リーマン・ショック後の韓国―スピード回復そして未来へ

韓国岩谷産業株式会社
代表理事
津田 光一

1.はじめに


私は現在3回目の海外赴任ということで大韓民国ソウル特別市に駐在中ですが、第1回目の海外駐在は良きにつけ、悪しきにつけ忘れることのできないタイ国バンコク駐在でした。この1回目の駐在中に起こった最大の出来事は、タイバーツの暴落に端を発した1997年のアジア通貨危機でした。当時、日の出の勢いだったタイ経済は奈落の底に落ちたと言っても過言ではないほど急降下し、不動産価格は暴落、それまで絶好調であった自動車、オートバイなどの販売も当然のごとく低迷しました。今から振り返っても、ただぼうぜんとするのみだったという記憶がよみがえります。バンコクの代名詞ともいわれた交通渋滞が解消されたのは、本当に皮肉な結果でした。
アジア通貨危機から11年後の2008年9月、リーマン・ブラザーズの破たんを契機にした金融危機が発生し、海外駐在中にまたも経済危機に直面するのかと大きな不安が心を過りました。この金融危機の影響は瞬く間に世界中のほとんどの国々に影響を及ぼしましたが、その波及するスピードに驚かされるばかりでした。


2.韓国が受けたリーマン・ショック


ショッピング街 ミョンドン(明洞)



リーマン・ショックは当初、欧米の金融機関への影響は甚大でも、韓国への影響はそれ程ではないかと内心期待しましたが、2008年の年が深まるにつれその深刻度は増していきました。韓国経済に対する悲観論は2009年1−2月に掛けて最高潮に達し、下記のような記事が新聞紙上を賑わせました。

◦2009年の韓国成長率マイナス4%―IMF(国際通貨基金)見通し(第一四半期:▲5.1%、第二四半期:▲5.9%、第三四半期:▲5.7%、第四四半期:+0.9%)
◦第一四半期成長率 ▲5〜▲8%…戦乱水準
◦急激に減少する輸出(対前年比で2008年10月:+8%、11月:▲20%、12月:▲18%、2009年1月:▲33%)
◦主力輸出商品ふらつく(2009年1月での対前年比、家電:▲65%、自動車:▲55%、半導体:▲47%、液晶ディスプレー:▲44%、石油化学:▲40%)

経済低迷に合わせ、海外からの証券・不動産市場などへの投資が一斉に引き上げられ、ウォン安が急速に加速し2009年3月5日には1ドル当たり1,562ウォンの最安値を記録し、2008年8月対比では40%の急落となりました。この時期にウォン安が話題となり、日本から観光客が大挙して押し寄せ、当地でも大変話題になりました。ミョンドン(明洞)、ナムデムンシジャン(南大門市場)、インサドン(仁寺洞)などの観光スポットでは、日本人観光客が闊歩し商品が飛ぶように売れ、デパート、お土産屋、地元商店は大盛況となったことを、かなり複雑な気持ちで眺めていました。というのもこのウォン安により、輸入ビジネスまたは輸入資材を原料とした日系メーカーは大変な苦境の時期であり、事業継続さえ危ぶまれる状況だったからです。


庶民の市場 ナムデモン・シジャン(南大門市場)


伝統的な韓屋が残る美術、民芸品、食事のスポットインサドン(仁寺洞)


3.リーマン・ショック後のスピード回復


2009年1−2月はマスメディアを中心に大変だの大合唱でしたが、早くも3月からは新聞紙上に「サムスンとLG、LCDTV工場フル稼働へ」などの明るい記事が踊りだし、輸出企業のウォン安を利したビジネス拡大が報じられるようになりました。4月には韓国の景気回復速度は経済協力開発機構(OECD)加盟国の中でも最も速い見通しであることが、企画経済部より発表されました。これは韓国の2月の景気先行指数(CLI)が94.5ポイントで、OECD加盟30ヵ国中最高の回復速度を記録したということによるものでした。CLIは、産業活動動向、住宅動向、金融・通貨現況、国内総生産の流れを総合して算出するもので、通常6ヵ月後の景気予測の指標として用いられます。
急速な経済回復の要因は、政府による迅速で果敢な財政出動、金融政策によるところも当然大きかったのですが、特に各企業の輸出拡大策が特筆されるのではと感じました。主要な事項としては以下ではないかと思います。

◦液晶テレビの世界シェアにおいて、三星電子社が世界1位の22%、LG電子社が世界2位の13%と躍進。ちなみに、ソニー、シャープ、パナソニック、東芝の日系4社を合わせたシェアは31%となっている。
◦携帯電話の世界シェアにおいて、三星電子社が19%、LG電子社が11%とノキア社(38%)との差を縮小。特に両社は欧米での躍進が大きく、三星電子社25%、ノキア社21%、LG電子社17%となっている。
◦メモリー系半導体であるDラム、NANDフラッシュメモリーでの三星電子社、ハイニックス社の世界的な高シェア化。
◦リチウムイオン二次電池では三星SDI社、LG化学社の合計シェアが世界の26%のシェアへ。電気自動車用リチウムイオン二次電池でも両社は、ゼネラルモーターズ(GM)、クライスラー、BMW、フォルクスワーゲンなど大手自動車メーカーと供給契約を締結する。
◦現代・起亜自動車グループは欧米市場で快調にシェアを伸ばし、中国市場でも他社が投資抑制をする中、先手を打った積極果敢な工場拡張を展開中。
◦現代重工業、三星重工業、斗山重工業などプラント関連メーカーは、中東、豪州、ブラジルなどの油田、天然ガス、発電所関連プラントで大型受注を続ける。


4.未来へ


そびえ立つ三星電子ビル

韓国の成長は、日本を追い越せ、欧米を追い越せで今まで突き進んできましたが、現在の成長戦略はいつまでも続かないのではと感じます。追う立場から徐々に追われる立場に変わっていくと考えられますが、特に液晶テレビ、携帯電話、自動車、半導体などの花形産業では近い将来中国企業の果敢な挑戦を受けることになるでしょう。李明博政権はグリーン・ニューディール戦略を旗印に将来構想を練っており、時を得た政策で当然評価できるのですが、明るい未来を思い描けるまでには何か少し足りない気がします。韓国は少子高齢化という大きな問題を抱えており、人口減少と高齢化による社会的な活力喪失という非常に深刻な問題を将来抱えることになると思います。日本も同様の大きな問題を抱えていますが、韓国はもっとマクロな視点で、長期展望に立った国家計画を立てることができるのではと思います。

ここでかなり唐突な提言とはなりますが、韓国は国策としてもっと南北統一を目指すと言って良いのではと思います。北朝鮮の核廃絶に向けた6者協議も空転したままで、現時点では全く先の展望が開けないというのが実情であり、韓国社会でも南北統一の機運は全く盛り上がっていませんが、北朝鮮の核問題、南北統一後の資金問題に展望が開ければ状況は一変するのではと思います。ゴールドマンサックスは南北統一が実現した場合をシミュレーションしていますが、2050年において実質GDPが6兆560億ドルで世界8位に位置するとしています。この6兆560億ドルは、2008年の韓国の実質GDP8,630億ドルの何と7倍になります。このシミュレーションでの世界1位は中国で70兆ドル、2位は米国で39兆3,800億ドル、3位はインド、4位ブラジル、5位ロシアとなっており、日本は大変残念ながら11位という予測です。日本は資金協力を期待される有力国ですが、南北統一という機会をこの数十年間の最大のイベントととらえ、積極的かつ大胆に国益を考えて当たることができれば、この11位という予想も変わってくるのではと想像します。
韓国と日本はすでに経済的にも文化的にも統合された市場という評価がなされていますが、南北統一により日本、さらには中国東北部も統合された一大市場が形成されるのではと思います。ここに新しい世界の成長エンジンが誕生すると言っても過言ではないでしょうし、未来において韓国そして日本にも明るい光を照らしてくれるのではと期待してやみません。両国、両国民の弛まない発展と幸福を祈念し、終わりの言葉とさせていただきます。


市民の憩いの広場 ソウル市庁前広場


市民の憩いの場 ハンガン公園(韓江公園)

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