ロシアと日本のさらなる経済交流の発展に向けて

駐日ロシア連邦大使
ミハイル・ガルージン

近年ロシアと日本の両国首脳による対話が積み重ねられており、両国関係は進展を見せています。特に、2018年は「ロシアにおける日本年」「日本におけるロシア年」との位置付けから、政治、経済、文化の分野で広く交流が促進されています。2018年3月に着任されたガルージン駐日ロシア連邦大使に、日ロ経済関係の状況や今後への期待、人的交流の展望等についてお話を伺いました。


ロシアと日本の経済交流の現状と見通し


岩城:大使は、今回は4度目の日本駐在と伺っていますが、この間にも両国の関係は進展しています。特に、5月にサンクトペテルブルクで開催された国際経済フォーラムに世界の政財界人が多数参加した他、日ロ首脳会談も行われましたが、どう評価されますか。

大使:これまでの両国首脳の対話を振り返ると、日ロ経済・貿易・投資協力の発展に向けて、安倍首相は大変積極的に行動してくださっていると思います。サンクトペテルブルク国際経済フォーラムは、世界経済の問題を議論する最大の場として1997年から開催されています。2018年は5月24−26日に開催され143ヵ国から1万7千人が参加し、プーチン大統領の招待でいらっしゃいました安倍首相の他、マクロン仏大統領、王岐山中国国家副主席、ラガルドIMF専務理事など、トップレベルの方々が多数出席されました。フォーラムの長い歴史の中で、日本の首脳として初めて安倍首相が講演されましたが、このことは両国関係の発展を象徴していると考えられます。

岩城:伝統あるビジネスフォーラムにおいて、日本のプレゼンスが上がっていること、そしてプーチン大統領にも好意的に受け入れられていることは、日本にとっても喜ばしいことです。フォーラムに続いて首脳会談が行われましたが、成果についてどうお考えですか。

大使:先日のロ日首脳会談では、B2B、G2Gを含め11件ほどの協力案件が署名されました。会談の他にも「日ロビジネス対話」が開催されるなど、両国の経済交流は新しいレベルに達しているといえます。この1−2年にわたる両国の経済関係の深化については、肯定的に受け取っています。貿易高も2017年度は180億ドルに達しており、2016年度比13%増加しました。安倍首相が掲げる8項目の「協力プラン」と、プーチン大統領の優先投資案件リストが合致していることもあり、現在130ほどの案件が検討中、半分は契約に近い段階まで進んでいます。4月には世耕弘成経済産業大臣が北海道に面したヤマル半島のLNG生産プロジェクトの現場を視察されました。商船三井が砕氷LNG船で輸送を担っている他、日本企業も関心を示しています。一方、先の経済フォーラムで両首脳も述べていましたが、協力の規模は両国経済のポテンシャルに比べると不十分といえます。先に述べた貿易高についても、過去最高の300億ドル(2009年)に比べるとまだ半分ほどです。またロシアに対する日本企業からの投資も、近年はあまり進んでいないようにも思います。今後の発展のために、貿易・投資いずれの分野でも協力を拡大する必要があります。

経済交流の成長分野と日本企業の極東開発

岩城:協力拡大に当たり、どんな分野が重要とお考えでしょう。

大使:まずは、エネルギー分野でしょう。エネルギーの安全保障は、世界のどの国にとっても重要な問題です。この点、すでにサハリンにおけるロ日共同事業が稼働しています。アジア最大のLNG工場として、日本にLNGを安定供給しており、日本の消費の1割を支えています。日本がLNGの輸入先を多様化し安定供給を確保するために、ロ日両国の協力はとても重要です。新しい動きとしては北極海航路を使って、北極海沿岸で生産したLNGを、日本を含むアジア太平洋地域へ輸出したいと考えています。

岩城:エネルギー分野のプロジェクトは、商社も関心を寄せています。すでに共同で取り組んでいる事業の他に、そうした新しい事業にも商社を含め日本企業が取り組む余地があると考えていますが、いかがでしょうか。

大使:北極海航路経由で日本を含むアジア市場へLNGを届けるという構想の下、カムチャツカ半島でのLNG積み替え基地開発が、ロシア企業によって検討されています。日本の商社からも注目いただいていますが、共同プロジェクトとして実現すれば輸送コストが大幅に下がり、両国の利益につながるでしょう。LNGについては、サハリンでも第3次プロジェクトを計画中なので、日本企業からの積極的な投資を期待しています。LNGだけでなく、沿海州地方でのガス化学工場建設計画もありますから、こちらにもポジティブな目を向けていただければと思います。

岩城:極東地域でのエネルギー分野の共同案件は、よく報道されていますが、重要性やポテンシャルがよく分かりました。エネルギー以外の分野における日ロ協力の現状・可能性はいかがでしょう。

大使:2017年にブリヂストンがウリヤノフスク州で乗用車用タイヤ工場の開所式を行いました。自動車分野での日ロ共同事業が部品分野にも広がっているのが特徴で、2012年に操業した、マツダとロシア自動車大手ソラーズ社との合弁会社「マツダソラーズマヌファクトゥリングルース(MSMR)」が、2018年9月にエンジン部品の製造工場を開設する予定です。生産された部品は、ロシアから世界に輸出されるだけでなく、日本にも再輸出される仕組みです。ロ日合弁企業による製品が第三国に輸出される新しい仕組みが出てきたことは喜ばしいことです。

その他にも新しい動きとして、ロシアの各都市・地域との経済連携・交流が広がっています。私が着任して3ヵ月余りで、五つの州・地方からミッションが来日し、プレゼンテーションを行っており、投資の誘致に積極的な姿勢を見せています。また農業も有望な分野です。現在ロシアから日本へは、伝統的な魚に加えて、穀物や加工肉製品が輸出されていますが、ソバの実や生肉、ワインも輸出したいと考えています。2018年3月には幕張メッセにおけるフードエキスポジャパンで初めてロシアが出店し、ワインやチョコレート、ソバの実などを展示しました。ロシアの食品・農産品が日本市場で拡大するポテンシャルを感じているところです。この他、インフラ開発や都市開発プロジェクトも進んでいます。丸紅には極東ヴォストーチニー港で石炭積み替え施設の建設で協力いただいています。またヴォロニジ州においては、スマートシティ建設に日本の技術を導入する動きもあります。こういった動きは、経済交流の幅が広がっていることを示しているのではないでしょうか。

岩城:エネルギーや自動車といった、歴史のある分野もあれば、農業・食品のようにこれからの産業もあるということですが、日本の官民が力を入れて取り組んでいるヘルスケア分野はいかがでしょうか。

大使:4月に大使館で医療分野のプロジェクトプレゼンテーションがありました。モスクワで病院を運営している外交団サービス総局という国営企業が、日本の先端技術を導入しレベルの高い医療を拡充したいという狙いからです。このプロジェクトには日本の商社も関心を寄せており、ロシア側との対話が進んでいます。またハバロフスクでも、ロシア鉄道が保有する病院に、日本の先端医療・器具を導入する計画も進んでいるところです。医療はとても有望な分野だと認識しています。

岩城:経済交流をさらに拡大するためには課題も残されていると思いますが、いかがでしょうか。


大使:欧米諸国が対ロ経済制裁を行っている中で、貿易や投資に関して資金の決済手段を確保することが重要です。日本も対ロ制裁に参加していますが、日ロ両国の利益になる経済協力は、その中でも進めていくべきだと考えています。さらに言えば、現在、日本の同盟国である米国は、輸入関税の引き上げという形で日本に事実上の制裁を加えようとしていますが、一方、ロシアは日本と経済だけでなく、さまざまな分野で交流を深めたいと思っています。その意味で、最近ロシア最大の商業銀行であるズベルバンクと国際協力銀行(JBIC)が締結した融資協定が重要です。協定ではJBICが300億円を限度に、日本からロシアおよび周辺国向けの輸出について円建てで中長期の資金をズベルバンクに融資するものです。「日ロ経済対話」において、プーチン大統領はルーブルによる決済の仕組み創設を提案し、専門家間で話し合うことになりました。この考えの背景にはユーラシア経済連合(EEU)の発足がありますが、現在、EEUにはカザフスタンやベラルーシ、アルメニアとキルギスタン等が加盟しており、域内の自由なヒト・モノの往来が実現しています。域内人口は1億7千万人以上です。いったんロシアに輸出すれば関税なしで各国に流通できるので日本企業の皆さんにもぜひ活用していただきたいと思います。


ロシアと日本−これからの交流に向けて


岩城:大使は通算15年にわたって日本に駐在され、ロシアと日本の友好関係強化に長く貢献されていますが、過去を振り返って、日本の印象はいかがでしょうか。

大使:私が大使館の職員として初めて日本に駐在したのは、30年以上前です。この間、日本に限らず世界のどこの国も大変な進歩がありましたが、特に日本は、先端技術、デジタル分野が著しく進歩しました。また経済構造の変化も特徴的です。自動車や造船の製造、半導体や家電の生産と輸出をベースとしていた経済モデルが、現在では、先端技術やロボット産業、宇宙産業の成長による経済モデルにシフトしています。少子高齢化や雇用の問題など社会の構造も変化してきました。しかし、過去も現在も、日本の皆さんは、熱心・献身的な精神をお持ちであることには変わりません。特に東日本大震災を振り返ると、助け合いの精神や忍耐強さ、献身的な姿が思い出されます。

岩城:お褒めの言葉をいただき、ありがとうございます。大使が日本に関心を持たれたきっかけは何かあったのでしょうか。

大使:実は私の父も外交官で、50年以上前に東京で働いていました。私にとって日本は、初めて訪れた外国でしたので、その時のことが強く脳裏に焼き付きました。父に倣って日本を学びたい、日本語を話したいという気持ちが芽生えたのがきっかけでしょうね。

岩城:昨今では人的交流も増えていますが、実際足を運ぶことで、ロシアへのイメージがポジティブに変わるという方も多いのではないでしょうか。

大使:この2年で、両国の観光交流が拡大しています。日本政府のインバウンドビジネス支援などもあり、2017年度はロシアから7万5千人が訪日したと伺っていますが、日本からの訪ロ観光客はそれを少し下回っているようです。ロシアの観光ビザ取得手続きは難しいものではないと思いますが、ロシア政府としてはさらなる簡素化と日本の皆さんの訪ロを待ち望んでいます。

岩城:2018年は冬季五輪でザギトワ選手を含めロシア選手の活躍が日本でも注目されました。また6月にはサッカーワールドカップが開催されます。友好年にふさわしく、スポーツ・文化においても両国の交流が深まりそうですね。

大使:ワールドカップでは11都市・12スタジアムで試合が行われます。例えば、侍ジャパンの決戦の地、エカテリンブルクはアジアと欧州の間という象徴的な地域ですので、ぜひ日本選手団に気に入っていただければ幸いです。両国とも、開催を前に盛り上がっていることと思いますが、ワールドカップを契機に日本の多くのサッカーファンにロシアへ応援に来ていただければとてもうれしいです。日本はロシアにとって、アジア・太平洋地域における優先的パートナーです。だからこそ今後もさまざまな分野で協力を進めたいと考えています。

岩城:本日のお話を伺って、ロシアと日本が今後さまざまな分野で協力を広げていくポテンシャルが大きいことを、改めて認識しました。互いの経済・貿易・投資関係強化に向けて、当会も情報発信等でお手伝いしていきたいと思います。本日はお忙しいところありがとうございました。大使のますますのご活躍を祈念しております。


岩城常務理事


ガルージン大使


駐日ロシア連邦大使 ミハイル・ガルージン氏


1960年6月モスクワ生まれ
1983年モスクワ国立大学付属アジア・アフリカ諸国大学卒業後、外務省に入省
1983−86年駐日ソビエト連邦大使館
1992−97年駐日ロシア連邦大使館
2001−08年駐日ロシア連邦大使館 公使
2010−12年ロシア外務省、第3アジア局局長
2012−17年駐インドネシアロシア連邦大使
2018年1月−至現在駐日ロシア連邦大使(3月より着任)

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