チタンの活用と今後の市場開拓 〜新日鐵住金のデザイニング チタン「トランティクシー」〜

新日鐵住金株式会社 チタン・特殊ステンレス事業部 チタン・特殊ステンレス技術部 商品技術第二室 主幹
山口 博幸

1.チタン利用の拡大と課題

チタンの工業生産は1946年に始まり、約70年の歴史を持っていますが、銅や鉄が紀元前から使用されてきたことを踏まえると、チタンの金属素材としての利用の歴史は、まだまだ日が浅いといえます。

チタンには、「軽い」「強い」「さびない」という特徴があります。比重は鉄の60%という軽い素材でありながら、アルミニウムの3倍の比強度(引っ張り強度/密度)があり、しかも高い耐食性を持つ特性から、航空機、化学・電力プラント、海水淡水化プラント分野などで「縁の下で支える」素材として活用されてきました。

建材への適用が開始されたのは1970年代からです。高耐久性能を有する意匠材料として、海浜地区等の厳しい腐食環境から恒久建築物(博物館、美術館、神社仏閣等)へと普及しました。海外でも、1990年代に建築家フランク・オー・ゲーリーが設計した、スペインのビルバオにあるグッゲンハイム美術館の外装材へ採用されたことで、世界の多くの建築家が注目し、普及し始めました。

しかし、1990年代に、それまでに建設された一部のチタン屋根が銀色から茶色、あるいは紫色に変色するという問題が生じ、この変色メカニズムの解明と対策材の開発が課題となりました。

2. チタンの変色の課題を克服した「トランティクシー」

⑴「 トランティクシー」の特徴


トランティクシーのロゴ

当社は、このチタンの変色現象の解明と対策材の開発を進め、変色メカニズムについては、チタンの表面に微量の炭化物、フッ化物が残存し、それが酸性雨と反応することで酸化皮膜の成長を促進させたことが原因であると解明しました。その後、チタン表層から残存する不純物元素を取り除く技術を確立し、世界で初めて変色しにくいチタン建材の開発に成功しました。2001年に竣工した「大分スポーツ公園スタジアム」の屋根には、この耐変色チタンが使用されていますが、2016年に15年後の状況を確認したところ、チタン屋根の色調変化は極めて小さく、美麗かつ健全な状態を確認し、耐変色チタンの性能が発揮されていることが分かりました。こうした実績もあり、現在、当社はチタン建材として国内外に600件以上の実績を持ち、国内の建材用チタン市場シェアの約90%を占めます。


トランティクシーを用いた長尺屋根の施工例

当社は、2017年の2月から、金属としての機能( 軽い、強い、さびない) に意匠性を加えたデザイニングチタン製品をTranTixxii®(トランティクシー)と名付けて、ブランド展開を開始しました。「トランティクシー」(TranTixxii®)は当社の造語ですが、「超える、進化する」という意味のTran(トラン)、チタンの元素記号Ti、そしてチタンの原子番号(22)のローマ数字xxiiを組み合わせて作ったもので、時代を超えて続くチタンの優れた特性、優美さへの思いが込められています。

TranTixxii®の特長の一つが豊富な色調バリエーションです。これは、チタン表面に存在する酸化皮膜の厚さをコントロールすることで、銀色に限らず、100種類以上の色調が表現でき、伝統建築から近代建築、自動車、家電、テーブルウェア、時計、眼鏡など、さまざまな製品、環境にマッチする色調をご提案できます。

チタンというと、先ほど申し上げた「軽い」「強い」「さびない」という特性がある一方で、硬いために加工がしにくいのではないかというお考えの方も多いかもしれません。しかし、実際には、建材にも数多く採用されており、むしろ、チタンの特性を生かすことで、施工上の負担軽減にもつながる事例が見られます。例えば、金属素材による長尺屋根施工の場合、従来のステンレスや銅の素材であれば、幾つかに分割した上で、溶接等で部材を継ぐ手間が発生するだけでなく、熱膨張によって面材の接合部分に隙間や緩みが生じ、雨漏りの原因を生み出す恐れもあります。しかし、チタンは熱膨張率が他の金属と比べても極めて低いため、長尺施工が可能となり、施工負担の軽減だけでなく、雨漏りのリスクを低減することも可能です。


⑵ 浅草寺本堂のチタン瓦


浅草寺本堂

世間ではまだまだなじみが薄いチタンかもしれないのですが、高い耐食性が求められる海岸地域、美術館や神社仏閣といった公共施設においては、チタン建材の活用は拡大傾向にあります。

身近なところでは、東京の浅草寺の粘土瓦からチタン瓦へのふき替えがあります。浅草寺本堂は伝統的な粘土瓦で葺ふ かれていましたが、粘土瓦は重量があり、本堂の耐震補強が必要になることや、施工後のメンテナンスにおいても職人確保が難しくなりつつあるといった課題が聞かれます。また、粘土瓦はお寺の建物の美しさを象徴する意匠性も兼ね備えているため、お寺の雰囲気を損なうことがないようにする必要もあります。

そこで、浅草寺では、伝統的な意匠性を損なうことがないように、落ち着いた色合いのブラスト仕上げのチタン瓦を採用いただきました。実際に見ていただくとよく分かるのですが、粘土瓦と見間違えるほど、自然な瓦の色合いを醸し出しています。また、浅草寺本堂のチタン瓦へのふき替えは2010年に行われましたが、2011年の東日本大震災のときには、軽量なチタン瓦は落下もなく、安全性の観点からもチタン瓦の強みを発揮してくれています。また、当初930tあった粘土瓦屋根の質量は、5分の1の180tにまで減り、そのおかげで本堂への耐震工事も不要になったといったメリットも生じました。また、その後、五重塔の屋根にも採用され、本堂に先駆けてチタン屋根を採用した宝蔵門と合わせて3棟の主要な建物の屋根がチタン化されています。

チタンは確かにステンレスや銅などの一般的な屋根材に比べて高価であるため、初期投資段階では割高にみえるかもしれませんが、ライフサイクルコストを考えると、必ずしも割高とはいえないのではないか、むしろ、長期的には経済的であると考えています。

3. チタンの拡販に向けた商社に対する期待


トランティクシーを使用して
「コケの色合い」を出したフランスの建築物

ここまでチタンの建材としてのニーズ拡大を中心にお話しさせていただきましたが、チタンは建材の他、腕時計、ゴルフクラブのヘッド、自動車部品、眼鏡、人工関節等医療用、ピアス、ブレスレットといった装身具など、身近な製品にも利用が広がりつつあります。当社としても、引き続き、チタンの利用拡大に向け、「チタンで解決できることはないか」と探し回っているところです。最近も、フランスで建設された建築物に、外装材として「コケの色合いを出したい」というユニークな要望を受け、何度も試作品を現地に送付し、チタンならではの色合いにより、最終的にご採用をいただくことができました。

当社は伝統的に「BtoBビジネス」が中心の会社ですが、この「トランティクシー」の場合、チタンの特性と優美さを最終顧客にアピールしながら、「BtoCビジネス」の視点で、当社の製品ブランド「トランティクシー」の浸透およびチタンの新しい用途での採用に努めたいと考えているところです。国内外における用途開拓や拡販では、広くネットワークを保有する商社などのご協力に頼る部分も大きいため、皆さまと連携しながら、チタンの優れた特性、そして、チタンを通じたさまざまなソリューションを提供したいと思っています。

(聞き手:広報・調査グループ 石塚哲也)

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