日ASEAN関係と自由貿易の推進

ERIA事務総長
西村 英俊

ASEAN10ヵ国の人口は6億人を超え、豊富な労働力、今後のインフラ開発が期待される上に、域内統合も進められている中で、この地域の成長をどれだけ取り込めるかが今後の日本の成長の鍵となることは誰しも疑わない事実であります。

大幅な成長が見込まれるASEAN市場において、その人口の半分、世界第4位の2億4,000万人の人口を抱え、最大の国土を持つインドネシアの首都ジャカルタに、2008年6月東アジア・アセアン経済研究センター(Economic Research Institute for ASEAN and East Asia:以下「ERIA」)は設立されました。ASEANの経済統合を最重要研究課題と位置付け、ASEANのみならず、東アジアサミット参加国の研究機関と共同で数多くの研究プロジェクトを実施し、その成果を発信してきました。これらの研究成果に基づく政策提言は東アジアサミット、ASEANサミット等に提出され、そのERIAの貢献は各国首脳・閣僚から高く評価されており、全世界のシンクタンク6,603機関を対象とした2012年のランキングにおいて国際経済分野で第28位(東南アジアでは1位)となったことは大変名誉なことであります。

日本とASEANの関係は古く、特に1985年のプラザ合意以降の急激な円高は、外資の誘致強化を図るASEANの思惑と一致し、日本の製造業は投資を加速させます。そして、日本企業は、域内の産業をネットワーク化し、さらに生産工程の分業化をASEAN加盟国間で進めてきました。これにより、米国型のグローバル・サプライチェーンと違い、労働集約や知識集約など、各地域の得意分野によって補完し合う仕組みをつくり上げました。図1の左側にあるのが、米国とメキシコで見られるネットワークであり、右側にあるのが東アジアのネットワークであります。東アジアでは、企業が単に出ていくだけではなく、各国間で工程間分業が発達し、高度に発展した生産ネットワークが張り巡らされています。

また、2011年の東日本大震災やタイ洪水からのグローバル・サプライチェーン危機からの急回復を下支えしたものこそ、この生産ネットワークであり、この日本企業を核としたアジアの生産ネットワークは、アジア地域の成長と発展に貢献するとともに、強靭さをも兼ね備えているのです。



ERIAでは、東日本大震災直後の2011年4月、震災が日本やアジア各国の長期的経済にどのような影響を及ぼすかについて、ERIAがジェトロ・アジア経済研究所と共同開発した経済地理シミュレーションモデルを基に推計しました。同モデルは、アジア全体や、日本の都市レベルでの産業構成や人口などの詳細なデータを基に、空間経済理論を活用して地域ごとの経済発展を推計できるモデルであります。域内の橋・高速道路の建設、港の開港等のメコン-インド経済回廊整備ならびに、日本との空路・海路ルートの強化、非関税障壁の削減など日本と関連国とのソフト面での連携強化は、アジア各国に高い経済成長をもたらすと同時に日本にとっても2030年のベースラインGDP比で4.14%のGDP成長をもたらすという結果が示され、ASEAN域内の連結性強化が、日本国経済の回復につながることを示しました。
以上のように、アジアとわが国とのリンクを強化し、域内の連結性強化を推進することは、アジア各国の経済だけでなく、わが国経済の成長にもつながるといえるのです。
この連結性強化について、ASEAN が目指す方向性を具体的に示した重要文書が 2010 年 9 月 の ASEAN 首 脳 会 議 で 採択された ASEAN 連結性マスタープラン(Master Plan on ASEAN Connectivity、以下「MPAC」)であります。ERIAは、このMPACの理論的基盤を提供し、現状分析と戦略に関する原案の大半を作成しました。
ASEANの中でヒト、モノ、サービスなどがより円滑に動くようになり、よりしっかりとしたASEAN共同体をつくり上げるために、「連結性」という概念は非常に重要であります。その概念は3つに分かれており、1つ目は、ハードインフラの整備を念頭においた、物理的連結性、2つ目は、通関手続きの簡素化や基準の整合化などのソフトインフラを念頭においた、制度的連結性、3つ目は、教育面や文化面での地域内のつながりを強めるための、人と人との連結性です。そしてMPACでは、ASEAN統合を促進するために2015年までに達成すべき具体的な項目をリストアップしています。

2015年末には、ASEAN共同体が実現します。ASEAN共同体は、政治安全保障共同体、経済共同体、社会文化共同体の3つの共同体からなります。2007年11月第13回ASEANサミットにおいて、ASEAN経済共同体(AEC:ASEAN Economic Community、 以下「AEC」)設立に向けた工程表となるAECブループリントが採択され、AECは、(1)単一市場・生産拠点、(2)競争力のある経済圏、(3)均整の取れた経済発展、(4)世界経済への統合を体現するものとして定義されました。現在、AECブループリントに基づき、幅広い分野での経済統合への努力が進められています。AECは単なる域内関税の撤廃にとどまらず、サービス貿易の自由化、熟練労働者の移動の自由化、投資の自由化・円滑化等、広範な協調によって経済統合を実現しようとするものであり、特に関税分野では、2010年に先進ASEAN6ヵ国(ブルネイ、インドネシア、マレーシア、フィリピン、シンガポール、タイ)が99%以上の撤廃率を実現するなど、大きな成果を挙げています。
ERIAは、2012年11月にカンボジアで行われた第21回ASEANサミットにおいて、このAECブループリントの各政策項目の実施度合い、政策の実施が企業行動に与えた影響、各政策項目がもたらす経済効果、2015年に向け取り組むべき事項、について分析調査した「AECブループリント中間評価報告書」を提出しました。

この中間評価報告書の中で、2015年までに実現すべき優先政策として、関税撤廃(ほぼ実施済み)、非関税障壁または大きな障壁効果を持つ非関税措置への対応、貿易円滑化、サービス自由化、投資自由化・円滑化、交通円滑化、ASEAN経済統合イニシアチブの活性化、中小企業のより一層の発展促進、そして、RCEP(地域包括的経済連携= Regional Comprehensive Economic Partnership、以下「RCEP」)交渉の完了ということを挙げています。

先述したAECブループリントの4つ目の柱である世界経済への統合は、自由貿易協定(FTA)を含む対外経済関係、つまり地域大の経済協力を意味します。つまり、AECブループリントは、ASEAN経済統合を目標としながら、域外国とのFTAを柱の1つとして位置付けているという、極めて大きな特徴を有しています。既に、日ASEAN経済連携協定など、ASEAN+1FTAと呼ばれるFTAが5つ締結されており、大きな成果を挙げています。
このように、FTA網が張り巡らされている東アジアにおいて、ASEANは東アジアのFTA形成の主軸になっているといっても過言ではありません。さらに現在、アジア地域では、RCEP、日中韓FTA、TPPなどによる地域経済統合がその実現に向けて大きく動き出しています。TTIP(米EU間のFTA)も交渉開始が合意されており、WTO交渉が停滞する中で、地域経済統合は国際的なルール形成にも大きな影響を及ぼしていくものと考えられます。
ASEAN10ヵ国に加えて、日本、中国、韓国、豪州、ニュージーランド、インドを含むアジア16ヵ国が交渉に参加しているRCEPは、実現すれば、人口規模約34億人の世界最大規模の自由貿易地域となります。RCEPの重要な点は対象国がASEAN+6と計16ヵ国に上り、その中で、日本企業の部材調達先のかなりの部分がカバーされることから、累積ルールを用いることで、原産地規則がクリアしやすくなることです。日本企業にとっては、立地や調達の選択肢の幅が広がり、サプライチェーンが強化されることが期待できます。

ERIAの研究では、AEC、既存の5つのASEAN+1FTAの並存、既存の5つのASEAN+1FTAに日中韓FTAが加わった場合、RCEPの4つのケースを比較し、既存の5つのASEAN+1FTAに日中韓FTAが加わった場合はASEANに対してマイナスの経済効果をもたらしますが、RCEPが締結されるとそのマイナス分を超えてプラスの経済効果をもたらす、つまり、RCEPの与えるASEAN加盟国への経済効果が最も大きいという事実を示しています(図2)。そして、ASEAN加盟国へのメリットはAEC単独の場合よりも東アジアとのより深い経済統合を目指した方が大きくなるということであり、これは、東アジアの生産ネットワークを強化することがASEAN諸国にとってプラスとなることを意味しています。つまり、RCEPのフレームワークの下で、AECおよび東アジアの経済統合を進めるべきであるのです。
ERIAでは、詳細なASEAN+1FTAの分析によって、関税、サービス貿易、投資についてRCEPでどの特定セクターで深掘りをしなければならないのかを特定しました。また、ASEAN各国においてFTAの利用実態調査を行い、より使いやすいRCEPを目指すために必要な施策について提言を行っております。



2013年10月10日にブルネイで行われた第8回東アジアサミットにおいても、その議長声明パラグラフ34において、ERIAのこのような研究成果と政策提言が経済統合の利益を最大化させるものであるとして高く評価され、以下のようにERIAの果たすべき役割が求められております。

<第8回東アジアサミット議長声明>
34.首脳らは、発展格差を是正し、相互利益を最大化するRCEPのような貿易自由化イニシアチブによる経済統合深化の重要性を強調した。これに関連し、全てのEAS参加国間の組織的協力による経済統合の利益を最大化するERIAの分析的な研究と政策提言を称賛した。また、中長期的な観点からASEANの成長をさらに促進し、最適な生産ネットワークを実現する地域全体の産業クラスター政策の提案を含め、その研究と政策提言を通し、地域に対して継続的な貢献をするようERIAを奨励した。


2013年は、日・ASEAN友好協力40周年という節目の年であり、日・ASEANのパートナーシップを再び強化する機会でもあります。ASEANは、2015年までの共同体実現、そしてそれ以降のさらなる統合の深化に向けた取り組みを推進しており、それらの取り組みに対し、東アジアの一員である日本が、人材育成・教育、医療、エネルギー、環境資源、インフラ整備、等の分野で日本の技術や経験を生かす余地は大きく、一方、ASEAN諸国との連結性強化は、日本企業が構築してきた生産・販売の拠点・ネットワークをさらに高度化させることを通じ、ASEANのみならず、日本自身の発展にも裨益することが期待されます。

その意味で、日・ASEANの関係強化は、日本のさらなる発展と、東アジア全体の安定と繁栄につながるものと確信します。ERIAとしても、日・ASEANの関係強化を願いつつ、地域の経済統合、ASEAN共同体構築に向けて尽力してまいります。

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