交通インフラシステムの海外展開について

国土交通省 総合政策局 国際政策課長
大髙 豪太

1. はじめに

最近、東京の地下鉄、山手線などの近郊電車の中で、スーツケースやお土産の袋を持った外国人観光客を見掛けることが多い。円安の進行やIT機器の発達がハードルを下げているということも一つの要因だろうが、日本を訪れる海外の観光客が、言葉のハンディをクリアして、東京だけではなくさらに遠く、長野県の山奥の温泉、北海道のスキー場といったところにまで気軽に出掛けるケースも多く見られるようになった。安全・安心で正確な運行を誇るわが国の公共交通システムがこのような事象の一翼を担っていることは、間違いないだろう。

また海外からの玄関口である国際空港は、他の先進国と比べても、非常に清潔であり、荷物のハンドリングも丁寧かつ正確であり、ショッピングエリアも含めて、便利で快適なサービスを提供していると言ってもよいのではないだろうか。

このように、わが国では当たり前である「便利で質の高い」公共交通サービスは、そのインフラをつくるメーカーの製品自体の優秀性は言うまでもなく、それを運営する民間事業者が一緒につくり上げているシステムである。昨今、このようなわが国の優れたインフラシステムおよびサービスについて、積極的かつ早急に世界に展開していくことが、以下の点で喫緊の課題となっている。

第一に、わが国は、世界に先駆けて、少子高齢化や国内市場の縮小などの課題に直面している一方で、世界のインフラ市場は、アジアをはじめとする新興国の急速な都市化と経済成長により、今後、膨大な需要の拡大が見込まれている(注)。わが国のインフラ関連産業が、その旺盛な需要を取り込んで、わが国の中期的な経済成長につなげることが極めて重要である。

また、いくら優れたインフラシステム・サービスであっても、国内で伸びる余地が限られてくれば、海外での現場で磨かれてこそ、その技術サービスレベルの維持、さらなる改良・発展が見込まれる。

第二に、製造業をはじめとするわが国の主要産業の企業が既に海外に大きく展開している中で、現地の交通インフラを整備-例えば物流のネットワークを整備-することは、幅広いサプライチェーンを必要とする製造業の進出の土台を支え、側面支援することとなる。また、製造業だけでなく、わが国の生鮮食料品の冷蔵サービス等、新たな日本のサービス業自体の海外進出の可能性も出てきており、国内のサービス業、農林水産業に裨益することも考えられる。

第三に、インフラは現地のものであり、最終的には、現地の文化に根付いた現地の人による運営サービスが行われる。日々利用する交通機関において、日本のシステム・サービスの導入により、より快適なサービスが提供されるようになれば、中長期にわたって、日本ブランドのイメージをさらに高める効果も期待できる。

本稿では、政府としても、インフラ海外展開を成長戦略の重要な一つとして位置付ける中で、国土交通省としても、昨今、拡大しつつあるPPP事業にも官民連携して対応できるよう、官民ファンドであるJOINを設立するなど、積極的に動いているところであり、その施策を中心に、昨今の動きについて、簡潔に述べてみたい。

(注)経済協力開発機構(OECD)の報告によると、交通インフラの整備需要は、現在の年平均38兆円が、2015-30年には5割以上増加して年平均 59兆円に上ると予想。

2. 政府全体の動き

政府においては、平成25年3月、官房長官を議長とし、関係大臣から構成される「経協インフラ戦略会議」を設置、同年6月に「日本再興戦略」を閣議決定するとともに、同戦略と一体となる文書として、「インフラシステム輸出戦略」をとりまとめた。

上記戦略は、「官民一体」でインフラ輸出に取り組むよう明記するとともに、2020年におけるわが国企業のインフラ関係受注額を約30兆円(現状約10兆円)とすることを目指している。

また、地域別の戦略として、ASEANを「絶対に負けられない市場」と位置付け「FULL進出」がキーワードとなっている他、わが国企業の進出が相対的に遅れている「南西アジア、中東、ロシア・CIS、中南米諸国」でも、重要案件の受注を勝ち取るべく、集中的に取り組むこととしている。さらに進出が出遅れている「アフリカ諸国」においても、ODAとも連携して「一つでも多くの成功事例」を生み出すことが方針とされている。

このようにあらゆる施策を動員するとされた上記戦略であるが、これまでの安倍総理の外遊実績が示しているように、その頻度、地域的広がり、企業トップの同行といった点で、これまで例を見ないレベルでトップセールスが行われている。まさに総理をトップとして、政府一丸となって、インフラの海外展開が推進されているところである。

3. 国土交通省における交通インフラシステムの海外展開の考え方

このような政府全体の方針に基づき、交通を所管する国土交通省においては、次の三つを柱として、交通インフラの海外展開を強力に推進している。

  1. トップセールスや案件形成等の推進、情報発信の強化等、「川上」からの参画・情報発信
  2. わが国の技術・基準の国際標準化や相手国でのスタンダード化を通じた「ソフトインフラの展開」
  3. インフラ輸出・海外展開に取り組む企業の支援

具体的には、わが国の技術の高い安全性・信頼性や費用対効果の優位性等について相手国の理解を深めるべく、大臣等政務によるトップセールスや要人の来日表敬対応、セミナー等を、官民一体となって実施している。また構想段階から相手国側のニーズを把握しながら案件形成に取り組むなど、川上からの参画を図っている。

例えば、太田国土交通大臣は、ASEAN10ヵ国については、民間企業の幹部と共に、既に7ヵ国を訪問するなど、トップセールスを精力的に実施し、実際の成果につながったケースも出始めている。国土交通副大臣・大臣政務官も、アフリカのケニアでのモンバサ港・周辺道路開発事業へのトップセールスや、インドでの高速鉄道セミナー主催など、インフラ受注の可能性がある地域を重点的に訪問している。

さらに、各国の大臣・副大臣などの来日や国際会議の場も活用して、頻繁に何度も会議することにより大臣等リーダー間の親交・信頼関係を深めつつある。

また、国際標準化に関しては、国際規格の制定に向けた議論に積極的に参画することにより、わが国規格を海外のインフラ整備・運営に反映させる他、相手国におけるわが国規格・標準のデファクト・スタンダード化を進め、わが国企業の進出・受注に向けて有利な環境整備を進めているところである。

しかしながら、世界各地のインフラ受注をめぐる競争がますます熾烈になりつつあることから、本分野のわが国企業の支援をさらに強化するため、2014年10月、国土交通省は、新たな政府出資機関である㈱海外交通・都市開発事業支援機構(以下「JOIN」という)を設立した。

4. 「JOIN」について

(1)JOINの設立背景

これまで先進国などの海外市場においては、わが国のインフラ機器メーカーが、その製品の優位性を前面に出して海外進出を果たしてきている。他方、新興国においては、急速な都市化と経済成長によりインフラ需要が急速に拡大し、現地政府の資金不足やインフラ運営の経験不足が課題となってきている。このため、新興国を中心に、民間の資金や運営ノウハウを活用した PPP型事業(事業権を付与して経験豊富な民間企業に事業運営を任せる形態)が急速に増えてきている。

また、中国や韓国など新興国のメーカーの製品等の競争力が向上してきたことや、VEOLIAなど欧州のインフラ運営企業がアジアを含め新興国へ積極的に進出していることなど、新興国のインフラをめぐる厳しい国際競争が繰り広げられている。

このような状況の下で、わが国の強みである、機器システムの信頼性といったハード面だけでなく、安全かつ快適な運行サービスの提供といったソフト面に関してもアピールするため、これまでのプレーヤー(商社、製造・建設業者)と共に、わが国のインフラ運営事業者も一体となって、海外に進出していくことが強く求められている。

しかしながら、出資等を通じて民間企業が PPP型事業に参画するに当たっては、この分野特有のリスクがあることが大きな壁となっている。つまり、巨額かつ長期にわたる投資リスク、また、交通に特有の需要リスク(利用者の予測が困難)、さらに突然のルール変更など相手国政府に由来する政治的リスク等である。

こうした状況を打破するため、2014年10月、交通・都市関係の幅広い分野のインフラ事業者、商社、金融機関等の協力の下、「出資」と「事業参画」を一体的に行う新たな官民ファンド「JOIN」が設立された。

(2)JOINの業務内容

JOINは、主として以下の支援を行う。

  1. 出資日本企業が海外で事業運営を行う現地事業体を設立する場合等に、JOINは、これら関係企業と共同して出資する。
  2. 事業参画JOINは、出資先の現地事業体に対して、日本の技術や経験を活かすため、必要に応じて役員・技術者等の人材派遣等により、事業参画を行う。また、関係企業と連携して人材育成を行う等により事業体の能力を向上させる。
  3. 相手国側との交渉共同出資者の中において、日本政府の出資機関として相手国等と交渉する。

(3)支援事業の対象範囲

JOINの支援対象は、鉄道、道路、物流、船舶・海洋開発、港湾、空港、都市・住宅開発などの幅広い分野にわたり、それらの事業を支援する事業も含まれる。地域の制約要件はなく、ブラウンフィールド(既存)の案件も支援対象となる。

(4)予算

政府の予算として、平成26年度財政投融資計画で585億円を計上、平成27年度についても、372億円の予算が計上された。今後プロジェクトの進展に応じ、産業投資からJOINに対し、追加的な出資が行われる。なお、この他、政府保証(長期)として、26年度は510億円、27年度は340億円が計上されており、必要に応じてJOINが政府保証債を発行して、民間セクターから資金調達を行うことができる。

(5) 支援決定までのプロセス

法律上、JOINは支援決定の際、国が定めた支援基準(国土交通大臣告示)に従うことになっている。そのポイントは、

  1. わが国に蓄積された知識、技術および経験が活用され、わが国企業の海外市場参入促進につながること
  2. 民業補完性に配慮し、民間企業と連携・調整して出資等の資金供給がなされること
  3. 適切な分散投資を行い、長期的な収益性を確保すること

であり、これらを含む支援基準に従って、JOINの内部で具体的な検討を行い、支援決定を行う。なお、決定の前に国土交通大臣の認可が必要となる。

(6)「JOIN」の活用

今後、JOINの積極的な活用が求められるが、それに当たっては、世界の先行事例を参考にすることも重要であると思われる。例えば、経験の浅い分野においては、先行企業との共同運営、現地事業の買収などを通じて、わが国企業が経験・ノウハウを蓄積し、徐々にプロジェクトのコア部分を請け負うのを狙う等、段階的な進出も将来の大規模案件のわが国受注の獲得へのステップとして捉えるべきである。

また、今般のJOINの設立は、わが国の公的なファイナンス面の強化であるが、その効果を最大限に生かすためにも、JOINはJICA、JBIC、NEXIなどの既存の公的金融と緊密に連携し、例えば、複数の公的金融のパッケージの提示を考えるなど、日本全体としての競争力を強化していくことを念頭に置く必要がある。

5. 今後の国際展開の方向性について

わが国は、交通分野で、安全で定時性を確保しつつ大量・高頻度の輸送を可能とする旅客鉄道の運営ノウハウ、世界に誇る長大橋・トンネル整備等の経験など、優れた技術ノウハウを有する。例えば、日本の大都市圏における郊外開発を伴った鉄道事業は、民間企業によって極めて効率的に運営されており、人口の多いアジアにおける都市の渋滞問題、環境問題において極めて有効な解決策となり得る。

一方で、高い技術・サービスというだけで相手国に受け入れられるわけでないことは、言うまでもない。特に中国や韓国といった競合国と比較するとわが国は価格競争力が不十分とされており、どう対応すべきだろうか。

インフラはあくまで現地のニーズに基づくもので、その受注のためには、それぞれの国の発展段階や課題等の国内事情を踏まえて、「いかにきめ細かく対応」できるかが鍵である。その上で、「高い技術力・サービス」だけでなく、「ライフサイクルコストの低さ」、「地元の雇用や経済への寄与」、「人材の育成」、「環境配慮」といった点をアピールし、信頼関係を構築し、相手国にとって真に資するインフラを共同で整備していくことが重要ではないだろうか。

こういった情勢の中、2014年11月、安倍総理は、APECの閣僚会議、ASEAN首脳会議やG20において、「質の高いインフラ整備」と強固で持続可能な経済成長の実現が、日本のインフラ整備支援に関するアプローチである旨言及した。

「質の高いインフラ」とは、耐久性、信頼性、ライフサイクルコスト等に優れ、環境社会に配慮した技術システムであり、そのシステムが長期にわたって運営されていくため、技術移転や人材育成を重視するということを目指している。今後、国際機関等との連携、国際会議での議論等を通じて、世界的な動きに結び付けていくことが必要である。

国土交通省においても、2012年以降、日・ASEAN交通大臣会合およびAPEC交通大臣会合において、より安全安心で、より環境に優しく、利用者利便の高い交通を目指し、「質の高い交通」を提唱し推進してきたところである。引き続き、このような取り組みを通じて、わが国の交通関連産業の国際競争力強化や海外プロジェクトへの参入機会の拡大を図るとともに、海外において真に必要とされ、真に役立つインフラシステムの構築に貢献してまいりたい。

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