これからの日中関係と商社への期待

元 内閣総理大臣(第91代)
(ボアオ・アジア・フォーラム 理事長 、公益財団法人アジア人口・開発協会 会長、
 一般財団法人日本インドネシア協会 会長)
福田 康夫

1. 日中国交正常化45周年を迎えた日中関係と今後の日中関係のあり方


日中関係の重要性は自明であり、今後ますますその重要性は高まるであろう。時間が経てば中国は自国なりに国内の問題を解決していくはずである。そして、問題を解決した後の中国の影響力というのは、相当なものになると予想できる。

中国を中心にした東アジア(日中韓)の経済圏は、EUを中心にした欧州の経済圏、そして米国を中心とする北米の経済圏と今はほぼ同じ経済規模だ。将来は中国を中心とするアジア全体の成長を考えると、日本はますますアジアとその中核の中国を重視しなければならなくなる。これに対して、日本は中国の動静をよく考察のうえ、日中正常化45周年、条約締結40周年にあたるこの時機に、日中関係のあり方を再定義する必要がある。

二期目を迎える習近平国家主席に対しては、いろいろな評価があるが、人口超大国でもある中国が経済の成長を維持することは決して容易な仕事ではなく、これまで着実に経済成長を実現していることは大いに評価すべきだ。

その経済を実現する原動力となっているのが、今年のダボス会議において習主席が発言した「自由主義経済が大事だ」という主張である。自由主義経済に歩調を合わせていかなければ、中国自身もこれからの成長が難しくなる。自由主義経済に同調していく過程では、中国の国内政治にも何らかの影響が出てくるかもしれない。

いまから5年前、一期目の初めに習主席は「法律に基づいた国家統治が重要である」と語っていた。また、「国有企業などの民営化の前に腐敗の撲滅をやらなければならない」とも述べており、今後もそのような取り組みが引き継がれ、中国経済や社会に自由経済がさらに根付いていくのではないかと感じている。我々はこうした点を踏まえて、日中関係を長い目で見ていくことが大切だ。

2. 中国の「一帯一路」構想、アジアの成長に向けた日本の関わり

習主席が打ち出した「一帯一路」(シルクロード経済圏構想)への関わり方について、日本の中でもいろいろな意見が聞かれるが、中国やアジア地域の将来、そして日本の立場も考えると、日本は出来る限り中国と相協力していく姿勢が望ましい。それは中国主導で設立した「アジア・インフラ投資銀行」(AIIB)についても同じことが言える。現場レベルでは日本も協力しているというが、日本流の考え方、自由主義経済の通念に基づいて中国と一緒にアジアの発展に協力していくことを、はっきりと打ち出した方がよいのではないかと思う。

私も参加している「ボアオ・アジア・フォーラム」は、2000年代初めに日・中・豪・比国のリーダー達がアジアのこれからの発展を目の前にアジアのあるべき姿を模索しようとして創設した。とりわけ大きな変化を遂げつつある中国は、国際社会における自身の役割を意識して、中心的立場でフォーラムの運営に当たっている。

その後に設立されたのが「AIIB」であるが、この設立も中国にとって必然的な流れであったと思う。日本が主導して50年前に設立したアジア開発銀行(ADB)は、日本経済の急拡大期で、経済規模は世界4位とまだ小さかったが、将来を見越して布石を打つ必要から設立に踏み切ったものである。中国のAIIB設立についても同じことであり、成長している今、中国自身がこうした次の布石を打たなければ、将来の成長の展望が見出せなくなる。

日本社会においては、こうした中国の成長の実態を直視することが必要であろう。日本では過去に捉われて「中国社会はまだまだ遅れている」というような意識が未だに強いようだが、中国で急速に拡大する中間層(3割を超えたと云われる―日本の人口の数倍)は日本社会の平均的な水準よりも上の生活をしているという報告もある。これから永く付き合う隣国とは互いに相手の欠陥を言い募ることよりも、どのような状況にあっても互いに良好な関係を保つ方策を考えることに多くの時間を費やすべきである。

3. 商社業界への期待

高度成長時代の一時期、「商社はこれから大変だな」と思ったことがある。かつての取引先の大企業が海外事業を展開する際に商社の協力を得ていた時代は過ぎ去って、その大企業自身が貿易取引に自ら関わり始めたため、商社の仕事は無くなってしまうのではないかと素人考えで心配した。

「商社には三国間の取引もあります」と言われたが、それだけでなく何よりも長らく培ってきた豊富な知識や情報、人材に恵まれ、それらをフルに活用して現在まで業績を拡大してきた。商社という業態の存在は他国には追随できない日本の強みであるといってもよく、今後もその役割は極めて大きい。

他方、商社が海外で事業を展開する際、海外への投資や取引を通じて得た成果が日本の経済社会に還元できるように、現地社会への貢献と併せて、日本経済の成長にもつながる方策を考えて欲しい。そして、ホームグランドである日本にも思いを巡らせていただきたい。商社の事業活動は日本の「重要戦略」と位置づけ、今後の発展と貢献に期待したい。

(2017年8月9日 於 福田事務所)

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