着実に拡大するアジアからの対日直接投資

株式会社日本総合研究所 調査部 上席主任研究員
岩崎 薫里

1. 日本は対内直接投資の後進国

日本は直接投資の受け入れが極端に少ない、対内直接投資の後進国である。日本の対内直接投資残高の対名目GDP比は、G8諸国はもとよりG20諸国の中で最も低い。長期にわたるデフレやビジネスコストの高さなどさまざまな阻害要因が作用しているためである。

対内直接投資が日本のような先進国にもたらす効果としては、①収益力の高い外国企業が進出することによる国内経済の活性化、②雇用の維持・増加、③経常収支赤字のファイナンス、などが指摘できる。欧米諸国ではこのうち、第2の「雇用の維持・増加」効果が重視され、直接投資の受け入れを推進する最も大きな誘因となってきた。これに対して、失業率が比較的低位で推移してきた日本では、1点目の「国内経済の活性化」の効果に対する期待が高い。また、近い将来、経常収支赤字が定着する可能性が高まっている状況下で、3点目の「経常収支赤字のファイナンス」の観点も注目を集めるようになっている。

日本政府は対内直接投資を促進するために、1994年に「対日投資会議」を設置したのを皮切りに、これまで20年間にわたり多岐に及ぶ施策を提示・実施してきた。それに伴い対内直接投資は1990年代末からほぼ順調に拡大を続けたが、2009年以降は頭打ちとなっている(図1)。リーマン・ショック(2008年)とその後の世界的な景気後退およびM&Aブームの終焉としゅうえんいった外部要因に、日本の景気悪化、円高の進行、東日本大震災などの内部要因が重なったためである。ブルドックソースのスチール・パートナーズからの買収防衛(2007年)などを通して、日本は投資を行うのが依然として難しい国であるとの認識が欧米で広がったことも、海外からの投資を抑制した模様である。

こうした状況下、安倍政権は「日本再興戦略」(2013年6月発表)の中で、2020年末までに対内直接投資残高を足元(2012年末、17.8兆円)の2倍の35兆円にするという目標を設定した。もっとも、筆者の試算によれば、たとえ目標が達成された場合でも、対内直接投資残高の対名目GDP比は2012年末の3.8%から2020年末に6.2%に上昇するだけであり、依然としてG20諸国の中で最低水準のままである。例えば、この比率をG8平均の24.4%まで引き上げるためには、対内直接投資残高を137兆円と、現在の8倍近くに拡大しなければならない。あるいは、例えば韓国並みの13.0%を達成するには足元の4倍の73兆円まで増やす必要がある。このように、日本が対内直接投資の後進国から脱却するには相当な困難を伴うと見込まれる。



2. アジアからの投資が拡大


日本の対内直接投資を投資元別に見ると、欧州と米国が中心となっている。ところが、欧州・米国からの投資残高の合計シェアは、ピーク時の2002年末には88.1%であったのが、2013年末には77.0%まで低下している。その一方で、着実に増えているのがアジアからの投資である。日本の対内直接投資残高全体が過去10年間(2003年末-2013年末)で1.9倍に拡大する中で、アジアからの投資残高はそれを大幅に上回る5.0倍に拡大した。とりわけ、2010-13年に対内直接投資全体が低調な中でもアジアからの投資は堅調を維持し、この間のネット・ベースの累計投資額は6.9兆円と、欧州の3.3兆円、米国の1.3兆円を上回った。その結果、全体に占めるアジアからの投資残高のシェアも、2002年末には4.7%にすぎなかったのが、2013年末には14.4%まで上昇した(図2)。

アジアから日本への直接投資ではシンガポールからの投資が突出して多く、2012年末には残高の半分強を占めた。その他には、香港が2割、台湾・韓国がそれぞれ1割弱であった。ただし、シンガポールからの投資には同国の地場企業のみならず、同国に拠点を有する他国の企業によるものも含まれる。一方、中国からの分として計上される投資自体は少ないものの、香港分として計上されているうちの一定割合は実際には中国からのものであると推測される。

アジアから日本への直接投資は、業種別では非製造業のシェアが85%に上る(残高ベース、2013年末)。内訳を見ると金融・保険業が最も多く、そのほとんどがシンガポールからである。2番目に多いのが卸売・小売業であり、3番目がサービス業である。

3. 3つの特徴

日本に進出したアジア系企業の特徴を、経済産業省の「第46回外資系企業動向調査」(2011年値)の結果を用いながら整理すると、以下の3点を指摘できる。

第1に、企業数では投資残高で見る以上にすでに一定の存在感を示していることである。国際収支統計による投資残高ベースでは、全体に占めるアジアからのシェアは2010年末にようやく1割を超える程度であった。ところが、「外資系企業動向調査」で集計された企業数では、全体の2割がアジア系企業であった。欧州系企業の4割強に比べると少ないものの、米国系企業の3割弱とは大きな隔たりはない。

第2に、1社ごとの規模が総じて小さいことである。これが、投資残高と企業数との間のギャップをもたらしていると推測できる。アジア系企業の1社当たりの平均従業員数は48人と、米国系の270人、欧州系の214人を大幅に下回る。また、1社当たり平均売上高もアジア系企業は66億円と、米国系の171億円、欧州系の224億円の3-4割程度にとどまる。


第3に、収益性が相対的に低いことである。売上高経常利益率(金融・保険業、不動産業を除く)を見ると、米国系が11.2%、欧州系が3.8%であったのに対し、アジア系は1.1%にすぎなかった。アジア系企業の売上高経常利益率は、速報値が発表されている2012年までの過去8年間を見ても、直近の2012年を除き、全法人企業を常に下回っており、日本企業に比べても収益性が低いことが確認できる(図3)。

これまで欧米から日本に進出してきたのは、母国におけるいわゆる「勝ち組」の優良大企業が中心であり、高付加価値の製品・サービスの提供や優れた経営手法によって高い収益性を確保してきた。それに対して、日本に進出するアジア系企業も概して母国内では優良大企業であるものの、経済の発展段階の違いにより日本では相対的にその優位性は減退せざるを得ない。例外はあるにせよ全体としては、提供する製品・サービスは日本の基準からみれば付加価値が低く、それを主因に収益性も低いと考えられる。

また、進出の歴史の浅さも、規模の小ささおよび収益性の低さに影響している。アジア系企業が日本への進出を加速させたのは2000年代半ば以降である。従って、アジア系企業の多くは日本での収益基盤がいまだ確立されておらず、低い収益性に甘んじている上、事業を拡大する段階には至っていないと推測される。

4. 連携を通じて経済活性化へ

それでは、欧米系企業に比べて収益性の低いアジア系企業が日本に進出することで、果たして日本経済は活性化するのであろうか。結論を先取りすると、確かにアジア系企業の進出であっても経済の活性化に資するものの、そのルートは欧米系企業の進出とは異なる可能性が大きい。

アジアからの直接投資は、日本企業とアジア系企業との提携の機会をもたらし、両者の結び付きをさらに強化する。アジア系企業が日本に進出するに際しては、知名度やブランド力で劣る、海外進出の経験が浅い、日本の事業環境に不慣れである、などの劣勢を克服するために、単独での進出以外に、資本提携、合弁会社の設立、M&Aなど、日本企業と提携した上で進出する方法が有力な選択肢となる。また、アジア系企業の中には、進出後も日本市場での販路の拡大や日本企業の持つ高い技術などの取得のために、日本企業とのさらなる提携の機会を模索しているところもある。

日本企業、とりわけ経営資源やノウハウが限られる中小企業にとって、アジア系企業との提携のメリットは大きい。まず、提携先企業が有する販売や情報のネットワークを活用して、自社製品・サービスを提携先企業の母国、あるいは場合によっては広くアジア諸国で販売するためのルートを確保することができる。日本企業はまた、そこからさらに一歩踏み込んで、アジアへの直接投資の足掛かりを得ることも可能となる。許認可手続き、規制や商習慣への対応、販売体制の構築などに際して提携先企業の支援を確保できることは、投資の円滑化に大きく寄与する。

投資する国は提携先企業の母国にとどまらない。例えば台湾企業と提携して中国に進出するケースが近年、すでに活発化している。これは、台湾と中国とでは言語や文化の壁が低い上、中国での人脈や事業ノウハウを有する台湾企業が少なからず存在するためである。あるいは、提携によって、日本企業とアジア系企業が互いの強みを生かしながら協力して他のアジア諸国に出ていく道も開かれる。

無論、アジア系企業との提携によって自動的に上記のメリットが日本企業にもたらされるわけではなく、逆にトラブルの発生などにより提携が失敗に終わるケースもあり得る。提携に伴うリスクを十分把握し、それらが顕在化しないための入念な準備と対応策が必須であることは述べるまでもない。

アジアから日本への直接投資について、より中長期的な視点に立つと、現在、投資が集中しているシンガポール、香港、韓国、台湾以外のアジア諸国も、経済発展に伴い日本に投資するための体力が備わってくることが予想される。その場合の理想的な展開は、アジアからの直接投資が加速するとともに投資元の裾野が拡大し、協業や人的交流を通じて日本企業とアジア企業との間で強固な取引ネットワークが幾層にもわたり張り巡らされることである。そうなると、アジアの事業に関する幅広い情報や知見が日本に集まるようになり、投資が投資を呼ぶ形でアジア系企業の日本への進出が一段と進むとともに、アジアへのゲートウェイとしての日本の地位が確立し、結果として欧米系企業の日本進出をも促すという波及効果を期待できる。

このように、アジアからの直接投資も国内経済の活性化に資する以上、現在、堅調なアジアからの投資を加速させる取り組みを行うことは、落ち込んでいる欧米からの投資を再び盛り上げるのと同様に重要と判断される。

留意すべきは、この理想的なパス、すなわち、アジアから日本への直接投資が集積し、国内経済の活性化に至る道のりは、欧米からの投資の集積と同様に、相当に険しいということである。企業誘致をめぐる世界的な競争の中で、アジアからの投資を加速させることは生半可な取り組みでは到底実現できない。日本に必要なのは、まずは事業環境の改善を大胆に進め、ビジネス・フレンドリーな環境をつくっていくことである。これは、アジア系企業に限らず外国企業全般、さらには日本企業をも資する。その上で、アジア系企業の誘致に向けたきめ細かな取り組みを地道、かつ長期にわたり行っていくことが求められる。

着実に拡大するアジアからの対日直接投資 誌面のダウンロードはこちら