わが国のエネルギーベストミックスの選択について

一般財団法人日本エネルギー経済研究所 研究主幹
栁澤 明

「長期エネルギー需給見通し」がとりまとめられる


2015年6月1日、総合資源エネルギー調査会基本政策分科会長期エネルギー需給見通し小委員会は、2030年のエネルギー需給像を描いた「長期エネルギー需給見通し(案)」をとりまとめた(注1)。これは、2014年4月に閣議決定されたエネルギー基本計画(注2)を定量的に肉付けするためのものである。

東日本大震災以降、どのようなエネルギーミックス、とりわけ電源構成を目指すべきかが、エネルギー政策における主たる論点となっている。エネルギー基本計画では、主要な発電用エネルギーに関して、表1のような政策の方向性を打ち出している。

これらを受け、長期エネルギー需給見通し小委員会は、見通し策定に当たり達成すべき具体的な政策目標として、

  • 原子力の安全性の向上、必要な技術・人材の維持・発展などを図る
  • 自給率は東日本大震災以前をさらに上回る水準(おおむね25%程度)まで改善する
  • 電力コストは現状よりも引き下げる
  • 欧米に遜色ない温室効果ガス削減目標を掲げ世界をリードすることに資する

を掲げた。


その上で策定された「長期エネルギー需給見通し」では、2030年度における電源構成で、再生可能エネルギーの構成比が22-24%、火力が56%、原子力が22-20%という姿が描かれている(図1)。水力、バイオマス、地熱などの安定的な再生可能エネルギーの導入がより順調に進展すれば、原子力への依存をさらに低減できるということで、再生可能エネルギーと原子力の構成比に2%の振れ幅が見込まれている(注3)。

また、エンドユーザーが実際に消費する最終エネルギー消費は、広範・強度な省エネルギー対策により、2013年度の原油換算361百万kLから2030年度には326百万kLまで減少する。ただし、電力は利便性が高く、用途によっては代替がきかないエネルギー源であることから、最終エネルギー消費総量が減少する中でも、電力最終消費は2030年度に向けて142億kWh増加し、9,808億kWhに達する。これに対応する総発電電力量は10,650億kWhで、その内訳は前述の通りである。わが国のエネルギー消費量全体を表す一次エネルギー供給は、2013年度の542百万kLから489百万kLへ10%減少する。

電源構成の違いがもたらすインパクト

東日本大震災以降、広く注目されている電源構成、エネルギーミックスであるが、どのようなものを優れた、あるいはベストと考えるかは、三者三様である。これは、根源的には各人の価値観の相違に起因する。しかし、評価軸がきちんと確立できていなかったり、定性的な印象に依存し過ぎたりすることが、適切な判断と議論の収束を妨げている側面もある。そうした意味において、エネルギーシステム全体にわたり整合のとれた定量的な分析により、比較・検討をする意義は大きい(注4)。


日本エネルギー経済研究所では、長期エネルギー需給見通し小委員会での議論が本格化する直前に、わが国が戦略上選択し得ると考えられる2030年のエネルギー需給像を分析したものを公表している(「エネルギーミックスの選択に向けて」2015年1月)。これは、電源構成をドライバーとするシナリオ分析である。すなわち、電源構成は予測ではなく前提であり、これを複数設定することで、そのエネルギー・経済・環境への影響を、計量モデル群を活用した定量的な手法により算定している。そこで設けられている四つのシナリオでの電源構成の大枠は、表2の通りである。

エネルギーの国内供給総量のうち4割強が投入される発電部門でどのような構成を選択するかは、エネルギー需給のみならず、経済・環境にも大きな影響を及ぼす(表3)。高コスト電源への依存を強めるシナリオ①や②では、経済への悪影響が顕著に表れる。すなわち、電力価格の上昇と化石燃料輸入額の増大が、日本の競争力と購買力をそぐ。結果、実質GDPでは、2030年においてシナリオ間で最大10兆円の差が生じる。火力と再生可能エネルギーだけに依存するシナリオ①では、原子力も活用するシナリオ③での成長の5%が失われる。



エネルギーの国内供給総量のうち4割強が投入される発電部門でどのような構成を選択するかは、エネルギー需給のみならず、経済・環境にも大きな影響を及ぼす(表3)。高コスト電源への依存を強めるシナリオ①や②では、経済への悪影響が顕著に表れる。すなわち、電力価格の上昇と化石燃料輸入額の増大が、日本の競争力と購買力をそぐ。結果、実質GDPでは、2030年においてシナリオ間で最大10兆円の差が生じる。火力と再生可能エネルギーだけに依存するシナリオ①では、原子力も活用するシナリオ③での成長の5%が失われる。

こうした影響は、マクロ経済だけでなく、雇用情勢や賃金を通じて家計にも及ぶ。シナリオ①では、シナリオ③に比べ、完全失業者が30万人増加すると同時に、失業にさらされない労働者も賃金が4万円減少する—すなわち、所得が減る中で、電気料金は上昇する。

ゼロエミッション電源(注5)である再生可能エネルギーと原子力で半分の電力を賄うシナリオ③、④において、エネルギー起源二酸化炭素排出は最小水準となる。同時に、再生可能エネルギーと原子力は(準)国産であることから、セキュリティーは最も確保される。環境・安全保障の観点からは、「再生可能エネルギーか?原子力か?」の二者択一ではなく、両者を適切に活用してゆくことが肝要となる。

エネルギーミックスの視点

こうした指標を個別に考えるのであれば、それぞれ優劣をつけることは非常に簡単な話である。あるいは、仮に、安全で、安定的に供給可能で、廉価で、環境にも優しい完璧なエネルギー源というものが存在するならば、あれこれ思い悩む必要はない。しかしながら、現実社会は、特定の一目標のみ達成すればよいという単純化された状況からはおよそ異なる。また、人類は、完璧なエネルギー源というものも(まだ)手にしていない。

そうした中、こんにち、エネルギー・環境政策を考えるに当たり、最も基本的な原則とされているのが、3E+S―安定供給(Energy Security)、経済効率(Economic Efficiency)、環境(Environment)、安全(Safety)―の視点を欠かさないことである。そして、3E+Sは、一長一短ある各種のエネルギー源をバランスよく組み合わせ、相補するようにしながら達成を目指す他ないのである。それは、人間のエネルギー摂取において、好き嫌いせずバランスのよい食事が必要であることと通じるところがある。

日本エネルギー経済研究所は、経済・環境・エネルギー安全保障への定量的効果などを総合的に勘案すれば、シナリオ③に近いものが望まれるとしている。これは、原子力発電比率を25%とすること自体を理想としているのではない。シナリオ③では、各種エネルギーをその特性に応じて活用することによって、多くの指標において相対的に良好な結果が得られていることを評価しているのである。

政府の掲げるエネルギーミックスに求められるもの

エネルギー政策の基本的視点である3E+Sは、不変の評価軸である。それに加え、政府が掲げるエネルギーミックスは、政策措置に裏付けされた政策目標であることが強く望まれる—すなわち、願望や理想論のみで形作られた空論であってはならない。エネルギー・環境関連の技術・設備に特徴的な長いリードタイムとライフタイム、技術革新の速度、導入時における物理的・社会的・政策的等の各種制約をつぶさに踏まえる必要がある。その上で、実現可能性が十分あるものを策定しなければならない。さらに、政策の進捗状況を定期的にレビューし、国内のみならず国際的なエネルギー・経済・環境情勢も鑑みつつ、目指すエネルギーミックスの見直しを適宜行うことが不可欠である。

今回の「長期エネルギー需給見通し」は、省エネルギーにおいても、電源構成においても、少なからず野心的である。期待されているポテンシャルを顕在化するためには、相当の知恵とおカネを投入することが求められる。しかし、多くのリソースを投入しても、描いているような姿に十分近づけるかどうかは分からない(注6)。

それでも、エネルギー安全保障、気候変動対策の不断の強化が求められていることから、化石燃料の節減と自主エネルギー比率の引き上げは必須である。その目標に向けて、電源に限らず各分野において適切な政策を、しかるべきタイミングで、かつ社会への負担ができるだけ小さな形で展開する必要がある。

目標とする姿は定まった。次に求められるのは、効果的・効率的な実践である。


(注1)本稿が読者の手元に届くころには、パブリックコメントを経て、正式に決定される時期に当たるであろう

(注2)エネルギー基本計画は、政府がエネルギー政策の基本的な方向性を示すためにエネルギー政策基本法に基づき策定するもの。最初の計画は2003年10月に策定された。2014年4月の計画は第4次に当たる

(注3)太陽光や風力を原子力代替電源として期待する向きもある。しかし、これらの不安定再生可能エネルギーは、電源としての特性に鑑み、火力を代替するものと位置付けられている

(注4)「 長期エネルギー需給見通し」で示されたのが一つの将来像(と断片的な感度分析)だけであったのは、判断材料としての価値をやや減じてしまっているのかもしれない。もっとも、これは「長期エネルギー需給見通し」が判断材料を提供することを目的としているのではなく、小委員会の結論として目標像を示すものであるためであろう。その結論に至るまでの議論の経過記録と検討されたあまたの判断材料は、すべて公開されている

(注5)発電時に二酸化炭素を排出しない電源

(注6)今後、エネルギー産業の自由化が進んでゆくことで、政策当局が用いることができる手段が狭まってしまう可能性も考えなければならない

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