ロシア経済情勢と今後の展望

駐ロシア連邦日本国特命全権大使
原田 親仁

2012年1月、日露関係は活発な要人訪問で幕を開けました。マトヴィエンコ連邦院議長の訪日、日本の日露友好議連代表団の訪露、ラヴロフ外相の訪日と続き、いずれの訪問を通じても日露関係全般を強化していくことで認識の一致がありました。2012年3月4日にはロシア大統領選挙が行われますが、このような日露間の基本認識は選挙後にも変わりないと思います。こうした認識の下、本稿においては、ロシア経済の課題と日露経済関係の可能性について述べたいと思います。


1. ロシア経済の現状と課題


ロシア経済は、2008年の経済危機によりBRICSの中でも最も深刻なマイナス成長(2009年▲7.9%)を記録した時点から着実に回復し、2010年、2011年と4%程度の経済成長を遂げています。背景には、国際的な原油価格の順調な回復や、個人消費の回復があったと思われます。しかし、以下の通り課題もあります。


⑴ 経済の多角化は成功するか?


メドヴェージェフ大統領およびプーチン首相は、産業構造の多角化と高度化を経済政策の最優先課題として位置付け、イノベーションを進め、ハイテクを持った外国企業を誘致し、企業には調査研究に力を入れるよう呼び掛けてきました。
その背景には、資源に過剰に依存する経済構造が原因となり、先般の経済危機時に大幅なマイナス成長を経験した反省があると推察されます。付加価値の高い生産を行う経済を創出できるか、そのためにも成長を担う新しい中産階級を育てることができるかが重要な課題かと思われます。


⑵ 貿易構造の多角化は進むか?


ロシアの貿易構造は、対EU貿易が輸出で5割強、輸入で4割強を占めている中、対中依存度も近年高まってきています。欧州との密接な経済関係は、ロシア経済の成長を支えてきました。同時に、昨今の欧州債務問題は、ロシアにとって深刻な影を落とす出来事です。また、ロシア産エネルギーの対欧州輸出も大幅増加は期待できない状況にあるとみられます。中国とのガス価格交渉も長期化の様相を呈しています。
こうした中、ロシアは、これまで比較的弱かったアジア太平洋市場との関係強化に関心を深めつつあります。2012年9月、ロシアは、初めてAPEC 議長としてウラジオストクで首脳会議を主催しますが、アジア太平洋地域との関係強化に強い関心と意欲を表明しています。


⑶ WTO加盟により投資環境の整備が進むか?


2012年夏、ロシアは、18年間の加盟交渉を経てWTOに加盟する予定です。WTO加盟により、ロシアの投資環境の予測可能性が高まり、外国企業による投資が増加することが期待されます。


2. 日露経済関係の可能性


日露経済関係には大きな可能性があると思います。


⑴ 経済多角化のためのパートナー


多角化された新しい経済を達成するために、ロシアは、高い技術を持った日本企業に期待しています。ロシア国内、特に極東・東シベリア地域への工場新設、投資の呼び掛けに応え、既に日本の自動車企業は極東での新規投資の決定を行っています。部品産業など中小企業の進出も進めば、両国にとってwin-winの結果が期待されます。
省エネ分野、安全な原子力利用に関する協力、ロシア国内のガス・油田鉱区の日露共同開発も進展中です。ロシアのソユーズによる国際宇宙ステーションでの日本人宇宙飛行士の長期滞在も行われています。さらに、日露企業がロシアの土地を共に耕し、加工や品種改良を行おうとのロシアの提案を聞くことも増えました。もちろん、資源や商品を運ぶ輸送インフラの整備もビジネスの基盤整備につながるとともに日露両国にとって新しいビジネス機会を意味します。
2011年の東日本大震災を受け、ロシア政府はエネルギー分野における対日協力を迅速に提案しました。現在、夏に向け、日本では新たなエネルギー戦略を策定中です。また年内に日本は原子力安全に関する国際会議を主催する予定です。ロシアとのエネルギー協力をどのように進めるか、オール・ジャパンで考え、行動する好機であると思います。


⑵ 貿易構造多角化のためのパートナー


欧州市場との伝統的絆に加え、新たなパートナーとの関係強化を進めるため、ロシアが西から東に目を転じるとすれば、その先にはアジア太平洋市場があり、この地域の経済において主要な役割を担う日本との関係発展を望むことは自然なことでしょう。ロシア欧州地域と比較して開発が進んでいない極東・東シベリア地域の開発協力は日露両国にとっての課題です。


⑶ 貿易投資環境改善のための日露対話


近年、日露間の対話を通じ、日本企業がロシアでビジネスを行うための良好な環境が形成されつつあると思います。将来的にはロシア企業が日本の投資環境に要望を出すことも自然なことかと思われます。しかし、ロシアの貿易投資環境には改善が必要な点も多く残っています。WTO加盟がロシアの投資環境改善に役立つことに期待します。日本大使館は、日本企業のロシアとのビジネスの発展に向けて、日本企業の要望も踏まえて取り組みを一層強化していきたいと考えています。


3. 結び


2011年3月の東日本大震災という痛ましい災害の直後より、ロシア政府および国民は幾度となく哀悼と連帯の意を日本側に伝達し、最大規模の緊急援助隊を派遣、物資や義援金を送る等の支援を実施してきました。このような善意によって両国間の雰囲気が改善されてきています。こうした中で、日露両国間・両国国民間で幅広い分野で関係を進展させ、相互理解と相互信頼を深めていくことが重要です。日本政府としても、ロシアとの間で政治、経済、国際舞台での協力等幅広い分野で関係を進展させ、アジア太平洋地域でのパートナーとしてふさわしい関係の構築を目指していく方針です。一方、日露間には、最大の懸案として領土問題が残っています。両国間に信頼関係に基づく真の友好関係を構築するためにも、この問題を解決して平和条約を締結することがこれまで以上に必要です。両国の立場は大きく異なっていますが、2012年1月に東京で行われた日露外相会談において両外相が一致した通り、この問題を棚上げすることなく、静かな環境の下で両国間のこれまでの諸合意・諸文書、法と正義の原則に基づき問題解決のための議論を進めていくことが重要です。日露間のあらゆる分野における互恵的な協力関係を進めるとともに、信頼関係を構築していくことは両国にとっての利益であり、引き続き大使としてこうした課題に取り組んでいきます。(2012年2月15日 脱稿)

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