変わりゆくサウジアラビア

伊藤忠商事リヤド事務所
所長代行
大倉 良太

イスラムの二大聖地を抱える石油の王国


サウジアラビア王国の朝はモスクから聞こえる日の出のアザーン(礼拝の呼び掛け)で始まります。1日5回の礼拝はイスラム教徒に課せられた5行(信仰告白、礼拝、喜捨、断食、巡礼)の一つです。日中の礼拝の時間(約10-20分/回)は全ての飲食店、小売店がクローズします。これがちょうど昼食や夕食の時間帯にぶつかることになり、店の前で再開を待ったり、オーダー中に厨房がストップとなり店内で待ちぼうけになったりと、赴任当初は慣れずに苦労しましたが、今では礼拝の時間を考えて動くことが習慣となりうまく対応できるようになりました。


サウジ料理

預言者ムハンマドの生誕地であるマッカそしてマディーナとイスラム教第一、第二の聖地を抱えるサウジアラビアは、国の名が示す通り1932年よりサウド家が統治し、その国王が二大聖地の「守護者」として君臨する極めてユニークなイスラム国家です。またサウジアラビアは世界最大の石油輸出国であり、経済は順調に拡大、世界と日本の経済にとって極めて重要な位置付けであるといえます(日本は原油輸入量の約3割= 110万バレル/日をサウジアラビアから輸入しています)。
私がサウジアラビアの首都リヤドに赴任してきたのが2012年1月で、2年半がたとうとしています。国土は広く(日本の約6倍)、また2,920万人の人口を擁する中東の大国であるサウジアラビアは日本から遠く、厳格なイスラム国家であることから、私たち日本人にとってなじみが薄くよく分からない国だと思います。本稿が一人でも多くの方がサウジアラビアに関心を持つきっかけとなり、また理解の一助となることを願い、近年変わりつつあるサウジアラビアの一面を個人的な体験談を交えてご紹介したいと思います。


活発な日本・サウジアラビア両国関係


AJMC竣工式

2014年は日本とサウジアラビア王国の外交関係樹立60周年に当たります。両国の関係は、日本の皇室、政府首脳とサウド王家による相互訪問を通じても強化されており、 2013年4月に安倍総理がサウジアラビア訪問、また2014年2月にサルマン皇太子が日本を公式訪問するなど両国首脳クラスの交流は特に近年活発に行われています。なお東日本大震災時には国王から天皇陛下へお見舞い電と共にサウジアラムコ(国営石油会社)を通じて2,000万ドル相当のLPGが無償供与されたそうです。
日系進出企業は総合商社、化学会社、プラントメーカー、各種製造業、金融業等。2012 年1月-2013年5月の期間に新たに日系企業 9社が現地法人/支店をサウジアラビアに設立しました。近年の特徴としては当地にローカルパートナーと合弁で現地製造工場を設立する動きが増えています。これは中東における「サウジアラビア市場の魅力」(経済の規模、経済成長、人口増大、安いユーティリティー・コスト)に加えて、サウジ政府が外国企業に対して強く働き掛ける技術移転や雇用創出への協力が背景にあり、日系企業に限らず、今後この動きは加速していくものと思われます。なお、当社グループが出資参画する海水淡水化用逆浸透膜の現地製造会社Arabian Japanese Membrane Company (2010年設立)は2014年5月に第2期・3期の工場増強を完了し、今後さらに技術移転を進めていく計画です。


好調な経済とサウダイゼーション


原油高を背景に経済は極めて好調、GDP 成長率は近年高水準(実質GDP成長率2011 年8.5%、12年6.8%)で推移。政府の財政支出拡大を基盤に、さらなる経済発展を支えるべくインフラ開発へ積極的な予算配分がなされています。また国が直面する最重要課題である人材育成、雇用創出にも焦点が当てられ、教育関連の予算は年々増大しています。これは中東湾岸のUAEやカタールと大きく異なり、サウジアラビアは自国人比率が約70%と高く、雇用問題(特に若年層の失業)が社会問題化しているためです。サウジアラビア政府は2011年6月にニタカート・プログラム(労働力の自国民化を促進するための新制度)を導入、自国民雇用政策を強化しています。外国からの不法出稼ぎ労働者の取り締まりを強化し、またサウジアラビア国内で活動する外国企業に対して業種ごとに一定率のサウダイゼーション比率(サウジアラビア人の雇用比率)を定め、それをクリアしない企業には事業ライセンスの更新を認めないなど厳しい措置を取りだしています。
ただし、民間企業におけるサウジ人の離職率が高いこと、また実務能力とそれに応じた職種/ポジション/賃金水準と企業側が考えるそれらに大きなギャップがあるのが実態で、政府の要求と現実のはざまで労務管理は各社共通の悩みとなっています。多くの外国企業やサウジアラビアの一部民間企業は経験と実務能力がある外国人(アラブ人、欧米人・アジア人)に依存したオペレーションをやっており、急にサウダイゼーションを進めていくことは難しいが、時間をかけながら、企業側が人件費の高いサウジアラビア人の採用を必要コストとして認識し、また人材育成をやっていく必要があると感じています。


期待される女性の社会進出


市内動物園にて

イスラム法を国の根幹としているサウジアラビアでは、イスラムの伝統的価値観(女性は守るべき存在とされ、外で働くことや専門的なことを学ぶことはしない)の下、国が運営されています。女性が社会で活躍する機会が少ないどころか、女性の自動車の運転は禁止。また一般的に男性の保護者を同伴しない外出は禁じられ、女性用下着や化粧品の販売員ですら男性が務めています。現国王は保守的な宗教界との折り合いをつけながら、緩やかに女性の権利拡大を進めています。私が駐在してから象徴的な出来事として同国の国会に相当する諮問評議会(国王への上奏機関:定員150人)の議員に初めて女性30人が選出されるなど大きな変化がありました。またスーパーマーケットや女性関連のショップの販売員、一般企業においても女性を見掛けるようになり、変わりゆくサウジアラビアを体感しています。
女性の社会進出を今後持続的に支えていくための教育機関が、リヤド空港から市内に延びるハイウエー沿いに建設されたプリンセス・ヌーラ女子大学(2011年新キャンパス開校)です。学内に無人モノレールが走る巨大な敷地に、15の学部、学生寮やモスク、病院が完備され、しかも学費を含めてそれらが全て無料だというから驚きです。
サウジアラビアの労働生産性を高め、また労働市場における競争環境に良い意味の刺激と安定をもたらす観点からも、さらなる女性の社会進出に期待したいものです。


サウジアラビアでの暮らし


サウジアラビアと聞くと「暑い!一年中真夏!」というイメージがあるかと思いますが、実際は「夏、真夏、夏、冬」です。一年の大半は夏で気温が30-50度と高温になりますが、冬が3ヵ月間ほどあります。内陸のリヤドでは気温が10度を下回る日もあり、暖房が必要なくらい寒くなります。なお、夏はどこに行っても冷房が寒いぐらい効いており、真夏でも薄手の上着を着ることがあります。私たち日本人にとっては「もったいない」という感覚ですが、一般的なサウジアラビア人はそのような認識はないようです。
これは国の補助金により水や電気、ガソリン代金(日本の10分の1程度)は世界最低水準の価格で提供され非常に安いためでしょうか。またサウジアラビア人であれば医療機関、学校は無料で、石油の富が国民によく還元されている印象です。
私たち外国人はコンパウンドと呼ばれる塀に囲まれた広い外国人居住区に住むことが一般的です。その中では(もちろん飲酒や豚肉の持ち込みは禁止ですが)欧米の生活様式が認められ、女性が外出時に着用を義務付けられているアバヤ(黒いコート)やヒジャブ(頭や顔を覆うスカーフ)をせずに自由な格好で生活ができます。各種スポーツ施設やプールが複数あり、また小さなスーパーマーケットや幼稚園が併設されているところもあり、限られた空間ではありますが快適に過ごすことができます。
専制君主制である同国では、治安面の取り締まりは厳しくまたテロなど反体制派の動きはコントロールされており、日常生活において不安を感じることは今のところありません。


羊肉料理

一方で、運転マナーは非常に悪く無謀な運転が目立ちます。市内には公共の交通機関がないので、人々の移動は自動車となり、毎年自動車の交通量は増えています。事故死率は日本の5倍といわれており、また入院患者の 3人に1人が交通事故での負傷によるもので、軽度の接触事故はほぼ毎日見掛けます。後部座席でもシートベルトを着用し、会社のドライバーに安全運転を励行する等の対策をとっていますが、ヒヤヒヤすることが多いです。
食べ物は一般的なアラブ料理ですが、サウジアラビア固有の料理としてカプサと呼ばれるご飯の上に羊やチキンの塊を盛り付けたシンプルで豪快な料理があります。また肉や野菜の煮込み料理もよく見掛けます(サウジアラビアの肉料理は、牛肉よりもチキン、羊肉が一般的で、その他にヤギ肉やラクダ肉も食べられます)。カプサは一般家庭のみならず、友人や親族が集まる席や、結婚式などで食べることが多いようです。私は肉料理が好きで、このカプサもおいしく頂いています。
余談ですが、取引先の結婚式に参加する機会がありましたが、その様子は日本とは大きく異なり男女別々です。従い、結婚式に参加しても私たち男性が新婦にお目にかかることはできません。招待客限定の着席スタイルではなく、また式次第やスピーチはなく、男性参加者は新郎や親族にお祝いのご挨拶をして多くの方は帰宅します。その後残った人たちがビュッフェスタイルで食事をした後に散会するというものです。一方、新婦側はアバヤを着た日頃の格好から想像ができないほど派手な衣装を身にまとい、深夜まで歌や踊りに興じ、とても楽しい雰囲気のようです。男性である私たちがその様子を見ることができないのは残念です。


大峡谷


リヤド市内は近代的なビルが立ち並ぶ都会ですが、市外に一歩出るとそこには果てしない砂漠地帯が続きます。この砂漠はいろいろな表情があります。多くは平坦な土漠ですが、砂丘砂漠や岩山、また大峡谷のような場所もあり、ダイナミックな景観を楽しむことができます。週末には息子を連れてこちらの駐在員仲間と一緒によく砂漠を訪れています。春先には菜の花が一面に咲き、一部の限られたところではアイリスの花が見られるなど過酷な砂漠の中でも力強く生きる花々を見ながら、対照的にごつごつとした岩山に囲まれた大自然の中を歩くことがささやかな楽しみであり、また気分転換となっています。


アイリス


サウジアラビアを紹介するには紙幅に限りがありましたが、最後までお付き合いいただきました読者の皆さまに感謝するとともに、本稿がサウジアラビアに関心を持つきっかけとなれば幸いです。

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