米国新大統領誕生 これからの日米関係と世界経済

双日米国会社 ワシントン支店長吾妻 浩二
丸紅米国会社 ワシントン事務所長今村 卓
北米三菱商事会社 ワシントン事務所長江口 豪
豊田通商アメリカ 顧問豊田 博
米国三井物産株式会社 ワシントンD.C.事務所長堀 晋一
伊藤忠インターナショナル会社 ワシントン事務所長三輪 裕範
米州住友商事会社 ワシントン事務所長堂ノ脇 伸(司会)

1.米国新政権と2017年の世界の政治経済の行方


米州住友商事会社 ワシントン事務所長
堂ノ脇 伸 氏

(1)大統領選挙結果に対する感想

堂ノ脇(司会 /住友商事)
ご存じの通り、米国大統領選挙は共和党のトランプ氏が選出されたが、今回の大統領選挙の結果について、皆さまからのご感想をいただきたい。この結果は大方の予想を裏切る形だったかもしれないが、事前予想が当たらなかったさまざまな分析も踏まえ、ご意見、ご感想をお伺いしたい。

江口(三菱商事)
「トランプ・タブー」なるものをわれわれ自身もこのワシントンで実感したのではないか。トランプ氏の掲げる政策に賛同するか否かはともかくとして、彼が当選するのではないかと予想すること自体がはばかれる空気が、少なくともこのワシントンD.C.にはあった。

例えば世論調査で、対面インタビューに答えるものについてはクリントン氏が優勢であったが、自動応答やインターネットを通じて匿名で回答するものについては、トランプ氏が優勢と出ていた点にも表れている。投票ブースに入って、完全にプライバシーが確保された状態では本音が出てくる。これを称して「クローゼット・アナキズム」(closetanarchism)と表現する人もいた。要は「押し入れの中の無政府主義」で、「隠れトランプ」も「サイレント・マジョリティー」も基本的には同じことを指しており、このような層が想像以上に多かったのが、事前の予想が覆された大きな要因の一つであったのではないか。

堂ノ脇(司会)
キャンペーン中に女性蔑視的な発言をしたトランプ氏に対して、トランプ支持を表明できない女性票も結構あったのではないかということは確かにいわれていた。もう一つは、このワシントンの 90%以上はクリントン氏を支持したということになっていたと思うが、この町にいるだけでは見えない米国もあることをあらためて痛感した。

豊田(豊田通商)
「羊として100年生きるよりもライオンとして1日生きた方がマシだ」とトランプ氏がツイートしたムッソリーニの言葉が支持者の心をつかんだ、といえる。白人労働者の失業率は8%であり、その他に職探しをしていない人たちが16%いる。これを両方足すと24%、つまり4人に1人は仕事をしていないか、仕事も探しておらず、経済的にも苦しい状況にある。黒人やヒスパニックは政府の保護を受けて生活水準も上昇しているのに政治家は自分たちのことに関心がない。2042年には白人が過半数を割ってしまう見通しであり、自分たちは一体どうなってしまうのかという不安と閉塞感の爆発がトランプ支持に回ったと考えられる。

三輪(伊藤忠商事)
確かに今回トランプ候補が勝った理由としては、やはり低学歴で大学を卒業していない白人労働者層の不満が一番大きかったと思う。移民たちによって仕事が奪われてしまう一方で、移民が自分たち以上に手厚い保護を受けているという意識がある。もう一つは、「ポリティカル・コレクトネス」(政治的・社会的公正さ)がうるさく言われるため、かつての米国であれば発言できたことが、今は社会的な制裁を受けるため発言しにくくなっている。そういう重層的な不満に対して、トランプ氏が非常に上手にその点を突いたといえるだろう。

もう一つ申し上げたいのは、白人でも労働者階級がトランプ支持者のコアであったことは間違いないが、ただ単にその層だけで終わっていなかったということである。白人の中でも中流階級、あるいは一部上層階級の人たちにも、トランプ候補に共感するような動きがあった。そういう意味では、むしろ大きな意味での「白人の反乱」と捉えることができるように思う。


米国三井物産株式会社 ワシントンD.C.事務所長
堀 晋一 氏

堀(三井物産)
トランプ氏が勝利した直接原因は99票を保有する6州で逆転したことであるが、今回明らかになったのは主要メディアと有権者との間に、大きな認識のギャップが広がっていたということ。新聞などのメディア200社が民主党優位を報道する一方、5〜6社程度、しかもそのうちの多くは小規模なメディアが共和党を支持しながら報道していた。メディアが民意を的確に把握していないことが露呈する結果となり、その役割が相当低下したと言える。一方で、トランプ氏はSNSを積極活用し、短く、感情に訴える言葉で有権者への直接発信を続けた。

トランプ氏支持が広がった背景には、社会的格差の広がりもある。OECD調査によると、米国では1975年から2007年までの約30年間に増えた国民全体の所得の80%が、全人口の10%の富裕層に流れ、特にリーマン・ショック以後に急速に広がっている。Winner Takes Allの構造の結果、国民の不満や怒りはエリート・都市部・ワシントンの政治に向けられたともいえる。トランプ支持者は、白人、50歳以上で、低学歴といわれている。多くは製造業・石炭業・農業が主たる州に住み、雇用喪失・所得低下→いら立ちを感じているが、その変化の要因は 1)技術革新(=生産性向上で雇用喪失)、2)グローバリゼーション(=雇用が移転)、3)人口動態の変化(=白人の相対的地位低下の恐怖感)、4)脆弱な教育・職業訓練制度(=教育不足・スキル不足で就労機会があるにもかかわらず変化に適合できない)とみられている。産業や社会が構造変化をしていく過程で取り残される人はいつの時代でもいたわけだが、トランプはその不満を今回の選挙でうまく利用したといえるのではないか。

堂ノ脇(司会)
ご指摘の通り、確かにトランプ氏を支持した層は従来の共和党の支持層とは少し異なり、トランプ氏が新たな支持基盤を掘り起こしたことが非常に特徴的であった。その一方で、クリントン氏がいわれたほどの支持を集められなかった部分もあった。

やはり同じ党が政権を3期以上にわたり支配したのは、戦後1回の例外を除いてはこれまでなく、オバマ大統領が過去8年間にわたり進めてきたリベラルな政策に対する危機感、ちょっと行き過ぎたリベラルに対する危機感が逆ばねになったことも背景にはあったのではないかと思う。

吾妻(双日)
大統領選挙制度に関しては、選挙後にそれも負けた民主党の一部から見直し議論が出ているものの、少なくとも現時点では各州の選挙人獲得総数で勝者が決定されるので総得票数(ポピュラーヴォート)の分析はあまり意味がないが、あるデータによれば今回、共和党の支持層の 90%がトランプ氏に民主党の支持層の89%がヒラリー氏に投票している。これは、固定層の比率に過去と比べて大きな変化がなかったということを示している。オバマが闘った過去 2回の選挙では無党派層がオバマ氏の理想を語る姿に魅了され民主党票が大きく増加したといわれている。ただ、そもそもこれは民主党票でなくオバマ氏独自のキャラクターにより獲得できた票だったのに、民主党の基礎票だと陣営が見誤ったということも敗因の一つではないだろうか。これらオバマ固定票は、今回の選挙では家で寝ていて棄権したのかもしれないが、その一部がトランプ氏の語る本音に魅了されトランプ氏に投票したのが幾つかの接戦州を僅差での勝利に導いたのではないかと思う。どちらにも流れる無党派層をトランプ候補が目覚めさせて獲得した。すなわち「ポリティカル・コレクトネス」に辟易し、そんなことよりも自分たちにとって大切な収入や待遇、さらにはプライドを支え・改善してくれるのはトランプ氏だと考えた層の多くが今回は投票所に足を運んだことが、低い投票率の選挙に大きな影響を与えたということではないだろうか。「チェンジ」を叫んだオバマ大統領があまりに理想に走り過ぎた中で、そのオバマ氏を「チェンジ」させると叫んだトランプ氏に固定票以外の票が多く流れたため、僅差でトランプ候補が勝てたのではないか。また、勝敗を分けた接戦州の幾つかは非常に僅差であったが、最後の最後までドブ板を続けたトランプ氏の粘りとヒラリー陣営の油断の差という選挙の鉄則を守ったかどうかも結果に影響を与えた大きな要因だったと考える。


丸紅米国会社 ワシントン事務所長
今村 卓 氏

今村(丸紅)
今回、逆転が起きたのはわずか6州で、それがいわゆる「ラストベルト」(米国中西部の脱工業化が進む地域)といわれる地域に集中している。先ほど吾妻さんのお話にもあったように、勝敗を分けたのは、まずクリントン氏の方は、たぶん黒人層ではないか。この層の投票率が低かったという話がある。オバマ大統領に過去2回投票した層を民主党の支持層とやや勘違いしてしまった。

それから、逆転6州に関しては、他の州では白人の労働者階級はもともと共和党の高い支持になっていたため、この6州は民主党の支持基盤であった。実は2008年、2012年もオバマ大統領に投票しており、この層が最もオバマ大統領への期待を裏切られたというふうに感じ、大きくトランプ氏に流れた層である。オハイオ州、それからアイオワ州では当初から今回はトランプ氏が獲得するという評価であった。

豊田(豊田通商)
この医学が進んだ時代に白人労働者(45-54歳)の死亡率が上がっている。米国内のヒスパニック、黒人ではこういう現象は起きていない。また米国以外の国でもこのような現象は起きていない。自殺と薬物中毒と肝硬変がものすごく増えていて死亡率が高い。そういった意味では、この現象はソビエト連邦崩壊後のロシア人の絶望に似ている。

今回の選挙はラストベルトの白人労働者の反乱といわれるが、地方都市・農村による反乱と捉えるべきかもしれない。過去2回の大統領選挙で民主党と共和党が1回ずつ勝ったスイング・カウンティ(郡)は今回95%のカウンティが共和党支持だった。トランプ氏はオバマケアの廃止と年金支給開始年齢の据え置きを公約した。オバマケアで近所の医者が廃業し、医者に診てもらうのに1-2時間も運転しなければならなくなった。年金支給開始年齢を引き上げるというけれど、寿命格差は5歳から15歳に広がっている。地方都市・農村の人にとっては、大都市に住むエリートが大都市にばかり注目して自分たちは忘れられている、と感じているのではないか。こう考えると、これはブレグジット(英国のEU離脱)と同じ状況である。地方の人にとっては、「どうも最近のカルチャーにしても、新しい産業にしても、都市中心で、俺たちは面白くない」という思いがあるのではないか。英国・米国にとどまらない現象かもしれない。

三輪(伊藤忠商事)
それぞれの州の中でも、カウンティ(郡)による違い、あるいは都市部と田舎の対立によって、同じ州の中でもトランプ氏に対する支持率が全然違っている。トランプ氏が勝った州でも、都市部はクリントン候補の方が強かった。選挙分析をするときも、単に州だけではなく、細かくカウンティ、あるいは、もっと下の行政レベルまで見て分析する必要がある。

堂ノ脇(司会)
そういう意味では、収入の格差、地方と都会の格差、意見の対立という、米国社会に内包している問題が、この選挙戦を通じて非常に明らかな結果となって表れた。また、連邦議会選挙も行われ、下院の場合は共和党が議席を幾つか失いつつも、引き続き過半数を維持し、上院では民主党の逆転も予想はされたが、結果的には共和党が過半数を維持した。これによって 6年ぶりに政権と連邦議会のねじれが解消した。しかし、上院の共和党のフィリバスターを阻止できるだけの60議席には至っておらず、全ての法案を自在に可決できる状況ではない。それでも政権の運営上、共和党議会とトランプ政権とが手を携えればスムーズに進められる環境になった。

⑵ 新政権の国内経済政策

堂ノ脇(司会)
続いて新しい政権において今後、国内経済政策の面で、どのような取り組みが見られるのかご意見を伺いたい。現時点では具体的な政策の提示はそれほど出ておらず、予測はおそらく困難であると思われ、2ヵ月後にまったく内容が変わっている可能性も無視できない部分もあるが、ご意見を伺いたい。

江口(三菱商事)
選挙期間を通じてトランプ氏が一貫して主張していたのは、安全保障面であっても多国間の通商協定であっても、国際的な枠組みの中で米国が十分なリターンを得られていないとする考え方である。米国が高い理想を掲げ世界をリードするといった国の「在り方」や「理念」に重きは置かれず、狭義の「国益」の追求を最優先すべきとする考え方であり、これを体現するスローガンが「アメリカ・ファースト」となる。どの大統領も就任早々は内政を優先するのが常であるが、トランプ氏はこれまで以上に、自らの支持層の期待に対していかに応えるかという点に注力するものと思われる。トランプ氏が掲げているインフラ投資やエネルギー政策を通じて、どのような形で、例えば「ラストベルト」の支持層に対して利益還元を図っていくのかという点に注目している。

堀(三井物産)
米国経済が抱える問題は低成長と格差。その中で今回トランプ氏が言及している税制改革と規制緩和、インフラ投資は、経済成長面からは短期的にはポジティブに評価できる。これを反映して株価やドルも高い。ただ国としての財源をどこに求めるか、という問題があり、バランスシートが毀損していくリスクはある。また、所得税減税は高所得者への恩恵が多く、低所得者への恩恵はタックスクレジットを合わせてもそれほど大きくないとみられ、格差はむしろ広がるとみられる。貿易政策が最終的にどこに落ち着くのかによって、雇用、賃金含めた生産性と国としての競争力が決まってくるのではないだろうか。

吾妻(双日)
各個別政策を想定・検討するに当たっては、大統領権限だけでできるのか、可能であっても議会との関係や、その調整を含めた時間軸に今後注視する必要があると思う。行政訴訟が頻発しているオバマ大統領のような大統領権限の利用方法は別として、EPAを廃止したり石炭利用などの規制緩和等は大統領権限だけでも一部できることはあると思うが、例えば再生可能エネルギープロジェクトより石炭利用プロジェクトを優先するとした場合、既に開発が始まったり稼働を開始しているプロジェクトでは雇用が既に発生しているケースもあるために現実的にそれを本当にやめられるのか、やめて総合的にメリットが出るのかという点も今後吟味されるのではないかと思う。また、連邦政府が大きく規制緩和に舵かじを切ったとしても、各州が独自でより厳しい環境規制を制定しているケースもあり、単純な規制緩和だけでなく他施策との組み合わせでプロジェクトごとの対応が必要になってくるのではないだろうか。共和党はもともと「小さな政府」を志向しており財政出動には消極的であり、トランプ氏自身もエネルギー関連の投資に関しては「民間資金の投入を促す」と言っているが、その実現性がどれぐらいあるのか、どのタイミングでなされるのかを見極める必要があると思う。エネルギー関連を含むインフラ投資は資金回収が長期にわたるために、法案や政策の実現性に疑義があったり、政策が中途で変更されるのではという不安感が払ふっ拭しょくできなければ民間からの資金投入は容易に進まない可能性がある。これらの情勢が判明してこないと全てがトランプ氏の思惑通りに進むかどうかは現時点では判断しづらい。他方、財政出動が期待される道路・橋・空港等のインフラ投資に関しては、バイ・アメリカン規制が緩和されるような方向性が出てくれば日本企業にもチャンスが出てくると思う。


伊藤忠インターナショナル会社 ワシントン事務所長
三輪 裕範 氏

三輪(伊藤忠商事)
国内政策としてはインフラ投資を増やす、環境問題についてはもう少し緩和するなど、一般的な方向としては、トランプ氏はそういうことを進めたいと考えていると思う。ただ、トランプ政権として、トランプ氏の周囲の側近はこれらを政策としてどう進めるかほとんど詰めていない。どこから財源を持ってくるのか、そんなことはまったく何も現時点では考えていない。

ただ大きな方向性として、トランプ減税はレーガノミクスに似ている。しかし、トランプ氏が考えているように減税によって企業活動を活発にして税収を増やすことができるかどうかは分からない。

トランプ氏の国内政策では、やはり移民問題とテロ対策が重要だと思う。今までの人事を見る限りは、これらの問題には相当やる気があるように思えるが、実際問題として、本当にメキシコとの間で壁を造れるのかどうかは分からない。

堂ノ脇(司会)
移民政策については、1,100万人ともいわれる不法移民のうち、初めに、過去に犯罪歴のある300万人を強制送還するとしているが、その300万人をどのように特定するのかという課題もある。加えて選挙期間中はイスラム教徒の一時入国禁止や、今言われた壁建設の話などについて言及していたが、大量の移民を強制送還すれば、その人たちが携わっている米国内の労働力がそのまま消え、経済的に本当にプラスなのかという疑問もある。インフラについても、5,000億ドルの民間資金を活用すると言うが、空港、港湾、その他いろいろあり、例えば道路の補修に民間資金を集めてこられるのか、そこで採算性のある仕組みがつくれるのかという疑問も否定できない。

一方で減税を挙げているのであれば、例えば国債を発行することで資金調達することになれば、当然のことながら長期金利が上昇してしまう。上昇すればインフレを招き、逆に景気後退が生まれてしまう懸念もある。


豊田通商アメリカ 顧問
豊田 博 氏

豊田(豊田通商)
最初にトランプ氏は経済成長率を現在の2%から4%に上げ、その手段として大幅な減税とインフラ投資をするという。しかし、今年の米国の生産性の上昇率は、マイナスになる見通しである。設備投資が増えないのは、イノベーションが枯渇しているという説もあるし、逆に規制が強過ぎて新規企業の参入が少なく、むしろ退出の方が多いためという説もある。では成長率を押し上げるもう一つの労動力はどうかというと、米国の出生率は1.86人であるため、国を閉じていると労働力は減少し、経済が成長しない。要するに生産余力は限られており、トランプ氏のようなリフレ策をとると、非常にインフレ的になりやすい。インフレ的になったときに、FRBが金利をさらに引き上げるとドル高が進行してしまう。レーガン政権の時代、1980-84年にドルが40%上昇し、ドル建てで借りていた中南米の政府がデフォルトして、中南米危機に陥った。それと同じことが起こるのか。それとも、トランプ次期大統領が、金利を上げると景気が悪くなると言って、金利を上げさせない場合、FRBはインフレに甘いと受け取られ、賃金と物価が上昇し、ドルは逆に下落するという1970年代後半の世界に戻るのか。

トランプ氏がリフレ策を実施するには、議会で法案を通さなければならない。下院は共和党多数であるもののライアン下院議長は税制改正について国境調整税を含めて独自の考え方があり、上院の方は共和党議席数がフィリバスターを防ぐ60人に満たないということで、なかなか実現が難しい。しかし、トランプ氏は共和党首脳の反対を押し切り、独自の戦略とやり方で当選してしまい、議会の共和党もトランプ氏に敬意を払い、その要求にある程度従わざるを得ない状況にある。

堂ノ脇(司会)
トランプ氏の訴えている政策は、共和党の従来の本質的な理想と必ずしも一致してない。そのため、議会共和党がトランプ氏の行き過ぎた政策に対するけん制の役割を果たしていく可能性があるのではないかと期待している部分はある。

今村(丸紅)
選挙が終わってから株価は急上昇している。予想もしなかった展開になっているが、少し前までいわれていたのは、米国経済は長期停滞に入っているという話で、設備投資は誰もしない。低金利、低インフレ、低成長の中の低い循環の中にはまり込んでいる。これを打ち破らなければいけない。そこに出てきたトランプ氏の政策が一瞬の期待をもたらしている。

しかも出てきている政策はちょうど民主党と共和党の政策が混在した政策である。トランプ氏はかつて民主党に属していたこともあったためなのか、まったく共和党の伝統にとらわれていない。もしインフラ投資などで雇用が増えるのであれば、実はイエレンFRB議長が期待していた「ハイ・プレッシャー・エコノミー」になり得る。現在の米国のはまり込んでいる停滞に対して、それを大きく壊すという意味での期待が膨らみ現在の株価に表れているが、問題はこれらの政策があまりに荒っぽく、財政赤字が4年後には10%になるという予測もある。

それからもう一つ気になるのは、大型減税やインフラ投資がつまみ食いに終わった場合に、労働者階級に対する有効な政策がないということである。そのときに労働者階級がトランプ氏に何を一番求めるかといえば保護主義である。メキシコへの制裁関税、不法移民の強制送還の話、メキシコの壁をフェンスに変えるといった、このあたりの話が現実味を帯びる可能性もある。

堂ノ脇(司会)
いわゆるアドバイザーの中に本当に純粋にいわゆる経済学者といわれている人がいないという懸念材料もある。今村さんが言われた保護主義的なものは最後に行き着いてしまう可能性があるということで、いきなり前面に出てくるということはおそらくないという見方でよいのか伺いたい。

今村(丸紅)
今のところ政策ブレーンたちは、「フリー・アンド・フェア・トレード」と言っている。彼らによれば、今の米国と中国やメキシコとの経済関係は「アンフェア」。制裁関税は最後の手段であり、まずは「アンフェア」なメキシコや中国と交渉して「フェア」な関係に修正できればよい、交渉で修正できれば制裁関税など不要という。TPPがどうも「生贄」になってしまっている。

堂ノ脇(司会)
トランプ氏も保護主義というよりは、要はフェアにやろうということで、別に自由貿易そのものを真っ向から否定している立場ではないと私も理解している。

三輪(伊藤忠商事)
トランプ氏の行動を見るときに、何がキーワードになるかと言えば、その一つは「ディール」(Deal)であると思う。それともう一つは「アンプレディクタビリティー」(Unpredictability)であり、この二つが彼の今後の行動を見るときに非常に重要になってくると思う。

彼はこれまでディールの世界で生きてきた。ディールとは、基本的には個々の取引の中で、いかに自分にとって利益を最大化するかということが重要であり、全てのことは交渉事である。良い言い方をすれば、とてもフレキシブルであるが、悪い言い方をすれば、そこには原則や自身の信念のようなものは何もない。一つの交渉の中で、どれだけ自分が最大の利益を得られるかということが最も重要な判断基準になる。

例えば日米安保の話にしても駐留経費にしても、日本とは同盟関係をきっちり維持しなければいけないということよりも、むしろ駐留経費を一つの個別の問題としてとらえ、彼らが思うフェアなことを日本に対してやらせることができるかどうか、いかに自分たちにとって利益があるか、そういう意味でのフェアを追求していくと思う。日米同盟にしても、日本政府が今までと同じような考えでトランプ政権に対処していくと、「トランプショック」のような形で、何か裏切られたと思うようなことも今後出てくるのではないか。


北米三菱商事会社 ワシントン事務所長
江口 豪 氏

江口(三菱商事)
共和党の中には今三つの緩やかなグループがあるといわれるが、一つが伝統的な共和党の価値観を重視するグループ、一つが右派の茶会派、そしてもう一つが右・左の議論の中で位置付けることが難しいトランプ派である。減税と財政支出を柱としたトランプ氏の経済政策は、既に連邦政府債務が20兆ドルに膨らむ中で、伝統的に「小さな政府」を志向する保守派の反発を招く可能性が高く、同じ共和党内でも政治力が問われることとなる。一方、インフラ投資については、クリントン氏の公約にも入っていた通り、むしろ民主党の政策との親和性が高いという点において大変興味深い。

また、トランプ氏の掲げるエネルギー政策にも強い関心を持っている。キーワードは「規制緩和」であり、国有地の開放や許認可の簡素化・迅速化等がポジティブな要因として捉えられる。しかし、エネルギー業界にとってトランプ新政権の世界はばら色なのかというと、もう少し注意深く見ていかなければならない。LNG輸出にも関わるポイントであるが、米国内のガス価格を低く抑えることで、製造業の米国回帰を促し、「ラストベルト」を復活させていくというのが基本構想であるとすると、LNG輸出に関わる政策動向についても今後注視していく必要があろう。また、トランプ氏のエネルギー政策、特に環境関連で、公約通り大幅な規制緩和が実施される場合には、これに対して反発が強まることも十分に予想されるのではないか。

堀(三井物産)
トランプ氏のエネルギー政策は基本的には化石燃料に対して追い風ということであるが、石炭への回帰が起こるのかというと、やや疑問がある。トランプ政権は石炭産業に対する一定の配慮を政策に織り込むであろうが、石炭は既に経済性の観点から、競合するシェールガスと比べて価格競争力が相対的に弱まっており、石炭の単純回帰の動きにはならないのではないか。石炭輸出がどう展開していくかも注視する必要がある。

一方、江口さんが言われたLNG輸出に関わるが、米国からメキシコへのガス輸出が過去最高量となる中、輸出が寸断されればガス価格が3割下がるといわれており、米ガス掘削事業やパイプライン事業にも影響が出てくる。製造業回帰と化石燃料関連事業復活のバランスをどう取っていくかもポイントとなる。

またトランプ氏はNAFTA再交渉をうたっているが、仮に対米輸出への課税が強化されるとメキシコの製造業は相当影響を受けることになる。メキシコの輸出のうち81%が米国向け。輸入のうち47%が米国から(共にトップ)。米国側から見ると輸出の18%がメキシコ向け(カナダに次ぐ2位)、輸入のうち14%がメキシコから(中国、カナダに次ぐ3位)。メキシコからの輸入のうち25%が自動車、既に相当な相互依存が進んでいる。自動車産業しかりで、Detroit-3が最もNAFTAで恩恵を受けている。メキシコからの部品輸出(=9割米向け)に関税をかけられると米自動車全体の競争力が落ち、雇用にも影響してくる。同産業分野にはトランプ支持者も多いといわれているが、彼らに打撃が及ぶと予想される。

日本企業もメキシコでの製造を行っているが、より大規模にメキシコで製造を行っている米企業の方が大きな打撃を受けると予想される。


双日米国会社 ワシントン支店長
吾妻 浩二 氏

吾妻(双日)
先ほどから言われているインフラ投資には、財政出動のために議会の協力が必要になる。トランプ氏が公言している投資額の規模感はかなり大きく、もともと「小さな政府」を志向する共和党がそれに応えられるのだろうかという点が気になる。十分に応えられない場合やその対応に時間を要する場合は、規模感の縮小やスピード感の鈍化に反比例してトランプ支持者の失望感も大きくなり、ブレやすい無党派層が反トランプに逆流する可能性も出てくる。他方、民間資金投入の必須条件は政策の安定感と政権への信頼感。私がロサンゼルスに駐在していた 2000年前後に発生したカリフォルニア電力危機がいい例だ。電力市場の自由化による混乱が大きな要因といわれていたが、具体的には送配電の仕組みや売電価格の設定方法を試行錯誤的に頻繁に変更したために、発電所と送電設備への新規投資に各社が二の足を踏む結果となり、それを解消するための規制緩和や行政支援が滞ったことから長期にわたり電力不足の状態が解消されなかった。米国であってもルールが頻繁に変わったり政策が不安定・不確実になれば民間の不信感を助長し、民間資金をなかなか呼び込めない状況が危惧される。そうなれば雇用も発生しないし米国経済も発展しない。トランプ氏がどこまで政策を本気でやろうとするのか、単に選挙期間中限定の票集め目的のスローガンだったのか、彼が 4年間でやりたいことを無理にでも成し遂げようということなのか、等の彼の本心・意図と議会を含めた周辺との協調姿勢によって結果は大きく左右されることになると思う。過去の米国には一定の信頼感が存在したが、異例続きの選挙であったことのみならずトランプ氏個人の言動・行動に対する不安感の払拭が必須だと思われる。適正な人材の配置とマジョリティーを確保した共和党議会との協調による安定運営を期待したい。

豊田(豊田通商)
インフラについては確かに民主党と共和党は親和性があると言われたが、オバマ政権の 2016年度予算要求にはインフラ分野に今後 6年間で4,780億ドルを要求しており、民主党とトランプ氏のどちらとも大きな違いはない。しかし、トランプ氏の提案は投資に対する税額控除なので民間投資しか対象にしていないのが問題だ。

エネルギーについては、石油消費量が減少傾向にある。2005-14年で見ると、米国経済の成長率が1.5%であるが、石油消費量は1%減少している。エネルギー効率が毎年2.6%改善していることになる。中国でのエネルギー効率は年間4.6%改善している。中国の成長率が5%に低下した場合、中国の原油需要の増加はゼロになる。こうした需要面からみると、価格下押し効果は大きいのではないかと思う。

法人税減税については、要するに1986年以来の税制改革をしてくれるのであれば大きな効果が期待できる。ただ米国の大企業は、いろいろな税制をうまく利用して、実効税率は既に極めて低いという話もあるため、国境調整税の導入がなければ効果は限定的という説もある。逆に気になるのは、移民規制の方である。ビザの発給が厳しくなった場合に、ハイテク産業が非常に活動しにくくなる、潜在成長率も低下してしまうという懸念がある。

2.今後の外交政策と日米関係の行方

⑴ 今後の外交政策

堂ノ脇(司会)
トランプ新政権は内政重視であると考えられ、外交のスタンスに関しては、不介入主義、要するにビジネスマン的な発想で、自分たちの得にならないようなものには関知しない、地域の紛争は地域で解決してほしいぐらいの気持ちが顕著に見えるかもしれない。

従来、世界の警察官ではないというような発言もしており、そんな中で台頭してくる国とどう付き合っていくのかということが注目される。例えば対中政策については、安全保障面と経済面、両方で捉える必要があるかと思うがご意見を伺いたい。

私の印象としては、トランプ氏がアジア重視に消極的な姿勢が若干見え隠れしたことから、中国はこれを歓迎するように思えたが、閣僚へのタカ派の起用があれば、また警戒感を高めるのではないか。経済面で言えば、トランプ氏は中国を為替操作国として早期に認定するという発言をしており、若干の摩擦の懸念もある。

三輪(伊藤忠商事)
外交政策全般については、確かに印象としては孤立主義的アプローチでいくという感じはするが、これまでのキャンペーン中の発言を聞いていると、むしろ積極的に、テロ対策や軍事費予算を増加させる可能性もある。その意味では、干渉主義的外交政策にならないとも限らない。事と次第によって、あるいは地域によって、その辺を結構使い分けしてくる可能性がある。

特に中国に関しては、米中間で暗黙の合意のようなものができる可能性も否定できない。安倍総理が先進国首脳の中で最初にトランプ氏と面談した首脳になったこと自体は意味があるかもしれないが、小泉・ブッシュ時代のような個人的な信頼関係に基づいて日米同盟が運営されていくかといえば、必ずしもそうではないだろう。その点は厳しく見ていった方がいいのではないか。

日本と結んだ方が有利であると思えば日本を取るだろうし、中国と手を結んだ方がいいと思えば、中国とやるかもしれない。そこはまさに、「アメリカ・ファースト」であり、日米同盟があるからといって、全て日米同盟の枠中で中国や他国に対抗するという思考は取らないような気がする。

堀(三井物産)
議会の方針や諸外国との関係もあり、大幅な外交政策の転換はないだろう。ただ、基本的には多国間の協調というよりは、より2国間外交の色彩が強くなると思う。オバマ政権ほど伝統的同盟関係・協調外交を重視しないのではないか。結果として、米国の安全保障面、貿易面、民主的価値観の擁護者としての世界における役割は相対的に低下し、全体として米国の国際社会でのプレゼンスが低下する可能性がある。この変化はアンチグローバリズム・人種差別的主張を支持するトランプ現象や、世界の問題への関与を望まぬ国民の心情が高まっている点からも見て取れる。経済のグローバル化は、これからは地域や体制・課題ごとに結び付く部分的・重層的な形で進んでいくと想定されるが、そのような中で外交政策も 2国間中心に濃淡つけながら進んでいくのではないか。

対露外交については、議会にロシア強硬派・制裁強化を主張する議員も多く、ウクライナ問題やサイバー攻撃といったことが継続する中で経済制裁が簡単に緩和されるとは考えにくい。またイランとのJCPOA(核合意)を破棄するという話があるが、ロシアや中国との関係を勘案すると、慎重に進めざるを得ないであろう。

江口(三菱商事)
アジアに関しては、オバマ政権は「アジア回帰」を外交の基軸に据えたが、これは安全保障面と経済面を両輪として捉えており、後者については、世界経済をけん引する成長市場を米国としてしっかりと取り込むということに主眼があった。そしてそのツールとしての TPPであった。TPPについては、残念ながら選挙戦の中でスケープ・ゴートとなった感が否めないが、新政権がアジア回帰をも完全に否定し、政策転換を図るとは考えにくい。ただ、トランプ氏が ASEANや APECといった枠組みに対してもオバマ大統領ほどには関心を示さない場合、心配なのは安全保障面である。アジア地域に「力の空白」が生じる場合、そこに中国がどう出てくるか、また米中のはざまでASEAN諸国がどのような立ち位置を選択するかという点にも、注目しなければならない。

一方、中国からの輸入品に対して高率の関税を課すという公約については、報復が報復を招き、貿易戦争に至る危険性も指摘されており、グローバルに展開している米国企業にも当然影響が及ぶ問題となる。中国からの輸入品の値段が上がり、物価上昇を招くことで、国内製造業の競争力を削ぐことにもつながりかねず、選挙戦におけるレトリック、もしくは交渉におけるレバレッジとしてみるべきではないか。

吾妻(双日)
米国では新大統領と大統領の任命する political appointeeが変化の象徴だとすれば、変わらないものの象徴が政権を支える専門家集団である expertsである。これが日本で言う官僚に該当するのだが、米国では political appointeeは政府全体の文民職員である約 300万人の 0.1%にしかすぎず、さらにこれに加えて安全保障分野では約150万人の専門家集団である軍人が「変化しない象徴」として存在している。この軍人と文民専門家の総勢約 200万人によって構成される米国最大の官僚組織である国防総省を中心に日々の作戦と将来の安全保障環境における戦略の策定が政治的停滞をよそに進行しているといわれている。本年 2月に国防総省から 2017年度国防体制報告がなされ、その中で Five Evolving Challengesという目標が米国が直面する安全保障上の課題として三つに類型され定義されている。一番優先の課題は現在戦闘中である「ISIL」に代表されるイスラム過激派等とのテロとの闘いであり、次が特定地域における長年の課題であり脅威となる可能性のある posed threatと呼ばれる「北朝鮮」と「イラン」、さらにはThe great power competitionと呼ばれる「ロシア・中国」との大国間競争だ。すなわち、現在直面している危機と将来の危機、さらに現時点ではまだ留保できるような危機があり、一番戦わなければならない相手が「ISIL」で、2番目が北朝鮮とイランといわれる。まずはイスラム国との戦いに注力し、各国との協力関係の中で軍事力をいかに使っていくかを考えている。中国に関しては基本的には米国太平洋軍と日本で分担して対応、北朝鮮に対しては韓国と秘密情報交換協定を結ぶ等の日米韓の連携強化で対応等の軍事面での役割分担が太平洋軍の戦略として既に打ち出されているため、安全保障面で大きな動きがすぐにあるとは思えない。一方ロシアに対しては、例えばシリアに関して米国に協力するのであれば制裁を緩和するということも新政権ではあり得ると思われる。すなわち ISIL対策としていったんはシリアの安定を優先することでロシアの方針 (アサド政権の存続 )を黙認したり、制裁強化・緩和を他対立点とのカードとして交渉に利用する可能性はある。

豊田(豊田通商)
ロシアに対しては、トランプ新政権は強く出ざるを得ないと思う。ロシアはウクライナ東部、バルト海、東欧にも圧力をかけておりEUの強い懸念は米国にも伝わっている。ブレグジットの問題や移民・難民の受け入れ問題を抱えているEUを助けるためにもロシアに対して厳しい態度を取らざるを得ない。そこで目に入るのが日本の存在である。日本とロシアとの関係改善に米国も関与し、ロシアに融和的な態度を取りながら、シリア問題などの協力を引き出すことも考えているのではないか。イランとの「JCPOA」(イランの核問題に関する包括的共同作業計画)については、計画を順守しているかどうか、監視を強めつつ再交渉が必要なのかを見極めるのではないか。財務省の為替操作国の調査は 12ヵ国を対象にしているが、中国は最近、人民元の買い介入をしており、常識的には中国に対して為替操作国であると認定するのは難しいが旧ふるい法律を活用するかもしれない。気になるのが、イスラム国との戦いが泥沼に入ってしまい、米国の対アジア政策がおざなりになるという懸念である。中国が独自にいろいろと通商政策をはじめ独自に動き出さないか注目していく必要がある。

三輪(伊藤忠商事)
これまでトランプ氏が生きてきたような不動産の世界ではアンプレディクタブルである方が、交渉事という意味では有利である。おそらく、そういう自分のアンプレディクタビリティーを彼はこれまで非常にうまく使ってきて、大統領選にも勝ったわけである。

国内政策でアンプレディクタブルでは困るが、外交政策については、むしろそれを多用することになるだろう。同盟国に対しては不安を与えることになるが、もしも「ディールメーキング」が、彼の至上命題であるとするならば、これからもアンプレディクタブルであることの方が米国にとっては非常に都合がいい。その意味では、日米同盟も今後は変質していく可能性がある。

オバマ政権においては、外交政策は基本的にホワイトハウスが仕切っており、国務省の影響力はあまり大きくなかった。トランプ新政権では、その状況がさらに進むのではないか。最終的にはホワイトハウスが全てを決めてしまい、国務省や役人は言われたことをやるだけということになりかねない。

⑵ 日米関係の行方

堂ノ脇(司会)
次に今後の日米外交、日米関係の行方についてお話を伺いたい。クリントン氏もトランプ氏も共に TPPの交渉内容は不十分であるということで反対を示したが、議会に批准されるような見通しは現段階ではほとんどないと思う。一方、安倍首相はかなり早い時点でトランプ氏と面談し、私も個人的に知り合いの元国務省の方と話をすると、この件については非常に評価が高い。先ほど個人ベースの信頼関係は大きく影響はしないのではないかという意見もあったが、少なくとも日本の動き方には一定の評価も見られる。特に日米関係に焦点を当てて、今後の見通し等にコメントがあればお願いしたい。

江口(三菱商事)
日米関係において選挙期間中に特に日本側で話題となったのは、在日米軍の駐留経費負担問題や米軍の引き揚げ等に関わる発言であった。核武装の容認については、その発言自体を否定している。これらの発言についてどのように捉えるべきであるか、内政が喫緊の課題である中、これらの発言を強く支持してトランプ氏に投票した人がどの程度居るのかを考えると、おのずと優先順位は高くないのではないかと思われる。駐留経費の負担増はともかく、在日米軍の引き揚げに至っては、仮に政権発足直後から具体的な協議を始めたとしてもこれが実現するのは、トランプ政権がたとえ2期8年続いたとしても、それより後ではないか。これに時間と労力を費やして優先的に進めるとは考えにくい。

吾妻(双日)
トランプ氏がもたらした緊張感により、例えば安全保障面では過去のリアクティブな反応でなく、プロアクティブな動きを加速させようという雰囲気が日本では出てきていると聞いている。また、過去のように資金的な支援のみならず、アジア各国へのキャパシティ・ビルディングのようなソフト面での協力が一層加速してくると期待される。例えば過去マレーシアは、海上での揉め事に対して海上保安庁のような組織を持たないために海軍のみで対応していたが、日本の海上保安庁が協力して海軍とは別に海保を創設し軍事力ではない能力で対応させる組織をつくり上げてきた。この海の警察能力を持った組織の存在は、地域に緊張が発生した場合に急激なエスカレーションを緩和するという側面から非常に重要な役割を担っており、日本が蓄積したノウハウや技術を広めるという意味で、各国との普段の意思疎通という意味で大きな成果と捉えられている。今後このような動きをさらに加速し日本に近い東南アジア諸国に広げることで、例えば南シナ海のパトロールを各国で分担する等により周辺地域に実在する不安定な勢力の排除や牽けん制力の強化につなげていってもらえればと思う。そういった活動を通して、日本の存在が米国からみれば単に守ってやっているという意識からより頼もしい存在に変化すれば、安全保障面のみに限定されないより強固で信頼感のある日米関係が育まれることにつながると思う。

三輪(伊藤忠商事)
日米関係全般を考えると、今後は米国との関係をいかに取り扱うかが難しくなるのではないか。新政権が動き出せば多少は変わるかもしれないが、今までのトランプ氏の行動パターンや言動を見ていると、歴代の政権や大統領とは思考パターンが異なるように思う。仮に今の日米関係全体をウエットな関係とするなら、よりドライな関係になっていくだろう。今までも両国は国益に基づいた関係を築いてきたわけだが、今後はこれまで以上にそれぞれの国益を重視するドライな関係になると思う。「同盟」という言葉に安住していると、結構痛いしっぺ返しを受ける可能性もあるのではないか。米国新政権と十分なコミュニケーションが取れず、日本にとって非常に不利になるような一方的な行動や政策を打ち出してくることもあるのではないか。

堀(三井物産)
そういう意味では日米間の良い意味での緊張感は高まっている。ただアジアにおける中国の台頭、南シナ海の問題もある中で、日米関係において米国側から外交環境を損ねる理由はない。米国にとってもアジアの同盟国の中で、相対的に非常に安定している日本の安倍政権との関係がますます重要になってくる。日本側も経済・外交両面からの関係の進化を進めるべき。

堂ノ脇(司会)
米ロ関係の改善のハードルが高い中で、日本が求められている役割があるのかもしれない。要は、アジア外交、アジアの域内も含め、あるいは対ロという意味でも、日本に求められている期待感は、トランプ新政権においても継続してあるのではないかという気がする。ただ、今、言われたようなもう少し大人の関係に昇華して、進化していく可能性はあるのかもしれない。

豊田(豊田通商)
トランプ氏は「最後の決定をするときの最後の忠告を聞く」と言われるが、トランプ氏の著書を見ると、自分は最初の印象を大事にするという言葉もある。ホワイトハウスの中の力関係を探るのがこれから大事になる。

⑶ 今後の米国でのビジネス環境

堂ノ脇(司会)
最後に米国について、本格的な景気回復が本当に図られるのかどうか、これからの米国のビジネス環境をどのようにご覧になっているか、あるいは注目しているビジネス、産業分野についてご意見をいただきたい。これまでの議論の中で話題になった、インフラ投資、原油、シェールガスといった石油化学関係に対する期待感、さらには、再生可能エネルギーに対する風向きが変わる可能性、あるいはまた製造業が本当に米国に回帰するのかどうかというところも含めて、ご意見を伺いたい。

江口(三菱商事)
米国がパリ協定で掲げた目標を見直すことや、枠組み自体から実質的に脱退する可能性も否定できない。しかし、これによって再生可能エネルギー分野が著しく停滞するのかというと、技術革新が進み、今後さらにコストが低下していくとみられることから、経済合理性が担保される限りにおいては、引き続き再生可能エネルギーの利用促進にかじが切られる可能性もあるものと考える。米国議会は2015年末に、同分野における投資税控除と生産税控除の 5年間延長を可決し、立法化している。これには共和党の一部議員も賛成しており、撤廃するのは困難ではないかとみている。

堀(三井物産)
総論としては、減税/税制改革、規制緩和、インフラ投資などの政策を見ると基本はプロビジネス。エネルギー政策も化石燃料にとっては概ね追い風であろうが、再生可能エネルギーも大規模太陽光発電(いわゆるメガソーラー)は既に価格競争力を有しており、カリフォルニア州のように再生可能エネルギー推進の立場をとる州を中心に州レベルで独自の環境政策が推進されていくことになるので、必ずしも逆風ではない。

ガソリン需要を喚起するために、自動車の排ガス規制が制定されている「自動車燃費基準」(CAFE)を緩和するような話もあるが、州レベルの規制もあるので、実際的ではないだろう。石油ガス掘削に関する規制緩和についても、最終的に州レベルの規制がどこまで緩和されるのかがポイントとなる。ただ、規制緩和といっても4年後には、また元に戻る可能性は常に考えておく必要はあろう。既にグローバルでのsupply chainが構築されている中で、米国の競争力を低下させ、経済活動を停滞させる保護主義化の動きがこのまま進むとは考えにくいが、やはりNAFTA再交渉を含めた貿易政策が注目点。

吾妻(双日)
エネルギー関連では石炭焚きが州法で厳しく規制されているところも多いが、今後の政権のリーダーシップやエネルギー市場の変化によっては、この分野に強い技術を持つ日本のプラントメーカー等にチャンスが増える可能性があり期待したい。また、NAFTAは発効して 20年がたち、現状と整合性が取れない部分も出てきていると聞く。故に破棄はないにしても再交渉による修正はあり得るだろう。2nd/ 3rd tierやその周辺の素材関連産業にも大きな影響を与えることになるので、自動車産業全体の課題として今後の動きを注視していきたい。

三輪(伊藤忠商事)
日本にとっても、米国にとっても、トランプ新政権になったときのビジネス環境は、それほど悪くはないのではないか。その中で期待できるのはインフラ関係と防衛関係である。インフラについては、道路や橋などの老朽化の問題は昔からいわれてきたが、確かにいろいろな面で公共施設の劣化現象が目立つ。大きな経済効果を狙うという意味ではインフラ関係の裾野は広く、規模も大きいため、非常に期待できる分野ではないか。ただ心配なのは財源をどういう形に持ってくるのかという点である。

豊田(豊田通商)
私は自動走行車の規制がどうなるかということに非常に興味がある。現在の乗用車の稼働率は 1日1時間しか運転しないとすると、たったの4%にすぎない。自動走行車がライドシェアに使われるようになり、稼働率が8%になっただけで乗用車の保有台数は半分でいいことになる。とりあえずは長距離用のトラックが自動化された場合、誰が所有するのかが大問題になってくる。自動走行車の発展には規制の問題を克服しなければならないが、米国のハイテク企業はグーグルにしてもフェイスブックにしても、創業者が議決権株式を保有し、長期的な視点にたって経営できるし、政府への発言力も強い。

堂ノ脇(司会)
米国経済は自動運転技術も含め、新しい産業のリード役ということでの期待感が非常に大きかった。他方、今、挙げられたような企業の多くはどちらかといえば民主党寄り、クリントン政権を望んでいた。今回の選挙を通じて、トランプ氏がイノベーションに関しては言及がなかったため、今後こうしたハイテク産業に対してどのような政策を提示していくのか見えてない部分がある。ただ、引き続き、そこに対する期待というのはわれわれビジネスに関わる者としてはやはり注目していきたい。

堀(三井物産)
トランプ氏は ITや新技術に関する政策は具体的に言及していないが、選挙期間中には、新技術導入による社会の破綻や機械への過度な依存に懸念を示しており、人工知能(AI)も含めた技術革新に対する政府の開発支援が削減される可能性は懸念されるところ。

今村(丸紅)
結局、今回ある意味、ワシントンの政治が大きく否定されたわけであり、日本から進出してくる企業にしてみれば、8年なり4年に1度、政治が大きく振れる国だということは非常によく分かったわけである。そういう意味でいうと、米国は政治と経済の両方をしっかり見ていく必要がある。

堂ノ脇(司会)
冒頭にも申し上げた通り、選挙結果とともに、あらためて米国社会の抱えている社会的ないろいろな問題点が今回浮き彫りになった。これに対する抜本的な解決策が本当に図られてくるのかどうかは、これから注目されるところである。今村さんが言われたように、政権が変われば、いろいろな影響も出てくるということで、ワシントンの政治の動きには、これからより一層注目していかなければならない。

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