イタリア 陽気でおしゃれで、センスが良くて食いしん坊で…

CBC株式会社
Procos S.p.A. Sales & Marketing Director
山下 欣吾

プロローグ


マニュファクチャリング志向型の商社として活動している当社が、イタリアピエモンテ州ノヴァーラ県に位置する医薬品原薬製造会社(社員240名の買収に踏み切ったのが2006年6月。そのころ、入社以来医薬品事業に携わっていた私はロンドン事務所に所属し医薬品事業を担当していたこともあり、当時の興奮は今でも鮮明に記憶している。その直後、ノヴァーラ勤務の辞令が発令され、家族にイタリアへの異動を伝えると「ミラノ?ローマ?フィレンツェ?それともベネチア?」。出てきた地名は観光地名ばかり…「ノヴァーラ…」と、私の回答に妻は首をかしげ「野・バ・ラ????」。2009年イタリアバレーボール、セリエAのノヴァーラチームに元日本代表の中田久美さんがコーチに就任。
2011年イタリアサッカーリーグ、セリエAのノヴァーラチームに元日本代表森本貴幸選手が所属。2012年5月には世界剣道選手権がノヴァーラで開催される予定で、ここ数年日本での知名度は上がっているが、当時のノヴァーラの知名度はかなり乏しいもので、家族の反応は不思議なものではなかった。


ピエモンテ州の宝物


ノヴァーラは北はスイス、西はフランスに面しているピエモンテ州にあり、州都トリノに次ぐ第2の都市。食品の特産は米、ブルーチーズ、トリュフなどがあり、トリュフは中でも貴重な白が有名。ワインは、日本でも人気のバローロ、バルバレスコなどがあり、ワイナリー巡りは観光客から人気のコースとなっている。米どころであるが故に、地域ではおいしいリゾットを振る舞うレストランが多く、日本人料理人が修業に来ているレストランも少なくない。10月には同州のアルバという町で、「トリュフ祭り」が行われ、卵だけで練った生地で作るタリオリーニをバターであえて、この地方の特産で希少で高価なきのこ、白トリュフをのせただけで食べる。これがうまい!ワインもついつい進んでしまう。祭りの期間にはワインのテイスティングのイベントやトリュフの展示即売会があったりと、イタリアの他の地域に勝るとも劣らない楽しみがここにはある。


ワイナリー(チェレット)


卵で練ったパスタにトリュフのスライス


トリュフ即売会


マッジョーレ湖畔の庭園

食べ物ばかりではない。州北部にはイタリアで2番目に大きく、美しい湖、マッジョーレ湖も見逃せない。湖畔の町ストレーザからボートで行くボロメオ諸島巡りは一度訪れれば忘れられない。諸島の4島はナポレオン時代にフランスからやってきたボロメオ家により所有され、中でもイゾラベッラ(美しい島)は島ごと宮殿としてデザインされ、現在は博物館となっており、一般公開されている。一度足を踏み入れれば、当時の貴族の生活がなんとなく想像できる気がしてくる。島には庭園があり、純白の孔雀が放し飼いされていて、運が良ければ目の前で孔雀が羽根を広げてくれる。ストレーザの湖畔に戻ればこの地域では最上級のグランドホテルボロメオがある。文豪ヘミングウェイが執筆活動していたホテルとしても有名で、「武器よさらば」はここで完成したといわれている。今でもヘミングウェイスイートとして当時の部屋も残っているらしい。この他、フランスの雰囲気を醸し出すトリノの町並みも素晴らしい。とにかく、ローマ、フィレンツェ、ベネチアなどと比べて俗化されていない良さがある。


イタリアの人々


こちらに住み始めて、とにかく感じたのは友達を大切にすること。また「誰々と友達」というのを一つの自己主張に使っていること。イタリアがビットリオ・エマニェラ2世に統一されてやっと150年超えたばかりで、イタリア人は基本的に生まれた土地から離れることを極端に嫌う。隣の村、隣の県、または隣の州、はたまた別の国に住むなど人生設計の中で一切含まれていない。つまり、よそ者を信用していないといってもよく、中古車なども店頭に出ているものを買うよりはできるだけ友達の友達、またはその友達の友達でもよいので、とにかく関係がつながっていて、素性の知れたものを欲しがる。
2006年、イタリアに移住した直後、滞在許可書入手の手続きをするため、運転手のジャンニとクエストゥーラ(県警察)に向かったが、着いたころには既に列の20番目くらいで肩を落とした。それでも仕方がないので警察の門が開くのをじっと待ち、あと10分で開くという時、運転手のジャンニが大声で「チャオ!」と叫んだ。友達を見つけたらしいと分かった。どうやらその友達は警察に出勤してきた警察官で、ジャンニがその友人に事情を説明したらしく、その警察官は手招きし、私を裏門から事務所に通し、手続きはあっという間に終わった。並んでいる方々を横目に、追い抜いてゆくのは少々気が引けたが、真面目に待っていたら午前中に終わっていたかどうか分からない。それ以来私は運転手のジャンニの人脈をあがめ「車内取締役」と呼んでいる。


レストランと子供たち


友人を大切にするということは裏を返せば、初対面で気を許すことはまずあり得ないということ。3年前にある商社のイタリア支社の社長に紹介され、気に入って通っている魚介類の料理店がある。ミラノにある魚介類のレストランは大半はサルディニア島出身のファミリーが経営しているようだが、前述した通り、「友達以外は信用しない」、「引っ越しを好まない」人々が、海を越えてミラノに来ている。新しい客を簡単に信用するわけがない。結局、その店の従業員が笑顔でジョークを言ってくれたのは2年ぐらい通った後だったと記憶している。その時一人の店員が日本の雑誌を持ってきて、「彼に似ているっ てよく言われるんだけど…」と言って、ある顔写真を指差した。写真の顔はナインティナインの岡村隆史だった。しかも確かにそっくりで、あれには笑った。なじむことが難しいレストランもあるが、ほとんどのレストランがとにかく気さくで、子供に優しい。中には大人が子供そっちのけで会話が弾んでしまっているとき、気が付けば子供と庭で遊んでくれている店員もいたりする。家族にとっては子供に優しい店は味が良いことと同じくらい大事なことで、イタリアでは子連れの外食で嫌な思いをした経験はまずない。子供好きといえば、逆に子供に甘いのも事実で、子供に手を上げたり強烈に叱りつけているところを誰かに目撃されると通報されるらしい。子供が腹痛で長い間泣き叫んでいると、マンションの隣人から虐待と勘違いされ、警察に通報されたケース、公園の鉄棒で逆上がりの猛特訓をしているときに通報され、警察に事情聴取されるなどの珍事もよく耳にする。逆に考えれば虐待が深刻な問題でもあるのか?と考えてしまう。


イタリア人労働者、モンティ首相、今後のイタリア


ベルルスコーニ氏の後任として政治家抜きの有識者のみから構成されている大連立内閣のトップにモンティ首相が就任したのが2011年11月。同氏が示した4つの改革は①財政再建、②年金改革、③国内の自由化による競争原理の導入、④労働市場改革(正規雇用労働者の解雇規定の見直し)等が、掲げられた改革。中でも日本人から見て異質なのは④労働市場改革。これは伊企業から最も注目されている改革といえ、「現職に適していない社員を降格、または解雇することを容易にし、より適した社員を雇用しやすくする」といった解釈で間違いないと思う。さらに言えば甘い労働環境から、通常に戻すというごくまともな政策に見える。イタリア風土や思考に関連した書物を開けば「陽気でおしゃれで、センスが良くて食いしん坊で、人生を楽しむ達人だけれど、ほれっぽくてマザコンで、いい加減で怠け者…働かないイタリア人」などと散々な表現を目にする。1990年代、日本で過労死が急激に増加してきたころ、日本はイタリア人の生活をゆったりと楽しくうらやましいものと捉え、ある意味「見直し始めた」とある専門家の書物を読んだことがある。ある雑誌では「さぼり過ぎで死んだ人間はいない―イタリアに学べ」という、親伊派の方であれば少々腹の立つ表現も多々見られる。イタリアはご存知の通り、縦長の国で、南北で区別されることが多く、所得や、勤勉性は北が圧倒的に高く、失業率は南が圧倒的に高いと聞く。私は南についての知識や実体験はほとんどないが、イタリア人、特に北イタリア人の名誉挽回のためにもご説明したい。少なくとも私の周りのイタリア人は極めて勤勉で、効率の良い仕事をする人物が多いように思う。日本企業からの出向として当地で勤務している私には少々驚きであったが、管理職(ダイレクター)、中間管理職(マネジャー)の人物はとにかく働く。当社のイタリア人社長は工場で3交代体制で勤務している人以外では誰よりも早く出勤し、1日のプランを立て、営業、製造、研究開発、品質保証・管理、財務経理、など各部のダイレクターに指示を出す。そして、ほとんどの社員が帰宅するころ仕事を終える。各ダイレクターもその指示や期待にそつなく応えてゆく。中間管理職もそうだ。ダイレクターがマネジャーに「この件は君に頼むのがベストだと思う…」、「君なら期日通り仕上げられると思う」などと本気で期待して指示すれば完璧な仕事が返ってくる。一方でダイレクターが中途半端にマネジャーの仕事を手伝ったり、余計な口を挟めば仕事の効率は極端に落ちる。「だって結局あなたがおやりになるのでしょ…」といった感じだ。だから、ダイレクターには強烈なリーダーシップと部下を信じて任せる度量が必要になってくる。極端な表現だが、いわゆる「パワハラ」とも思えるほどのリーダーシップがある。
いずれにせよ、こういった真面目な人々がいるイタリアの経済がこのまま低迷してはならないと思う。先日、有機合成で世界的に知られた日本の教授が当社にお越しになられ、こうお話しされていた。「あるイタリアの教授と経済について話したが、意外に前向きな回答が帰ってきた。確かに、イタリアにはこれまでどうしようもなく、税金の回収の怠慢や、税金の無駄遣い、理にかなっていないシステムが放置されているが、この機会に全て無駄を洗い流すことができればなんら問題ないと言っている」。少々、楽観的過ぎる感もあるが、なんとなく同感である。
モンティ首相に戻るが、2012年3月に来日し、講演を行っている。私はそれをインターネットの動画で拝見したが、講演は全て英語で行われている。ゆっくりと分かりやすく話すその姿、自己主張や人気獲得に一生懸命ないわゆる政治家ではない様子や、打ち出した政策が支持基盤のない学者内閣だからこそ示せたものだと絶賛の声が絶えなかった理由も納得できる気がする。「ゴッドファーザー的」、「必要悪的」なかつてのイタリア国のリーダーのような様子は全くない。ニュートラルで冷静なリーダーとこれからのイタリアを私自身も陰ながら応援したい。


ノヴァーラ・カルチョ


Novara vs Inter

言うまでもなく、イタリアで1番人気のスポーツは「サッカー」。スポーツ紙を購入して30ページあれば初めの29ページはサッカーで最後の1ページに他のスポーツがまとめてあると言っても大げさではない。カルチョとはイタリア語でサッカーのこと。ノヴァーラには地元にセリエAのチーム、ノヴァーラ・カルチョがある(1908年創設)。
セリエAには1948-55年までの8シーズンを過ごし、最高順位は8位となったものの、1955-56年シーズンにセリエBに降格してしまうと、その後セリエB、Cで定着してしまい、2010-11年シーズンでようやくセリエBを3位の成績で終え、プレーオフに進出。レッジーナ、パドヴァを破り実に55シーズンぶりのセリエA昇格を決めたチーム。ホームのスタジアムはノヴァーラ南部に位置し、その名もStadio Silvio Piola と呼ばれており、ブラジルで言えばサッカーの神様ペレのような存在であったSilvio Piola 氏がノヴァーラ・カルチョでプレーし、生涯で300を超えるゴールをあげたことが今でも地元の誇りとなっている。収容人数は1万7,000人、インテルミラノや、ACミランが共同で使用しているホームグランドのSan Siro Stadiumが9万人の収容人数であることから、いかに小ぶりなスタジアムであるかが分かる。55年ぶりのセリエAの初戦がノヴァーラのホームスタジアムでの強豪インテルミラノ戦!なんと森本選手が2得点に絡み、3-1で快勝。地元は優勝したかのような興奮に包まれた。残念ながら、その後失速。セリエCからBへ、そしてBからAへ2期連続の昇格でノヴァーラをセリエAに引き上げたテッセル監督が解任。その後も低迷は続き、地元のファンの強い希望により再度テッセル監督を呼び戻したものの、セリエBへの降格は確実となってしまった。

ノヴァーラに勤務し、地元の人々と弱小チームを応援する興奮は、他では得られない楽しみ。またすぐにセリエAに戻ってきてくれることを願ってやまない。皆さんもぜひピエモンテ州の宝物を体験してみてください。ノヴァーラ・カルチョの応援もよろしくお願いします。

イタリア 陽気でおしゃれで、センスが良くて食いしん坊で… 誌面のダウンロードはこちら