東北大学におけるイノベーションプロデューサー育成の取り組み-世界へと飛躍するイノベーション創出を目指す「地域イノベーションプロデューサー塾」-

東北大学大学院経済学研究科・教授 同研究科地域イノベーション研究センター・総括プロデューサー
権 奇哲

地域におけるイノベーションの創出と産業競争力の強化は日本の多くの地域にとって重要な課題となっている。ところが、東北をはじめとする多くの地域は、優れたイノベーションを創出できる経営人材の不足と、それらの人材を育成する体系的な仕組みの不足という問題に直面している。経営人材育成の仕組みとして多くの地域に散見されるのは、大学や民間のMBAコース、地域の金融機関や事業者団体の経営塾、成功した企業家との交流会、短期間のセミナーや講演会などである。しかし、これらの仕組みは一般的なマネジメント能力の学習ならともかく、優れたイノベーション人材を体系的に育成するための仕組みとしては不十分なものである。


図1 東北経済の現状

最近の東北経済の現状(図1)を、総人口の全国比(東北は全国の7.1%)を基準に見ると、事業所数は全国比7.3%と全国水準を上回っているのに対して、域内総生産は同6.0%、従業員数は同6.5%と低い。特に、輸出額は同0.8%、輸入額は同2.1%、上場企業数は同1.8%と、極めて低い水準となっている。また、一人当たり付加価値生産性は全国水準の71.2%とかなり低い。東北経済が東日本大震災から復興していくためには、インフラ復旧などハード面の整備だけでなく、地域産業・社会のあるべき姿を描きながら継続的にイノベーションのための仕組みを強化し、中長期的には革新的な事業と新たな雇用機会を創出していくことが不可欠である。

東北大学の地域イノベーション研究センターでは、そのための仕組みとして「地域イノベーションプロデューサー塾(RIPS)」を構想して2012年度にトライアルを実施し、2013年度から正式に開講した。RIPSは、中小企業の経営者や次世代経営者などを対象としてイノベーションを創出できる革新的なプロデューサーの育成と新事業開発を行うことによって、東北地域における経済活性化、雇用創出および震災復興に貢献することを目的とする(図2)。仙台本校の他に、岩手県花巻市と福島県会津若松市にサテライトを設けて震災3県を中心に毎年30人以上の塾生を募集している。



東北から世界へと飛躍するためのイノベーション創出を目指す


RIPSでは、新しい未来を創るイノベーションに挑戦し、日本全国へさらに世界へと飛躍できる新事業の創出を目指すよう、塾生たちに働き掛けている。そのために、従来とは異なるイノベーションの考え方と実践的な方法をカリキュラムの中心に据えており、半年間にわたって理論、方法、スキルおよび実践を融合した140時間以上の教育を実施している。

まず最初の2ヵ月間は、大きく成長が期待できる革新的な事業コンセプトづくりに集中する。この段階で塾生たちは、「世界に向けて新しい経験の原型を提案する!」を目標にして新事業コンセプトを探索していく。これまでイノベーションは主として、新技術の開発を重視する「技術中心発想」や、ユーザーの声や行動を重視する「ユーザー中心発想」で考えられてきたが、RIPSでは「デザイン発想」からのイノベーションを飛躍するための基本にしている(図3)。

その後の4ヵ月間は、事業モデルや事業システムを開発するために必要であるマーケティング、事業デザイン、組織・人材マネジメント、IT活用などの基礎的知識の学習機会だけでなく、マネジメントの実践に必要な課題解決力などのビジネス・スキルや事業マインドの研修を提供し、塾生一人一人の事業計画の策定を徹底して指導していく。そのための教育体制に関して、基礎的な知識教育は本学の教員だけでなくビジネスで活躍している現役の講師が大半を占め、スキルやマインドの研修は外部機関に委託している。そして、事業計画のデザインや事業化段階を指導する講師は、地元で中小企業の経営指導に関して高い評価を受けているコンサルタントが担っている。

プロデューサー育成、新事業開発および事業化支援を一体的に行う

RIPS のもう一つの重要な特徴は、体系的なカリキュラムの下でイノベーションプロデューサー育成、新事業開発および事業化支援を一体的に行うことである。このため、商工会議所青年部、中小企業家同友会などの事業者団体はもちろん、金融機関、行政機関との連携による支援体制を構築し、これらの機関の協力の下で入塾者募集から事業化支援までを円滑に行っていくための体制を構築しつつある。

RIPSでは、在塾中に作った事業計画が3年以内に事業化できるように、卒塾後も3年間にわたって支援を行う。特に、卒塾時に重点支援対象として選定した5、6件の事業計画については定期的にフォローゼミを開催して詳細な事業計画の作成、進捗管理などのさまざまな支援を集中的に提供している。その他にも、RIPSは全ての卒塾生を対象に相談会や補助金説明会などを開催している。事業化支援について注目すべき点は、米国のプルデンシャル財団が2014年度より3年間にわたってRIPS卒塾生の事業化資金としておよそ1 億円を提供することになったことである。この支援は震災復興支援の一環であるが、大学の人材育成事業に対して外国の財団から資金が提供されることは大変珍しいことである。また、RIPSのOB会を卒塾後の継続学習の場として位置付け、卒塾後の事業実践について相互研さんする「事業実践研究会」や、経験デザイン力を高める「経験デザイン研究会」などを行っている。

RIPSは以上のように、東北地域の中小企業が世界へと飛躍するためのイノベーション創出を目指すという高い理想を持って、地域発展のための新しいモデルとして構想されたものである。RIPSの取り組みは、国や自治体、地域の金融機関やマスコミ、他県からも地域経済の再生モデルの一つとして注目されており、その成果への期待がますます高まりつつある。

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