋が見通せなくなるとすると、日EUにおいても、EUは到底自動車関税の撤廃を飲まないだろう。EUの自動車関税は10%と大きく、日本車をFTAなどで先行する韓国車などに比べて、不利を抱えたまま競争しないといけない状況が今後も続いてしまう。こうした波及効果も大きく、現状を憂慮している。
日本のチャンスということでいえば、特に途上国には外資規制がかなり残っており、とりわけ小売りなどのサービス分野にそれが顕著である。また、水道、電力、空港といったインフラ関係でも米国と一緒になって各国に対して外資規制の撤廃に向けた働き掛けをすれば、日本企業全体、そして商社にとっても、大きな投資のチャンスが広がっていく。この問題については、自動車とまったく逆で、日米の利益のベクトルが一致するので日米連携ができるため、交渉力としても大きく、これには期待している。

谷口(日本機械輸出組合)
日本はここまで遅れてTPP交渉に参加したので逸失利益が大きいのではないか。第18回交渉会合開催国のマレーシア通商産業省(MITI)のホームページに、税関手続きや越境サービス、電気通信など14分野で協議が実質的に終わっているかのように記載されている。私どもは国際的生産流通ネットワークないしサプライチェーンを支援するサービス、税関の手続き円滑化、人の移動などの問題が重要と思っている。そのため、TPPのルールが今後デファクトの世界ルールになることを考えると、もしも日本がこれらルール作りの議論に参加できなかったとしたら、日本企業にとって損失となることが懸念される。
また、先ほどの自動車関税先送りの話は、私どもにもショッキングである。わが国の聖域との交換のような形だと何年後ろ倒しになるかは分からない。GTAP(Global Trade Analysis Project)というシミュレーション・データベースで推計すると、TPPに日本が参加した場合、自動車を含む輸送機械の輸出を年間約100億ドル押し上げることが見込まれる。関税撤廃が先送りされた場合、貿易・投資の転換効果が働けば、果たして日本からの輸出が続くだろうか。自動車については今後の交渉で頑張っていただきたい。
とはいえ、全体としてTPPは日本にとって大きなメリットがあると考えている。アジア太平洋というギガエコノミー圏はGDPで約27.5兆ドル、世界の38%を占め、1人当たりGDP(ベトナムを除く)が1万-6万ドルの高所得の人口が8億人近くもいる。アジア太平洋は世界の巨大な消費市場であり、生産拠点である。サービス貿易立国、知財立国、さらには金融センター、エネルギー・資源供給国も多く抱えている非常に大きな経済圏であり、TPPに参加すれば大きな利益が出てくるというのは当然である。日本の人口減少は確かに問題だが、日本を含めて企業が活動するマーケット、経済圏が広がることによるダイ ナミズムがTPPのメリットだろう。日本は地勢的にアジア太平洋の中心に位置し、日本企業の生産流通ネットワーク、サプライチェーンは東アジアを中心に世界で最も濃密に形成されている。企業はそのサプライチェーンに対応してFTAの関税、原産地規則や非関税 措置の撤廃のメリットをうまく使えるのであれば、広い面としてFTAのメリットを享受して、グローバルな競争力を強化できる。
交渉分野については、現実にわが国の意見を反映する場がどれだけ残っているかが問題だが、関税、原産地規則、サービス分野、投資の自由化、知的財産は非常に重要である。その他、政府調達、投資ルール、貿易円滑化も重要である。日本のTPP参加の効果について、日本政府推計はGDP押し上げ効果が0.66%であるが、関税が撤廃される場合しかみていない。一方、サービスや投資、非関税措置の分野までみているピーター・A・ペトリ教授等の推計では、3倍の1.96%のGDP押し上げ効果があり、関税撤廃の効果よりも非関税の投資、サービスの方が効果が大きいとしている。また日本がTPPに参加して韓国がTPPに参加しない場合、2025年に日本は1,050億ドルもGDPが増加するが、韓国は30億ドルのマイナスになるとも推計している。
さらに、日本はある意味でFTA後進国であったが、日本がTPPに参加し、またさまざまな二国間FTAや他のメガFTAと結ばれるようになると、日本はFTAネットワークのハブとしてメリットを享受できるようになる。日本企業はアジア太平洋に国際的に拠点を展開しているので、TPP参加国が同様にFTAネットワークのハブ機能を持つようになれば、どの拠点からもサプライチェーン上最適なFTAを利用できるぜいたくな状況となる。そのためにも、関税とともに関税以外のサービス、投資の自由化、貿易円滑化などにより、サプライチェーンを広域に、多面的に、多業種にわたって支援することが重要になり、政府等には他業界と一緒に要望していきたいと思う。

西川(司会)
7月23日の交渉会合の前に、内閣官房はTPP交渉参加に関するアンケートを業界団体向けに行った。商社業界でも21分野中、12分野において課題や要望が多かった。物品市場アクセス、原産地規則、SPS(衛生植物検疫)、貿易救済、TBT(貿易の技術的障壁)、政府調達、知的財産、環境、労働、越境サービスについて、具体的な事例を列挙し交渉の中で議論、改善されることが望ましいとして、アンケート結果を政府に提出している。

美甘(丸紅)
これまでのWTO等の交渉では内容が公表され、業界に意見を求めるという機会もあったが、今回は政府が情報管理を行っている。交渉国間での秘密保持契約のため、政府間交渉の中身がなかなか見えにくいというのが大変もどかしい。今後の交渉においては、「攻め」と「守り」が重要 だろう。
 攻めについては、相手国の関税引き下げもそうだが、やはり投資障壁、サービス関係、知的財産権を含めて新興国の市場をいかにこじ開けることができるかが重要になる。これが、日本にとって、プラスになるかマイナスになるかの見極めになるだろう。西川さんもおっしゃったように、われわれ企業としては政府に対し情報提供をしなければならない。例えば、「ある国ではこういう障壁があって困っています」ということを助言する。企業、業界と政府の間の情報交換を密にし、なるべく政府に対してバーゲニングパワーを提供していくべきだろう。
 一方の「守り」は、おそらく主に関税がポイントになる。タリフラインが9,000ある中、どうやら1-2%が関税の撤廃を免れるという話だが、政府が1-2%、つまり90-180品目の中に何を入れるかが非常に難しい判断になるだろう。日本にとって国産化が非常に大事であるという観点から、政府がこれらの品目を選び、TPPを最終的に収めてもらうことが必要になると思う。また、商社の立場から言うと、資源の安定的調達ができるような仕組みづくりが非常に大事であり、具体的には輸出税や輸出枠の設定等を回避できるような仕組みづくりを政府としても努力していただきたいと思う。


みずほ証券株式会社
チーフマーケットエコノミスト
上野 泰也 氏

上野(みずほ証券)
別の角度からみて、日本にまだ強みがあるのはどこなのかを考えると、やはり西條さんがおっしゃったように自動車になるだろう。自動車と電機が輸出産業の2本柱だが、最近、電機については残念ながら態勢立て直しの状況になっている。ヒット商品が出てこない、韓国にキャッチアップされたなどいろいろいわれており、まずは自動車の輸出が伸びるよううまく交渉していただきたい。ただ、先ほども出たように、日米で事前に手打ちをしているという報道も出ており、もしも本当だとすれば、結果は当面あまり期待できないだろう。もう一つは知的財産、ソフトである。日本がまだまだ諸外国に誇れる部分であり、日本がこの分野で稼げる仕組みづくりが望まれると思う。さらには美甘さんがおっしゃった「攻め」と「守り」とも関連する問題がある。今回のTPPに関する論争では、農業の守りが一つのテーマにもなっており、どこまでどの品目を関税撤廃せずに守れるかが重要だと、一般にはいわれている。けれども、かつて私も本に書き、農林水産省も最近ではそういうコンセプトになってきたが、「攻めの農業」に転じなければならないというのが、それよりもはるかに重要な話である。人口が減少し高齢化していくにもかかわらず、国内での消費需要ばかりを追い続ける限り、日本の農業は必然的にジリ貧を続けることになる。質の良いおいしい日本の農産物を海外で売っていくのが、農業の一つの突破口として、消去法で残る。ご存じの通り、日中関係が悪化した途端、急に中国で検疫が厳しくなって輸出できなくなったなど、いろいろな話はある。しかし、TPPに中国は参加していないものの、TPPでグローバルスタンダードができれば、それに沿った形で従っていかざるを得ないというのが大きな流れだろう。農業のありようを考える上では、検疫について比較的農産物輸出に有利な仕組みを固めてしまうというのが、一つの狙いとして重要なのではないかと思う。


3. 地域間経済連携の相互関係、メリットそしてデメリット


西川(司会)
それでは、経済連携に軸足を移したい。TPP交渉進展と同時に、日EUなどの二国間EPA、日中韓FTA、RCEPなど各地域間経済連携も一気に加速化している。そこで、TPP交渉への参加が他の経済連携協定にどのような影響を与えるのか、また、同時進行することによるメリット、デメリットについて伺いたい。また、中国は東アジアにおける経済圏のリーダーとなるべく戦略を考えていると思うが、日本がTPPに参加する一方で、中国側は日中韓FTAの交渉を進めている。日本がとるべき戦略をどのようにお考えか。

谷口(日本機械輸出組合)
日本の場合、残念ながら二国間FTAの貿易カバー率は低い。かつて韓国がIMF管理後急ピッチでFTAを締結し、競争力に格差が出てきたので、日本が後追いでFTAを結んでいるという状況にある。TPPに日本が参加する一方で、現時点で参加できない中国等がある。TPPは高い水準のFTAで大きな経済圏を形成するものであるため、TPPに参加できない国は、貿易・投資転換効果に対抗するためTPPと同等のFTAのメリットを内外の企業に提供していくか、TPPのようなところに入ることになる。TPPが早く成立すれば、他のFTAも対抗して急いでレベルを上げてくる。TPPに刺激されて日EUのFTAが進んだ面もあるので、今後、日EUの交渉がどれだけ進展するか期待している。日中韓FTAの交渉は政経分離でスケジュール通り進められているように見えるが、中国は米国イニシアチブでのTPPによる対中包囲網を「合従策」であると意識した上で、「連衡策」として日中韓FTAや中韓FTAを先に進め、同時に最も経済効果の高いRCEPにも入ってアジアを取り 込んでいくという戦略なのではないか。日中韓のような政治的FTAであっても、拘泥することなく企業は最適なFTAを利用すればよいだろう。さまざまなFTAがかみ合い重なり合って動いており、TPPとアジアの広域FTAの両方に参加している日本は、戦略的に重要な位置に立っている。日本としては、RCEPなどのアジアの広域FTAの交渉に当たって、TPPのようなより高水準で包括的なFTAを目指しつつも、アジア各国の多様な現実を踏まえ、各国の発展を約束するような分野や規律水準を最大限入れ込むけん引役・調整役としてのイニシアチブを取って早期に締結し、いずれFTAAP(アジア太平洋自由貿易圏)という、本来の目的まで底上げをしていけばよいのではないか。

西條(日本経済新聞社)
マクロでみると、アメリカのGDPが15兆ドル、日本は6兆ドルであり、足すと21兆ドルになる。中国は世界2位の7兆ドルだが、まだ約3倍の開きがある。いずれこの7兆ドルが膨らみ、21兆ドルに追い付くのかどうかは分からないが、相対的に格差はせばまってくるだろう。ルールを作るにしても、購買力がものをいうのは常に変わらないことであり、最近の中国とEUのソーラーパネルのダンピング問題を例に見ても、かなり中国が優勢だったという印象を受ける。仮に日本が単独で中国に向き合った場合、おそらくは力負けする懸念が大きいのではないか。従って、日本の戦略として日米基軸でTPPをテコに非常にレベルの高い自由貿易や投資の体制をつくり、その土俵に中国に乗ってきてもらうというのが一番賢いやり方だと思う。例えば、皆さんご存じの通り、中国は外車メーカーに対して折半出資しか認めておらず、独資(100%の出資)での事業展開を認めていない。このため、日本車メーカーに限らず、米国車もドイツ車もかなり不安定な折半出資の合弁企業という足場の上に立って商売を展開している。つまりそうしたリスクを取ってでも、出て行かざるを得ないほど中国市場は魅力的ということだが、やはり外資にとっては事業展開の制約要因であることは間違いない。こうした点であらかじめTPPなどで水準の高い自由化を固めた上で、そのサークルに後から中国に入ってもらい、こちらで決めたルールに従ってもらうというのが正しい方向ではないか。逆に中国もそうしたシナリオをかなり懸念しており、日本が「TPPに入る」というと、「日中韓FTAをやろう」という話になる。今回は、日本の有利なポジショニングを最大限に活用しなければならない。過去には、WTO、GATTなどのマルチな時代があったが、それが10年前に事実上機能を停止し、バイラテラルの時代に入った。日本はその流れに大きく出遅れてしまった。マルチの時代の成功体験が大きすぎて、それが逆に足かせになって、バイの波に乗りきれなかった。しかし、再び局面が代わり、今はTPPやRCEPのような多国間FTA、あるいはメガFTAの時代が到来しつつある。メガFTAとはいってみればマルチとバイラテラルの中間的な存在であり、日本にとっては過去の後れを取り戻すチャンスでもある。幸いなことに今後3年間は政治の安定も期待でき、日本として大きな決断をし得る環境も整う。日本経済の再生に向けて、ぜひこのチャンスを生かしたい。


4. 経済連携拡大による日本経済の展望と課題


丸紅株式会社
経済研究所 所長
美甘 哲秀 氏

西川(司会)
メガFTAという話が出ているが、太平洋の中でTPPが進んでいる一方、米欧間でもTTIP(環大西洋貿易投資パートナーシップ)の交渉が米国とEUの間で進んでいる。
WTOという枠組みはあるものの、さまざまな経済連携が幾つも重なっている中にあって、日本経済、世界経済への影響を伺いたい。

美甘(丸紅)
WTOについては、2001年からドーハ・ラウンドが始まったが、結局、加盟国の数が多過ぎること、また中国やインドといった新興国が台頭し始めたことで、従来のような米国を中心とする先進国のコントロールが利かなくなり、最終的にはまとまらなかった。
FTAというのは「お友達づくり」といえ、ある意味、非加盟国の排除や差別を明確にすることであるが、「WTOで全員がお友達になる」よりも、「本当に好きな人とFTAでお友達になる」方がやりやすいという流れがある。いずれにしても、FTAは、同時進行で交渉が進んでおり、競合している状況にある。これは「良い競争」であり、お互いに交渉のスピードを促進する起爆剤になり得るため、積極的に進めた方がよいだろう。
最終的なゴ ールをFTAAPとすれば、FTAAPを構築するためには、ASEAN中心のRCEPなのか、日米中心のTPPなのかは問わない。つまり、富士山の頂上に登るには、幾つかのルートがあるが、どのルートを利用しようと、登頂そのものが目的である。入り口が異なっても、他のFTAが互いに良い意味で刺激を与えることで最終的にFTAAPを完成するということになれば、美しい流れになるのではないか。

上野(みずほ証券)
ドーハ・ラウンドが失敗したため、今は迂回ルートを通っているというのが私の基本認識である。理想形で言えば、良い言い方ではないが、先進国も新興国も米国の言う通りにして一つのルールに一気に従う方が早いとは思う。ただ、中国が世界第2位の経済国として発言力もつけており、なかなか従来のような手続きが進まなく なった。今は新興国も減速しているが、少し 前までは新興国、BRICSが世界経済を引っ張るといわれたことでなおさら自信がついてしまい、話がまとまりにくくなった。仕方がないため、迂回ルートで先進国間もしくは日米欧に近い国々が糾合し、別ルートで部分的にブロックをはめていくというイメージである。どの部分が先にできるかは分からないが、ひとまずこの方法しかないだろう。繰り返しになるが、私はドーハ・ラウンドのように全体で 一気に決める方が、コストも掛からず、話としては早いと思う。日中韓については、政経分離といっても、なかなかそうもいかないだろう。習近平体制が正式発足してから1年経過していないが、やはり日中の国交正常化は大変難しい。領土問題の存在を日本側が認めないと、まず正常化は無理だろう。韓国の朴大統領も、就任後すぐに中国を訪問し、日本を最初に訪問するという慣例が破られた。このような日中、日韓の関係悪化を米国が快く思っていないことも、次第に世の中に知れ渡っている。その中で、TPPと日中韓FTAの関係はなかなか微妙である。政治的に日中韓関係が悪く、話が進みにくいというのがまず根底にあるだろう。その一方、TPPがうまく進み、国際貿易上の実績が積み重なっていくと、中国はTPPに入るなり、日中韓FTAをつくるなりして、同じプラットホームでメリットを享受しなければならないという経済的な焦りが出てくるだろう。政治的な大きな障害と、経済的な実績ができることに対する大きな焦り。この二つが綱引きする中で、どう日中韓FTAが進んでいくかが決まってくると思う。私はなんらかの形で、日中、日韓の国交は改善しなければいけないと思っている。双方にメンツがあり、なかなか取っ掛かりがないが、改善しなければ、グローバル経済の大きな流れのメリットが出にくくなってしまう。なんとか双方のメンツが立つ形で国交正常化をするというのが、貿易問題でも大きな肝ではないかと思っている。

5. 商社に期待される役割そして有望分野

西川(司会)
最後に、経済連携が進む中で商社に期待する役割、あるいはどういった分野で商社が活躍できるかを伺いたい。

西條(日本経済新聞社)
先ほど、「攻めの農業」の話が出たが、例えば伊藤忠商事はDoleを買収し、貴重なブランドを手に入れた。例えば日本の果物は非常に質が高いが、モノがいいだけでは現地の消費者に浸透するのに時間がかかるし、そもそもブランドづくりには相当な資金が必要だ。そこで、Doleブランドをつけて日本のリンゴやサクランボを売れば、消費者の認知が進み、速やかに販路が広がるかもしれない。これはほんの一例だが、これまでドメスティックだった産業が海外に出て行くときに、商社の持つビジネスネットワークや情報、ヒトのつながりは大きな威力を発揮すると期待している。かつて日本メーカーは国内で発展し、商社の力を借りて海外に輸出を始めた。あるいは海外現地法人をつくる際も、商社の出資を仰ぐ例も多かった。そのうちにメーカーがだんだんと実力を付けて、商社なしでもビジネスができるようになって、この点での商社の存在意義が薄れたが、以前の製造業と同じニーズが今度は農業やサービス業などで高まるのではないか。ぜひ彼らの国際化を手助けしてほしいと思うし、それは商社にとってもビジネスチャンスになって、事業の幅を広げるきっかけになると思う。今後の活躍に大いに期待している。

谷口(日本機械輸出組合)
先ほど申し上げたように、物品貿易や市場アクセス、サービス貿易、投資の自由化ということに対して、商社は大きな利益を得られると思うので、そのルール作りについてはメーカーとも一緒に取り組んで、積極的に要望活動をしていただきたい。それが一つの大きな貢献になると思っている。また、田中隆之・専修大学教授の著作で日本貿易会が研究を行った『総合商社の研究』の中で、「総合商社は政治経済のグローバル化が進む中で食糧安全保障、環境保護などにおける真の国益は何かについて提案し、自らその貢献を行っていくということが要請されている」ということが書かれている。商社はすでにグローバルな事業を展開しており、実績とノウハウを多くお持ちである。農業については、わが国はこれまで輸出振興をしてこなかったが、TPPの今日、農産品の輸出がまさに日本の食糧安全保障における国益として必要になっている。メード・イン・ジャパンの農産品は非常においしく安全でしかも美しいものが多い。お米や果物、野菜、加工食品、レトルト食品、お酒などおいしい日本の農産物をグローバルに展開するためにも、商社に輸出の担い手となっていただきたい。お米をおいしく食べていただくためにも、IH炊飯器と一緒に輸出して売っていただきたい。日本文化、日本のコンテンツなどを輸出すれば、日本の農産物や加工食品、炊飯器なども広まっていくのではないか。日本再興戦略「クールジャパン」の中で、2020年の食品輸出目標額を1兆円としているが、非常に少ない。商社が関与して倍増するくらい積極的に働き掛けてほしい。日本の食糧安全保障というのは、他の産業が稼いだお金でカロリーベース6割近い食料を海外から買ってきている。これからは、国際競争力のある農産物をつくり、農工商の連携によって余剰分を国外に輸出し、いざというときには食糧安全保障として輸出分を国内の消費にも充てる。外貨も獲得し、同時に食料自給率も高める。そのためには国内産業調整の努力がいるが、その中でも商社は非常に重要な役目をお持ちだと思う。

美甘(丸紅)
日銀の黒田総裁が「異次元の緩和」とおっしゃったが、大げさにいえば、TPPによってある意味「異次元の舞台」が設定されるという言い方ができるだろう。ただ、舞台が設定されただけでは、おそらくTPPを活かすことはできない。舞台に上がって、われわれが商社機能を駆使しながら、TPPをいかにうまく使いこなすかが重要だろう。そういう意味で、商社機能の真価がこれから先問われていくことになる。
大きく2つのポイントを申し上げると、1つ目はサプライチェーンの構築である。簡単に言えば、原料調達や製造、流通、販売などの一連のサプライチェーンを広域FTAの中で完結できるということである。例えば調達はマレーシアから、製造はミャンマーで、販売は日本でといったように、国ごとの優位性を考えながらサプライチェーン全体を設計し、メーカーや流通業者に提案する。そのような提案力が商社に求められるだろう。従って、各国の優位性がどこにあるかの分析も含めて、常にグローバルな視点でビジネス活動を把握しなければならない。
2つ目に、TPPに加盟すれば、日本企業の行動が変わっていくと思う。つまり、競争が激しくなる中で、生き残るためにより効率性を求めるようになるからだ。その時に日本企業の競争力を強化するために、商社がどのようなサポートをすればよいかが問われるだろう。もちろん従来から取引先へのサポートは行っているが、こうした傾向は強まっていくのではないか。例えば、日本のメーカーが海外のメーカーを買収することで、サプライ ソースを確保するという動きにでれば、ここで商社もメーカーと一緒になって動くことができるだろう。また、業界再編のサポートを商社に求められるようになれば、その先導役となることも必要になるだろう。

上野(みずほ証券)
私は商社という業界そのものが独特だという意識を強く持っており、諸外国にはないビジネス形態だと思っている。日銀短観では卸売業に分類されているが、卸売りという概念と商社というビジネスの広さはイメージが合わない。商社の特徴は2つあると思っており、1つはグローバルなビジネス展開、もう1つは、クロスビジネスと呼べばよいのだろうか、小売りや製造も含めて非常に幅広くビジネスを組み合わせている。この「グローバル」、「クロスビジネス」が、商社の強み、特徴であり、これらを活かして政府や日銀政策に対してより適切なアプローチ、提言をしていくのが求められる一つの役割だと思う。今は残念ながら商社出身の方が日銀の政策委員会におられないが、政府に対する業界からの提言を含めてさまざまな活動をされればよいのではないか。日本の経済にとっても良いことだろう。

西川(司会)
本日はお忙しい中、ありがとうございました。

大胆予測 経済連携と今後の日本 誌面のダウンロードはこちら