トヨタ自動車のロシアビジネスの現状と展望

トヨタ自動車株式会社
海外渉外部 主査 担当部長
西谷 公明

1. ロシアの自動車市場の動向


ロシアは資源が豊富であることや中間層が拡大していることから、当社としても将来の成長が期待される重点国の1つとして位置付けている。2008年のロシア国内の新車販売台数は300万台近くにまで達し、欧州ではドイツに次ぐ大市場になった。リーマン・ショック以降は需要が大きく後退し、2009年の販売台数は2008年に比べて半減したが、その後は緩やかに回復し、2011年には265万台まで戻している。
また、リーマン・ショックはロシアでの車種のニーズにも変化をもたらした。小型の低価格車やスポーツ・ユーティリティ・ヴィークル(SUV)の需要が高まる傾向が続いており、特にロシアは寒冷地である上に、広大で都市と都市の間に未舗装で未開の荒野やステップがまだ多く残されているため、SUV需要の高まりが顕著な傾向として認められる。


2. ト ヨタ自動車のロシアにおけるビジネスの動向


当社はサンクトペテルブルク工場(企画能力5万台)をロシアの主力工場と位置付け、第1段階として、世界戦略車である4ドアセダン「カムリ」を年間ベースで2万台ぐらい生産できる水準に達したところである。当社は「小さく生んで大きく育てる」という考え方に基づいて現地生産に取り組んでおり、サンクトペテルブルクでの生産についても、当面は年間5万台の生産を目標にして、市場の動向も見ながら時間をかけて育てていきたいと考えている。
一方、極東・沿海州のウラジオストクでは、三井物産と地場自動車メーカーのソラーズ社出資による合弁企業ソラーズ・ブッサン社の「ランドクルーザープラド」委託簡易組立事業の準備をしている。また、現地生産以外には、日本をはじめ、英国、トルコに加え、一部南アフリカの各工場などから、2011年はロシア向けに約12万台の完成車を輸出した。
当社はロシア国内において「トヨタ」、「レクサス」の2ブランドを導入し、カムリの他、小型車のカローラ、Rav4やランドクルーザーなどのSUV、そして高級車のレクサス・シリーズを販売している。当社の商品は、20-50代にわたる幅広い層から支持を頂いているが、核となる層は30-40代であり、中間層の中でも上位に位置する層といえる。最近は20代の若い世代にも購買層が拡大している点が特徴として挙げられ、また高所得者層の間では、レクサスの「ハイブリッド仕様車」にも関心の高まりが見られる。


3. ロシアでのビジネスの難しさ


ロシアにおけるビジネスの難しさには、まず行政当局の対応の遅さや手続きそのものの煩雑さが挙げられる。例えば、当社がサンクトペテルブルクに工場を建設した際、建設申請から許可を得るまでに1、2年という長いリードタイムが必要であった。
また、当社はモスクワにディストリビューターのオフィスを建設したが、用地取得の際、公道に沿った送電料」の支払いを求められるという事態に陥った。調べてみると、その土地が、いつの間にか、正体不明の幽霊企業に売却されていたという事実が分かった。
こうした問題の背景には、法律や制度の未整備というよりも、ロシア社会の未成熟さ、もしくは社会そのものが備える、たけだけしい野性とでも呼ぶべきものがあるのかもしれないが、私自身は、これもまたロシアの「個性」の1つではないかと受け止めている。困難に直面した場合にも、冷静かつ適切に対応することが肝要である。


4. ロシア現地生産における人材育成・調達の取り組み


ロシアに限らず、当社は現地人材を育成し、最終的には現地人主体の経営を目指しており、ロシアにおいても他国での現地生産に劣らない、当社がグローバルに期待する生産工程・技量の基盤を固めつつある。
ロシア人は勤勉であり、マネジメントクラスや班長クラスに対しては、英語でのコミュニケーションを基本的なルールにしている。また、「QC(品質管理)サークル」、「創意工夫活動」、「現地現物活動」という教育を日々実践し、欧州・日本で開催する研修プログラムにも優先枠を設けて参加させている。最近も、マザー工場である豊田市の元町工場においてロシア人従業員の集中研修を行い、カムリ新型車への初めての切り替えをスムーズに行うことができた。
操業当初にはロシア製部品の品質にバラつきが目立ったため、現地調達はシート、ガラス、バッテリー、タイヤの4 品目に特化して行ってきた。しかし、厳しい円高環境も踏まえると、今後は現地人材の育成だけでなく、部品調達の現地化にいっそう真剣に取り組んでいかなければならない。2012年2月には、2014年のうちに新たにプレスショップを稼働させることも決定した。これによって、ロシア政府と契約した関税減免条件を順守できるものと確信している。現地調達については、日系部品サプライヤーのロシア進出が遅れているといわれるが、昨今の欧州市場の自動車販売不振が見られる中で、欧州に数多く進出している日系部品サプライヤーがロシアにまで事業を拡張させるのは、厳しい状況にあるのではないかと思われる。


ロシア製新型カムリのライン・オフ式(2011年11 月)


5. 極東・シベリア地域での事業展開の抱負、商社に期待する役割


世界が大きく変化し、アジアにおいても広域的な交流が進む傍らで、極東・シベリア地域だけは、地理的に日本と至近距離にありながら、停滞したまま取り残された状況にある。私個人の考えとして言えば、もしも日露間の政治的課題が存在しなければ、日本と極東・シベリア地域との間にも奥行きのある広大な経済交流のうねりを期待できたかもしれないし、今頃は極東沿岸の経済も活性化されていたかもしれないと思う。
当社は同地域における経験が浅いこともあって、ウラジオストクでの委託生産事業への参画を、同地域のビジネス環境を勉強する機会とするとともに、現地自動車メーカーの実力を見極めるための実験的な取り組みとして位置付けている。将来、この事業が順調に進んだ暁には、日本からの輸出車両モデルの生産拠点化も視野に入ってくるかもしれない。また、日本の総合商社には、国内外に持つ豊富で高いレベルの情報とネットワークの強みがあるし、機動力もある。これらを活かしながら産業界を1つにまとめ、なかなか動き出さない状況に一石を投じて、日本と極東・シベリア地域の「経済のダイナミズム」を生むような果敢な取り組みを期待したい。
(聞き手:広報グループ 石塚哲也)

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