バンコク便り

泰国岩谷会社
社長
和田 英一

はじめに


2007年5月にバンコクに赴任して2011年ではや5年目を迎えます。私の最初の海外赴任は、シンガポールで1997年から2001年までの4年間でした。1997年は、タイの通貨危機に端を発して、アジア全体が落ち込んでいました。当時シンガポールからバンコクに出張で何度か来ましたが、その時のタイの印象は、「汚い、暗い、渋滞がひどい、空気が臭い」といった感じであまりいい印象ではありませんでした。
今回、2回目の海外赴任がタイになりましたが、タイへの赴任が決まった時には、同僚から大変うらやましがられました。私自身、最初の印象があまり良くなかったのでシンガポールの方が良いのにと思っていましたが、駐在してみると当時の印象とは様変わりで、「安い、かなり都会、だいぶきれい、日本食1,000軒、渋滞緩和、空気も浄化」とずいぶん良くなっていました。
日本食の店は1,000軒あるといわれ、最近、特にラーメン店の出店がものすごく、ラーメンチャンピオンなるラーメンコンプレックスまでできました。カレーのCoCo壱番屋もあるし、大戸屋、マックスバリュ、セブン−イレブン、ファミリーマートもマクドナルドもあります。カラオケも入れる曲は全て日本の歌、デュエットもOK、最新曲もかなりあります(私は歌えませんが)。日本の繁華街を歩いているのかと思うほど、日本語の看板が多くあります。


通勤事情


BTS(スカイトレイン)

難点は、やはり渋滞でしょうか。駐在員は普通車通勤なのですが、皆さんが住んでいる地域から会社まで距離にしてほんの7㎞ほど(道路がすいていれば15分ほどで行ける距離)、通勤時間帯は40−50分、雨が降ると2時間ほどかかることもあります。なぜこんなにかかるのか?バンコク中心部に有名な学校が数校あります。そこに通う生徒は裕福な家庭の子供たちなのでほとんどが車で送り迎えをしており、雨が降ると電車で通っている子供たちまで車で送り迎えするためだと思っています。バンコクには交通機関としてBTS(スカイトレインといいまして、モノレールのように地上の高いところを走っている普通の電車)と地下鉄、バス、モーターサイ(バイクタクシー)などがあります。交通機関が整備されたことと、平日は、バンコク市内にはトラックの進入規制ができたため、10年前よりはこれでも渋滞はずいぶん緩和されました。私も雨の日はBTSを利用するときがありますが、バンコクに赴任した2007年のころは、通勤時間帯でもそんなに混んでいなかったのに、今では、利用客が増え、来た電車に乗れず次の電車を待つ場合があるほどになってきました。


環境問題


タイでも環境問題が騒がれるようになってきました。2009年にマプタプット工業団地(1998年にタイ政府による東部臨海開発計画で開設された工業団地で、石油化学、鉄鋼を中心とした事業が進められている。2000年ごろから異臭問題が発生して環境問題が取り沙汰されだした)でマプタプットの住民をNGOがバックアップして公害訴訟が起き、一時、裁判所より76の事業について事業停止の仮処分命令が出て、大変大きな話題になりました。


エコ感覚


タイにおけるごみの分別回収は厳しくありませんが、古新聞とかビン・カン類とかは、売れるので仕分けをして業者に売り渡しているようです。ビルの空調の温度設定は、他のアジアの国々と同じようにタイも非常に低いです。外気温が34度で、室内は23−24度といった感じです。弊社の事務所も23度ぐらいです。雨の日などは21度ぐらいになります。21度だと寒いという感じですが、日本のような細かい温度調整はできませんのでガマンするしかありません。このビルは再建中なので、もっと温度を上げて電気代を節約すればいいと思うのですが、そういう思考にはならないようで寒くするのがサービスだと思っているようです。
寒いのは当ビルだけではありません。ほとんどのビル、映画館、ショッピングモール、BTSなど、どこも寒いです。1月や2月には外気温の低下に伴い、室内気温ももっと低くなりますのでスタッフは会社の中でジャンパーを着て仕事をします。ジャンパーを着たいから温度を下げるのでしょうか?理解に苦しみます。こんな環境ですので、私は事務所ではいつもネクタイをしています。ネクタイをしないと首元が寒くて風邪をひきます。タイではクールビズは快適ではありません。
事務所で使用する紙の量も尋常ではありません。ビザ取得のための提出書類の量には往生します。1セット5−6mm(書類の厚み)の書類の全てのページにサインをしなければなりません。それもパスポートサインが必要です。私は漢字のサインにしていますが、全ての書類にサインをするのに相当時間と忍耐が必要になります。書類の中には、当社の入っているビルの玄関の写真、当社の入居している29階の玄関の写真(社名が入っているもの)、ビザを取得する本人が事務所内で働いている写真も添付が必要で、それに私がサインします。サインしている間中、なぜこんなものがいるのか、こんな書類ほんとに見ているのか、なぜ私がわざわざサインをしなければならないのか…などぶつぶつ言いながら数分をかけてサインをするわけです。忍耐が要ります。
タイ政府には、ペーパーレス化だとか、クールビズ推進とかいったセンスは全くありません。


タイ王室


王妃様の誕生日。肖像画が飾られお祝いをする

タイは、正式にはタイ王国といいます。現在の王様はラマ9世プミポン王です。立憲君主制を取っているので、一応王様は象徴なのですが、いまだに圧倒的な力と人気を持っておられます。映画館で本編上映前に「国王賛歌」の曲と王様の映像が流されます。その音楽が流れると観客は一斉に起立します。最初に映画館に行った時にはこの習慣を知らなかったので何事が起こったのかとびっくりしました。王様が農業指導をされている姿などを見て、王様の活動に皆感謝をするわけです。
また、王様や王妃様の誕生日には、町のあちこちに肖像画を飾り、みんなでお祝いをします。弊社の玄関にも王様と王妃様の写真をいつも飾っていますが、国民の生活の中に王様が溶け込んでいるといった感じです。一方、現在でも不敬罪(王様を批判すると罰せられる)が存在する数少ない君主国です。


政治情勢


2006年に軍事クーデターによりタクシン政権は倒れ、軍事政権が誕生しました。しかし、2007年の選挙で、またタクシン派が勝利し政権をとります。その政権に反対していたPAD(黄シャツ派)がスワナプーン国際空港を占拠するという暴挙に出ます。占拠といっても女性や子供も多く参加しており、占拠しながら歌ったり踊ったりしてのんびりとした占拠でした。商品を略奪するわけでもなく、解散をした時には皆で掃除をしてきれいにして空港を引き渡したそうです。警察も軍も占拠に対して強制退去させるわけでもなく、ただ、空港に続く道路の交通整理をするのみでした。
当時、弊社では東南アジア会議を開催中で、日本はもとよりアジア各国から10名以上の社員がタイに来ており、帰れない状態になってしまいました。それぞれの国への脱出ルートを検討しました。日本へは、カンボジア経由昆明経由日本とか、チェンマイ経由韓国経由日本とか列車でマレーシア経由日本とか検討している間に、JALとANAが迎えに来てくれました(両航空会社に感謝)。
他のアジア諸国への脱出は、プーケットまで車、そこからマレーシアのペナン島に飛んで、 さらにクアラルンプールへ飛んでそこから各国へ帰国していただきました。タイで足止めをされた方はいろんな意味でまだ良かったと思いますが、タイから外国へ出張されてタイに戻れなかった方は大変困られたそうです。
その後、2008年12月に反タクシン派の民主党のアピシット氏が首相になります。すると今度は、UDD(タクシン派、赤シャツ派)が反政府デモをやり始めます。2010年3月にはバンコク繁華街の中心にある伊勢丹の入っているビルの前の道をはじめルンピニ公園(弊社まで歩いて15分のところにある)を占拠します。
ここでも、他の国のデモとは異なり、農閑期に田舎から出てきたおじいちゃん、おばあちゃん、孫などが、和やかに集っている、といった感じで応援グッズを販売したり、デモを見にきた観光客と記念撮影をしたりと、最初は和やかでした。しかし、1ヵ月、2ヵ月になるにつれ、政府も強硬姿勢をとり双方死者を出したり、放火で火災が発生したり大変なことになりました。その騒ぎの中、赤シャツ派の強硬派リーダーであるカッティア少将が隣のビルから狙撃暗殺される(ゴルゴ13の世界!そんなに腕のいい軍人がタイにいたかな?)とか、デモ解散時にデモに参加していた年寄りや子供を収容していたお寺でボランティア活動をしていた人たちが狙撃されたという情報があったり、理解に苦しむというか、暴徒化を促すような事件が起きました。軍も赤シャツ派もやっていないと言い張っています。いったい誰がやったのか?第3の勢力の仕業ではないかとかの臆測も飛び交っていましたが、いまだに誰がやったのか解明できておらず、真相は闇の中です。
2011年7月に総選挙が実施され、タクシン派であるタイ貢献党が圧勝し、タクシン氏の末妹であるインラック氏がタイで初めての女性首相となりました。インラック氏はタクシン氏の戦略を引き継ぐものと思われますが、タイのGDPの7割が輸出という海外依存度の高さにリスクを感じ、内需拡大路線を打ち出したり、最低賃金を40%から50%上げることを公約したり、今後日系企業への影響が懸念されます。


タイ経済


タイ バンコク市内

GDP成長率は、2007年4.8%、2008年2.6%、2009年はリーマン・ショックで△2.3%でマイナス成長になりましたが、2010年7.8%と回復し、2011年も3月東日本大震災の影響はありましたが通年で4%近くの成長が見込まれています。エアコンなどは震災特需のためかフル生産が続いているようですし、それ以外でも日本の電力削減に協力して日本の工場の稼働率を下げた分、タイの工場の稼働率を上げたりしているメーカーもあり、総じてタイは好調です。また、日本からのリスク分散とか、日本に見切りをつけてとかの理由で、最近タイへ進出したいというご相談が急増しています。
タイは、電力も潤沢で停電はほとんどありません。港も一応整備されており、高速道路も主要工業地帯であるラヨーンまで開通しました。現在、その地域まで鉄道を敷設する計画があがっています。インフラはますます整っていきます。自動車、二輪、家電、HDDなどの産業が集積していますが、その生産の半分以上を、FTAを利用して中国、日本、アセアン、豪州などに輸出しています。品質管理も世界基準の製品を生産できるレベルになってきました。日産はマーチをタイで生産し日本に輸出しています。タイは今後もこれらの製品の輸出拠点として発展していくのは間違いないと思います。


ゴルフ事情


最後は、やはりこの情報を載せませんとタイらしくないのでゴルフ事情についてお伝えします。バンコク周辺には100ヵ所ぐらいのゴルフ場があり、さらに毎年2から3ヵ所のニューコースがオープンしています。メンバーでなくても土日に5,000円前後で回れるコースがたくさんあります。コースはフラットでOBは少ないのですが、池が利いており距離もしっかりあります。日本と違って、普通、キャディーがプレーヤー1人に1人付きます。お金次第で2人でも3人でも(傘持ち、椅子持ち)追加は可能ですが、さすがに最近はそういうのはあまり見ません。リタイヤされた方などは、年間200ラウンド以上プレーされる方もおられ、日本のおじいさんよりよほど健康的な生活をしておられるのではないでしょうか。ゴルフ好きな皆さまには、タイは天国だと思います。
(写真提供:タイ国政府観光庁)

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