女子駐在体験記

蝶理株式会社
サンティアゴ事務所長
伊藤 静音

1. はじめに


個人的な事情からお話しさせていただきますと、会社に入ってからの駐在員として海外に在住するのは今回が初めてですが、いわゆるラテンと呼ばれる国では、今回のチリが、スペイン、中米ホンジュラスに次いで3 ヵ国目の在住国になります。さらに駐在事務所の主管者としての駐在は当然ながら初めての経験で、最初は戸惑いながらも駐在生活は2年半がたちました。会社としても女性の海外主管者というのは初めての経験とのことで、今回、初めてだらけの中、この駐在を通して自分なりに感じたことを交えながら、チリについて紹介させていただく体験記としてお送りできればと思います。


2. チリ経済


チリ経済は極めて好調で、実質GDP成長率も2010年6.1%、2011年6.0%、2012年5.6%と成長を続けています。チリへの外国投資も2012年には303億ドルと過去最高となり、経済安定度では2012年に133 ヵ国中トップ10 に入る等、ビジネスがしやすい国としての定評が確立されてきています。自動車販売台数も2011年、2012年と連続で販売記録を樹立、 2012年には33万8,826台となりました。53 ヵ国と自由貿易協定・経済連携協定を結んでいることから、自動車にかかる関税は0%、チリ国内で販売されているブランドの数は現時点で64ブランドもあり、競争力が高い市場といえます。
経済成長によって、賃金も上昇しています。ここ2年で首都サンティアゴでは平均収入が 25%も上昇しました。社会構造も変化しており、中間層が拡大し、格差が縮小しています。チリは中南米では年収6,200ドル以上である中間層の比率がトップで、77%を占めています。


3. ここ数年の変化


駅のホーム

まず南米と聞くと、後進国、危険、年代物の車が走っている等々、住むのはちょっと…と思えるようなイメージがあるかもしれませんが、初めてチリに来たときの印象はそれとは正反対のものでした。治安を挙げると必ずしも安全だと言い切ることはできませんが、それでも以前住んでいた中米と比較すると、生活レベルで実感できるほどです。きれいに整備された道路を見ると、欧州と変わらないのではと思います。
ここ最近でずいぶん変わったと実感できることの一つに、二輪車の急増が挙げられます。自動車市場は年々膨れ上がる一方で、道路事情は変わらないために、渋滞は日々ひどくなる一方です。トランサンティアゴという公共交通機関については、政府の努力にもかかわらず、まだうまく機能しているとはいえないのが実情で、ラッシュ時のバス停でバス待ちの人があふれかえり、地下鉄では3-4本は見送らないと乗れないほどの混み具合です。よって、ある程度の収入がある層は交通手段を四輪から二輪に切り替えているという現象が起きています。バイクの市場も2009年のリーマン・ショックに起因する販売低迷以降、年間 35-40%増というペースで伸びており、特に高所得層の第二の交通手段としての大型バイク市場はさらに膨れ上がるとみられています。さらに興味深いのは、数年前まではあくまで運動のためのツールであった自転車が、通勤手段に使われ始めていることです。国内で自転車を製造する会社もあり、年間で50万-60万台が販売されています。女性向けの自転車については、ここ5年で販売は 500%増加したとのことです。街中ではスーツ姿のサラリーマンがヘルメットをかぶって自転車通勤する姿を目にするのはまれではありません。週末は家族で自転車を乗りに公園へ行くという姿も多く見受けられます。


通勤ラッシュ


自転車通勤男性


コスタネラ・センター

2012年のニュースの一つは、サンティアゴにコスタネラ・センターという大規模なショッピングモールができたことです。コスタネラ・センターは、中南米一高いといわれる高層ビルの地下1階から地上3階を占め、4階以上はオフィス街となる予定だそうですが、先行して商業施設がオープンし、オフィス街部分はまだ建設途中です。高さ300m、60階建てのビルになる予定だとのことです。好景気の影響で、チリ人の消費活動は非常に活発というよりは過熱していると言っていいほどで、サンティアゴのみならず、地方にも新しいショッピングモールが次々と建設されています。新聞によればチリ人は2012年、衣服と靴の合計で、1人当たり27点買っているというデータがありました。これは中南米1位で、2位はブラジルの17.8点、3位はアルゼンチンの15.8点でチリは断トツで多いことが分かります。中南米初GAPがオープンし、H&Mが開店した 2013年3月はオープン時に大行列ができるという日本のような光景が見られました。


4. チリ人ってどんな人


チリにはもともと原住民と呼ばれるアイマラ族や北部にはペルー周辺に住んでいたインカ族がいましたが、16世紀にスペイン人の征服により移民が始まりました。その後18 世紀には特にチリ南部にドイツ、イタリア、フランス、中東等、欧州からの移民が流入し、チリ人はどちらかというとアルゼンチン、ウルグアイを除く他の中南米と比べると欧州系の顔つきが多く見られます。名字もドイツやイタリア系のものも多く、それによってステータスが存在するようです。
チリ人の性格は、他のいわゆるラテン諸国と比較すると真面目で、勤勉です。例えばスピード違反で警察に捕まった際、ちょっとした「袖の下」のお金が通用しないのは中南米ではチリだけといわれており、チリ人はそれを誇りにも思っています。教育レベルも高く、ビジネスシーンで英語を話せる比率はかなり高いといえます。外国人という顔を見ただけで英語で話し掛けられることもあり、こちらがスペイン語で答えても英語で話し続けられるというのは、他の中南米ではあまり経験がありません。
チリ人は他の中南米と比較すると、見た目を重視する傾向があるといえます。第一印象が非常に重要で、服装やその人の年齢、風格、話し方等で対応が変わることもあります。大げさですが、初対面でTシャツ+ジーパン(そんなことないでしょうが)で挨拶などしたら、そこで対応は決まってしまい、それを覆すことは大変な努力を要します。これはまったくの余談ですが、チリ人は臭いを非常に嫌い、にんにく臭をさせて話をしていたら、後で「あいつはにんにく臭い」と散々言われることになります。さらに、チリはあまり食事がおいしくないといわれていますが、いつも満席のレストランはおしゃれであり、雰囲気がいいということが第一条件です。
もう一つ挙げるとすれば、チリには徹底したレディーファーストが存在します。ラテンの国はどこもレディーファーストですが、チリはそれがさらに強い傾向にあるように感じます。子供のころから女性に道の車道側を歩かせてはいけないと徹底的に教えこまれており、女性より先にドアを出るということはあり得ない話、女性は重い物を運ぶようにはできておらず、それが完全に守られているように見られます。よく冗談で「女性は車に乗っているときもレディーファーストだと思っている」と言いますが、あながち間違っていないと思います。


GAP


H&M


5. チリで働く女性


建設の進むサンティアゴ市内

チリでは前大統領が女性だったことにも見られるように、女性の社会進出はかなり進んでいます。まだまだ男性の方が圧倒的に多いものの、会社でも女性のマネジャー職は珍しくありません。女性の上司が男性の部下に指示するという光景は通常のことです。
しかしながらそれが始まったのも最近のことで、男性の賃金と女性のそれを比較すると、2012年には平均給与において女性は男性の2分の1であるという報告がされており、それを是正すべく政府が動いています。2013年より、産休について以前は産前6ヵ月、産後3ヵ月であったものが、産後6ヵ月まで延長できると法律で認められました。
チリ人男性は、女性が強くなったと言います。多くの若い夫婦は、財産を共有せず、例えば家は旦那のもの、車は妻のものといった具合に所有者を明確にします。それは女性の社会的立場が上がったことを意味しており、結婚生活は生活を共にするものという位置付けになっているようです。女性の発言権は家庭でも強くなっているようで、ただでさえ弁の立つチリ人であるのに、女性がその発言権を持つと想像すると…恐ろしいと言ったら怒られるでしょうが、チリ人男性がますますレディーファーストを強める理由が分かるような気がします。


6. おわりに


私個人はどう見ても女性の姿をしており、アジア人はどうしても年齢より若く見られがち、この外見をもってどう対等に仕事をするかということが駐在中のテーマであり続けています。さらには慣れないレディーファーストの文化で、日本とは違った形で女性がどう海外で働くべきかを模索し続けています。服装に気を付けるという基本的なことは当然ながら、やはり最終的にはその中にあるものが重要であることは国を超えて同じであり、あとは日本女性がラテンの世界で仕事するからこそアピールできる良さをもって自分なりに仕事していければと思っています。
チリ経済の発展とは別の次元で、ショッピングモールが増え続け、新しいレストランがオープンし(味は別として)、治安を気にせず運動ができる場所が増えることは、個人的にも私生活において非常にうれしいことですし、日々チリがさらに住みやすくなっていることを実感しています。女性としてはとてもありがたいことだと思います。
上の記述につきましては、違うご見解もあるかと思いますが、あくまで個人の意見としてご理解いただければ幸いです。

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