商社におけるCSR推進の取り組み

伊藤忠商事株式会社
代表取締役 専務執行役員
赤松 良夫
丸紅株式会社
代表取締役 常務執行役員
秋吉 満
豊田通商株式会社
執行役員
貸谷 伊知郎
三井物産株式会社
代表取締役 常務執行役員
木下 雅之
双日株式会社
執行役員
花井 正志
三菱商事株式会社
執行役員
廣田 康人
住友商事株式会社
執行役員
藤田 昌宏
日本貿易会 CSR研究会座長
丸紅株式会社 広報部部長代理
田中 郁也

田中(司会) 
2010年、社会的責任に関するガイドラインであるISO26000が発表されました。その背景には、気候変動や、貧困問題、人権問題といった、複雑で解決が非常に難しい人類共通の課題があり、その解決に当たっては、経済力と課題解決能力を持ち、国境を越えて活躍する企業セクターが、リーダーシップを発揮することが期待されています。

その意味で、グローバルに事業を展開する商社がCSRの分野においても果たすべき役割はますます大きくなっていると考えます。そこで、本日は各商社のCSRをご担当されている役員の方々にご参集いただき、各社のCSR活動をご紹介いただくとともに、商社共通の認識課題について議論していただき、商社を取り巻くCSRの現状と課題を探っていきたいと思います。


1.各社CSR活動


丸紅株式会社
広報部 部長代理
田中 郁也 氏

田中(司会) 
まずは各社より、CSR推進の基本方針や取り組み体制、具体的な取り組み事例につきご紹介いただきたいと思います。

赤松(伊藤忠商事) 
まず、CSRの推進の考え方について、当社では経営計画策定に合わせて CSR推進基本方針を定めており、経営計画と連動したCSRをグローバルに推進している。
2011-12年度の中期経営計画『Brand-new Deal 2012』の下では、毎年実施しているCSRレポート社員アンケートの結果なども反映し、 2011年2月にCSR推進基本方針を改訂した。具体的には次の5項目を基本方針としている。
① 現場主義を通じたステークホルダーとのコミュニケーション強化
② 社会的課題の解決に資するビジネスの推進
③ サプライチェーンマネジメントの強化(人権の尊重・環境への配慮)
④ CSR・環境保全に関する教育・啓発
⑤ 地域・国際社会への参画と発展への貢献
次にCSR推進の取り組み体制としては、 2011年4月に、ステークホルダーとのコミュニケーション強化を目指し、総務部から広報部にCSR・地球環境室を移管した。同室において地球環境や社会貢献を含むCSR推進のための施策などを企画・立案し、私が委員長を務めるCSR委員会で議論、検討している。

また、各ディビジョンカンパニーと職能部のメンバーによる「CSRレポート編集タスクフォース」を組成し、CSRレポートの制作だけではなく、CSR推進施策の議論も行っている。
また、本業を通じたCSRを着実に推進するために、各カンパニーが、それぞれの事業分野において重要なCSR課題を自ら抽出した『CSRアクションプラン』を策定し、PDCA (Plan-Do-Check-Act)サイクルにのっとって、 CSR活動を実践している。また、総本社職能部、国内支社・支店、海外拠点などの組織ごとに、それぞれのビジネスや機能に沿ったCSRアクションプランを策定し、実行している。

さらに、多岐にわたる取扱商品やサービスが社会・環境に与える影響に鑑み、サプライチェーンマネジメントへの取り組みを重要な CSR課題と認識し、2009年に9項目からなる『サプライチェーンCSR行動指針』を策定し、サプライヤーに対して各項目への理解と実践を働き掛けている。各営業部署においては、一定のガイドラインの下、サプライヤーを選定し、行動指針に一部独自項目(食品安全など)を加えた調査票を作成して、訪問調査やアンケートを実施している。また、2007年度から実態調査を実施しており、海外店やグループ会社のサプライヤーを含め、2009年度には 300社、2010年度には374社を対象に実施した。今後も調査精度の向上を図り、サプライヤーとの対話を継続していく。

また、具体的な取り組み事例に関しては、 CSRレポートや当社のHPに掲載しているが、事業を通じたCSRの代表例として、再生可能エネルギーへの取り組みや、カカオ豆のサプライチェーンマネジメントに関する報告などを、また社会貢献等の事例として、東日本大震災への対応などを行っている。


丸紅株式会社
代表取締役 常務執行役員
秋吉 満 氏

秋吉(丸紅) 
当社では、社是「正・新・和」を経営の基本方針としており、この精神にのっとり、CSR活動を推進している。「正」とは、何よりも正しいことを優先すべきだということ。「新」は、常に新しくあれということ。「和」というのは社員、社会との総和、親和を表しており、まさに現在のCSRの考え方を凝縮した言葉である。

役員も含め社員一人一人が、社会や環境と共存できる健全な経営を目指すことで持続的な成長を図っていくことがCSRの体現であると考えている。さらに最近では、社員のみならず、取引先、株主、地域、社会など、さまざまなステークホルダーの利益、満足を追求しながら、持続的な経営基盤を構築していくことを基本的な考え方としている。

CSR推進の取り組み体制に関しては、私が委員長を務めるCSR・環境委員会において CSR活動の維持、強化を進めている。メンバーは各営業部門の総括部長と、コーポレートスタッフ部門各部の部長で構成され、広報部 CSR・地球環境室が事務局を務めている。同室はCSRの重要性についての社内啓けい蒙もうを行うとともに、当社グループにおけるCSR活動の社内外への紹介も行っている。また、各営業部門においても、CSR担当者を置き、部門員に対して意識の浸透に努めている。
サプライチェーンCSRの取り組みとしては、『サプライチェーンにおけるCSR基本方針』を制定し、取引先に対して公表することで理解と協力を求めている。取引先におけるCSR実態調査については、全地域、全分野を対象としているが、特に途上国を中心に、強制労働や児童労働、環境汚染等の社会問題が潜在的にあると思われる地域は注視している。
具体的な取り組みに関しては、現在推進している中期経営計画「SG-12」に基づき、資源、インフラ、環境、生活を重点取り組み分野と位置付け、海水淡水化や上下水道の整備・運営などの水事業や、植林プロジェクト、食糧の安定供給事業等、事業を通じたCSR活動を世界各地で展開している。社会貢献関連の事例としては、社会福祉法人・丸紅基金において、社会福祉施設団体等に対して、37年間にわたり、毎年1億円の社会福祉助成を実施している。東日本大震災の復興支援に関しては、義援金拠出、ボランティア派遣等に加え、食料の調達・輸送等を実施した。

貸谷(豊田通商) 
当社のCSR推進の基本方針は、『行動指針』の実践を通じて、『企業理念』を実現することとしている。企業理念は「人・社会・地球との共存共栄を図り、豊かな社会づくりに貢献する価値創造企業を目指す」である。また、社長から全社員に対して「CSRは経営の実践そのもの」とのメッセージを発信している。

取り組み体制としては、経営企画部が事務局を務める、社長直轄のCSR推進委員会において、年1回報告会を開催している。また、CSR推進委員会の下に特定貿易管理委員会、地球環境連絡会、安全管理強化会議といった会議を設置し、各分野からのCSRの活性化を図っている。また、情宣活動としては、イントラネットや社内報の活用、小冊子の配布を行っており、社内向けの小冊子『私たちの道しるべ』には、CSRの取り組み方針、行動倫理ガイド、災害時の連絡先、セクハラ窓口の連絡先等を記載し、全社員に配布している。

当社の取り組み事例に関しては、大きく分けて2点紹介させていただく。まず1点目は、労働安全衛生への取り組みである。社内に安全・環境推進部という部を設け、労働災害、重大災害、休業度数率の減少を目指し、現場と一緒になって改善活動に取り組んでいる。ヒヤリハットの段階から、いかにして事故の原因、真因を特定して撲滅していくかという改善活動に取り組んでいる。

もう1点は、事業を通じたCSRへの取り組みである。特に当社は3分野に注力しており、 1つは再生可能エネルギー、2つ目は資源リサイクル、3つ目が1次産業への取り組み、である。例えば、マグロの中間育成の養殖事業を 2010年度から開始しているが、これは、資源の枯渇に対する解決、生物多様性への配慮、衰退産業といわれている水産業の活性化、を目標としており、社会的な問題への取り組みと位置付けている。


三井物産株式会社
代表取締役 常務執行役員
木下 雅之 氏

木下(三井物産) 
当社では、CSR推進とは、持続可能な社会の実現に向け、主にビジネス活動を通じて役割を果たすことと考えている。持続可能な社会の実現に貢献するためには、当社自体が持続可能な組織になることが必要と考えており、当社は「良い仕事」の実践を通じて、適正な利益を得るとともに、社会の課題を率先して把握しその解決に努め、持続可能な社会の実現に貢献するよう努めている。「良い仕事」とは、全社員が共有すべき価値観を一言で表現したもので、①世の中の役に立ち、②顧客にとって有益な付加価値を生み、 ③社員のやりがいにつながる仕事、を表している。
推進体制としては、経営企画部担当役員を委員長とするCSR推進委員会を設置し、加えて、各営業部門およびコーポレートスタッフ部門にCSR推進担当者を置き、全社的な推進体制を整えている。

当社では、本業を通じたCSRとは「良い仕事」の実践であり、主要な事業分野である、資源・エネルギー、物流・ネットワーク、生活産業、インフラ関連の各事業において、当社ならではの機能を発揮した取り組みを行っている。
本業を越えた社会貢献活動にも努めており、特に環境、教育、国際交流等に注力している。環境に関しては、2005年に三井物産環境基金を設立し、環境問題解決に資するさまざまな NPOの活動や大学等の研究に対し助成してきた。特に2011年度は東日本大震災の復興に資するような案件への助成を実施中。さらに、当社が保有する約4万4,000haの森林を活用した取り組みも行っている。本件を持続可能な林業として確立させるにはさらに努力が必要だが、森林管理はビジネスの範疇を越えた視点からも取り組む必要があると考えている。

花井(双日) 
当社では、「双日グループは、誠実な心で世界の経済や文化、人々の心を結び、新たな豊かさを築きつづけます。」という企業理念に基づき、「企業理念の地道な実践を通じ、企業活動と社会・環境の共存共栄を目指します。」 という『双日グループCSRポリシー』を制定している。そして、CSRを企業理念の実現に向けた全社的な取り組みと位置付けて、重要な経営課題の1つとして推進している。

CSRの推進に当たっては、幅広いステークホルダーの期待や関心ならびに双日グループにとっての重要度を考慮し、次の4点を重点取り組みテーマとしている。
①サプライチェーンにおけるCSRの推進
②気候変動防止に貢献する事業の推進
③途上国、新興国の発展に寄与する事業の推進 ④社員一人ひとりが能力を発揮できる制度・環境の整備

推進の体制としては、広報担当役員である私が委員長を務める、社長直轄のCSR委員会において、CSRに関する基本的な方針、施策の議論をしており、企業理念を踏まえて、企業活動全体の中にいかにCSRを組み込んでいくかということを推進の軸として取り組んでいる。また、CSRは非常に幅広い概念であるため、各担当営業部門や人事総務部、法務部等の関連部署を横断して取り組みを進めている。
CSR委員会の事務局は広報部CSR・環境課が務めており、諸活動のグループ内外への発信や、CSRの啓発活動、サプライチェーン CSRの推進、環境マネジメントシステムの運用、管理ならびに本社主導の社会貢献活動の企画、実行等を担っている。

取り組み事例として2点紹介したい。1点目は、中長期的に取り組んでいる人材育成に関わる取り組みである。CSR実践の根幹は社員であるため、社員の多様性を認め、成長の機会を提供し、課題があった場合にはそれを改善していくという企業文化の構築が重要と考えている。さらにグループ社員だけではなくて、未来を担う学生の方々に対する教育支援も継続して実施しており、具体的には双日国際交流財団、長岡禅塾、タンザニアでの就学前教育支援プロジェクト等を行っている。
2点目はサプライチェーンCSRに関する取り組みである。当社では、『双日グループサプライチェーンCSR行動指針』を制定し、社内外に対して、指針への理解と協力を求めている。
2010年度は約60社のサプライヤーに対して各社の取り組みに関するアンケートを実施したが、2011年度はこれに加え、海外の拠点やグループ会社のサプライヤーへと、対象範囲・地域を拡大し、アンケートならびにヒアリング等の実施を予定している。


三菱商事株式会社
執行役員
廣田 康人 氏

廣田(三菱商事) 
CSR推進の基本方針としては、当社の企業理念『三綱領』の中の「所期奉公」をよりどころとしており、現代では「事業を通じ、物心共に豊かな社会の実現に努力すると同時に、かけがえのない地球環境の維持にも貢献する」ことと解釈している。
また、2010年に発表した『中期経営計画 2012』では、継続的企業価値の創出を目標としており、経済価値の創出に加えて、環境価値の創出、社会価値の創出を目指していくことをうたっている。
さらに、2010年に『三菱商事環境憲章』を改定し、気候変動や生物多様性に対する取り組み、資源の持続可能な利用等にも努めることを示している。
推進体制としては、社長室会の下に環境・ CSR委員会を設けており、副社長が委員長を務め、年に2回、環境、CSR全般に関連する議論をしている。
さらに、当社では環境・CSRアドバイザリーコミッティーを設置しており、NGOの方や環境の専門家、CSRの専門家の方々からさまざまな意見を頂く場としている。
今後の取り組み課題としては、当社が重要と捉えている環境・CSRの課題を本業の中でどのように解決していくか、また、CSR 活動をステークホルダーの皆さまに正しく理解していただかなければならない昨今において、どのようにCSRの広報活動を行うべきかといったことが挙げられる。また、震災復興に関連して当社では継続的に義援金やボランティア派遣等の取り組みを行ってきているが、復興が次の段階に移ってきている今、どのような支援が望ましいかを検討している。

藤田(住友商事) 
当社の経営理念では、「常に変化を先取りして新たな価値を創造し、広く社会に貢献するグローバルな企業グループ」を目指すとうたっており、この理念に基づき企業として責任ある行動を実践すること自体が、当社グループのCSRであるとしている。つまりは、本業である事業活動を通じてわれわれが直面するさまざまな社会的課題の解決に向けて、社会的責任を果たしていくということであり、慈善活動や社会的な支援活動等にも注力しながらも、あくまでも当社グループの CSRは、本業に基軸を置いているということである。
取り組みの体制としては、CSR推進委員会と地球環境委員会を設けており、この2つの委員会で議論をして方向性を決めることとしている。CSR関連の業務は環境・CSR部が所管しており、社員に対するCSRの浸透活動などを行っている。

取り組みの実例としては、ボリビアでの鉱山開発事業において、環境面の配慮や、労働安全衛生面の配慮に加え、将来の閉山の後のことまで考え、人材育成やインフラ整備にも注力している。
社会貢献に関しては、奨学金や冠講座の実施等に加え、映画のバリアフリー化活動やジュニア・フィルハーモニック・オーケストラへの支援活動のようなユニークな取り組みを含め、数々の次世代人材育成事業へ協力している。また、東日本大震災の復興支援に関しては、「息の長い震災復興推進チーム」を設置し、息長く取り組んでいこうとしている。商社らしい貢献ということで、ビジネス上の機能を発揮しながら、しかし金もうけではない取り組みを推進すべく、いろいろな玉込めを進めている。
震災直後、当社の女性社員が乾電池や洗剤が現地で不足していると知り、「家にある物を皆で持ち寄ろう」とメールで呼び掛けたところ、会議室が1つ埋まるほどの物資が全社から続々と届けられるのを見て、舌を巻く思いをしたことがある。会社に言われるでもなく、このような取り組みを進める意識こそが、 CSRへの取り組みの根底にあるべきものではないだろうか。

田中(司会) 
ありがとうございました。CSRという言葉が日本に入ってくる以前から、各社の歴史の中で培われた、CSRの精神に根差した企業理念をベースとして、委員会等を中心に、本業を通じたCSR、および本業を越えた社会貢献、慈善活動等の取り組みをグループを挙げて実践されていることが伺えました。


2.CSR推進における認識課題


田中(司会) 
次に、各社において共通と思われるCSRの認識課題について議論いただきたいと思います。CSRは非常に広い概念であり、その推進に当たっては、課題も少なくないわけですが、本日は、3つの課題に絞って議論をしていただきたいと思います。1つ目はサプライチェーンCSRの取り組み。2つ目が社内やグループ企業に対する企業理念の浸透。そして、震災を契機にCSRをどのように考えるようになられたかという3点です。


⑴ サプライチェーンCSRへの取り組み


田中(司会) 
CSRは複雑かつ世界的規模の取り組み課題であり、単体での取り組みだけではなく、サプライチェーン全体において、それぞれの構成要員が主体的に取り組む必要があると思います。サプライチェーンにおける取り組みに関しては、ISO26000でも、特に人権を中心に、全体で取り組むことが推奨されておりますが、各社でどのような取り組みがされているかを伺いたいと思います。

赤松(伊藤忠商事) 
国際的に見ても、企業ならびに個人が常識的に行動できるレベルにまできていると思う。特に海外でビジネスを行う際には、サプライチェーンも含め、各社の行動規範に抵触していないことを常に確認しながら進めているのではないか。その中で、特に管理がうまく機能している事例に関しては、成功事例として一般に取り上げられているのではないか。ビジネスを行う際には、規範に沿うことを最低限としており、仮に抵触するケースがあれば直ちに是正する、という体制が日本企業においてある程度構築されていると感じている。


藤田(住友商事) 
住友商事グループでは、サプライチェーンCSR行動指針を定めており、サプライヤーをはじめとする取引先や事業パートナーに対し、本指針への理解、実践を求めている。現実的には、事業活動を行う場所・地域、文化、経済の発展によっても状況が異なるため、一律に規律を徹底することは難しいが、やはり各社員が、指針を常に意識し自分の行動や会社の行動を見直すということは不可欠であろう。
とりわけ総合商社は、世界中の国と競争をしながらビジネスをしており、その中でサプライチェーンCSRを徹底するということは、コスト高にもなり、競争力にも関わってくる。真剣に取り組むことで、犠牲になっているものも大きいとは思うが、各社ともCSRの重要性を認識し、高いレベルでの取り組みを行っているのではないかと感じている。


木下(三井物産) 
「地味でもやるべきことを泥臭くやり続けること」が大事だと感じている。当社では2008年にサプライヤー2万3,000社に対して、当社のサプライチェーンCSR取り組み方針への理解を求めるレターを出した。これが、当社社員や関係会社の意識改革にもつながるものと考えている。総合商社は事業対象、範囲が多岐にわたるため、広範囲の取引先に対して状況の改善を促すことができるし、その責任を担っているとも感じている。さらに一歩進めて、世の中を変えるくらいの意識で取り組むことが重要である。


双日株式会社
執行役員
花井 正志 氏

花井(双日) 
やはり課題としては、国内外の取引先等を含め、ある意味で価値観や文化が異なる立場であるサプライヤーの内側に踏み込んだ改善の取り組みであり、この点の理解を得ていかなければいけないことであろう。これは、社内に対しても言えることであり、例えば、各サプライヤーに対してアンケート、ヒアリングを実施するときに、社内からも「それ自体が取引に影響を与えるのではないか」との懸念の声が上がる。その際には「お互いに現状を認識し、行動指針に対する理解を共有した上で、持続可能なサプライチェーンを構築することが、相互の利益となるのだ」ということを説明している。木下さんのご発言のように、地道な取り組みを重ねるしかないと感じている。

廣田(三菱商事) 
例えば、国によって最低就業年齢も異なるし、子供が働くことによって家族を支える国・地域もある中で、サプライヤーをどのように扱うかということは非常に悩ましい問題である。ただし、そのような状況においても、自社として、児童労働は決してさせないという意識を強く持って取り組むことが重要だと思う。

貸谷(豊田通商) 
先ほどご発言があった通り、CSRの取り組みを徹底することで失っているものはある。取り組みが緩い企業と比較されると、やはり余分な労力、コストを要求しているとの印象を持たれてしまう。しかし、長期的な視点で考えると、持続可能な事業を展開していくためには、各社員の視点とモラルの高さを醸成し、その価値観を全体で共有していくことが不可欠であろう。


伊藤忠商事株式会社
代表取締役 専務執行役員
赤松 良夫 氏

赤松(伊藤忠商事) 
商社は過去のさまざまな経験を糧に、現在の倫理観を築いてきた。世界各地でさまざまな事業を展開し、いろいろな批判を浴びて、その反省を踏まえながら現在に至っていることもあり、トップが「高潔な倫理観」を説いたとしても、実感を持って受け入れられる。規範に反してまで利益を追求するかといったときに、経営陣は追求しなくていいと言えるようなレベルまできているのではないか。また、さらには、その意識を社員においてもおおむね共有できていると感じている。

田中(司会) 
ありがとうございました。総合商社がサプライチェーンCSRを推進することで、サプライチェーンの中にある各取引先の力が相乗的に働いて、世の中を変えていくことができるという意味で、これからも非常に重要な課題として推進していくべきだとあらためて認識しました。


⑵ 企業理念の浸透


田中(司会) 
次に、2点目の企業理念の浸透について、先ほどのご報告で、各社ともCSRの精神を基本として企業理念が構成されていると感じましたが、単体ならびにグループ全体を含めた企業理念の浸透について、各社がどのような取り組みをしており、またどのような課題を持っているのかということについて、お話を伺いたいと思います。

秋吉(丸紅) 
先ほどのサプライチェーンCSRの推進と同様に、やはり各個人の意識をどこまで上げられるかということが課題だと思う。そのためには、社長、会長をはじめとする経営陣トップが、正義を取るか、利益を取るかといった選択に躊躇(ちゅうちょ)なく、正義を取っていくという姿勢を貫いていくことで、その中で社員も正しい判断をできるのではないかと思う。単体のみならず、事業会社の社員、ナショナルスタッフまで含めると相当な人員を抱えているので、理念浸透を図るには地道な努力しかないという一言に尽きる。やはり継続的に、日常的に啓蒙活動を続けることが最大の効果を生むと考えている。

コンプライアンスや人権意識といった項目は、具体的な事例として理解しやすいが、 CSR全体として会社の活動にどのように生かしていくのかということは、最前線で日々の業務に追われる社員からすると、実感し難い。各社員の取り組みによって、どのような効果があるかという点についても、明示する方法を検討する必要があると考えている。

当社では、具体的には、経営陣と社員とのさまざまな対話集会や、新人研修において、 CSRの考え方を継続的に伝える取り組みを行っている。
当社の社是「正・新・和」の精神は非常にシンプルであることから、ナショナルスタッフには、そのまま日本語で、「正・新・和」を覚えることで理解してもらうようにしている。
また当社では、震災に関わるボランティアや、荒川の清掃、伝統文化の継承と地域社会への貢献を目的としたおみこし担ぎ等を行っているが、参加者からは、その体験を通じて社会の一員であることを認識したという感想をよく耳にする。日常のビジネスを行うだけでは、実際の社会とのつながりを実感する場面も少ないため、努めてCSRへの関わりを持つ機会を増やすべきと考えている。

木下(三井物産) 
経営理念の浸透に関しては、経営幹部や部長等からさまざまな、かつ一貫したメッセージを発信することが必要と考えており、この点は愚直に進めていきたい。
また、メッセージの受け手側の意識改革も重要であると認識しており、部門横断的なCSR活動に関する議論やボランティア参加の推進など、日々の業務とは異なる、CSRについて考える機会を提供する必要があると考えている。
加えて、対話を通じて第三者の意見も積極的に取り入れ、それらの意見を社内で十分に認識するとともに、第三者との議論を通して、あらためて自身の仕事が「良い仕事」かどうかを反すうするということも必要であろう。

貸谷(豊田通商) 
当社では、社長の交代に合わせて、「GLOBAL 2020 VISION」を策定し、現在、経営理念と併せてその浸透活動に取り組んでいるが、取り組みに当たっては、2つのキーワード「歴史」と「対話」に留意することとしている。
「歴史」とは、自社の歴史をひもとき、その成り立ちを知ることで自分たちのDNA、アイデンティティーは何であるかを考え、自分たちらしい仕事とは何であるかを意識しながらビジョンを捉えていくことが必要であると考えている。
「対話」は方法論であり、例えば、社長が国内外の社員と直接の対話の機会を持ち、社長の考えを自分の言葉で伝えていくとともに、社員も自分の言葉でさまざまな質問をして、会社としての考え方、自分たちの行動指針が何であるかを意識することが重要であると考えている。また、社内のみならず、関係会社やその他ステークホルダーとも同様の対話の機会を設けていきたい。


住友商事株式会社
執行役員
藤田 昌宏 氏

藤田(住友商事) 
当社では、トップがさまざまな機会を捉えて、国内外の社員に対して高潔な倫理観を持つべきであることを真正面から訴え掛けている。また、昭和まで行われていた、住友グループのルーツともいえる別子銅山の事業においては、閉山後には鉱山町の建物を撤去し、元通りの森に戻すという取り組みを行った。同事業に住友の事業精神の原点を見いだせるわけだが、現在ではマネジメント層をはじめとする社員を対象として、その精神を体感、再確認するべく、毎年別子銅山訪問を実施している。

赤松(伊藤忠商事) 
会社としてCSR推進に継続的に進化しながら取り組んできたので、経営理念も浸透してきているし、CSRに対する意識も強まってきている。ただ、十分に意識が醸成されている中でも、グループ全体では問題が起こり得る。その可能性をどのように最小化していくかということも課題である。常に正義を取るようにするためには、経営トップから浸透させてゆくしかない。

秋吉(丸紅) 
CSRというのは、そういった可能性を最小化できるような風土、文化の醸成事業ともいえるのではないか。

花井(双日) 
文化の醸成事業というのは、まさにその通りである。CSRの取り組みの理想形とは、個人にしろ企業にしろ強制力や義務感に後押しされてするものではなく、自発的に自然に取り組みがなされるという状態であろう。 
そう考えると、企業理念の浸透とは、一大文化の醸成事業であるため容易ではなく、それこそ愚直に、継続して、地道に取り組むしかないのではないか。

田中(司会) 
ありがとうございました。


⑶ 震災を契機にCSRをどのように考えるようになったか


田中(司会) 
3点目は、大震災が、CSRの中でもとりわけ社会貢献の在り方について考えるきっかけにはなったのではないかと思われますが、CSR全般についての考え方が変わったのか、もしくは変わってないのか。あるいは何か新たに考え直すきっかけになったのかという点について、お伺いしたいと思います。

花井(双日) 
CSRそのものに対する基本的な考え方が大きく変わったわけではない。ただ、社会、経済は、ますます多様化、多極化しており、また今回のような未曾有の震災により、われわれを取り巻く環境はグローバルな規模で激変している。そのような中、国際社会から求められる持続可能な企業活動を行うためにも、社会や環境の変化を企業活動の中に取り込むCSR活動の推進が極めて重要だという意識を新たにした。

廣田(三菱商事) 
今般の未曾有の震災を受けて、当社としてもさまざまな対応を行ってきたが、ボランティアの派遣などを通じて、社員のボランティアに対する意識の高さを再認識した。参加者からは、今後本業を通じて継続的な支援をしたいとの声も上がっている。2011年を「企業ボランティア元年」と位置付けたい。
また、地域の復旧・復興を考える上で、行政やNGO・NPOの力をあらためて実感した。今後こういった活動をする上で、協働の可能性についても考えるべきであると感じている。
復興に関するグランドデザインが描けていない中で、商社による貢献の可能性は不透明であるが、今後は、産業復興や事業復興、あるいは雇用創出等に対する貢献の在り方についても検討していきたい。

貸谷(豊田通商) 
先ほど、持続可能な事業を展開することが世の中にためになるという話もあったが、いざというときに備えて早期の復興を助けるための仕組みづくりを準備しておくことがわれわれの責任であるとあらためて感じた。

田中(司会) 
ありがとうございました。CSRというのは、企業が社会の中でどのような存在意義を持ち、役立っていくのかということを組織全体で考える、解のない課題だと思います。本日のご議論を伺い、商社のCSR推進においてはさまざまな課題があるものの、商社がグローバルに影響力を持ち、世の中を変える力があると同時に、大きな責任を有することから、これからも継続的に「商社らしいCSR」を推進していくことの重要性を考えさせられました。

個別の具体的課題につきましては、日本貿易会のCSR研究会で引き続き議論し、個社の経営陣にも提案してまいりたいと思います。
本日はどうもありがとうございました。

【参考】
本稿で紹介された各社事例等の詳細に関しては、以下の各社HP(CSR・環境関連ページ)をご覧ください。
伊藤忠商事㈱: http://www.itochu.co.jp/ja/csr/
住友商事㈱ : http://www.sumitomocorp.co.jp/society/index.html
双日㈱ :http://www.sojitz.com/jp/csr/index.html
豊田通商㈱ :http://www.toyota-tsusho.com/csr/index.html
丸紅㈱ :http://www.marubeni.co.jp/csr/
三井物産㈱ :http://www.mitsui.com/jp/ja/sustainability/index.html
三菱商事㈱ :http://www.mitsubishicorp.com/jp/ja/csr/

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