変わりゆくインド、グルガオンでの生活

Hitachi High-Technologies India Private Limited Administration
石井 達裕

はじめに


筆者


2016年11月からインドの首都・デリー近郊のハリヤナ州・グルガオン(注:正式名称はグルグラムですが、現地ではグルガオンが定着しています)に駐在しています。私にとっては初めての駐在、初めての海外生活の場所となるインド。実は駐在前に2回ほど訪れたことがありましたが、住んでみてイメージ通りだったこと、そうでなかったことを含め、約2年間の生活を通じて感じたことをお伝えし、インドという国を少しでも身近に感じていただけたらと思います。


着任直後の洗礼


(1)大気汚染


大気汚染について報じるデリー地元紙。街全体にもやがかかっている

インドというとインドカレーや世界遺産のタージ・マハルなどが思い浮かぶかもしれませんが、デリーで生活していると、まず私の頭に浮かぶのは大気汚染のことです。

デリーは世界で最も大気汚染が深刻な状況にあるともいわれており、特に11月から2月ごろにかけての冬の時期にひどくなり、街全体がかすんで見えるほどです。その汚染状況は「まるでガス室」「1日でタバコ50本喫煙に相当」ともいわれるほど。工場の排煙や自動車の排ガス、さらには野焼きや花火(この時期にヒンドゥー教の祝祭・ディワリが開催される)などが原因とされており、加えて気温の低下や降水量の減少、盆地で空気が滞留しやすいデリーの地形など条件が重なり、この時期の大気環境を形成しているそうです。ひどい日には学校は休校、飛行機は視界不良により遅延・欠航となるほどで、私たちの生活も少なからず影響を受けています。さらには重大な健康被害、視界不良による交通事故の原因にもなっており、インドでは深刻な社会問題として取り上げられています。

私自身も着任当日、デリーの空港に降り立ってまもなく鼻と喉に違和感を感じ、それから数週間せきが止まらなくなる症状に苦しみました。いまでは空港に着いたときのにおいでデリーに帰ってきたことを実感するほどに慣れてしまいましたが、冬の時期にデリー方面にいらっしゃる際はPM2.5対応マスク着用などの対策をされることを強くお勧めします。

(2)高額紙幣廃止


高額紙幣廃止直後、新札を求めてATMに行列を作る人たち

2016年11月8日夜、モディ首相の突然の発表により翌日から従来の1,000ルピー、500ルピー紙幣が廃止され、新たに2,000ルピー、新デザインの500ルピーの紙幣が発行されることになりました。廃止された紙幣は、当時、インド全体の紙幣価値の85%を占めていた高額紙幣です。旧紙幣は銀行の窓口で新紙幣に交換する必要があり、われ先にと新紙幣を求める人たちで銀行・ATMの前にはどこも長蛇の列ができていました。タイミング悪くその前週に赴任した私は、しばらくの間銀行口座を開くことができず、困ったことを覚えています。

当時、われわれ日本人の驚きに反し、少なくとも私の周りのインド人は意外にも冷静で、「決まってしまったものは仕方ないし、長期的にみれば良いことなんじゃない」といった反応で、拍子抜けしたことを覚えています。突然の高額紙幣の廃止は日本人の感覚からすると驚くような政策ですが、背景には脱税や汚職などの温床となる地下経済の資金をあぶり出すと同時に、これを機に電子決済への移行を推進し経済の透明化を図るという目的があり、結果的には一定の評価を得ることになりました。発表翌日の新聞の一面には、この政策を支持するスマートフォンの電子決済アプリの広告が掲載されていました。その後、インドでの電子決済比率は右肩上がりで伸びているようです。

このように、事前に計画して物事を進める日本の感覚では信じられないことが度々起こるインドですが、そんな突発的な状況の変化に対してインド人はアドリブで柔軟に対応している印象を持ちます。多様性に富み、変化の激しいインドでは重要な心構えなのかもしれません。

おしゃべりなインド人

よくいわれることですが、インド人は日本人と比べて議論好きでとてもおしゃべりです。オフィスにいれば長々と議論、街を歩けば常に携帯で誰かと話し、飛行機に乗れば私を挟んでおしゃべり…。

とはいえ、一口にインド人といっても広大な国ですから、地域によって人種から宗教、言葉まで異なります。おしゃべりな性格は南部より北部出身者の方が強いと一般的にはいわれていますが、インド人にいわせればさらに地域によって傾向の濃淡があるようです。

ある日のミーティング後、社内でも一番おしゃべりの、とある地方出身スタッフの話題になったのですが、彼の出身地ではよくしゃべる方が本当に多いらしく、インド人でさえもその地に旅行したときにはへきえきするという話を聞きました。後日、別のミーティングでおしゃべりの彼がいつものようにあれこれと説明していたところ、彼の上司(インド人)に「話が長いから簡潔に!」といかにも日本的な指導をされていました。インド13億人の多様性を垣間見た気がしました。

成長著しい経済都市、グルガオン


グルガオンのビジネス街、Cyber Cityにて


通勤時に車中から撮影した、道路を歩く牛の群れ


私が住むグルガオンという街は、デリー首都圏を形成する衛星都市の一つです。デリー中心部まで車で1時間、空港までは車で30分程度の所に位置します。

グルガオンは10年ほど前から急速に開発が進み、いまでは数々の日系企業・欧米企業がオフィスを構えるインド有数の経済都市になっています。中心部には最新の高層ビルが立ち並び、多国籍のおしゃれなレストランが集まっており、一瞬ここがインドであることを忘れさせるような街並みです。

また多くの外資系企業が拠点を構えていることから、外国人向けの住居、大型のショッピングモールなども幾つかあります。数軒ですが、日本食のレストラン・居酒屋もあり、われわれ日本人の憩いの場となっています。ちなみに、インドカレーは私の胃腸には少々重たく感じるため、インド人との食事にその機会を取っておくことが多いです。

近隣の東南アジア諸国と比べるとまだまだ発展の余地が残っていますが、最近ではコンビニも出店し始めるなど、徐々に便利になっている実感があり、住み心地は総じて「思ったより悪くない」といえます。

その一方で、いわゆるインドらしい部分が共存しているのがこの街の面白いところです。ショッピングモールの入り口に豚の親子がいる、舗装されたての道路が牛の大群でふさがれている、なんて光景は世界中見渡しても珍しいのではないでしょうか。10年、20年後に、この街がさらに発展した頃にはこの牛たちはどこに行ってしまうのか?そんなことを考えるとこの景色もいまここでしか見ることのできない、ありがたいもののようにさえ思えてきます(笑)。

グルガオンは、経済成長の勢いを肌で感じることができながら、まだインドらしい風景も残る、まさに「いまのインド」を体感できる象徴的な街といえるのではないかと思います。


週末はサッカー


インドで開催されたサッカー大会にて


朝焼けのガンジス川


駐在生活での慢性的な運動不足を解消するため、デリーの日本人サッカーチームに所属し、週末はサッカーに打ち込んでいます。普段はグルガオンのアマチュアリーグで、インド人やアフリカ人のチームと対戦しています。直近のFIFAランキングによると日本が55位であるのに対してインドは96位。インドのスポーツといえばクリケットが圧倒的な人気を誇っていますが、対戦するインド人チームの実力は侮れないものがあります。今年(2018年)のロシアワールドカップ期間中はレストランなどでの試合中継も多く見られ、サッカーへの関心の高まりを感じました。

また、各国駐在員が集うところにはサッカーチームがあるようで、遠征などを通じてアジア各国の日本人チームと対戦するのも大きな楽しみとなっています。今年の9月にはインドでアジア大会が開催されました。


最後に

インドはGDP成長率7%以上の急速な成長を続けており、遠くない未来には日本を追い抜き世界3位の経済大国になるといわれています。街並みの発展から人々のファッション・ライフスタイルまで、さまざまなところで成長とともに変わりゆく様子を肌で感じることができます。

だからこそ「いま、ここで」しか体験できない貴重なインド生活を送れることに日々感謝しつつ、仕事を通じて未来のこの国のために少しでも貢献していきたいと思います。

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