中小企業支援活動 高知県の人材と未来

ABIC参与 地方自治体・中小企業支援 コーディネーター野津 浩
一般社団法人 高知県移住促進・人材確保センター
高知県プロフェッショナル人材戦略マネージャー
川添 宣和

ABICによる地方自治体・中小企業支援活動について、具体的な求人案件を多くご依頼いただいている一般社団法人高知県移住促進・人材確保センターでマネージャーとしてご活躍の川添 宣和(かわぞえ のりかず)氏とABIC地方自治体・中小企業支援コーディネーター野津 浩(のづ ひろし)氏による対談を行いました。

思いの強さを感じた高知県の方々との出会いと広がる取り組み


ABIC参与
地方自治体・中小企業支援 コーディネーター
野津 浩氏

─高知県でABICとの取り組みが始まる経緯についてお聞かせいただけますか

野津:2015年11月に高知県庁商工労働部から5人の方がABIC事務所に来られ、お話を伺いました。「もっと早くABICを知っていれば良かった」とおっしゃっていただいたことがとても印象に残っています。早速5日後に高知県土佐郡大川村の和田知士村長が来所され、地鶏の首都圏での販売促進という具体的な案件をご依頼いただきました。この村は離島を除き人口が400人に満たない日本一小さな村です。いろいろとお話を伺っているうちに「ABICとして何とか支援したい」との思いが強くなっていき、ABICの会員をご紹介しました。活動開始後は販路も順調に拡大し、継続的にこのブランド地鶏を扱う飲食店も出てきました。活動は2017年までで終了しましたが、その活動会員と村長との関係は今も続いているようです。良好な関係を築き、成果を上げたこの案件がABICと高知県との出会いでした。

─支援の広がりと取り組みの現状について教えていただけますか。

野津:大川村への支援が完了した2017年に高知県産業振興センターから「経営統括」および「海外支援コーディネーター」を担当する会員の募集があり、2人が常勤にて高知県に赴任しました。2018年以降は、川添さんが勤務されている一般社団法人高知県移住促進・人材確保センター経由での人材紹介が始まりました。2020年12月時点で高知県の中小企業6社を5人の会員が支援しており、現在も継続中の案件や、最近契約したものもあります。支援は首都圏販売促進もありますが、基本は常勤ベースではなく高知県に行って「月に連続5日間」勤務です。今は新型コロナウイルス感染症が流行していますので、リモートワークでの自宅勤務や首都圏での営業活動を行っています。人材紹介要請にABICとして対応するもうまくいかなかった例もあるのですが、そうした事例があるのもそれだけ高知県からABICに対して求人の要請が多い証拠だと思います。川添さんが広く県内のプロ人材を求める企業を回られて、ヒアリングに奔走し、ニーズを引き出してこられた結果であり、ABICとしては感謝申し上げるところです。


一般社団法人 高知県移住促進・人材確保センター
高知県プロフェッショナル人材戦略
マネージャー 川添 宣和氏

川添:野津さんがおっしゃられた経緯で、たくさんの優秀な人材をABICから高知県にご紹介いただき、いつもお世話になっています。私がマネージャーを務めている一般社団法人高知県移住促進・人材確保センター(以下、当センター)は、2015年10月に事業が開始された「プロフェッショナル人材戦略事業」に基づき、高知県プロフェッショナル人材戦略拠点(以下、当拠点)を設置しています。この事業は地方企業が経営課題の解決を通して「攻めの経営」へと転身するのを後押しするため、経験豊富で高い専門性を持つプロ人材を地方企業へ還流させようという内閣府主導の地方創生施策で、事業を担う「プロフェッショナル人材戦略拠点」は東京都、沖縄県を除く全国45道府県に設置されています。当センターでは、主な事業としてU・Iターン就職支援ポータルサイト「高知求人ネット」を運営し、Uターン、Iターン人材の就職をお手伝いしています。当拠点では「高知求人ネット」に求人登録された企業や、地元金融機関よりご紹介いただいた企業を直接訪問しています。経営者とじっくり話し合いの機会を持ち、経営課題を深掘りした上で経営者の攻めの経営に対する意欲を喚起し、成長戦略を導くため高いスキルを持ったプロ人材を紹介することが狙いです。私自身、県内をくまなく回りながら、隠れたニーズを引き出すために経営者の皆さまと慎重に対話を重ねることを心掛けています。


費用と効率のバランスを踏まえたABICの支援には幅広い可能性が広がる


高知県の現状や人材を活かす取り組みについて説明する川添氏

─ABICが人材バンクとしての役割を果たしているということでしょうか。

川添:はい、そうです。ABICは地方自治体・中小企業支援を担うための登録会員を質・量共に大変豊富に抱えている組織です。会員の紹介を依頼してからのレスポンスや結論を導くスピードも非常に速く、大変頼りになります。また、当拠点や高知県が主催するセミナーや交流会での講演、県内企業との相談対応等には宮崎事務局長や野津さんにも積極的に参加いただき、県内企業のプロ人材活用による課題解決への「気付き」や「意欲の醸成」を強力に後押ししていただいています。結果、これまでに20件近くの相談に対応いただき、内定案件を含め10件の契約を仲介いただきました。またある企業の代表者が、業界団体の先進事例発表会でABICから紹介いただいた人材の活躍事例を発表されるなど、高知県企業の間ではABICの知名度や存在感が非常に高くなっており、私どもとしましても全幅の信頼を寄せています。新型コロナウイルスの感染拡大以前には酒どころ土佐での宴席でも気さくに交流を深めていただくなど、本当に心強い応援を頂戴しています(笑)。

─常勤ではなく月5日の連続勤務としているのはなぜでしょうか。

野津:月5日間しかないので徹底的に活動会員からスキルを得ようという集中力を感じます。効率の面だけではなく、費用の面でも、常勤ベースと月5日では大きく違います。費用と効率のバランスが一番良いのが月5日というスタイルなのかもしれません。

川添:そうですね。あと、県内企業にとって一番新鮮なのは、ABICの活動会員によって社内に新しい風が吹くということです。1企業単独で経営しているとものの見方が画一的になる場合が多いので、活動会員に知見を発揮いただき、全然違う角度から光を当てていただくと、驚くような気付きが社内に生まれてくるのです。活動会員は来るたびに宿題を残して帰られますので、企業側は次の来社まで試行錯誤しながら検討し、反省点を出し合うなどしています。こうした取り組みは企業の発展に向けたカンフル剤になっていると思います。


中小企業支援が地方経済の好循環の要


ABICコーディネーターとしての目線から支援に関する課題について分析する野津氏

─地方自治体・中小企業支援への思いをお聞かせください。

川添:高知県の人口は70万人を割り込んでいます。減少傾向はまだ止まりませんが、県の施策により県外からの移住者は昨年度も1,000組を超えるなど、毎年大幅に増加しています。当拠点は今年度から地元金融機関の現役行員を出向として受け入れ、活動内容は倍増しています。これまで以上に地域の中小企業とはより丁寧な対話を重ねることができるようになり、私もうれしく思います。スキルの高い人材を県内企業に紹介し、結果として企業が活性化することでU・Iターン者をたくさん採用できるようになれば高知県経済に好循環が生まれ、県政浮揚の一翼を担えると考えています。さらに高知県商工労働部や高知県産業振興センターなどを通じて、県内の各地方自治体とは双方向での情報提供や人材紹介を適時適切に行っています。これからもABICの力を借りながら、地方自治体や県内中小企業への提案・支援を積極的に行いたいと考えています。

野津:そうおっしゃっていただけるとうれしいです。これからも一緒に活動し、高知県の創生につながるように努力していきたいと思います。ABICとして高知県企業の支援を通じて思うのは、しっかりともうかり、将来につながっていく強い企業になっていただきたいということです。川添さんもおっしゃいましたが、その土地の企業の元気が地方創生の好循環につながります。今はABICの会員を紹介し、成約を一つ一つ生み出していくことで、小さな支援を積み重ねているという意識です。ABIC会員にすれば過去の経験や人脈が生かせる、自分自身の勉強にもなる、人脈が広がる、そしていくらかでも報酬をいただけるなど、さまざまな利点があります。ABICとしては高知県での事例を成功モデルとして他の自治体とも協力していけたらといつも思っています。


マッチングの難しさと「志」のある支援の大切さ


紹介先の企業の社員と会議に臨むABIC会員(右奥)
企業目線での支援を心掛ける(2018年活動時の写真)

─高知県で地方自治体・中小企業支援を進める上での課題はありますか。

川添:高知県は全国に15年先行して1990年から人口が自然減となるなど、まさに課題の先進県となっています。このため2009年度に高知県は「高知県産業振興計画」を策定し、現在4期目を迎えているわけですが、官民共同で産業振興に取り組み、人口減少下においても高知県経済は拡大傾向に転じつつあります。しかし、本来は全国比では比較的小規模企業が多く、労働力不足に加え、1社当たりの生産性でも全国比を下回っている状態が続いています。さまざまな課題や経営指標を改善するためには都市部人材、外部人材の知見・スキル・経験を活用することが喫緊かつ重要な課題となっており、ABICには常日頃からご協力をいただいているところです。しかしながら、県内企業の課題解決のためにABICに会員紹介を依頼しても、手続き中に企業からの人材ニーズが変化してしまうことがあり、マッチングに至らないケースもあります。また県内企業の中には、新しい意見や考え方の導入にやや消極的なところもありますが、ABIC会員が経営者や社員と同じ目線かつ「志」を持って指導することで、変化が見られることもあります。

野津:支援する方も支援される方もお互い気持ちよく課題を解決していきたいですから、活動前に会員に対しては「威張らない」「目線を同一に」「自慢しない」「失敗談を話す」という4点をお願いしています。加えてABICの人材は、従来ほとんどが商社OBの会員でしたが、メーカーOBの会員も増えてきており、今までは対応できなかったご依頼もお受けできるようになってきました。それでもうまくいかないケースは誰も手を上げない条件のあるケース、該当の会員がいても経営者との面接で破談になるケースの二つです。一つ目のケースは最新の技術経験・知識を要求する企業の場合、二つ目のケースは求人の条件に合う会員を紹介しても、面談の際に見えなかったニーズが分かり、案件自体がダメになる場合です。経営者の意識を正しくヒアリングすることの難しさを感じています。最近は新型コロナウイルスの感染拡大の影響でウェブ面談も増えていて、紹介者の人となりが伝わりづらいことも課題です。また、企業側のレスポンスが遅く、ABICの対応とのスピードがかみ合わず、なかなか成約に至らないこともあります。レスポンスの速さはカルチャーの違いもあると思います。ABICの活動をより良いものにしていくための評価、検証も必要と思いますが、この20年活動を継続できたことが成功の証しでしょうね。

川添:そうですね。金銭的に何かを得ようとかではなく、自身の持っているスキルを使ってもらおうというお役立ちの精神、すなわち「志」を持って活動してきたからこそ20年続いた今があると思います。また、「志」を持って来ていただくと、企業の問題点等も改めて見えるところがありますし、「志」を持って仕事に取り組んでいる姿勢が伝わると信頼が生まれ、企業側にもダイレクトにスキルや知見が伝わると思います。高知県は坂本龍馬の故郷ですから「志」を持って取り組んでいただけるというのがいいですね(笑)。今までの成功事例に共通するのは、経営者が社員にABIC会員の紹介を受ける意義を事前に説明し、社員が腹落ちした状態でABIC会員を迎え入れていることです。こうしたケースでは、長期間にわたる支援が継続できています。課題に対しては双方の工夫と理解で、解決できることもあるのですね。


「人財」が吹き込む新しい風


─地方創生のための「人材」とはどのようなものだと思われますか。

野津:難しい質問ですね。企業側に採用されるABIC会員は当該企業の発展のために活動しているのですが、その活動が具体的にそのまま地方創生につながっているかはある程度の時間が経過しないと分からないのです。しかし、企業にとって新しい風が入ってくること自体が創生であり、発展につながると考えるならば、ABICの会員は地方創生のための「人材」になっていると思います。ABICの会員には「地方創生」の一環として企業再生に携わっているという意識を常に持って活動してほしいと思っています。

川添:現在のようなIT社会にあっても「企業は人なり」は永遠のテーマであり、地方を生かすのは「人材力」であると考えます。さらに企業はその課題ごとにフレキシブルな対応を求められていることから、現役世代による地方創生活動に加え、セカンドキャリア層、サードキャリア層が持つ高いスキルや知見をじっくりと慌てずに「地域活性化」「地方創生」に活かしていくことが重要な点だと思います。人材は財産としての「人財」とも言いますように、ABIC会員の「人財力」で、企業が長い時間をかけて築いてきた自分たちの価値観に、新しい手段、考え方を吹き込んでいただき、その「新しく、高く、深い付加価値」が地方創生の力となることを大いに期待しています。機械を改良して生産効率を上げることはできますが、機械を動かす人を変えるのは人であり、それがABICの「人財」であると信じています。

野津:私たちが紹介するABIC会員は、企業経営者より年配の人が多いです。その点も重要な気がしています。人生経験豊富なABIC会員が、企業経営者や従業員に発する言葉や行動は、新しい刺激になるのではないでしょうか。それがABICの「人財」が吹き込む新しい風だと思います。

土地の良さを感じつつ帰属する「居場所」とその土地の未来を創る


2016年に代々木公園の「スーパーよさこい&うどん天下一決定戦」会場で大川村のブースを出展本件にもABIC会員が尽力した

─高知県の未来のためにできることとはどのようなことでしょうか。

野津:ABIC会員として入会する際、「活動したい分野」に「中小企業支援」と書かれる会員が大変多くおられます。やはり自分の経験を企業に、あるいは後世に残したいという思いが強いのでしょう。高知県についてはいずれ県の企業に常勤ベースで雇用され、その会社の発展に寄与するような会員が出てこられるとうれしいですね。そしてそれが移住という形につながれば、本物の高知県の人材ということになると思います。実際に2020年9月に東京から高知に移住された会員がいます。この方はABICの仕事ではなく、ご本人の希望で移住されました。活動の中で何か感銘を受けた部分がおありだったのかもしれません。移住は人口増につながり、高知県も強く望んでおられるので、ABICとしてもうれしかったです。こういった一人一人の活動の積み重ねが高知県の未来をつくっていくのだと思います。ABICの会員の皆さまには、ABICを退職後に帰属できる「居場所」として使ってほしいですし、地方創生のための「ツール」として利用していただきたいと思います。私たちも会員の皆さまの経験が活かせる楽しい未来が提供できるよう力を尽くし、一つでも高知県の未来に貢献できればと願っています。

川添:ABICは、高知県のみならず全国の地方自治体・中小企業、政府関係機関、教育関係等の支援・協力に対し、積極的な社会貢献活動を20年以上続けていますので、これからもますますその存在価値は大きくなると思います。高知県は「遠いところ」「観光で行くところ」というイメージがあるかもしれませんが、実は羽田からわずか1時間15分でお越しいただけるアクセスの良い県です。海、山、川の「自然」は素晴らしく「食」に関しては全国でもトップクラスの評価です。私どもが地域企業の課題に応じてABIC会員を数多くご紹介し、会員の皆さまにはご自分の経験やスキルを十分に生かされ、仕事だけではなく、都市部では経験のできない高知県の「自然」や「食」も感じながらご活躍いただければ、県内企業の生産性を向上させ雇用を増加させることが可能です。そして結果として魅力ある地方自治体や地域社会を創り上げることができ、「地域活性化」「地方創生」に直結すると考えています。ABICには新たに教育関係の話も相談させていただいています。幅広い分野に人材を提供できるのは、ABICの20年にも及ぶ経験のたまものだと思っています。コロナ禍の昨今ではありますが、当センターでは今後ともABICのご指導ご支援を賜り、地方自治体や高知県企業の「成長戦略実現」「課題解決」を積極的にサポートしていきたいと考えています。

─本日は貴重なお話をありがとうございました。

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