スペイン 独立騒動でお騒がせ中ですが、魅力あふれる国

CBC IBERIA SAU General Manager
家永 卓弥

プロローグ


筆者

ニューヨークでの7年半の駐在を終え、日本に戻ったのが2005年11月。この間、筆者が北南米で携わっていた生物系農薬販売事業は、環境や食の安全への意識の高まりを受け、欧州でもじわじわと伸びていた。この伸びを加速させるのが命題であったわけだが、問題に直面した。当時は当社のイタリア現法からスペイン市場を見ており、現地代理店を起用。日本から見ればイタリアとスペインは、「南欧のよく似た国」であるが、実際はかなり異なる。普及方法で折り合いがつかず、現地代理店がForecastを読み違え、予想外の在庫を抱えてしまい支払い遅延に。そこで当社が出した解決策は自社でのスペイン進出であった。ここでもう一つ、大きな出来事が。スペイン進出を決めたのは欧州経済も好調な2008年3月で、営業開始は2009年4月であったが、ちょうどその間にリーマン・ショックがあり、これが欧州、特に南欧諸国での経済危機へと至るのである。バルセロナには、当地進出日系企業の会(バルセロナ水曜会)があるが、2009年から2011年の間、会員の日系企業の工場閉鎖や縮小、撤退が相次ぎ厳しい時期であった。

仕事

赴任直後は、経済危機のど真ん中。現地代理店から引き継いだ生物農薬事業も、売り上げの半分強が地方自治体の補助金プログラムで、政府や自治体の財政難を背景に縮小された。また、自治体からの支払いも大幅に遅延。せめてもの救いは、担当者に電話をかけると必ず応対してくれ、かつ「今、何年何月の案件の支払いをしているので、このままいくと貴社への支払いは何年何月です」と教えてくれることであった。このような苦しい状況が続いたのが2010年秋、着任から1年半強経過しており、当社の海外勤務は5年が目安であることから、この状況があと2回転続くと思うと、正直しんどかった。だが、苦しいながらも商権の買収や、製品群の拡大、現地の事情に適した商品開発への取り組みが功を奏し、徐々に業績は上向き、2017年はスペインでの売り上げが、欧州絶対王者(?)のイタリアを抜くまでに成長した。

スペインの農業

「仕事はキツいけど、天気は良いし、食べ物がうまいよね」というのが赴任後、他社の駐在員の方たちとの共通の話題であった。当社はバルセロナに事務所を構えているが、年間330日は晴れ。天気が良いのはささいなことだが大事なことだと、青い空を見るたびに実感。気持ちも軽やかになる。それに美味しい料理。筆者が携わる農業ビジネスは、この恵まれた天気とおいしい料理をつなぐ大事なツールだと思う。最近、日本でも地中海風の食事が健康に良いと注目されているが、オリーブやワインはもちろん、イチゴやモモなどの果樹、トマト、パプリカなど野菜の生産や輸出は世界上位。当社の生物農薬事業は、果樹用中心から脱却し、野菜分野に展開しているが、アンダルシア州アルメリア県のグリーンハウスは、日本のハウス栽培とは比較にならない規模で、農業というより工業といった方がピンとくる。


アンダルシア州アルメリア半島 東西50km


1つが1haほどのグリーンハウスが延々と続く


食事


大人気のロブスター入りリゾット

日本でもスペイン料理人気が高まっているが、生ハムなどはもちろん、魚介や米料理が充実しているのが、日本人にとってうれしい。筆者のお薦めは、日本のスペインレストランではまずお目にかかれない、ArrozCaldoso de Bogavante(ロブスターのリゾット)。来客との会食時には欠かせない定番で、少食の方でもお代わりされ、複数回来られる方は同じものを食べたいとリクエストが入る。また、スペインワインが手頃な値段で、品質が高いことは既に皆さんご存じだが、発泡酒カヴァも人気が高まっており、スペイン料理は味が濃いのでよく合う。筆者の印象では、スペインの料理もフランスの国境に近づくほど、繊細でフレンチに似たスタイルとなり、今はクローズしたが、世界で最も予約が取りにくいレストラン、エルブジなどを筆頭に美食も有名。バスク地方も大西洋側のフランスに近く、同じく美食の街として有名。一方、フランス国境から遠くなるほど、皆がイメージする直球のスペイン料理、子豚の丸焼きや、チョリソー(豚肉腸詰めのソーセージ)がある。ただし9年目を迎えた今でも、食事の開始時間の遅さには慣れない。

生活、文化、時間

当地から日本に出張の折、在バルセロナであることを告げると「シエスタはやってるんですか?」といまだに聞かれる。シエスタ=昼寝、そこから「仕事をしていない」印象になっているかと思う。バルセロナからマドリードに電車で移動すると、ほぼ中間地点のサラゴサ手前に、グリニッジ標準時を示すモニュメントが見える。スペインは、サラゴサより西の部分の方が大きいので、時間は本来なら英国と同じにすべきなのだが、欧州標準時に合わせている。つまり、日の出を本来より1時間繰り上げているわけだが、サマータイムはさらにもう1時間繰り上げになるので、朝は薄暗い代わりに、夏はバルセロナでも日没が9時以降、西のアンダルシアは10時以降となる。夏至の頃、定時に会社を出ると太陽はまだほぼ真上に。従い、スペイン人の生活は太陽の位置がベースになっている。ホワイトカラー職は、スペイン以外の国々と交信する必要があり、お昼休憩も1時間ほどと標準だが、農業や建設、国外との取引がない地方の会社などは、夏は気温も30度超、時に40度にもなるので屋外での仕事は危険であり、昼食をゆっくり取り、シエスタをして、気温が下がった夕刻からまた仕事を再開する。あと、当地では花火大会は夜10時ぐらいにスタート。それより前だと明るくて花火がよく見えない。サッカーの試合も夏は夜10時、時々11時開始もある。

政治と経済

欧州経済危機の際は、スペイン対EU(ドイツ)という構図が見受けられたが、筆者赴任時の失業率30%弱という状況から、2017年は16%程度とほぼ半減しており、経済成長率もここ何年かは3%前後を維持し回復軌道に乗っている。そのためか内政に関心が向いており、中でもカタルーニャ州のスペインからの独立騒動は、本稿執筆時点でも混迷を深めており、予断を許さない状況。恐らく欧州の外からは、このような動きは理解しにくいのではないかと思う。筆者も最初はそうだったが、歴史を振り返ると、小国がたくさんあり、独自の言語や文化を持っていたのを、戦争などで取ったり取られたりを繰り返し、現在の国境なども行政の都合上、線を引いたものという見方もあるので、このような動きに至っているものと思う。カタルーニャ州の独立については、専門家の意見の大半は、仮に独立してもEU加盟の申請が必要かつ、EU加盟国全会一致が条件で、スペインが反対するのは明らかであること、またユーロの使用も、複数の条件を満たさねばならず、そのうちの一つ、申請国(地域)の公的債務がGDPの7割以下という規定をカタルーニャ州ははるかに超えており、ユーロが使えない。そうなると独自に通貨を発行する必要に迫られることから、独立を問う住民投票まではできても、その後の現実的な道はないということの由。

さて、ここで政治に絡んだサッカーの話題を。バルセロナでは、夏休みが終わると、9月11日がLa Diadaというカタルーニャ州にとって象徴的な日を迎えることもあり、政治家が独立運動をあおる。筆者がパリに出張した折、ホテルでのチェックイン時、住所をバルセロナと書いたところ、早速受付のスタッフが、「カタルーニャ、独立するんだってね。自分は賛成だね。だって、独立したら、FCバルセロナはフランスのリーグアンに入るだろう」と言ってきた。当地カタルーニャの人も、独立の政治的意味より、「独立したら、バルサはスペインリーグに残るのか? レアルマドリードとのクラシコは見られなくなるの?」などサッカーへの影響により関心ある由。

スポーツ

スペインのスポーツというとサッカーになるが、意外にもそれ以外のスポーツも強い。本稿執筆時点で、テニスは男子がナダルが世界ランク1位、女子はムグルサが最近まで世界ランク1位だった。バスケやハンドボールも強いし、シンクロナイズドスイミングも世界ランク上位。ゴルフではガルシアに加え、新星ジョン・ラームが頭角を現してきている。またスポーツイベントの招致活動もスペイン、特にカタルーニャはたけていて、オリンピック委員会の会長を務めたサマランチ氏はカタルーニャ出身。筆者の赴任期間中も世界水泳、フィギュアスケートのグランプリファイナル(2年連続)などあり、錦織選手が優勝したバルセロナオープンも毎年開催されている。フィギュアスケートの大会を温暖なバルセロナに招致したのは、バルセロナが冬のオリンピック開催を狙ってのことだった(スキー競技はフランスとの国境に近いピレネーで計画)。

サッカーについては、正直筆者はこちらに赴任するまで、代表の試合ぐらいしか興味がなかったが、さすがに世界のサッカーをりょうがしたFCバルセロナのパスサッカーには魅せられた。中でも、世界一の選手といわれるメッシの全盛期を見られることは幸運。なお、FCバルセロナの下部組織から日本に戻った久保建英選手が有名だが、選手になることを目指してスペインにやってくるサッカー留学生、それにコーチ学やトレーナー学を学ぶために来られる方も多い。

観光

残念なことに、8月にバルセロナ中心部でテロ事件が発生したが、観光客は増え続けている。当地での市民へのアンケート調査で、「生活していく上で、最も不安に思うこと」として、以前は「失業」がトップだったが、今は「観光客」。既述の通り、天気が良く、食べ物がおいしく、価格も非常にリーズナブルで、海もある。ガウディ、ピカソ、ダリなど芸術や建築物など見どころは本当に多彩。また、一度の旅行で全て回れないので、リピーターが多いのも特徴。ここまで読まれた方で、次の旅行先にバルセロナを有力候補に挙げられた方も多いのではないだろうか。ただしスリにご注意を!

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