ドイツおよび日本における難民問題について

認定NPO法人国連UNHCR協会 理事長(東洋英和女学院大学大学院 客員教授・元UNHCR 駐日代表)
滝澤 三郎

はじめに

欧州の「難民危機」は、2015年に100万人以上の難民申請者が流入したあと各国が流入抑制措置を取ったため小康状態が続いているが、2017年も地中海を密航船で渡る者がすでに7万7千人を超し、2千人以上が溺死するなど、「危機」は収束していない。日本でも難民認定申請数が急増する一方で認定数はわずかで難民制度は危機的状況にある。本稿ではそれぞれの「危機」の最中にあるドイツと日本の難民をめぐる状況を比較し、その背景と意味を探ってみたい。

現状と背景

難民申請数と認定数の現状を見ると、人口8,300万人のドイツには2015年に89万人が流入したが、うちシリアやイラクなどの紛争国から来た44万人が難民認定された。残りの申請者はバルカン諸国が多く、大半が「経済移民」とみられて不認定となっている。

人口1億2,600万人の日本での難民申請は、2010年から急増し始め2016年には1万921人になったが、難民認定されたのは28人にとどまる。申請者の9割近くがインドネシアなど東南アジア諸国からで、中東やアフリカの紛争国からは200人以下だ。シリア人で難民申請したのは6年間で69人だけで、うち7人だけが難民認定された(残りは人道的在留許可)。

このような日本とドイツの状況と対応の違いの背景は何だろうか。第一は難民認定の在り方だ。ドイツはユダヤ人迫害への反省から憲法にも庇護条項があり、もともと難民受け入れに対して前向きだ。そのため難民認定率も約5割と高い。2015年にはメルケル首相が「シリア難民は全員を受け入れる」と宣言して大量流入と混乱を招いたものの、政府の難民受け入れに係る基本姿勢はブレない。

日本の難民認定は極めて厳しい。地理的条件から日本まで来るのは難しいこと、「日本語の壁」などで日本を目指す難民はそもそも少ないが、法務省は1951年難民条約の難民の定義を厳格に解釈する上、帰国すれば生命と自由に対する重大な侵害に直面する、などを申請者が立証することを求め、平均認定率は0.2%にすぎない。国際的に「難民鎖国」と批判されるゆえんだ。

第二は受け入れられた難民の社会統合政策の違いだ。ドイツは移民国家であることを自認し、異なる民族文化的背景を持った移民のドイツ社会への早期統合に力を入れる。それは難民にも適用され、各州政府が中央政府からの補助金で社会統合支援策を実施する。難民申請者もドイツ語教育や職業訓練を受けることができる。不認定となっても職業訓練中であれば滞在を認められ、5年たてば永住の可能性もある。背景にあるのは、難民の労働市場参加は国益になるという考え方、難民は将来のドイツ国民であり、彼らの統合支援は「人的投資」だという国家戦略だ。


日本は、近年では毎年十数万人の外国人労働者が流入するが「移民国家ではない」という建前を堅持し、安倍首相も「日本は移民政策をとらない」と繰り返し述べている。外国人は特定目的のために特定期間だけ日本に滞在し、いずれ帰国すると前提されているため、政府は外国人の日本語訓練、子弟の教育、職業訓練などの社会統合インフラを整備しない。統合支援がない社会で難民が自立していくのは難しい。難民申請者への支援はないに等しい。このような日本は難民にとって魅力的でなく、難民の「日本素通り」を招く。

ではなぜ難民申請者が急増するのか。そのきっかけは法務省が2010年に難民認定申請から6ヵ月が経過した時点で全ての申請者に就労を認めるとしたことだ。深刻化する労働力不足にもかかわらず「単純労働者は入れない」とする中で、難民認定制度が単純労働者受け入れの「抜け穴」になっているのだ。「真の難民」が「日本素通り」をする一方で「受け入れない」建前の外国人労働者が難民制度に「タダ乗り」して入国する。見方を変えれば数百の中小事業所で働く2万人近くの難民申請者は日本経済に貢献しているのだが、その実態にもかかわらず彼らは「偽装難民」などとして否定的で不可視の存在になっている。明確な移民政策の欠如が難民制度の機能不全を招いているといえよう。

第三は社会的受容性の違いだ。多数の難民受け入れに伴う困難の中でもドイツ世論の半分以上が難民受け入れを支持している。自治体レベルでも市民との共同生活を通して統合支援策を行うなど、受け入れに対する前向きな姿勢がある。外国人の人権をどう考えるか、彼らとの共生はどうあるべきかといった根本的な問題についても活発な国民的議論がある。

日本では移民の是非についての正面からの議論はなく、難民受け入れについての議論も低調だ。欧州での「難民危機」が報道される中で、もともとネガティブな難民のイメージが悪化し、新聞などの世論調査では難民受け入れに対しては7割前後が反対する。政治家は難民についての議論は避け、難民受け入れに積極的な議員は数えるほどだ。「経済の求め」と「社会の抵抗」のはざまで「政治は沈黙」し、「難民に閉ざされた国」は変わらない。

結びに

多くの障害を越えて難民が押し寄せるドイツでは実験的なものも含め、さまざまな移民・難民政策が試みられる。注目すべきは人口減少・高齢化が進む中で、難民を「負担」というより「人材」と見なし、難民「危機」を人口戦略的な「好機」に転じようとするドイツのしたたかな国家戦略思考だ。そのような戦略性がない日本では移民や難民受け入れ問題は封印され「内向き」な議論が幅を利かす。ドイツと日本はいずれも少子高齢化問題に面しているが、前者は移民・難民に「開かれた国」、後者は「閉ざされた国」である。この違いはすでに国際社会におけるドイツと日本の相対的競争力と影響力の差となって表れているようにみえる。

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