ステークホルダーとの協働を事業に活かす

株式会社創コンサルティング 代表取締役
海野 みづえ

変化の激しいグローバル市場での事業展開が成功のカギとなっている中で、CSRも国際的な舞台で日本企業としての特徴を活かしながら展開することが大事になっている。必然的に企業が対面するステークホルダーも世界各地に広がり、このような国外の多様な人材と様々なステージで協働していくことがカギである。

リスクと機会の面からみたステークホルダーとの協働

2015年より実施されているコーポレートガバナンス・コードには「ステークホルダーとの協働」が盛り込まれ、「自らの持続的な成長と中長期的な企業価値の創出を達成するためには、これらのステークホルダーとの適切な協働が不可欠である」としている。では企業価値につながるステークホルダーとの協働とは何なのか。

協働には企業にとってのリスク対応と事業機会の創出の両側面があり、図のようなアプローチで整理できる。ここでは、新興国市場でのビジネスを想定し、事例を踏まえて説明する。



1. ステークホルダーとの協議

政府の統治が不十分な新興国では、地域住民や労働者との摩擦が頻繁に起こっており、ステークホルダーの意識や行動が日本とは大きく異なる中で操業しなければならない。自社の企業活動によって影響を受ける特定の「利害関係者」と直接向き合っていくことが求められる。

地域住民との摩擦は、インフラ開発プロジェクトや工場の立地の場合によく直面する問題である。顕著な例として、ミャンマーのティラワ経済特区(SEZ)のインフラ開発プロジェクトがある。ここでは、大規模な住民移転によって農地の喪失や生計手段の喪失を引き起こし、その結果貧困化が進み生活環境が悪化するなど、深刻な環境社会影響・人権侵害が問題になった。移転住民らがJICAに異議申し立てを行ったため彼らをサポートするNGOやメディアからも指摘され、JICAでは審査役による住民への聞き取り調査を実施した。

その結果提示された問題解決の方法として、移転住民等の多様なステークホルダーとミャンマー政府との間のコミュニケーションの促進を図り、協議の場をつくることが盛り込まれている。現地 NGOや国際 NGOもメンバーとして参加し、原則公開とする透明性が高いものとする、というものだ。補償や生活環境整備に取り組むことはもちろんだが、重要な点は被害を受けている利害関係者と直接協議し、彼らの意向をできるだけ取り入れることが明確にされたことだ。

公的プロジェクトでなくても、各企業が工場を建設する場合に同様のプロセスが必要になってくる。現地政府から建設の許可を得ていても、その政府が地域住民から信頼されていないことから企業のプロジェクトに対して地域から反発を受けることも多い。政府だけでなく、住民の反応にも気を配り地域から支持を得るという「社会的な操業許可(Social license to operate)」の考えを認識しておくことが大事だ。

工場の労働者との摩擦も新興国での典型的な課題だ。地域での労働者の不満が高じて賃上げや待遇改善を要求してくる事例が多い。会社側が現地の労働法を順守しているので問題はないと考えても、労働者の側で権利を主張して集団行動をとられることで構内がストップしてしまえば、操業に被害を受けてしまう。彼らとの対話に応じ、理解の得られる方法を模索していくことが対策になる。

2. 事業活動への組み込み

起こってしまった事態に対処するだけでなく、こうした状況を鑑みて日頃から操業の中に組み入れていくことである。このことは、国連「ビジネスと人権に関する指導原則」の中で企業の責任として要請されている「人権デュー・ディリジェンス」の実施に他ならない。指導原則のいう人権とは「ステークホルダーの権利」の尊重であり、彼らとの協議をマネジメントのあらゆる段階で行い、人権への配慮を経営の中で実践することである。上記ティラワの審査役調査においても、今後続くプロジェクトへの教訓として、移転計画の策定ではステークホルダーからの意見に対して当事者間の協議による解決を優先して十分時間をかける、など事業の中で人権影響を組み込むことを提言している。

この他に企業に対して要請が高まっている課題がサプライチェーン全体での対応であり、責任あるサプライチェーンあるいは持続可能なサプライチェーンを求めるものだ。中でも、労働者の権利侵害が深刻であり、企業の責任を問われるところである。

これまでに日本企業もアパレル業界や電子業界を中心に CSR調達に対応してきたが、方針を策定してサプライヤーにその実施を要請しアンケートで確認するにとどまっているところが多い。欧米企業の間では、サプライヤーサイドでの第三者監査の実施が徹底しており、さらにその操業サイトで労働者への実地教育を支援する能力向上(Capacitybuilding)活動にまで踏み込んでいる。能力向上活動は、ステークホルダーとしてのサプライヤーとの協働活動の実践例だ。

例えば米インテル社では、世界に広がる 1万 9,000のサプライヤー向けの研修プログラムPASS(Program to Accelerate SupplierSustainability)をサプライヤーに提供している。3年間で参加率は57%から79%に上昇、さらにサプライヤー向けウェブサイトを設定してオンライン研修や情報提供をすることでフォローアップしている。また各国でのワークショップも実施し、問題の起きやすい地域においては重点的に地域会合を開き、問題の早期発見と社員への意識喚起を行うなど、さまざまな取り組みをしている。

農産物や木材などの自然資源を調達する業界では、環境に配慮した調達基準の中に地域住民や労働者への配慮を組み込む動きが広がっている。パーム油や木材など、NGOが進めるさまざまな認証制度の製品を購入することから始め、さらに購入先の農園や農場に直接コンタクトし、従事者の環境・社会面の向上活動まで行う動きになっている。

世界でのサプライチェーン上の労働対応では、米カリフォルニア州や英国でサプライチェーン上の情報開示が制度化されている。さらに ISO20400「持続可能な調達」の策定が進行するなど、欧米の取引先企業からの要請ではこの対応が一般化しており、サプライヤーとの協議は日本企業も避けて通れない課題になっている。

3. ビジネス・イノベーション

リスク管理ばかりでなく、新たな事業機会の創出に向けて、ステークホルダーを有用なパートナーと位置付けて協働することが、CSV戦略にもつながる。

「サステナブル・リビングプラン」を事業戦略の柱に据えるユニリーバ社は、小規模の農業生産者に持続可能な農法を指導して協働を強化することで、農産物調達の安定化と生産性の向上による増産を実現している。大規模農場での工業的な大量栽培は効率的ではあるが、環境破壊を招くとともに気候変動や単一栽培による弊害を受けやすいというマイナス面もある。同社が取引する農家は全世界で 150万戸あり、全てに直接コンタクトすることはできない。各分野の NGOと連携し彼らの下に集う農家にアクセスすることでアウトリーチを広げ、現在 60万農家までふやしている。NGOと共に農業を育てることが、自社の事業展開に直結するのだ。

地域貢献活動をブランド構築に活用していくこともイノベーション戦略の一つである。新規の市場で新たにマーケティング基盤をつくるには、地域での社会貢献や寄付、ボランティア活動をうまく活用していくことが信頼を得る方策になり、ステークホルダーとの協働のコンセプトが生きてくる。

通信会社のテレノール社は、ミャンマーの農村部でデジタルリテラシーを向上させる教育プログラム「Lighthouse」プロジェクトを展開している。スマートフォンや PC利用の基本を教えるコースを、地域のレストランなどに協力してもらって展開するものだ。各地でインストラクターができる人材を募り認定講師として同社がトレーニングを提供し、それぞれの地域で青少年向けに無料の講座を開いてもらう。社会貢献活動であるとともに、こうしたコースを受けることでブランドを認知してもらい、携帯通信を選ぶ場合テレノールを選んでもらう、というマーケティングの効果も考えている。現在 58ヵ所で 211人の講師がおり、これまでに1,800人が受講している。

また、ステークホルダーと連携することでその地域に特有の社会課題の解決の方法を見いだし、新たな事業モデルのヒントを得ることも可能だろう。例えば、衛生や医療問題などのヘルスケアの改善については、先進国向けに流通している技術や製品をもってきてもミスマッチであり、現地の状況に対応した形で展開する必要がある。そこに暮らす人々の意見やアイデアを協議し取り込むことが必要で、ステークホルダーは製品やサービス開発のパートナーともいえよう。

4. 社外とのコミュニケーション

上記三つの全てのステージにわたって求められる行動が、社外との積極的なコミュニケーションである。直接的な利害関係者はもちろんのこと、広く社外全般に対してオープンな姿勢を持つことだ。ここでは透明性とアカウンタビリティ(説明責任)がキーワードになる。グローバル社会では、アカウンタビリティとは自社流の解釈で行っていればいいということではなく、やったことはしっかりと公表しステークホルダーが納得するように説明していくことと、考えられている。情報の開示にとどまらず、自社の活動を理解してもらうようにプロアクティブに動くことなのだ。そしてネガティブな事項についての対応も自発的に公表していけば、その姿勢が評価され逆に信頼につなげていける。

ステークホルダー・リレーションズ:戦略的なコミュニケーション

このようにして考えると、ステークホルダーとの協働とは、社外に向けて CSRの取り組みを発信していく「ステークホルダー・リレーションズ(SR)」といえるだろう。ここでは、SRを下記のように考えてみたい。

  • 企業を取り巻くステークホルダーとの望ましい協働関係をつくりだすための、効果的な双方向コミュニケーションを実現する情報開示、広報活動やこれに関連するさまざまな活動。
  • さらにステークホルダーに対する活動だけでなく、株主や投資家に対する IR活動の一環に位置付け、事業との関連を広報していくことまで含む。

これまでのSR(Social Responsibility)をSR(Stakeholder Relations)に進展させることが、企業価値創造の一つのカギになる。投資家に向けた SR活動としては、CSRのリスクと機会両面について事業活動との関連を財務ベースで説明づけることも大事である。新興国でのビジネス・イノベーションの実現など、事業にプラスになるステークホルダーとの協働にも積極的に取り組んでいただきたい。

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