2017年11月号(No.763)
一般的な自動車は、重量ベースで約7割程度の鉄が使用されており、車体の内・外板パネルやボディ骨格部材から細かな部品まで、広範にわたっています。鉄は自動車の主要材料として歴史が長く、アルミニウム合金やマグネシウムなどの他の材料に比べて安価であることや、延性に優れ容易に加工できるという特徴を持っています。また、世界各地で入手しやすいことからも、自動車産業にはなくてはならない素材です。
自動車向けは世界の粗鋼生産数量の約10%を占めており、高品質が求められるため、日欧米の主要鉄鋼メーカーが優位性を維持している市場となっています。「鉄」といっても中身はさまざまで、自動車用に使用されるものには、普通鉄のほかに軽量化素材とされるハイテン鋼(引っ張り強度の高い高張力鋼板)、ウルトラハイテン鋼(超高張力鋼板)、ホットスタンプ材(鋼板を加熱の上、特殊加工してつくられた高張力鋼板)が挙げられます。
近年世界中で加速している燃費規制強化への対策として、エンジンなどの駆動部分(=パワートレイン)の改良のほか、車体の軽量化が進められています。しかし、軽くすればいいかというと、そういうわけではありません。衝突時の安全確保のため、車体強度の基準も厳しくなっており、より軽くて強い素材が求められています。また、高度運転支援(ADAS)の導入、内装のラグジュアリー化などの最近のトレンドは、車両の重量増加につながってしまうことから、いかに安全性や機能性を確保しつつ環境への配慮を実現するかという視点から、車両の軽量化が求められる時代となっているのです。
昨今、普通鉄では軽量化に限界があるということからも、前述のハイテン鋼ほかの軽量化素材への需要が高まっています。
ハイテン鋼やウルトラハイテン鋼は、常温でプレス(=冷間プレス)し、前者は車両のボディなどの外板に、後者は、より強度が求められる骨格部分に使用されています。プレス加工には、日本の持つ高度な技術が応用できるほか、日本では高品位のハイテン鋼が調達しやすい環境でもあることから、日本の自動車メーカーと鉄鋼メーカーによる開発が先行し、欧米自動車メーカーに比べ日系自動車メーカーで積極的に採用されてきました。今後は新興国においてハイテン鋼の採用増加が見込まれています。
一方、ホットスタンプは、鋼板を約900℃に加熱し、柔らかい状態でプレス(=熱間プレス)する工法で、これに用いられる鋼板がホットスタンプ材です。北米・欧州での開発・利用が先行しましたが、日本においても徐々に需要を伸ばしています。ホットスタンプは、通常の冷間プレスに比して、加熱・冷却の工程が増え、生産性を下げることから、性能の良い冷間プレスが入手しやすい日本では利用が進みませんでしたが、近年は、国内における高い衝突安全基準が求められるようになったことや、加熱炉や冷却方法の技術開発による生産性の向上によって需要が高まっており、トヨタの「TNGA(Toyota NewGlobal Architecture)」、スバルの「SGP(Subaru Global Platform)」のほか、軽自動車であるホンダの「N-BOX」などで採用されています。
欧米では大型車や高級車の比率も高く、今後10年間で車体重量が15%以上減少する予測もあります。素材別でみた場合、特に欧米では普通鉄の使用率が半減する一方、ホットスタンプや、その他の軽量化素材であるアルミニウムや合成樹脂などの非鉄・樹脂素材の使用増加が見込まれています。中でも「CFRP(Carbon Fiber Reinforced Plastics)」と呼ばれる炭素繊維で強化されたプラスチックは、普通鉄に比べて軽量(4分の1程度の比重)であり、10倍の重量比強度を持っていることから、日本の自動車メーカーでも徐々に採用が進んでいます。しかし、鉄に比べ非常に高コストであることが課題です。その点ではコストの安い鉄の優位性は明らかです。日本も含め、世界では、延性・強度共に期待できる第三世代のハイテン鋼の開発も進んでいます。またダイムラー、BMWやアウディをはじめとする欧州の自動車メーカーは、高級車を中心にアルミニウムだけでなくマグネシウムなどの非鉄素材や樹脂素材とホットスタンプを組み合わせたマルチマテリアルによる軽量化にも取り組んでいます。
鉄は長く使われてきたこともあり、コスト面や安定したサプライチェーン、使い勝手の良さという点からも自動車用素材において欠かせない素材です。だからこそ、安全性やコストに見合った自動車の軽量化を実現すべく、丸ごと非鉄・樹脂素材に切り替えるのではなく、異なる材料を接合する異種材料接合技術の開発が進んでいるのです。