ロシアとの経済関係強化に向けて

社団法人日本経済団体連合会 日本ロシア経済委員長
住友商事株式会社 会長
岡 素之

世界屈指の資源・エネルギー大国であるロシアは、原油・天然ガス、石炭等を豊富に産出しており、小麦をはじめとする農産品の生産量も大きい。また、自動車、電気製品、建設機械等の市場としても魅力を高めている。そうした中、ロシアでビジネスを展開する日本企業も2002年の 211社から2010年には400社超に達するなど、順調に増加してきている。
私が委員長を務める経団連日本ロシア経済委員会(以下、経団連日ロ委)は、こうしたロシアの巨大な潜在力を活用し、2国間経済関係をさらに強化することを目的に、資源・エネルギー、輸送、極東開発等のテーマを掲げ、活動を行っている。以下、最近の経団連日ロ委の活動にも触れつつ、日ロ経済交流の一層の拡大と多様化の可能性について感ずるところを述べてみたい。


1. 資源・エネルギー分野がけん引する日ロ経済関係


2011年の日ロ間の貿易高は史上最高の300億ドル超を記録した。日本の対ロシア直接投資残高も、2010年末で12.2億ドルと着実な伸びを示している。2国間の貿易拡大をけん引しているのは資源・エネルギー分野である。 2011年のわが国のロシアからの原油、液化天然ガス(LNG)の輸入量はおのおの約910万kl、約710万tとわが国のエネルギー供給源の多様化に貢献している。東日本大震災後にセーチン副首相から、わが国のエネルギーの安定確保のため、ロシア産天然ガスの引き取り量拡大や極東・シベリア地域の鉱物資源の共同開発等を柱とする資源・エネルギー分野におけるわが国との互恵的協力関係の一層の強化に向けた提案がなされたことは、ロシアが長期的な視点に立って日本企業との協力を重視していることの証左であろう。2011年9月、経団連とロシア産業家企業家連盟(RSPP)との経済合同会議のため、モスクワを訪問した際、懇談したセーチン副首相は、資源エネルギー分野での日ロ協力の強化に並々ならぬ意欲を示された。各国が地球温暖化やエネルギー安全保障といった課題に取り組む中、シェールガス革命や再生可能エネルギーの普及等、世界のエネルギー需給に大きな変化が生じつつある。世界有数のエネルギー大国ロシアもそうした動きに機敏に対応しつつ、自国の豊富なエネルギー資源をさらなる成長の源泉として有効に活用していこうとしている。
資源・エネルギー分野は日ロ間の経済交流において、すでにサハリン・プロジェクトをはじめ確固たる実績を確立している。これらを基盤に、セーチン提案にあるシベリア地域における新たな資源探鉱・開発や LNG プラントの建設等、今後の協力の在り方について検討していきたい。


2. ロシア経済近代化を主軸とした日ロ経済交流の可能性


資源・エネルギー分野もさることながら、近年の日ロ経済関係において特筆すべき視点は、メドヴェージェフ大統領によるロシア経済の近代化路線推進である。これは、経済近代化を旗印に外国企業の協力を得ながら新産業を育成することで経済構造改革を遂行し、ひいては国内のビジネス環境整備を進める野心的な取り組みである。日ロ両国政府は「ロシアの経済近代化に関する日露経済諮問会議」の枠組みを立ち上げ、これまで2回、経団連日ロ委も協力して官民を交えた議論を行ってきている。
とりわけ、近代化優先5分野の中で最も有望と注目を集めているのは、日本企業が高い技術力、豊富な知識と経験を有するエネルギー効率の向上や省エネルギー技術の活用である。各種設備の老朽化等に直面するロシアでは、製造部門から消費部門に至るまであらゆる分野で省エネ推進への取り組みが求められている。ロシア経済近代化に資する2国間協力は、幅広い分野において日本企業の活躍が期待できる将来有望な分野であることから、引き続き可能性を探っていきたい。


3. WTO加盟によるビジネス環境整備への期待


2011年12月のWTO定期閣僚会議において、ロシアの加盟が正式に承認され、遅くとも2012年夏にはようやくWTOの一員となる見通しである。これまでロシアは突然の自動車関税引き上げや穀物禁輸等、独自の通商政策を実施し、ロシアでビジネスを行う日本企業も少なからず影響を被ってきた。経団連日ロ委では、毎年ロシアのビジネス環境整備に関するアンケート調査を実施し、ロシア政府・経済界要人に問題点の改善を要請してきており、WTO加盟を通じてロシアの通商政策の透明性や予見可能性の向上が図られ、日本企業のロシア・ビジネスが円滑に遂行されるようになることを強く望んでいる。ロシアには、資源・エネルギー分野や近代化分野以外にも、自動車をはじめとする各種製造業、農業ビジネス等、高い潜在力を有する産業分野が多く存在する。WTO加盟によって、ロシアが「多角的自由貿易体制の下でのビジネス環境の整備」を推進し、こうした産業分野における日ロ間の経済交流の拡大と多様化がもたらされるものと期待している。
また、WTO加盟とは直接関係はないものの、2012年1月に、日ロ政府間で査証簡素化協定が署名された。同協定の発効によって、日本企業関係者のロシア訪問時の査証取得が容易になる。これにより、日本企業の日常業務がより円滑に行われ、経済分野における人的往来の拡大につながるだろう。今後も多様な政府間交渉の場を通じて、ロシアのビジネス環境のさらなる改善に向けた取り組みが継続していくことを強く願うものである。


4. おわりに


2012年のAPEC議長国はロシアであることから、9月のウラジオストクにおけるAPEC首脳会議に向けて、ロシア政府も世界経済の成長エンジンであるアジア太平洋地域との連携強化に積極的に取り組もうとしている。ロシアは同地域を鉱物資源や農産品の市場としても高く評価しており、これまで経済関係については、西の欧州を重視していたのが、東の日本、中国をはじめアジア太平洋地域にも関心を向けつつある。
ロシアにとってアジア太平洋地域の戦略的価値がますます高まる中、日本企業としては、こうした APEC 議長国としてのロシアの動きを新たな好機と捉え、日ロ間にとどまることなく、アジア太平洋地域をも視野に広大なロシアとの経済関係を構築していく必要があると考えている。

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