住友商事が展開する化粧品素材事業

住友商事株式会社 メディカルサイエンス部 化粧品事業チームリーダー秋野 至秀
住友商事株式会社 メディカルサイエンス部 化粧品事業チーム伊藤 直也

化粧品素材事業への参入

住友商事は長年、ファインケミカルの一分野として化粧品素材を取り扱っています。化粧品を利用する方が、通常意識されることはありませんが、化粧品素材メーカーと化粧品メーカーをつなぐ橋渡しの役割を担い、華やかな化粧品業界における裏方として業界を支えています。

当社が取り扱う化粧品素材は、スキンケア、ヘアケア、サンケア、カラーコスメの 4分野に大きく分かれます。それぞれの分野でさまざまな素材が使われますが、大きくはベース基材(油系)、保湿剤、増粘剤、機能性素材などに分類され、合計 1,000以上の化粧品素材を取り扱っています。化粧品素材は少量多品種で、手間暇のかかる小さなビジネスの積み重ねですが、少量しか使われない素材であっても、製品にとっては欠くことのできない重要な成分の一つであり、常に在庫を切らさずに素材を提供する体制を構築しています。

化粧品は、市場で絶えず新製品が求められる一方、肌に直接触れるものであり、極めて高い品質、安全性が求められるとても厳しい業界です。製品の高い品質、安全性を維持するためには、化粧品メーカーの品質認定を取得した素材を使用することが前提となりますので、必然的に新規参入障壁は高くなります。とりわけ世界最大市場の米国では、化粧品メーカーに対して素材の配合ノウハウや処方開発を担う「フォーミュレーター」という専門業態が確立されており、フォーミュレーターによる厳正な審査をクリアした素材が化粧品メーカーに届けられます。米国ではフォーミュレーターでなければ、化粧品メーカーへの持続的な素材供給は困難です。

当社は、化粧品素材ビジネスをグローバルに発展させるために 2007年、米国の有力フォーミュレーター「プレスパース」に20%出資しました。世界中にネットワークを持つ当社の出資をきっかけに、プレスパースの化粧品素材ビジネスのグローバル展開が始まりました。米国は世界一の化粧品市場で、世界展開をしている大手化粧品メーカーが多数存在します。米国本社にてある化粧品素材が採用されると、その他の米州、アジア、欧州など米国以外での市場でも、その素材が利用されるケースがよくあり、このため、米国市場で採用されることが、化粧品素材ビジネスのグローバル展開の大きな鍵になります。当社は20%出資参画した 3年後、2010年にプレスパースを100%子会社化し、同時に東京本社に対応組織を設立し、本格的に化粧品素材事業に参入しました。さらに、2013年にはブラジルのフォーミュレーター「コスモテック」に出資参画し、グローバル展開を加速しました。

化粧品メーカーを支えるフォーミュレーター


フォーミュレーターは、単に素材供給を行うだけではなく、化粧品素材の安全データを取得したり、処方の提案や化粧品の最終製品に近いサンプルの提供をしたりするなど技術サービスも行います。製品としての化粧品は取り扱いませんが、素材の安定供給だけでなく、製品開発に非常に重要な役割を担っています。

なぜこのような特殊なフォーミュレーターという業態が生まれたのか。それは、化粧品業界の独自性に背景があります。化粧品というのは、季節ごとに口紅やアイカラーといった新商品が次々と発売されます。ファッション同様、毎年流行も変わり、新商品を発表しなければ商品は売れなくなってしまいます。化粧品は企画から品質試験、販売に至るまで 2-3年かかりますが、消費者の嗜好の多様化や変化が激しくなってきており、新商品のスパンが年々短くなってきています。

こうした市場の変化の中、従来は、化粧品メーカーが自ら研究開発を行っていましたが、今ではフォーミュレーターが化粧品素材の安全性チェックや処方開発を行うことで、化粧品メーカーは独自の研究開発に集中でき、その結果商品開発の時間が短縮され、世の中に絶えず新商品を発表できるようになってきています。例えば、「みずみずしさ」といった感覚的なキーワードが提案されると、フォーミュレーターが、そのキーワードに沿って商品企画、開発等を行い、具体的な商品を化粧品メーカーに提案することもあります。

また、同じ化粧品でも、アジアではスキンケアや美白化粧品が人気であり、欧米ではカラーコスメやサンケアが中心というような地域差がありますが、地域や人種によって体質や食生活も違えば、肌質や髪質も異なりますので、その違いに応じた素材の使い分けや、処方の開発もフォーミュレーターが担う役割となるのです。両者の信頼関係の下、双方向でアイデアを出し合うことで、新商品が生まれるのです。さらには、安全性や機能性だけではなく、マーケティングのためのストーリーを考えることが必要で、フォーミュレーターには、プロモーションスキルやマーケティングスキルも求められるようになってきています。


世界に誇る日本の素材技術


当社では肥料や農薬も扱っていますが、こうしたビジネスは天候などの外的要因によって、業績が左右されることがあります。一方、特に女性にとって化粧品は、日々の生活においての優先順位が高いため、外部環境による影響が少なく、かつ不況に強いといわれています。1人当たり GDPが4,000-5,000ドルを超えると、その国での化粧品の売り上げが大きく伸びる傾向があり、ブラジルは、2000年ごろから所得水準が上がったことで一気に化粧品の売り上げが伸び、今では、米国に次いで世界 2位の化粧品消費国になっています。同国は、2015年は経済が落ち込み、為替の大幅な下落がありましたが、それでも当社が出資したコスモテックは、業績を伸長させることができました。他業界と比べ、化粧品業界の安定性や不況に対する強さがご理解いただけると思います。


化粧品は他の消費財とは異なり、安ければいいというものではありません。一度なじんだものは、高くても長く使い続けるという根強い需要があります。さらに、自分へのご褒美としてブランドの化粧品を使うという女性特有の心理もあります。それだけに、化粧品は品質の良さだけではなく、容器やパッケージの高級感を含めて、商品の構成要素、全てにおいて完璧でないとお客さまが離れてしまいます。何よりもブランドの信用力が最重要ですので、化粧品メーカーは素材、処方、容器を含め最終製品の販売まで厳正な品質管理を行います。化粧品の高い品質管理は世界共通ですが、中でも日本市場の求める基準は世界最高水準といわれています。ユーザーの高い意識や厳しいニーズによって日本メーカーは鍛えられていますので、化粧品素材や容器においても、日本品の品質と安全性は高く、世界中で認められている実績があります。私たちも、化粧品やその素材は日本が競争力を持って世界で戦えるフィールドであると確信しています。


化粧品を通じて人々を幸せに


当社は、2015年5月に協和発酵ヨーロッパから、欧州で展開する化粧品素材販売事業を譲り受け、今はドイツを中心にその周辺国でもビジネスが拡大しています。また、2016年4月には米国の主力事業会社でエアゾール用プロペラントガスメーカーの「ディバーシファイド CPCインターナショナル」が化粧品素材事業に加わりました。さらに当社グループ事業会社「住商ファーマインターナショナル」との連携を深め、現在では、北米で約 400社、中南米で約 800社、欧州では約300社の化粧品メーカーを中心とする顧客と取引しています。今後は、アジアでの事業展開も積極的に行っていきたいと考えています。一方、韓国のイノベーションと商品開発のスピードにも注目しています。最近話題のクッションファンデーションや CCクリームも韓国がそのブームの火付け役となり、世界に広まった化粧品です。当社は 2012年に、特殊なカプセル化技術を持つベンチャー企業の「バイオジェニックス」に出資しており、同社のユニークな技術を当社グループネットワークに乗せて、世界に通じる新素材のビジネスが実現することを大いに期待しています。

化粧品業界の中で感じるのは、世界中の誰もが、より健康に、より美しくありたいという共通の願いを持っているということです。古くはクレオパトラもお化粧をしていたといわれていますし、今後も化粧品は、永遠になくならないのだろうと感じています。人に笑顔と幸せをもたらす力が、化粧品にはあります。私たちは、安全、安心な化粧品素材の提供を通じて、世界中の人々の幸せな暮らしに貢献することを願っています。

(聞き手:広報・調査グループ 蟹田綾乃)

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