最近の欧州情勢と日本の対欧州外交

外務省 欧州局長
正木 靖

激動する欧州と2017 年前半の日本外交

今日、欧州は激動の時代を迎えている。2015年に急増した難民の欧州への流入。相次ぐ主要国での無差別テロ。南欧諸国で高止まりする債務残高や失業率など経済の南北格差。深刻な危機に有効に対応できていないとして、欧州連合(EU)と各国の既存政治勢力に対し高まる市民の不満。これを糧に台頭する極右政党。英国のEU離脱の決定。そして2017年前半の英国、ドイツ、フランスの国内選挙。全て最近の欧州情勢、世界情勢を語る際に見過ごせない視点である。

欧州における地殻変動は、実はしばらく前から始まっている。2016年11月、米大統領選挙におけるトランプ大統領の当選が世界を大きく驚かせたところだが、英国のEU離脱を決めた国民投票は、それより5ヵ月早い2016年6月のことであった。また、その2年前の2014年には、欧州議会選挙で極右政党が既に台頭している。こうした中、欧州は、2016年から2017年にかけて主要国が相次いで国政選挙の時期を迎えて、ポピュリスト勢力の伸長も一服した感があるものの、フランス大統領選挙とその後の議会選挙におけるマクロン大統領と「共和国前進(REM)」の勝利に象徴されるように、既存の政治勢力の枠に収まらない新しい勢力の登場が見られているところである。さらに、英国のメイ首相が、離脱交渉に向けた地歩固めのため自ら仕掛けた総選挙で逆に議席を失うなど、欧州情勢は展開を見通しきれない日々が続いている。2017年前半の日本外交は、G7議長国がイタリア、G20議長国がドイツであることもあり、激動する欧州を共通の価値を有する国際社会の枠にしっかりとつなぎとめておくことの重要性を訴えることが議題となった。安倍総理は、3月にドイツ、フランス、EU、イタリアを、また、5月のゴールデンウィークにはロシアに加えて英国を訪問した。G7メンバーと事前の会談を重ねた上で、5月末のタオルミーナ(イタリア)におけるG7サミットに臨んだ。7月初めにはG20サミット出席のためハンブルク(ドイツ)、さらにその機会にベルギー、スウェーデン、フィンランド、デンマーク、EU議長国のエストニアを訪問予定である。また、岸田外務大臣は、年始早々、先端を切る形でフランス、チェコ、アイルランドを訪問し、2月にはG20外相会合のためボン(ドイツ)を、4月にはG7外相会合のためルッカ(イタリア)を歴訪した。加えて、岸外務副大臣はギリシャ、ロシア、デンマーク、滝沢外務大臣政務官はフランス、モナコ、ポルトガルと、それぞれ2017年年初の出張先を欧州とした。


G7 タオルミーナ・サミット首脳集合写真撮影(内閣官房内閣広報室提供)

イタリアのシチリア・タオルミーナで開催されたG7サミットでは、米国、英国、フランス、そして当の議長国イタリアと、過半数の首脳が初参加であった。トランプ大統領自身の動向や米国の気候変動政策の行方に注目が集まりがちであったが、サミットが本来扱う経済面に関しては、自由貿易について、首脳コミュニケーションで、G7として不公正な貿易慣行に断固たる立場をとりつつ、開かれた市場を維持すること、そして保護主義に対抗することで一致した。また、政治面でも、わが国が重視する北朝鮮情勢について活発な議論が行われ、力強いメッセージを発出するなど、成功であったと考えている。安倍総理は、メルケル・ドイツ首相と並ぶ古参のメンバーとして、前議長国の立場、そして3月から5月にかけて行った欧州各国への外遊成果に基づき、いち早く築いたトランプ大統領との良好な関係も活かしながら、議論をリードし、会議の成功に大きく貢献した。首脳の顔触れが変わり、欧州の動揺に見られる国際社会の不透明感が増す中で、G7の結束を国際社会に明確に示せたことは大きい。

7月7日から8日には、ドイツのハンブルクでG20サミットが開催される。既に14回会談を重ねてきているメルケル首相が率いるドイツと連携しながら、わが国としてもしっかり貢献していく考えである。

最近の欧州情勢

雑ぱくな見方だが、戦後の欧州は、大陸の仏独が連携し、それに対する英国と微妙なバランスを作り出しながら均衡を保ち、EUという核を形成しながら国際社会におけるグローバルプレーヤーとして発展してきた。

その英国が2016年6月にEUの枠組みから離脱することを決定し、メイ首相がキャメロン首相の後任となった。メイ首相は、自ら決断した6月8日の下院総選挙を通じて国民の支持を固め、国内基盤を整えてから離脱交渉に臨もうとしたが、社会保障に関する富裕層の負担増加方針、制限的な移民政策、企業に対する介入主義的な政策等保守党のマニフェストが裏目に出て減速。結果的には議席数を減らして過半数を割り込み、政権維持のために連立を強いられることとなった。同首相の責任を問う声がある中、続投を表明し、主要閣僚も留任させながら6月19日に離脱交渉の開始を迎えた。英国に欧州最大数の企業を展開するわが国としては、円滑な企業活動の維持のため、これまでも英国政府に対し、離脱に際する透明性と予見可能性の確保を求めてきたところだが、今回の選挙結果が今後の展開にどういう影響を及ぼすのかよく注視し、しっかりと対処していかなくてはならない。EU27ヵ国は11月までに英国にある欧州医薬品庁と欧州銀行監督庁の移転先を決める旨決定するなど、英国離脱に伴う新たな機会を呼び込もうとの動きも活発化してきている。交渉は難航が予想され、その先行きは不透明である。

一方、フランスでは、5月の大統領選挙、6月の国民議会(下院)選挙の流れの中で、ル・ペン候補率いる国民戦線の躍進の有無が注目された。支持の広がりを受けてル・ペン候補は大統領選・決選投票には進んだものの、結果としてフランス国民は、戦後の第五共和制を形作ってきた既存の二大政党、共和党、社会党のいずれにも属さない新たな政治運動を率いた中道のマクロン新大統領を選び、6月に2回にわたって投票が行われた国民議会選挙においても、勢いに乗る同大統領の「共和国前進(REM)」などの新与党が過半数を大きく超える議席を獲得し、政権基盤を固めることに成功した。

次の注目すべき選挙は、ドイツで9月に行われる連邦議会選挙である。難民の上限なき受け入れと度重なるテロ事件等の発生で一時支持率が低迷したメルケル首相だったが、ここに来て持ち直し、最近の州議会選挙での連勝により勢いに乗っており、G20サミットを成功させることで、連邦議会選挙の勝利を目指している。そうなれば、EUにおいて、独り勝ちとさえもいわれるその強い経済力を背景に、英国が離脱する中でドイツの存在感はますます強いものとなろう。ドイツが、親EU派とされるマクロン大統領と共に欧州をどうけん引していくのか、両国のEUに対する考え方の違いもあり、注目していきたい。英国の離脱は、EU内における勢力バランスにも影響を与えるだろう。その中で、伊や西など南欧諸国、ヴィシェグラード4ヵ国(V4:ポーランド、チェコ、スロバキア、ハンガリー)に代表される中・東欧諸国、北欧・バルト諸国は、経済・財政統合や安保・防衛面での協力の在り方に関し、おのおのの思惑を今後のEUの方向性に反映すべくさまざまな地域グループ会合も重ねてきている。これらの動向も見極め、日本として働き掛けを強めていくことが重要である。

(ロシア)

欧州の対ロシア関係は複雑である。冷戦後、NATOは防衛費を削減し、ロシアとの間でパートナーシップと対話の枠組みが設けられたが、2008年のロシアによるジョージア侵攻、そして2014年のクリミアの違法な「併合」により、対立は先鋭化した。英国は、経済的な対露依存が少なく、主要国の中で最強硬な対露姿勢を貫く一方で、ドイツのメルケル首相は別として、フランス、イタリアなどは、相対的にロシアとの経済的つながりも強く、対露制裁の維持といった一体性は保ちつつも、対話を重視するよりニュアンスのある姿勢といえる。また、シリアやISILの問題への対応など、ロシアの国際問題への関与の必要性は認識されている。この他、北欧、バルト、東欧の諸国は、歴史的に西欧以上にロシアと深い関係がある一方で、地理的にロシアの脅威を感じやすく、より直接かつ複雑な状況に置かれていよう。

2017年1月より、NATOの決定に基づき、ポーランドおよびバルト3国には危機への即応体制を強化するため、ローテーションによる一個大隊のプレゼンスが開始された。その一方、2016年夏より、NATOロシア委員会の大使級会合は再開され、定期的に対話が続けられている。EUでも、4月にモゲリーニEU外交安全保障政策上級代表が2015年の就任後初めてロシアを訪れラヴロフ外相と会談し、対話の継続が確認されているが、6月22日、ウクライナ情勢に改善が見られないことを踏まえ、7月末以降も対露制裁を継続することがEUにおいて決定された。また、マクロン・フランス大統領は就任直後、いち早くプーチン大統領を訪仏させ会談している。このように欧州は、米国の対露政策を注意深く見守りつつ、制裁維持と対話継続の両にらみで、慎重に対露関係を模索していくものと思われる。

(米国)

大西洋を挟んでNATOを基盤とした欧州と米国の関係は、その歴史的背景から見ても世界で最も強固な同盟関係の一つといえるだろう。しかしながら、トランプ大統領は就任前、「英国がEUから抜けるのはよいことだ」「NATOは時代遅れだ」などと発言し、移民政策に関する価値観の違いもあって、欧州ではトランプ政権下での米欧関係に対する悲観論も随分と多く聞かれた。

その後、2月のペンス副大統領、マティス国防長官、ティラソン国務長官の欧州訪問や、欧州各国の首脳、閣僚級の米国訪問を通じ、従来の米欧関係重視の姿勢が再確認され、トランプ大統領を欧州に迎えての5月のEUとの首脳会談、NATO首脳会合およびG7首脳会合が行われた。EUとはTTIP交渉再開ではないが共同経済行動の議論を開始すること、NATOとはテロ対策強化や防衛費目標達成計画を立てることなどに合意し、ひとまずは連携・協力関係が確認されたものの、G7首脳会合直後の米のパリ協定脱退決定や、NATO新庁舎落成式典における演説にて、欧州安保への米のコミットメントに明示的に言及しなかったことなどもあり、いまだ不安が払拭されていない。

(中国)

中国の発展に伴い、欧州諸国との経済関係は飛躍的に拡大した。欧州諸国は、人権問題、環境問題、東シナ海・南シナ海における一方的行動について強い関心を有し、共に声を上げてきているが、最近、経済関係を重視した動きも一部で見られている。欧州でのセミナーなどでは、一部欧州側有識者より、経済関係の強化自体は歓迎すべきだが、経済力に比して多大な投資等を受けることにより政治的方向性を左右されるようなことがあってはならないといった指摘もなされる。「一帯一路」構想の終着点は欧州であり、中・東欧諸国16ヵ国との年次首脳会合などでもこの構想に基づくインフラ計画等が議論されている。港湾開発や通信分野での投資も行われている。EUは、投資や開発の方針が乱されることのないよう、「市場ルール、国際標準に基づいた、開放性、透明性、公平性を有する限り」との留保付きで一帯一路を歓迎している。競争力保持の観点含め、国有企業の支援を受けている投資などを規制し得る審査導入可能性の検討を仏独伊がEUに提案している。


日本の対欧州外交


英海軍ヘリコプターとの共同訓練を行う陸上自衛隊員

以上のような欧州を取り巻くダイナミズムを踏まえ、いかに日本の利益を守り、国際社会の繁栄と安定を保つか。このような視点を持って、今後の対欧州外交を展開していく必要がある。

アジア太平洋地域では、北朝鮮の核・ミサイル開発、中国の海洋進出等、既存の国際秩序と法の支配に対する挑戦が続き、かつてなく厳しい安全保障環境を迎えている。欧州諸国が情勢認識を深め、危機感を共有し、関係国の建設的態度を引き出していくべく緊密に連携していくことが重要である。


訓練をする仏海軍「ミストラル」(左)と海自「くにさき」(右)

テロ、難民の問題への対応、その背景にある中東・北アフリカ情勢、気候変動問題、持続可能な成長等、課題は相互に連関し、複雑化している。技術が飛躍的に向上していく中、サイバー、宇宙空間の安全も喫緊の課題である。こうした問題に対しても、それぞれの立場から協力・対応してきている日欧が連携し相乗効果を上げること、知見を高め合うことが重要である。

日本と欧州は、引き続き基本的価値を共有し、共に米国と同盟関係にあり、国際社会に貢献する意思と能力を併せ持っている。

一層の政治対話の促進と、政治・安全保障、経済、文化的・人的交流といった幅広い分野で、40を超える欧州諸国、そしてEU、NATO等の国際機関との間で重層的な関係を構築していくことが有益である。安全保障分野での協力は、米豪との協力関係に目が行きがちであるが、英・仏と外務・防衛当局間協議(2+2)の開催、英・仏・伊との間での防衛装備・技術協力協定の締結、英・仏との共同訓練の実施など、近年、具体的な連携が急速に進んでおり、さらに協力を深めていく余地がある。NATOやEUとは海賊対処の現場での協力を行ってきたが、今後はテロ対策強化に力を入れるNATOや安全保障・防衛協力を進めるEU との連携促進も視野に入れていくべきであろう。

経済面では、日EU経済連携協定(EPA)交渉が大詰めを迎えている。高いレベルの経済連携協定を実現し、保護主義的な動きがある中、日本と欧州が自由貿易の旗を高く掲げ、世界をリードしていかなければならない。

こうした取り組みを通じて、日本と欧州の関係を一層強化し、米国との同盟関係を基軸とした日米欧連携を発展させていくことが必要であり、日本の対欧外交のグローバルな重要性は高まっている。

(2017 年6 月28 日現在)

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