年頭所感

一般社団法人日本貿易会 会長 伊藤忠商事株式会社 会長
小林 栄三

新年あけましておめでとうございます。

2015年は TPPが大筋合意をするという、日本の通商史においても、また世界の通商史においても画期的な年となりました。TPPは、関税の削減・撤廃から、外資に対する制限の緩和・撤廃、さらには知的財産権保護や政府調達の開放など、高度な自由化を広範囲に進めるものですから、商社にとっても、輸出入や海外投資において、事業分野の拡大、事業リスクの減少、コスト削減など多大なメリットが予想されます。

また、TPPによって全世界の GDPの約 4割を占める巨大経済圏が誕生します。韓国やフィリピンなども今後の参加に意欲を示しており、TPPが FTAAPに向かって拡張していけば、ここで定められたルールが事実上、世界のスタンダードとなる可能性が高まります。このようにして、日本が策定に深く関与したルールが世界に広がっていけば、グローバルに活動する日本企業にとっては力強い支援となります。

今回、TPPに加盟し、しかもその交渉をけん引する役割を担ったことにより、日本は、FTAの世界においても先進的な地位を得たといえると思います。日本は TPPの他にも、RCEPや日 EU EPAといった重要なメガ FTA交渉を行っていますが、TPPの大筋合意を実現したことにより、こうした交渉においても日本の立場は強化されたのではないかと思います。2016年は、TPPの早期発効と併せて、これらのメガ FTAの交渉進展と合意についても期待しています。

このように、通商面においては大きな進展がありましたが、昨年(2015年)来の世界の政治経済情勢は、総じてみれば難しい局面が続いているといえます。具体的には、中国経済の減速が資源需要の減少や価格の下落を通じて、資源依存度の高い新興国に大きな影響を及ぼしています。さらには、米国が超金融緩和政策からの脱却を進めるにつれて、それが新興国からの資金流出につながり、一部の国では通貨の大幅な下落に見舞われています。2015年は、中国発の株価急落が世界に広がるなど、市場が緊張に包まれる場面もありました。こうした資源価格の低迷や市場の混乱は商社ビジネスにも大きな影響を与えており、今後の推移を注意深く見守っていく必要があります。

また、地政学面においても、シリアを中心とする中東の混乱はいまだに先行きが見えず、そこから大量の難民が発生し、さらにこの問題は、欧州や中東などにおけるテロ攻撃にもつながっています。この他、米国の大統領選挙、ギリシャの債務問題などの欧州の経済状況、イランの核合意後の動き、ウクライナ情勢などについても、注意してみていく必要があります。

こうした難しい外部環境下ではありますが、少子高齢化や人口減少など日本が直面する構造問題への対応は待ったなしであり、必要となる政策をたゆむことなく前進させて日本経済の持続的な成長を実現していく必要があります。

振り返ってみれば、2012年に発足した安倍政権は、いわゆる「アベノミクス」の発表以来、TPP大筋合意を実現するなど確実に成果を出してきました。しかし、そうした実績を踏まえてもなお依然として大変多くの課題が残されており、これに対処するために 2015年9月には、アベノミクスの「第2ステージ」として新しい「3本の矢」を発表しました。「新3本の矢」は、「夢をつむぐ子育て支援」、「安心につながる社会保障」から構成されていますが、少子高齢化が進む日本にとって不可避な課題が、第2、第3の矢として前面に出されたことは大いに評価できると思います。それぞれの「矢」について設定された「GDP 600兆円」、「希望出生率1.8」、「介護離職ゼロ」といった目標が実現できるように、ぜひとも、実効性のある具体策を推進していただきたいと思っています。

また、安倍政権はこの「新3本の矢」の中で、投資や人材を日本へと呼び込む政策を果断に進めていくとしています。外国の企業や海外の優秀な人材を招き入れることについては、日本貿易会でも、「内なるグローバル化の推進」と呼んで、その重要性を訴えてきました。その一環として、2015年 10月には貿易会内で、内なるグローバル化推進における諸課題と商社の役割を研究する特別研究事業を立ち上げました。「内なるグローバル化」は、強い経済を実現するために必須となる「生産性革命」にも大きな力となるものであり、政府には、大胆な推進策を期待したいと思います。

ここまで述べてきましたように、2016年は TPPの早期発効や「新3本の矢」の政策効果が期待される一方で、世界情勢はさらに不透明感を増しており、2015年以上に先の見通しにくい年となりそうです。しかし、そういう時だからこそ、世界各地にバリューチェーンを展開して日本と世界とをつないでいる商社の出番が増えるのではないかと思います。貿易会としても、キャッチフレーズである「つなぐ世界、むすぶ心〜新たな英知で世界に貢献〜」の精神に立ち、商社業界の英知を集めて提言などの形で積極的に発信していくことにより、日本や世界の社会・経済に少しでも貢献していきたいと思っています。

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