「海外における日本医療拠点の構築に向けた研究会」について

経済産業省 商務情報政策局 ヘルスケア産業課 国際展開推進室

1. 研究会の開催趣旨と概略

少子高齢化等が進展するわが国の活力を維持・増大させるため、伸びゆく世界の市場を取り込む必要があることから、政府は日本再興戦略(平成25年6月閣議決定)に基づき、医療分野を含め各分野の国際展開を推進することとしている。

医療については、日本では低侵襲で治療効果が高い医療技術や関連サービス等が、安全・効率的かつホスピタリティをもって国民に提供されており、国民皆保険制度とあわせて世界で高く評価されている。一方、新興国等においては経済成長に伴い、非感染性疾患(NCD)の増加など先進国と共通の課題を有するに至っている他、医療技術・サービス市場が拡大している。経済産業省が重点国としている新興国(※1)における2014年の医療機器市場は440億ドルである一方、医療サービス市場は1兆2千億ドルに達すると推計されており、医療機器の海外での販路拡大とは別に、医療サービスの提供による現地への貢献と市場獲得を目的とした政策や、関係者の巻き込みも必要である。

(※1)経済産業省では、インド、インドネシア、カンボジア、タイ、中国、トルコ、フィリピン、ベトナム、ミャンマー、メキシコ、バングラデシュ、ブラジル、ロシアの13ヵ国を、医療の海外展開における「重点国」としている。

こうした背景の下、経済産業省においても新興国等における保健医療水準の向上への貢献、わが国の医療関連産業の競争力強化や海外市場の獲得を目的として、新興国等における日本の医療拠点の創設に向けた実証調査事業を支援してきた。この結果、主として医療機関や医療機器メーカー等が主体となって病院や医療機器のトレーニングセンターが開設されるなど、アジアを中心に一定の成果が上がっている(図1)。



しかしながら、日本の医療拠点の構築を中心となって推進する事業主体の不足等により、日本の医療サービスの普及や新興国の拡大する医療サービス市場の取り込みが必ずしも十分とはいえない状況にある。また、日本の医療サービスを展開するに当たっては、日本の地域医療に悪影響がないことを前提に、日本の医療機関や医療従事者が組織的・継続的に関与することが不可欠であるが、医療機関が海外展開を行う意義等が明確でないとの意見がある。

こうした状況を踏まえ、海外において医療拠点を構築する事業主体となり得る商社等の事業者、医療機関・医療関係団体や金融機関等が一堂に会する研究会(相川直樹 慶應義塾大学名誉教授(座長)他、委員については表参照)を経済産業省で開催し、取り組みの共有や課題の議論を行った(平成28年11月から平成29年2月までの間に4回開催)。平成29年3月には本研究会において報告書がとりまとめられ、さまざまな課題はあるものの、医療界を含む民と官が一体となって、海外に日本の医療拠点を構築する取り組みをさらに推進していく方向性が委員間で確認された。

なお、本研究会の報告書や各回の資料については、経済産業省のホームページに掲載している。研究会の資料には、医療サービス事業を展開する海外の事業者の状況、海外における各種規制、関連する経済産業省予算についての情報等も掲載しており、事業を検討する上での参考にしていただきたいと考えている。

2. 検討テーマと報告書で示された方向性

本研究会では、医療機関や医療機器メーカー等による実証調査事業を踏まえた課題や、医療拠点を構築する事業主体となり得る商社等の事業者、医療機関・医療関係団体等の課題認識に基づき、「日本の医療拠点の要素」、「日本の医療拠点構築を通じて海外に提供し得る価値」「海外における日本の医療拠点構築のモデル」および「医療機関と事業者等の連携のあり方」の四つのテーマを設定し、検討を行った。以下、検討テーマごとに、本研究会での議論の状況や報告書でとりまとめられた今後の方向性について紹介したい。

(1)日本の医療拠点の要素


海外に病院等の医療拠点を構築する場合、ともすれば日本人の医療従事者が現地に常駐し、日本の医療機器をフルセットでそろえる等、ショーケース型の病院構築が想定されている面もあった。しかしながら、適切なコスト管理の下で質の高い医療サービスを提供することにより持続的な事業展開を行うには、ショーケース型の医療拠点は理想ではあるものの事業性に困難な点が多いのが実情との意見があった。また、1で述べた通り、医療機器市場に比べて医療サービス市場は大規模であり、医療拠点において可能な範囲での日本製医療機器の導入が推奨されるにしても、医療機器の性能と価格のバランスや現地でのアフターサービス体制等を踏まえた結果として外国製医療機器の導入が否定されるべきではないとも考えられる。

このため、新興国等の拡大する医療サービス市場にターゲットを当て、政策的に経済産業省等が支援する「日本の医療拠点」のミニマムな要素を整理することとした。

研究会での議論の結果、「日本の医療拠点」としては、日本の医療サービスの持続的な提供により、新興国等における医療水準の向上を図るとともに、拡大する海外の医療市場を取り込む観点から、以下の3条件を満たすものが該当するとされた。

①病院等医療サービスを提供する施設であること

  • 対象国における「病院」や検査センター等の医療サービスを提供する民間の施設またはPFI(公共施設等の建設・維持管理・運用等を民間の資金や経営能力を活用して行う手法)等により運営される公立の医療施設、その全部または一部であること。

②日本人等が医療サービスに関与していること

  • 医療を提供する現地の医療従事者は、現地の医療関連免許を有する者で、日本の医療従事者により一定のトレーニングを受けた者(現地スタッフ)であること。
  • 現地で良質な日本の医療サービスを提供するため、日本の医療従事者が十分な関与を行う必要がある。日本人医師等が現地に長期間にわたり常駐することは必須ではない。

③日本企業等が出資していること

  • 日本企業(または支配権のある現地法人)や日本の医療機関等が出資していること。

なお、上記の3条件の全てを満たすような「日本の医療拠点」は、あくまでも最終的に目指す形であり、例えば、現地企業の買収等から開始して最終的に日本の拠点になっていく場合もあり得ることに留意する必要があるとされた。

(2)日本の医療拠点構築を通じて海外に提供し得る価値

新興国等で持続的な医療拠点を構築するためには、現地におけるニーズを踏まえながら、日本の医療サービスの強みや方向性を明確化することが必要との声がある。現地の医療ニーズについては、新興国等における疾患データ、官民ミッション(※2)の派遣により把握したニーズ、経済産業省が支援してきた実証調査事業の結果等を踏まえると、東南アジアを中心に、がんの早期発見・治療、糖尿病予防、遠隔医療に対するニーズが高まっていると考えられる。このような状況を踏まえ、研究会においては、新興国等において日本が提供する医療サービスについて下記の視点が必要とされた。

(※2)日本政府(経済産業省)とMEJ会員を中心とした企業が一体となり、外務省・JICA・JETRO等の協力も得ながら行う、日本の医療技術・サービスの認知度向上と関係者間のネットワーク構築に向けた活動であり、11ヵ国において20回実施。

①医療技術・サービス

日本の医療拠点の構築を通じて海外に提供し得る価値については、医療における安全性・オペレーションの効率性や日本的なホスピタリティの提供を前提に、早期発見・検診・予防、低侵襲医療、遠隔医療、小型機器を用いたサービス提供に重点的に取り組む視点を持つ必要があると考えられる。こうした視点を具体的にイメージできるよう、医療機器の製品カタログではなく「日本が特徴を有する医療」と「基本的医療サービス」に焦点を当てて、海外に日本の「売り」として紹介する際の参考事例をまとめた。(一例について図2参照)



②中間層・地方部へのサービスの提供

新興国においては、いわゆる中間層や都市部と比較して医療水準が十分でない地方部においても、今後の経済発展により医療ニーズが高まることが想定されることから、遠隔医療や小型機器を用いたサービス提供を行う必要があると考えられる。

③現地への貢献

地震等の災害が起こった際の協力、現地医療従事者の底上げを図るための人材育成等、現地医療への積極的貢献を図るべきである。

なお、日本の強みを発揮するに当たっては、①現地の規制面等の課題、②看護師など医師以外の医療スタッフの人材育成、③サービスのローカライズ(現地の状況を踏まえて日本の医療をカスタマイズする必要性)等に留意する必要性が指摘された。また、医療サービスの質の維持を徹底することの重要性、日本医療をブランド化して対外的な発信を強化することの必要性も指摘された。

(3)海外における日本の医療拠点構築のモデル

経済産業省がこれまで支援してきた実証調査事業においては、医療機関や医療機器メーカーが事業の代表を務めるケースが過半であったが、海外では営利企業などさまざまな主体が事業の担い手になっている。このため、これまでの医療構築モデル以外にもさまざまな手法を再整理することにより、拠点構築に関係する主体の巻き込みを図る必要があると考えられる。

研究会においては、日本の医療拠点構築の事業主体になり得る者として、医療機関に加えて商社、経営コンサルティング事業者、デベロッパー等も想定されるとされた。例えば、商社については、実際に海外で病院グループを運営する事業者に出資する例や、国内の病院PFIに事業展開し、病院建設・運営ノウハウを蓄積してきた例も見られる。また、デベロッパーであれば、まちづくりに必要なインフラ機能の一つとして日本の医療拠点を構築する可能性も考えられる。

こうした多様な事業主体が実際に事業を形成する際には、日系の企業や医療機関が病院設立から運営まで一気通貫で実施するモデルの他、さまざまな手法があり得る。研究会においては、日本の医療拠点の構築モデルとして、上記の他、

  1. 国内企業と現地パートナーの連携による事業モデル
  2. 日本のデベロッパーがインフラ輸出としてまちづくりを手掛ける際に、病院等の医療拠点も開設するモデル
  3. 日本のODAにより現地に建設された病院やインフラ等と連携しながら、検診車等による医療サービスを提供するモデル
  4. 現地政府からPFI・PPP方式により病院建設・運営を受託するモデル

が示された。

なお、日本の医療拠点を構築する過程では、現地企業の買収等から開始して、最終的に日本の拠点に育てていくケースがあることに留意する必要性や、現地事業パートナーの重要性が指摘された。

(4)医療機関と事業者等の連携のあり方

国内医療機関を取り巻く状況を踏まえると、医療機関が実施主体となって海外展開する意義や事業者が中心になって進める拠点構築事業に参画する意義が明確でなく、財政・人材面からも取り組むのが困難との声がある。一方で、海外に日本の医療拠点を構築するには、日本の医療機関や医療従事者の組織的・継続的関与は不可欠であることから、医療の国際展開に医療機関が参加するメリットとデメリットを整理した上で、事業者等との連携手法を検討することとした。

医療機関等にとってのメリット・デメリットは、医療機関の国際展開への関与度合いにより異なるが、現時点におけるメリットは、現地の医療水準への貢献、国際貢献活動としての評価向上、症例経験の蓄積、事業からの利益取得等が挙げられた。また、デメリットは、人的資源投入による負担増、海外での経験が評価されにくいこと、事業リスクがあること等が挙げられた。

また、医療機関と事業者等との連携手法は、医療機関が、①現地スタッフの人材育成を国内で行う、②現地スタッフの人材育成を現地で行う、③人材育成に加え出資を行う、④人材育成、出資に加えて現地における医療サービスのマネジメントを行う、⑤④に加え病院経営に関与する、の五つのタイプが整理された。

研究会においては、医療機関等による国際展開の先進的取り組みも共有されたところであり、医療サービスの担い手となる医療機関等と新興国にリソースや人脈を有する事業者等が、可能な限り一体となって事業を推進するため、日本の医療機関にとっての具体的メリットをさらに出していく観点から以下の方向性が示された。

①医療機関の負担軽減・リスクの抑制

医療機関・医療従事者にとって国際的な取り組みに参画することは負担が大きく、国内の医療サービスが手薄になる可能性があることから、医療機関等の負担を軽減する必要がある。

例えば、人材育成については、アジア内視鏡人材育成大学コンソーシアム(※3)のような複数の医療機関(大学)が連携する手法や、日本と現地の遠隔で教育を行うといったICTの活用、65歳以上の医療従事者の活用等が対応策として考えられる。

(※3)大分大学をはじめとする内視鏡分野における先導的な14大学が、アジアにおいて内視鏡技術を普及し人材育成支援を促進すること等を目的に、総長・学長レベルの協定により連携体制を構築。

②国際的取り組みの評価

医療機関・医療従事者にとって、海外の医療拠点構築に係る事業者との連携は取り組みが評価されにくいため、例えば、国際的な取り組みを行う医療機関・医療従事者の評価を行う仕組みの検討が必要である。

③地域医療への還元の視点

連携を促進するためには、事業者等による海外での病院経営を通じて獲得された各種の資源が、日本の地域医療に還元されるような貢献(事業利益の地域医療への還元を含む)の仕組みの検討を行うことが将来的に望まれる。

④組織としての継続的な参画

上記のような取り組みにより、医療の国際展開に不可欠な医療機関等の組織としての継続的な参画を促進する必要があるが、その際医療機関が事業者等と連携するに当たっての何らかのインセンティブが必要である。

3. 今後の方向性について

本研究会においては、日本の医療拠点を海外に構築する必要性を、医療界を含めた委員間で確認しつつ、相互に医療拠点構築に係る活動や知見の理解を深めるとともに、課題に対して一定の方向性を示す役割を果たした。今後とも、関係者の知見や経験の共有や海外における日本の医療拠点の構築状況等のフォローアップを行うとともに、具体的な日本の医療拠点の構築にもつなげていくことが重要と考えており、事業者・医療機関や関係団体等が一堂に会して情報・意見交換等を行う場を2017年度も開催する予定である。

なお、本研究会には、日本貿易会会員である伊藤忠商事株式会社、双日株式会社、豊田通商株式会社、丸紅株式会社、三井物産株式会社、三菱商事株式会社からも委員として参画いただき、各社における医療サービス事業の取り組み状況の紹介や検討テーマへの積極的なご発言をいただいた。本研究会に参画いただいた各社をはじめ、医療拠点構築の実施主体におかれては、本研究会での成果も活用しながら取り組みを加速されることを期待したい。

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