わが国の重電インフラ輸出戦略

株式会社三菱総合研究所 経営コンサルティング本部 主任研究員
杉江 周平

1. はじめに

日本の質の高いエネルギーインフラを世界中に普及させ、青い空を取り戻すために誰が何をしなければならないのか?

本稿では日本政府の取り組みやグローバル市場、欧米中韓の競合企業の取り組みなどを概観することで、日本の「重電インフラ輸出戦略」について考える。

なお、本稿の検討は三菱総合研究所が2013年度に実施した経済産業省委託調査「平成25年度製造基盤技術実態等調査(重電機器の輸出促進に関する調査)」をベースとしている。

2. 政府の取り組みと実績

安倍政権において、インフラ輸出の促進は一つの重要な政策課題となっている。2013年5月の経協インフラ戦略会議にて「インフラシステム輸出戦略」が決定され、「2020年に約30兆円のインフラシステムの受注(事業投資による収入額等を含む)」が成果目標として設定された。同戦略では、具体的な政策として、以下の5本柱が掲げられている。

  1. 企業のグローバル競争力強化に向けた官民連携の推進(多彩で強力なトップセールスの推進、政策支援ツールの有効活用、インフラの質の意識共有 等)
  2. インフラ海外展開の担い手となる企業・地方自治体や人材の発掘・育成支援
  3. 先進的な技術・知見などを生かした国際標準の獲得
  4. 新たなフロンティアとなるインフラ分野への進出支援(医療分野、農業・食品分野、宇宙分野など)
  5. エネルギー鉱物資源の海外からの安定的かつ安価な供給確保の推進

インフラ受注実績は、世界的なインフラ需要の増大の追い風の影響も受け、2010年の約10兆円から2013年の約16兆円と目標達成に向けて順調に進捗している(表1)。中でもエネルギー関連の受注額は情報通信に次いで大きなものとなっている。

3. 世界の電力インフラ市場


世界の電力インフラに対しては、2014年から2025年の間に発電分野(再生可能エネルギー、原子力含む)で約5兆ドル、送配電分野で約3.7兆ドルの設備投資が行われると推計されている。市場の中心はアジア・オセアニアであり、全体の5割弱を占める。その中でもやはり中心となるのは中国である。アジアは距離的に近く、ASEANを中心として比較的日本のプレゼンスが高い地域である。アジア市場をいかに攻略するかがインフラ輸出促進のカギとなる。

発電分野では、風力発電に最大の投資が集まり、水力、石炭火力、太陽光発電が続く。高効率な石炭火力発電などわが国の技術・運営の強みがある領域に絞って戦略を練り上げることが肝要である。

4. 電力システム輸出における競合状況

受注実績は向上しているものの、エネルギー分野のインフラ輸出について、わが国の競争力は必ずしも高くはない。

重電関連機器に関して、日本は高い技術力を有し、円安が進んだ結果、欧米に対するコスト競争力も有する。しかし、GTCC用のガスタービンでは米国GEやドイツのSIEMENS、石炭火力用の蒸気タービンやボイラーでは中国企業にシェアでは大きく水をあけられている。送配電機器もSIEMENSやABB、地場メーカーの独壇場となっている。GEやSIEMENSはアフターサービスに力を入れることでさらなる付加価値の提供と顧客の囲い込みを図っており、日本企業も対抗が必要となっている。GEはIndustrialInternetの掛け声の下に、膨大な自社タービンの稼働データを解析し、発電事業者のプラント運転改善に役立てている他、故障の予兆診断などにも積極的な応用が図られている。中国とわが国との比較では、コスト面で圧倒的な差異があり、コスト競争になったら勝つことは困難である。中国メーカーも技術力を高めており、性能面での差異も少なくなってきている(技術力のある事業者がオペレーションすれば十分な性能を出すことができる場合も増えてきている)。

EPC(設計:Engineering、調達:Procurement、建設:Construction)では日本の存在感はさらに低下する。EPCの責任者は、導入機器の選定に関しても力を持つ。事業規模が大きくなるインフラ輸出の促進のためには、EPCの責任者となることが避けて通れないが、プロジェクトマネジメント・リスクマネジメントのノウハウの差異や労務コストの差異により、地場企業や韓国企業(斗山重工、現代建設等)と競争することができていない。

一方、事業投資としてのIPP(独立系発電事業者:Independent Power Producer)では、商社の取り組みを中心に一定の存在感を有している。長年海外事業に軸足を置いて蓄積してきたノウハウを生かし、収益力のあるLCC(ライフサイクルコスト)を実現できていることが高い競争力につながっていると考えられる。ただし、必ずしも日本のIPPにおいて、日本企業の機器が使われているわけではない。

5. 日本の電力システムの強み

大きな市場はあるものの、やや苦戦を強いられている状況で、日本のインフラ輸出を増大させていくためには、競争に打ち勝つための強みを正確に認識しなければならない。また、その強みが電力システムにとって重要な事項であることを投資対象国に認識してもらうことも必要である。

まず重要なのが、LCCである。新興国においてもLCCの重要性は認識されているが、債務管理面・予算制度面などからイニシャルコストを重視せざるを得ない状況となっている。しかし、燃料価格が上昇傾向にある中、発電効率が高い方式・機器を選ぶメリットを根気強く主張していく必要がある。例えば、石炭火力発電で超臨界圧(SC)と超々臨界圧(USC)を比較した場合、発電効率で2%の差があるため、20年間で約65億円の燃料費差異が生じることとなる。

また、発電プラントは必ずしも計画通りに運開、運転しないため、調達の際には過去の案件の運転実績(Availability)を確認することが重要である。工期の遅延が予想外の追加コストをもたらすことはしっかりと認識してもらわなければならない。インドネシアにおけるクラッシュプログラムでは大幅な工期遅延やプラントの稼働率低下(稼働停止)が生じており、必ずしも入札時の提案どおりに進捗しないことの傍証となっている。

欧米と比較した際の日本の電力システムの強みとしては、高度なメンテナンス技術・サービスと高い環境性能が挙げられる。日本企業は高度なメンテナンス技術・サービスにより、高いプラント稼働率、発電効率を実現している(図2)。

また、環境規制の影響もあるが、日本の火力発電所のSOx、NOx排出量は米国の10分の1以下、欧州の3分の1以下で、クリーンな環境を実現している(図3)。



6. 重電インフラ輸出戦略

重電インフラの輸出促進のためには、膨大なアジア市場において、欧米中韓との競争に勝っていくことが求められる。重電インフラの導入が決定されるまでには、大きく分けて、案件形成プロセスと入札対応プロセスが存在する。図4に各プロセスにおける案件獲得に必要な要件と、日本の課題について整理した。



この中でも特に重要と考えられるのが、「製品競争力」と「体制構築」である。製品競争力強化のためには、「仕様に適合する能力」、「イニシャルコストの安さ」、「EPC対応力・EPC業者との協力体制」の3点が重要になる。

製品競争力に関しては、特に民間の取り組み余地が大きいと考えられる。これまでの日本の製品・性能を前提とするのではなく、「日本型システム・パッケージ」という発想を捨て、Design to Cost で、相手国のニーズに合った製品を提供することが求められる。そのためには、製品の標準化が必要で、各社にとっての大きな課題となっている。商社による事業投資という観点からもこうした日本の強い製品が利用できれば、競争力強化につながるはずである。

体制構築能力の強化のためには、「リスクテイク能力」が最も重要な要件となる。新興国へと市場が広がっていく中で、リスクを取らずしてベネフィットを得られる案件は少なくなる。欧米のメーカーはコンソーシアムを組んだ際のリスク分析を詳細に実施し、コンソーシアムメンバーの契約の中でリスク分担を明確化する。日本メーカーはその辺りに慣れていないため、投資経験豊富な商社が連携するなどして、能力を向上させることが求められる。

また、リスクの捉え方も個別案件から地域戦略的に変えていく必要がある。全ての案件で絶対的な黒字確保を目指すとどうしても取れるリスクが少なくなる。地域という単位で収益を考えることでより柔軟な企業行動を取ることができる。中国はアフリカ全体をそのような見方で支援・投資することで多大な成果を挙げている。

これまでと異なる成果を挙げるためには、異なる戦略を実行する必要がある。政府は明確にやり方を変えた。今度は企業がそれに応え、投資配分を変え、本気でこの成長分野に挑まなければならない。

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