多様性の国・マレーシア

マレーシア住金物産株式会社
社長
鶴田 譲治

2008年4月末より2度目のマレーシア駐在が始まり、はや2年半がたちました。最初の駐在が1988年から1994年まででしたので、おおよそ20年ぶりにマレーシアに戻ってきたことになります。この間のマレーシア、特にクアラルンプールの発展ぶりには目を見張るものがあります。この機会を利用して、少しでもマレーシアの魅力をお伝えできればと思います。


I. マレーシアの概観


1. 自然
マレーシアは、マレー半島の南部地域(半島マレーシア)とボルネオ島の北部沿岸地域(東マレーシア)から成ります。半島マレーシアは、北はタイ、南はジョホール水道を隔ててシンガポールと接し、西はマラッカ海峡を挟んでインドネシアのスマトラ島に臨んでいます。一方、東マレーシアは、インドネシア、ブルネイと接しています。
熱帯雨林気候ですが、気温は、年間を通じて昼は31度前後、夜は23度前後で、いわゆる熱帯夜はありません。日本の真夏の蒸し暑さに比べれば熱帯といえども過ごしやすい気候です。ただ、一年中ほぼ同じ気温で、雨期(10−2月)・乾期(5−9月)の区別はありますが、四季の移り変わりがないのは日本人にとって少々こたえます。

2. 民族
マレーシアを特徴づけるものに「多様性」があります。古くより海上交通の要衝であり、また主に英国による植民地支配を経験した歴史的経緯から、典型的な多民族国家を形成しています。現在、マレー系60%、華人系23%、インド系7%、外国人その他10%の人種構成であり、それに伴い公用語はマレー語、英語、中国語、タミル語で、それぞれの言語でのテレビニュース・新聞があります。
歴史的に、マレーシアの人たちは外国人を柔軟に受け入れ、世界でも類を見ない政治的に安定した多民族国家を造り上げてきました。各民族は他の民族と交流するものの互いの違いを尊重し、一定の距離を保ち余計な干渉はしない風土をつくり上げています。同じ国の中に外国人が常に同居しているようなものです。そういう意味で日本人がすんなりと溶け込むことができる風土があります。
特に日本人がマレーシアに住んで快適なのは、マハティール元首相から受け継がれている「ルックイースト政策」があることも一因です。1982年に提唱された同政策は、マレーシアの経済発展と産業基盤の確立のためには、欧米諸国ではなく、マレーシアと同じアジアにあり、短期間に近代国家に発展した日本および韓国の経験に学ぼうというものです。公然と日本に見習えと言ってくれる国はマレーシア以外には見当たらないと思います。
多民族国家ということは、料理の種類も豊富であるということです。街中では、各種中華料理(クアラルンプールは広東料理が中心)からインド料理、マレー料理のレストランが軒を並べており、また屋台街は夜中遅くまでにぎわっています。健康ブームで日本料理店もローカルの人々に人気であり、駐在で食生活に困ることはありません。


イスラム寺院

3. 宗教
マレーシア憲法では、イスラムがマレーシア連邦の公式宗教と定められています。しかし、多民族国家ということで、同時に個人の信仰の自由も保障されており、マレーシアの人口を宗教別に見ると、ムスリム(イスラム教徒)が60%、仏教徒が19%、キリスト教徒が9%、ヒンズー教徒が6%、儒教・道教その他が3%を占めています。一般にムスリムはマレー人、仏教徒は華人、ヒンズー教徒はインド人と民族ごとに大別できます。街中でもそれぞれの個性にあふれた寺院が見受けられます。また、各宗教の正月が祭日となっており、マレーシアでは、1月1日以外に旧正月、マレー正月(Hari Raya Puasa=断食明け大祭)、インド正月(Deepavali)の4つの正月があります。

4. 経済
人口が約2,830万人、1人当たりの国民所得が7,000ドル超に達しているマレーシアは、「人口の少ない中進国」と特徴づけられます。産業別に見ると、サービス業がGDP の6割弱、製造業が3割弱を占めており、貿易依存度が極めて高くなっています。
経済規模に比して労働力人口が少ない(労働人口は1,100万人強)、中進国であるため人件費が周辺国よりも相対的に高いという特徴が挙げられ、労働力不足を補うため、外国人労働者の活用が不可欠になっており、正規の外国人労働者だけでも百数十万人が働いています。
マレーシア政府は2020年までに1人当たりの国民所得が1万5,000ドルを超える高所得国入りを目指しており、今後の10年間で、現在の1人当たり7,600ドルの国民所得を2倍にする計画です。1999年から2008年までの平均経済成長率が5.5%にとどまっており、アジア通貨危機以前の1990年から1997年までの平均経済成長率8.8%を下回っていることから、政府はさまざまな経済政策を打ち出しています。
産業面では、かつてはプランテーションによるゴムやパームの生産が主要産業でしたが、1980年代半ば以降、特に電器・電子産業の進出により、製造業がGDPの3割を占めるようになりました。
製造業のうちでも電器・電子産業は、中間財の関税を免除する等の優遇策を実施することで外資系企業の誘致に成功し、またアセンブリー企業の進出に併せてサプライヤーも進出したことから、世界的な輸出拠点を形成しています(エアコン・テレビ)。
貿易依存度も高く、主要輸出品は電器・電子であり全体に占める割合は40%を超えています。


II. 駐在生活


私は、1988年から6年半の最初のマレーシア駐在でこの国のとりことなり、今回念願かなって2度目の海外駐在をマレーシアで送ることができました。1度マレーシアに駐在された方、あるいは出張で来られた方なら恐らく皆さまマレーシアを好きになって帰国されるはずです。海外引退者プログラムである「マレーシア・マイ・セカンドホーム・プログラム」に多くの日本人の方々が参加されています。マレーシアが他の永住型移転先を圧倒的に引き離し人気を集めていることからもその魅力がうかがえます。
それでは何が日本人の心を引き付けるのでしょうか?私のわずかな駐在経験からマレーシアの生活を探ってみたいと思います。

1. 明るい国民性
マレーシアの人々は根っから明るい。これが、私が最初に感じたマレーシアの人々に対する印象です。年中暖かい気候の中で生活していると、細かいことが気にならずおおらかな気分になるのでしょうか。特にローカルの市場、大衆食堂に入り、店員と会話をするとこちらまで明るい気分になります。細かいことを気にしないのもマレーシア人の国民性のようです。会話の中で頻繁に「Never Mind」というセンテンスが入ってきます。ただ、「Never Mind」というのは、迷惑を被った側が発する言葉のはずですが。レストランで料理が出てくるのが遅いのでウエートレスに聞くと、「Never Mind」、商品の包装が少々汚れていて取り換えてもらおうと店員に話すと、これも「Never Mind」。日本人はあまりにも細かいことを気にし過ぎなのだと感じました。相手側から「Never Mind」と言われても不思議と腹が立たないのも熱帯のおおらかさの影響なのでしょうか。


軒を並べる中華・インド・マレー料理のレストラン


屋台街


2. 自然と調和の取れた街
マレーシアの国土面積は日本の9割弱で、半島部の60%、東マレーシアの70%が原生林つまりジャングルで覆われています。首都クアラルンプールの中心から30分も車で進めば目の前に広大な緑が広がります。一方、中心街には地下鉄、鉄道、モノレールが通っており、ランドマークとしてそびえたつペトロナス・ツインタワー(89階建て、高さ452mのオフィスビル)は圧巻です。 また市内にはイスラム寺院、中国寺院、ヒンズー寺院が点在しており、独特のエキゾチックな雰囲気を醸し出しています。
近代的なビル群が次々と建設される中、その合間にはきちんと歴史的建造物が保存されており、新旧の調和が見事に取れています。イスラム教は厳格な宗教で知られていますが、礼拝所であるモスク(イスラム寺院)はイスラム教徒以外にも開放されており、モスクでコーランの朗唱の独特の旋律を聞くと、イスラム教徒でないわれわれも心を洗われるような不思議な安堵感を覚えます。
クアラルンプールは日本の大都市にも引けを取らない近代都市であるとともに、一方では心を和ませるような歴史的建造物、自然にあふれた公園もあり、心からリラックスできる街です。


ランドマークとしてそびえたつ
ペトロナス・ツインタワー


近代的なビル群が次々と建設されている
クアラルンプール市内


3. 各宗教のしきたり
多民族国家故に日本人が注意を払わなければならない最低限のルールが存在します。
イスラム教では豚は不浄であり、食することはもちろん、触ることも許されていません。よって、豚肉を扱うレストラン(日本料理・中華料理)をマレー人(=イスラム教徒)は利用できないだけでなく、従業員として働くこともできません。また、日系スーパーでは豚肉を扱っていますが、豚肉は専用のレジで支払いを済ませ、一般のレジでの支払いはできません。
以前、マレー人のローカルスタッフ夫妻を自宅の食事に誘ったことがあります。もちろん豚肉、アルコールを出さないように注意をしていましたが、なぜか料理に手を付けません。不思議に思い尋ねたところ、申し訳なさそうに「この食器は以前豚肉料理を盛り付けたり、アルコールを入れたことがありますね。そのような食器を使うことはわれわれには許されていません」と。ここまで厳格で敬虔なイスラム教徒は珍しいのですが、急きょ紙食器に切り替えて対応しました。せっかくの招待でしたが、こちらの知識不足のためにかえって先方に不快な思いをさせてしまいました。そのほかに、左手は不浄故握手や物の受け渡しには使わない、頭は神聖な部分とされているので子供であっても頭をなでたりしない、モスクを見学するときは肌の露出した服装は避ける、ラマダン(断食月)ではイスラム教徒は1ヵ月間日の出から日没まで飲食・喫煙を断つため、この期間は相手の事情を考慮する等です。
一方ヒンズー教徒(=インド人)にとって牛は神聖な動物であり、牛肉を食することはありません。ただ、食卓に牛肉料理が出ても、食べさえしなければ大丈夫とのことです。
マレー人、インド人と一緒に食事をする場合は特にこれらの点を考慮する必要があります。

4. 各種料理
何をおいても料理が多種多様で日本人の口に合うのがマレーシアの最大の魅力でしょう。
料理のおいしさは金額に必ずしも比例しません。ホテルの高級レストランよりも街角の大衆食堂、あるいは屋台での料理の方が口に合うと思うのは私だけではないでしょう。こちらの人々も、本当においしければ店構えだけで食事場所を選びません。ベンツなどの高級車が屋台街に駐車してあることは珍しくありません。
料理の種類が多いのも魅力です。基本的に中華料理は日本人の口に合いますが、ビールのつまみにはマレー料理のサテ(焼き鳥、ピーナッツソースで食べる)、オープンエアーの冷房のない店先で汗をかきながら食べる中華料理のスチームボート(海鮮よせ鍋、蒸気船のように鍋の中央の煙突から湯気が出るため)ではビールがさらに進みます。また、カレーといってもインド風、マレー風、中華風とそれぞれがありますが、刺激が欲しい場合は本場インドカレー、Fish Head Curryといって魚の頭が入った土鍋のカレーをみんなでつつくのも最高です。またまたビールがさらに進みます。
料理がおいしくて食が進みますが、ただ1つ難点は、基本的にマレーシアは車社会であるため、意識して運動しなければたちまち体重が増えてしまうことです。ダイエットを心掛けてはいますが、いまだにローカルフードの誘惑に決心が揺らぐ毎日です。


高級レストランよりも人気の大衆食堂①


高級レストランよりも人気の大衆食堂②


5. ゆったりと過ぎゆく時間
マレー語にJam Karet(ゴムの時間)という言葉があります。南国では時間がゆったりと過ぎてゆき、待ち合わせ時間の30分程度の遅れは誤差の範囲内です。さすがにビジネスではあり得ませんが、友人との待ち合わせ、結婚式等各種イベントは、まず定刻には始まりません。
1度中国人の披露宴に招待された時のこと、定刻前にレストランに着いたものの、100席近くある円卓には誰もいません。定刻を20分、30分過ぎても一向に誰もやってこないのでさすがに不安になり店員に尋ねたところ、確かに披露宴はあると。その後徐々に出席者が集まり、予定時間を1時間半過ぎて無事披露宴は始まりました。席の指定もなく、適当に座って食事をし、適当に帰る。日本では考えられませんが、肩ひじ張らないリラックスした披露宴でした。
何事もきっちりと予定を立てて進める日本人にとって少々戸惑う部分はありますが、ビジネス以外ではあくせくしないでゆったりと時間を過ごす術を少しは見習うべきかもしれません。


III. 最後に


日本ではまだまだなじみの薄いマレーシアですが、1度訪れると必ずやわれわれの心をいやしてくれる国です。ビジネス、旅行等で少しでも多くの方がマレーシアに接し、その魅力を感じられることを願っています。

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