商社行動基準改定 ─WG栗原座長に聞く

一般社団法人日本貿易会 商社行動基準アップデートに関わるワーキンググループ座長
伊藤忠商事株式会社 サステナビリティ推進室長
栗原 章

3月22日開催の理事会で「商社行動基準」の改定が承認されました。改定に当たっては、正副会長会社7社のメンバーで構成されるワーキンググループで調査・検討が行われました。その座長を務められた、伊藤忠商事のサステナビリティ推進室長、栗原章さんに、当会広報・CSRグループの伊藤グループ長がインタビューしました。

「商社行動基準」の位置付け

伊藤:栗原さん、早速ですが、そもそも「商社行動基準」とは何なのですか。

栗原:ご説明のためには1973年まで歴史をさかのぼる必要があります。その頃のことを全くご存じのない方も増えてきましたので、歴史を忘れないようにという意味も込めて、今回の改定で「まえがき」の冒頭に追記しました。1970年代初頭に、日本経済が急激な物価上昇に見舞われ、1973年秋の中東戦争、第1次オイルショックを経て「狂乱物価」とまでいわれる異常事態に陥りました。そのさなか、1973年初めに、モノ不足と異常な物価騰貴の責任は総合商社の買い占めや売り惜しみにあるとの批判が巻き起こり、商社6社の代表が国会に参考人招致される事態に至りました。こうした事態を踏まえて、日本貿易会は1973年5月に「総合商社行動基準」を制定し、商社が社会的使命を自覚し、自らの行動を律し、豊かな社会実現に寄与することを社会に宣言しました。その後、1999年に「商社行動基準」に名称を改め、内容も大幅に見直しました。今日の行動基準にも、その伝統が受け継がれています。

伊藤:1973年というと、もうすぐ半世紀になるんですね。各業界の行動憲章の先駆けともいえる行動基準を、われわれ商社業界が受け継いでいることを誇りに思います。

栗原:本当にその通りですね。「商社行動基準」は日本貿易会の会員商社の対外的な共同宣言であると同時に、各会員に自主的な行動を促すものです。その順守は、会員商社の自主的・自覚的な行動に委ねられていますが、ぜひ皆さんに率先して行動していただきたいと考えています。

改定の経緯・背景

伊藤:この時期に「商社行動基準」の改定を行ったきっかけは、何だったのでしょうか。

栗原:2010年代に入って、企業の社会的責任や行動原則、地球環境問題に関する国際社会のスタンダードには大きな進展がありました。企業を含む組織の社会的責任に関する国際規格としてISO26000が制定されたのが2010年。国連では、2011年に「ビジネスと人権に関する指導原則」、2015年にはSDGsと呼ばれる「持続可能な開発目標」が採択されました。2015年のCOP21では気候変動抑制に関する多国間協定である「パリ協定」が採択されました。「商社行動基準」は非常に普遍的な内容ですので、こうした社会的な変化にも対応できるのですが、商社が社会的に非常に重要な役割を担っていることを積極的にアピールするには、これらの国際規範で使用されている「旬」の用語や表現を取り込んだ方が、理解されやすくさまざまな取り組みも進めやすくなると考えたものです。

伊藤:経団連も昨年11月に「企業行動憲章」を改定しました。

栗原:今回の改定に当たっては、国際的な規範とともに、経団連の「企業行動憲章」も参考にしました。主要会員各社の社訓や行動基準、行動憲章なども、改めて確認しました。

改定ポイント

伊藤:それらの集大成が改定版の「商社行動基準」ということですね。それでは具体的に主な改定のポイントについて、教えてください。

栗原:まず「まえがき」ですが、冒頭に「総合商社行動基準」以来の歴史について、簡単に振り返る一文を付け加えました。その上で、SDGsなどの達成に当たり国連が強調している、企業がそれぞれの中核的な事業を通じて貢献すること、より分かりやすく言えば「本業を通じて貢献する」ことを明確にするため、「ビジネス展開にとっても大きな機会」との認識を明記することにしました。

伊藤:われわれ商社パーソンにとっては、分かりやすいですね。ビジネスを進めることで社会貢献できるというのですから。

栗原:「第1章 経営の理念と姿勢」では、「ステークホルダーと積極的なコミュニケーションを行い、その期待に応える」とともに、一歩進んで「常に新しい価値を創造する」ことを加えました。「すべての人々の人権を尊重する経営を行う」ことも、項目を追加して明記しています。

伊藤:確かに改定前は、人権の尊重は職場環境のところにしか出ていませんでした。

栗原:「第2章 機能と活動分野」は、商社の存在意義を積極的にアピールする章です。「SDGsの諸目標達成を念頭に置き」、「イノベーション」や「パートナーシップ」推進などを通じて、商社機能を発揮することで「社会的課題の解決と持続可能な経済成長の実現」に貢献できると表現しました。また従来「自由貿易の推進」を通じて世界の経済発展に寄与するとしていたところに、投資を加えて「自由な貿易・投資の促進」としました。

伊藤:SDGsはその課題達成に当たりパートナーシップを重視しています。商社は民間企業、各国政府、国際機関などと幅広いつながりを持っていますから、まさに本領発揮ですね。

栗原:続く第3章のタイトルは、改定前は「遵法と情報開示」でしたが、最近重要性が一層高まっている、「テロ、サイバー攻撃、自然災害などに備えた危機管理と情報セキュリティの確保」に関する項目を追加したことで、「ガバナンスと危機管理」に変更しました。

伊藤:商社は危機管理や情報セキュリティでも、ビジネスパートナーとの連携で重要な役割を果たしていますから、大変時宜を得た追加だと思います。

栗原:「第4章 社会参画と社会との相互信頼の確立」は、従来は「社会貢献」という言葉を使っていたのを「社会参画」に置き換えました。時代の変化とともに「社会貢献」という言葉の意味が多様になり、フィランソロピー的な受け止めをされるケースも出てきました。そこで出だしの部分を、「良き企業市民として積極的に社会に参画し、その発展に貢献する」と言い換えたのです。

伊藤:ここでも時代の変化に応じた変更を行ったわけですね。

栗原:その点は第5章も同じです。もともと「働きがいのある職場環境」というタイトルの章だったのですが、商社各社が積極的に働き方改革に取り組んでいる現状を踏まえ「働き方の改革」をタイトルに挿入するとともに、第1項に「従業員の健康」への配慮を加えました。

伊藤:従業員の健康は企業の持続的成長にとって非常に大切だということで、健康管理や病気になった従業員へのサポートを強化する企業が増えています。

栗原:最後は従来の第6章と第7章を一つにまとめて「第6章 経営トップの役割と本行動基準の周知徹底」としました。いくら素晴らしい行動基準を制定しても、実践しなければ意味がありませんが、実践に当たっては各社の経営トップのコミットメントが必須です。そのことを明示し、併せて本行動基準を、連結ベースで会員各社のグループ企業まで周知徹底することと、各社が関与するサプライチェーン上の企業にも「本行動基準の精神に対する理解と実践を促す」ことを求めています。従来は周知の範囲を直接の取引先までとしていましたので、一歩踏み込んで徹底を図ることになります。

伊藤:わずか数ヵ月という短期間でワーキンググループが社会の趨勢(すうせい)をくみ取って、商社行動基準のアップデートを行ったことがよく分かりました。どうもありがとうございました。

商社行動基準改定 ─WG栗原座長に聞く 誌面のダウンロードはこちら