インサイド・ベルギー ~多様性・子育て・教育~

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盛郷 令子

“Goeiedag, Bonjour. Nederlands of /ou Francais?”「こんにちは。オランダ語かフランス語どちら?」

これが、ベルギーの首都ブリュッセルで誰かと話す際に聞く最初のフレーズといっても過言ではないかもしれません。相手によってオランダ語、フランス語、あるいは英語を使い分けます。

地続きで車を1時間半ほど走らせれば隣国にも簡単に行くことができ、自分の出身地である東京よりも人口が少ない国。何だか不思議なこの小さな国に「面白そう!」という単純な理由で前職とのご縁で移り、ベルギーに住み始めてから16年になりますが、ベルギーでのダイバーシティ、子育て、教育について、いち生活者からの視点でご紹介させていただきます。


ダイバーシティ


石井 宏昌社長(右)と筆者
(豊田通商ヨーロッパ本社にて撮影)

ベルギーは夫婦別姓が一般的です。多くは家の表札に「De Croo-Penders」(現ベルギー首相のDe Croo氏と配偶者Penders氏)など夫婦の姓をハイフンでつないで表記されています。ベルギー人の夫と結婚した私は、自分の日本の名字が絶滅危惧名字のランキング上位に入るであろう名字だったことや、国際結婚であることから自分の名字が「アイウエオ令子」といったカタカナ姓と漢字の名の組み合わせになることに何となく抵抗があったので、(ただ単に姓の変更に伴う書類手続き作業を面倒くさがる性格が影響したといった方が正しいかもしれない)私にはとてもラッキーでした。この制度・習慣がいつから始まったのかは定かではないですが、私の義理の両親も、祖父母も夫婦別姓です。

夫婦別姓の場合、その間に生まれた子供の姓はどうなるのでしょうか?2014年に法改正され、現在は夫の姓、組み合わせ(夫婦の姓の順番問わず)、妻の姓も可能となり欧州内でも珍しく自由な国になりました。


LGBT flag
赤は生命、オレンジは癒やし、黄色は太陽、緑は自然、青は芸術、紺は調和、紫は精神を示す

日本ではまだLGBTI(Lesbian, Gay,Bisexual, Transgender, Intersex)という単語を聞いても、それが権利として認められ、公の場で目にすることは少ないかと思います。ベルギーでは政治家の数名がゲイであったり、最近はトランスジェンダーの政治家もいたりして、彼らの多くはその話をオープンにしているようです。国際レズビアン・ゲイ協会によると、LGBTIに関する欧州および周辺国49ヵ国の総合ランキング(法制度、差別などといった6カテゴリーからなる)では、ベルギーはマルタに次いで2位にランクインしています(隣国フランスは10位、オランダは14位、ドイツは15位)。

例えば、何か書類に記入する際「性別」の選択肢は男・女の他に、あえて選択しないという選択肢もあります。また、学校は法律により男女別学が1994年から禁止され、現在は共学のみ、ということもかなり日本と異なります。

さらに、同性婚については、2003年に合法化されました。これは、オランダに次いで世界2番目です。では同性婚のファミリーは子供をどのように育てているのでしょう。レズビアンカップルの子供が両親をどのように呼んでいるのか、とあるフラマン人(オランダ語系ベルギー人)に聞いてみると、片方の母親には「ママ Mama」、もう一方の母親には「ムク Moeke」と使い分けて呼ばせているそうです。日本語で言えば、ママ、お母さん、という2種類の言い方でそれぞれの親を呼ばせているといったところでしょうか。


働く女性・子育て・教育


ベルギー人家庭ではワッフルをおやつに焼く

日本企業でダイバーシティというと、人材活用の観点から女性社員の結婚・出産に際しても勤続を促すような環境・社内制度整備という印象を受けますが、ベルギーの場合はどうでしょう。

2022年の段階ではベルギー全体で女性の就業率は68%。ただし、地域差があり、フランダース地方は73%、ブリュッセル首都圏は60%、ワロン地方は62%です。そして働く女性の4割がパートタイム(男性は12%)で働いています。パートタイムで働く理由として、男性は「個人的理由から(28%)」「フルタイムの仕事が見つからないから(22%)」が上位であるのに対し、女性は「子供・扶養家族の面倒を見るため(26%)」「個人的理由から(25%)」という回答結果です。ということは、ベルギーも日本と同様に子育ては母親の負担が大きい傾向にあるということでしょうか。

ベルギーの法的産前産後休暇は15週間。うち、出産予定日の7日前から産後9週間は母親の労働は禁じられており、この休暇中の給与は健康保険基金より支給されます。法的パートナーは産後休暇が2023年1月より20日間認められるようになり、最初3日間は雇用主が給与の100%を、4日目以降は疾病基金が82%を支払う仕組みになっています。

育児休暇は12歳未満の子供を持つ母親ないし法的父親(ないし同伴母親)に対し、最大12ヵ月認められています。継続して12ヵ月取得する必要はなく、再度時短勤務やパートタイム勤務にして数年に分割しながら取得するケースも多いようです。

乳児から保育園に入れて働く母親も多く、法的産後休暇9週間を過ぎてから2歳半までの子供を保育園に預けることが多いようです。保育園によっては夏季(7-8月)や年末年始で休暇を取るところもあれば、病院に付属している保育園では土日や早朝・夜遅くまで受け入れる保育園もあります。勤続希望の親は妊娠中に保育園探しを行い、入園手続きを済ませるケースがほとんどで、人気のある保育園は空き待ちです。そして、2歳半から公的幼稚園が始まります。

子育てをしながらフルタイムで働く親にとってハードルが高いのは、保育園を探すことよりも小学校へ進学した子供の送迎、休暇中の対応です。夫婦ともフルタイム勤務の私の場合、娘は朝8時に小学校へ登校し、夕方6時に下校します。徒歩圏内ではない学校に通っていることや、公共交通の便があまり良くないこともあり、夫婦どちらかが車で送迎します。コロナ以前は祖父母やバイトの学生に迎えに行ってもらうこともありましたが、コロナ以降自宅勤務が導入されたため、夫婦で分担して何とかやっています。休暇中はさまざまな団体が企画している子供向けのスポーツやその他アクティビティに子供を参加させていますが、2ヵ月間に及ぶ夏季休暇や学校のその他休暇中の予定を埋めるのは至難の業です。


「受験競争なし?」


ルーヴェンの街にある知恵の泉を意味する
Fons Sapientiae(ラテン語)の像

日本では夏休みというと塾の「夏期講習」が頭に浮かびますが、ベルギーではそれに当たるものが見当たりません。ベルギーでの義務教育は6歳から18歳まで。では実際はどうなっているのでしょうか。小学校から落第があり、留年や、飛び級もあります。学校偏差値ランキングのようなものは存在せず、知り合い・近所の人に聞いたり、学校を見学訪問できる日に教育方針を聞いて情報収集をしたりする人が多いようです。

無事高校レベルを卒業すると、どうするのでしょうか。ベルギー人と話して驚くのは、「ベルギーで高校を卒業していれば、誰でも希望の大学の希望の学部に入れる」というのです。日本の大学受験・偏差値、という環境で育った私にとって、これは大きなカルチャーショックでした。

ちなみに、近年医学部に希望者が殺到して受け入れる側が大変になったことから、医学に関してはベルギーのセンター試験が設けられ、この試験に合格することが必要になったようです。ベルギーの場合、高等教育機関への入り口は広く、出口は狭いようです。

直近の統計(2022年)によると、15歳以上の人口全体のうち、最高学歴が小学校は10%、中学校が17%、高校が36%、職業専門学校(学位を取れるがアカデミックな大学とは異なる)が19%、大学および長期のカレッジ卒業が18%。約30年前の1992年時点では、大学卒業の割合は人口(15歳以上)の約7%に過ぎませんでしたが、年々上昇傾向にあります。この理由の一つが欧州共通の大学教育の枠組みを作ろうとした「ボローニャ宣言」にあるといわれています。以前は最初の学位を取るために5年以上かかるものもあったようですが、この「ボローニャ宣言」により、学士・修士課程が分割され、学士のほとんどは日本より1年短く3年で取得できます。


「学費は?」


ルーヴェン大学(KUL)図書館閲覧室内

義務教育の間、学費は基本的に無料です。遠足、臨海学校などは学校からいくらか自己負担がありますが、教育委員会から上限が設定されているそうで、学校はPTAを通じて、学園祭などのイベントを企画し、その収入で補填しているようです。

大学での学費(教材費等除く)が国内およびEUの学生は年間約1,000€(約15万円)となっていますが、日本の文部科学省が発表している国公私立大学の授業料平均額は年間54-93万円です。教育に関していえば、日本よりもお財布に優しいようです。

そして、大学といえば、中世から名高いルーヴェン大学(1425年設立)、ゲント大学などがありますが、フランダース地方にある大学でも以前はフランス語で教育が行われていました。1960年代に言語紛争が起き、ルーヴェン大学はフランス語で教えるUCL(Université catholique de Louvain)とフラマン語で教えるKUL(KatholiekeUniversiteit te Leuven)に分断し、UCLは「新ルーヴェン」という大学都市を建設(Louvain-la-Neuve)しました。

最近ベルギー人の間で日本が興味のある国に挙げられることが多く、休暇で訪問してみたいという人が増えてきているようです。数年前に、西フラマン人のErtebekersというポップグループが西フラマン地方の方言で「下北沢」という題名の歌を発表し、ラジオで聞いた際には驚きました。歌詞の一部に「カラオケ」「かつお節」「抹茶」「すし」などの言葉が入っているのです。この歌が作られた背景は彼らが日本を訪問した際、東京の下北沢を気に入ったためだそうです。ご興味のある方はYouTubeでもご覧いただけますのでぜひ。

この言語文化の複雑な国ではありますが、複雑なだけに、また、見かけで判断できない深さを感じさせます。ベルギーと聞くと想像される、チョコレート、ビール、ワッフルといった食べ物目的以外でも多くの日本人が当地を訪れ、現地のさまざまな文化に触れられる機会があることを願っています。

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