COMPLEX NATION MEXICO (覆面の下の顔は?)

HANWA MEXICANA,S.A. DE C.V.
DIRECTOR GENERAL(社長)
伊藤 貴則

理解・分析を超えた国


冒頭から内輪の話で恐縮ですが、弊社の北会長は社内外の若者に「グローバルな人物とは」、その国の歴史、文化、風土、宗教、人を学び、そしてそれらを尊重して万事に対応できる人物と語っています。私もその理念に共感し、さまざまな国との関わりにおいて、実践するよう心掛けてきました。
メキシコに駐在してからも、まずは仕事以上に歴史、文化を学び現地の人の特性の把握などに努めてきました。しかし、この国ほど典型化、体系化するのが困難な国はそうはないなという印象を受けました。歴史ではマヤ、アステカなど世界有数の未解明な文明、スペイン侵攻との長期にわたる戦いから独立、ようやく独立すると今度は国家の半分以上を割譲した米国との戦いなど常に荒波にさらされてきました。宗教では1500年代からスペインによるいわゆる「精神面の征服」により、それまで脈々と存在した先住民の信仰は全て 500年前にキリスト教一色に塗り替えられています。当然、人についてもスペインの侵攻以来、欧州からの移民、先住民、スペイン人を中心としたさまざまな混血が存在するようになりました。
以上簡単にまとめただけでも、現代まで国、民族、思想に一貫性を持つことがいかに困難であったかというのがお分かりいただけると思います。そのため、メキシコは仮面国家に覆面をかぶった人々が存在するといわれるように、本質が理解できない、心底では何を考えているか分からないなどと評されるのも納得できる気がします。


スタッフ主催の筆者誕生パーティー


テオティワカンピラミッド


自動車産業とインフラ整備に後押しされる鋼材需要


筆者とロスカボス

メキシコの人口は1億2,000万人台で現状は日本とほぼ同じ、国土は日本の約5倍の面積です。人口の推移が興味深く、1850年約 800万 人、1930年 約1,600万 人、1970年約5,000万人、2015年約1億2,000万人と急激な増加をたどっています。最も日本と対照的なのが年代別構成比で、その特徴として奇麗なピラミッド型を描いており、10 代、20代の若年層が多く、今後長期にわたっての安定した成長が期待できます。まさに、 2015年は中国の減速による資源不況が世界を直撃した年となり、ブラジル、アルゼンチンなど南米の資源国のGDP成長率がマイナスに転じる中、石油による収入依存度の高いメキシコがプラス成長を堅持したことは、骨太な成長への序章といえるのではないでしょうか。2015年メキシコ現地鉄鋼メーカーの鋼材生産量は約1,800万Mtに対し鋼材消費量は約2,300万Mtと推測されます。単純な数量ギャップでも約500万Mt消費が生産を上回っております。さらに日系、欧米系の進出が相次ぐ自動車用途の鋼材など品質的に生産不可能な製品、サイズ的に生産不可能な製品約200万Mt程度が加わり約700万Mtの鋼材については海外からの輸入で賄う必要があると分析できます。
メキシコ自動車工業会(AMIA)の試算では、メキシコ国内の自動車生産台数は2020 年に500万台前後に達する見通しです。北米の経済状況など不確定要素があるので一筋縄で達成できるとは思えませんが、いずれにしても希望的観測は排除した数字であり、近い水準までは確実に伸びるでしょう。またメキシコ政府は通信、交通、エネルギーなど七つのインフラプログラムを2014-18年にかけて実行中であり、民間、公共がバランス良く鋼材需要を押し上げてくれると期待されます。治安、物流網の整備などさまざまな課題はあるものの、こんなに恵まれた環境下でビジネスができる国はなかなかないのではないでしょうか。


米国大統領選挙 イン メキシコ


旧市街地ソカロ

私は当面のメキシコの動向を把握する上で、2016年の米国大統領選と石油に関する政策に注目していました。この国が自律的な成長に移行するのは、先の話であり、米国と石油というさまざまな面で依存度の高い両者の動向に大きく左右されることになるからです。大統領選に関しては有名な国境の壁発言から想定される通り、ほとんどのメキシコ国民は反トランプの立場だと感じました。開票日当日、メキシコ人の友人から「クリントンの勝利を祈っております」、「トランプが大統領になったら会社辞めて海外に移住します」などのメールが届いた時は、彼らにとっては非常に身近に感じる切実な問題なのだとあらためて認識させられました。諸外国同様、選挙当日から1 ヵ月ほど経過した現在、動向を見守るという雰囲気で落ち着きを取り戻していますが、冒頭に記載した通り、 200年前まではサンディエゴはもちろん、ロスもサンフランシスコも全てメキシコの領土でした。メキシコの人々は、このニューヨーカーの不動産王が好き放題発言した後、次期大統領に決定したことに対し、覆面の下でどんな表情をして何を思っているのか非常に興味があります。


最後に日本とメキシコの意外な関わりについて


1613年伊達政宗が支倉常長一行をスペイン、ローマに派遣したいわゆる慶長遣欧使節の目的の一つは、当時スペイン領となっていたメキシコとの貿易の許可を取ることでした。政宗が一国の元首でないこと、幕府のキリスト教禁教政策などでスペインの許可を得られず常長は帰国後失意の中、亡くなるという話は有名です。
それから約270年後、長く続いた鎖国政策から開国への変換点である江戸末期~明治初期の歴史の授業で、当時日本は圧倒的な軍事力を背景に欧米列国に不平等条約を締結させられたことを学んだ記憶があります。その是正に英国・ロシアの対立関係などを利用し全15 ヵ国の不平等条約を撤廃し平等条約を締結した、かの陸奥宗光外相の功績とともに。私はこれまで1894年(明治 27年)英国との日英通商航海条約が最初の平等条約と思ってきました。しかしメキシコに来てから、その6年前の1888年陸奥宗光、当時駐米兼駐メキシコ公使がメキシコとの間に締結した日墨修好通商条約が日本にとって初めての平等条約ということを知りました。
支倉常長、ひいては伊達政宗、江戸幕府が切望してかなわなかったメキシコとのビジネス、日本の近代化を加速するきっかけをつくってくれたメキシコとのビジネスに現在自分が直接関われていることにあらためて感謝と責任の念を強くする次第です。

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