環境分野でのわが国の強みを活かす スマートコミュニティの海外展開戦略

経済産業省 商務情報政策局 情報経済課 課長佐脇 紀代志
経済産業省 商務情報政策局 情報経済課 課長補佐立石 拓也

1. はじめに


近年、新興国の経済成長は著しく、わが国の経済活動にとって、その重要性はますます高まっている。IMF によれば、2018 年の世界全体の名目 GDP は、2012 年に比べて 25.9 兆ドル増加すると予想されている。このうち、新興国は約 6 割の 15.3 兆ドルを占めるとされている。
こうした著しい経済成長は、新興国の人々の暮らしを豊かにしている一方で、慢性的なエネルギー不足、公害問題などの副作用をもたらしており、今後、さらに深刻化していくことが予想される。各国は、急進する複合的な環境問題に対し、スピーディーな対応を迫られている。
わが国は、高度経済成長期に直面したオイルショック、公害問題を乗り越えてきた経験から、省エネ、大気・水質改善などの環境分野における優れた技術・ノウハウを築き上げてきた。これらは、新興国の抱える問題に対し極めて有効であるものの、いざ機器の商談の段階となると、単品もの売りの受注競争となってしまい、中国・韓国等の競合企業と価格面で勝負できていないのが現実である。わが国企業は、環境分野に関する優れた技術・ノウハウを保持していながら、大きなビジネスチャンスを逃している状況にある。


2. スマートコミュニティ海外展開の政策的意義


単品もの売りで負ける構図からの脱却のため、政府としては、スマートコミュニティという形での海外展開を提唱している。スマートコミュニティとは、あらかじめ特定のソリューションを定めることなく、相手国の社会が包含するエネルギー不足、公害などのさまざまな課題を全体像として捉え、情報通信技術、制御技術等をコアとして、さまざまな技術をインテグレートすることで、多種多様な形態の課題に対しカスタムメードで最適なソリューションを提供するというコンセプトである。具体的には、高効率で安定した電力供給を可能とするスマートグリッド、省エネルギーで円滑な移動を可能とするスマート交通システム、安全で高効率なエネルギー、上下水道、ゴミ処理システムを導入することで快適性と環境調和を両立させるスマートシティなどから構成される(図 1)。
スマートコミュニティとしてのソリューションの提供に当たっては、相手国および相手企業の抱える問題を、その統治体制、規制・制度や文化も含め正確に捉えることが必要となる。そのためには、まず、丁寧なコミュニケーションを通じて問題を具体化し、技術力等のある関係企業をインテグレートして相手国の発展に寄与するプロジェクトを提案し、事業化を目指す必要がある。時には政府間対話の枠組みも活用し、相手国から有利な条件や規制・制度の緩和を獲得することも必要である。時間と手間暇がかかる一方で、価格一辺倒ではない世界で競争することで、わが国の優れた技術・ノウハウの活用が可能となる手法であるといえる。


図1 スマートコミュニティのイメージ


3. 2 つの取り組みケース


スマートコミュニティとはカスタムメードするアプローチであり、そのソリューションは相手国の課題に応じて多種多様な形態となる。ここでは、これまでにわれわれが取り扱ったさまざまな事例から、2 つの取り組みケースを紹介する。


⑴ スマートシティ構築(マスターデベロッパーとしての参画)


図2 都市開発におけるスマートコミュニティ展開

安全で高効率なエネルギー、上下水道、ゴミ処理システムなどを適切に導入し、面的な開発が必要となるスマートシティの構築に当たっては、投資等を行い、発言権を持つマスターデベロッパー(図2中の第1層)としてプロジェクトに参画し、開発の上流部分から関与することが極めて重要となる。土地を面的に収用し、自ら関与した形で開発マスタープランを描き、インフラサービスの仕様と対価の決定権を持つことで、付加価値の高い都市構築が可能となる。
他方、土地売却による投資回収までの期間は数十年にも及ぶ可能性があるため、粘り強く案件に取り組む意思と資本力が必要となる。その際、いかにして投資回収期間を短縮するかがカギとなるが、土地収用の難航や現地政府の規制・制度の問題が立ちはだかることが多い。こうした課題の解決に当たっては、JBIC や JICA などの低利な金融ツールを活用するとともに、現地政府や民間事業者と密に連携していくことが有効となる。


⑵ インフラサービス展開(オペレーターとしての参画)


コスト競争が主体である新興国において、発電機などの単品もの売りの世界では、価格面で勝負しなければならなくなり、わが国の持つ優れた技術・ノウハウがなかなか評価されない。こうした状況を打開するには、個別の製品に加え、周辺設備も含めた設計、建設、管理を含む「システム」を構築し、特別目的会社への投資等によりサービス提供も含めたサービス事業者としての参画が有効である。
他方、サービス事業者としての参入に当たっては、現地の参入規制に加え、長期金利負担、需要変動、燃料調達など、さまざまな事業リスクを克服しなければならない。こうした課題の解決に当たっては、現地のニーズを的確にくみ取り、現地の利益に資するような絵姿を描くとともに、政府間枠組みを用いて、先方政府への開発計画への関与、電力規制の緩和要請、需要保証等を勝ち取る戦略が有効である。例えばインドでは、こうした政府間枠組みを活用し、プロジェクトを推進している(後述)。


4. 政府の役割


⑴ 予算措置


スマートコミュニティの海外展開の実現は、大宗がビジネスベースの判断、つまり、採算性があるかどうかに帰着する。検討開始の段階では不確定要素が多々あり、良質な案件を見極めるのは困難である。案件形成に当たっては、結果として採算性がないとの結論に至ることを恐れず、検討するための「勉強代」を支払えるかどうかが最初の関門となる。
政府としては、他国に先んじて先行事例を醸成し横展開を加速する観点から、事業主体として関連企業をインテグレートし粘り強く進出を模索する意思と能力のある企業に対し、フィージビリティスタディ費用(以下「FS費用」という)の補助を行っている。以下、FS費用の補助により期待される主な効果を示す。

①検討開始のきっかけ
情報が乏しく不確定要素の多い新興国において、事前に投資判断に必要な情報を集めることは困難である。一方で、事業の成功確率を踏まえると、調査開始を決断するハードルは高くなってしまう。FS費用はこうしたハードルを下げる効果がある。

②コンソーシアムのスムーズなフォームアップ
スマートコミュニティ事業の実施に当たっては、相手国からの要望に応えることのできる技術を持つ企業によるコンソーシアムを組成する必要があるが、相手国および相手企業に応じて多種多様な課題が存在するため、特定のパートナーと組むだけでなく、自社の持ち得ない能力を持つ者と柔軟にコンソーシアムを組むことが重要となる。一方で、企業がそれぞれの持っている技術を他社に公開することは、常に市場競争を行っている民間企業としてはハードルが高い。FS費用は、委託・外注契約等で企業間を縛ることができるため、通常よりも円滑なフォームアップが可能となる。

③政府関与による加速化
事業実施の過程で多々直面する現地の規制・制度の打破には、政府間の枠組みにおける交渉が効果的である。FS費用は、政府から企業への委託調査という形で手当てされるため、政府-企業間で十分に意思疎通することが可能となり、企業の検討状況を踏まえ、政府内の他の取り組みと合わせ技で戦略を立てることが可能となる。また、日本政府の予算が投入されている事業であるということ自体が意味を持ち、民間企業のみでも先方政府との対話がスムーズに進む場合が多々ある。


⑵ 政府間枠組みでの交渉


特に、政府関与による加速化は、FS費用の補ほ 填てんの有無にかかわらず、さまざまな国や地域で取り組みを実施している。特に、近年、閣僚級対話においても、スマートコミュニティというワードが普及してきており、先方政府に大変好感を持って受け入れられるようになっている。以下、主な 2 つの政府間枠組みを紹介する。

①デリー・ムンバイ産業大動脈(DMIC)構想プロジェクト(インド)
インドにおいては、官民一体となったトップ外交により新興市場を開拓すべく、2009年12月にDMIC構想のフラグシッププロジェクトとしたスマートコミュニティ開発について首脳間合意された。以後、政府としては、経済産業省とインド商工省の局長級での枠組みであるスマコミWGや、両省の次官級での枠組みであるDMIC-TFなどを通じて、プロジェクト横断的な規制・制度などの課題解決やJICAやJBIC等の資金面での支援なども含め、案件形成に向けて政府一丸となって取り組んでいる。

②東アジア・スマコミ・イニシアティブ(ASEAN)
2010年8月26日に開催された「日ASEAN経済大臣会合」および「東アジア(ASEAN+6) 経済大臣会合」において、ASEANを含む東アジアにて、スマートコミュニティの推進を官民一体となって支援する新しい取り組みとして「東アジア・スマートコミュニティ・イニシアティブ」を提案し、合意文書(閣僚声明)に盛り込んだ。その後、政府としては、FS 費用の補助をきっかけとして、現在約 20 件の案件を実施中であり、プロジェクトの実現に向けて精力的に取り組んでいる。


5. おわりに(商社への期待)


スマートコミュニティという言葉は国内外でもすっかり定着したが、世界中どこを見回しても、例えば図1で示したような街、システムはいまだ存在しない。世界第3位の経済大国であるわが国にすらない。われわれは、こういったコンセプトを新興国に売り込んでいるわけであり、困難なのも無理はない。こうしたある種の壮大なテーマに真剣に取り組み実現させていくことは、新興国の課題解決に資するだけでなく、今後のわが国の経済発展においても大きな可能性を秘めている。
スマートコミュニティの実現のために必要不可欠なのは複数の企業を巻き込み束ね、腰を据えて課題に取り組むことのできるインテグレーターである。翻ってみると、従来商社は、複雑で困難な問題に対し、さまざまな手段を面的にインテグレートして解決してきたように思う。スマートコミュニティは近年出現したコンセプトであるものの、まさに商社が培ってきた手法が有効ではないかと考える。
スマートコミュニティ実現に当たり、商社はキープレーヤーであることは間違いない。今後の活躍を大いに期待したい。

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