米国から展望する2015年世界の政治経済動向

米国住友商事会社 ワシントン事務所長堂ノ脇 伸
双日米国会社 ワシントン支店長栗林 顕
豊田通商アメリカ 顧問豊田 博
丸紅米国会社 ワシントン事務所長今村 卓
米国三井物産ワシントンDC事務所 所長篠崎 眞睦
北米三菱商事会社 ワシントン事務所長柳原 恒彦
伊藤忠インターナショナル会社 ワシントン事務所長秋山 勇

(1)米国中間選挙を振り返って

秋山(司会/伊藤忠商事)
本日は「米国から展望する2015年世界の政治経済動向」と題して、座談会を開催いたします。日本の皆さまに向けて、活発で示唆に富んだ議論をお願いいたします。


伊藤忠インターナショナル会社
ワシントン事務所長
秋山 勇氏

まず、11月4日に行われました米国中間選挙の結果ですが、上院は共和党54、民主党46。下院は共和党247、民主党188が確定しました。上下院共に共和党が過半数を制し、同時に行われた州知事選挙では共和党が50州中31州を押さえました。共和党の上院奪還は2004年選挙以来、上下院を同じ政党が押さえたのは、2008年の民主党以来となります。当初は僅差の勝負と予想する声もありましたが、結果的に共和党大勝、民主党惨敗となり、オバマ大統領や民主党幹部にも衝撃が大きかったのではないでしょうか。今回の選挙で議会のねじれは解消されましたが、共和党が圧倒多数を確保したわけではありません。今回の中間選挙の評価や、今後の議会運営への影響などについて、皆さんからご意見を伺いたいと思います。

堂ノ脇(住友商事)
議会のねじれが解消されたとはいえ、政権与党は引き続きオバマ大統領率いる民主党ですので、これまでの議会のねじれから、政府・行政と立法機関におけるねじれ、対立が続くことになります。いろいろな意味での政策の停滞は今後も続き、今回の選挙ではその形態が多少変わったという変化しかもたらさなかったとみています。選挙結果の数字だけを見れば共和党圧勝ですが、今回の選挙ではむしろ「民主党が負けた」という捉え方が正しいでしょう。選挙戦最後には、オバマ大統領の信任投票的な要素を帯びましたが、最近1年の外交政策の拙さやエボラ出血熱など社会的不安のはけ口が、全てオバマ大統領に向かいました。これを受け、共和党は今回の選挙を「オバマ大統領攻撃」と位置付けましたが、一方の民主党はうまく対抗することができなかった。決して、共和党支持者が大きく増えたという選挙ではなかったと思っています。

豊田(豊田通商)
今回の選挙では、民主党候補者は、オバマ大統領との距離をどう保つかという問題がありました。オバマ大統領がテレビ演説で、「私の名前は投票用紙にはないが、私の政策は全て投票用紙に載っている」とたんかを切ったことを受け、共和党はすぐ、「民主党の候補者に投票するということは、オバマ大統領を助けるということだ」と対抗しています。ケンタッキー州の民主党上院議員候補グライムズ氏は「私はオバマではない」とアピールをし過ぎて「大統領選挙ではオバマに投票したのか」と訊かれて、投票の秘密だと繰り返してひんしゅくを買い、大差で負けたほどです。また、私は今回の選挙は、1942年以来の低い投票率36.3%という数字に全て尽きると思います。前回の2010 年中間選挙でも40.9%でした。これは、議会やワシントンの仕事ぶりに不満であり、投票に行く必要がないという国民の気持ちの表れでしょう。投票に行ったのは、共和党支持者の白人、老人、男性が多く、民主党支持のアフリカンアメリカンは、これはわがオバマの選挙ではない、と思って投票に行かなかった。ヒスパニックも、オバマ政権の不法移民に関する緩和措置の裏で、大統領令の遅れに対して不満があった。


米国三井物産
ワシントンDC事務所 所長
篠崎 眞睦氏

篠崎(三井物産)
やはり「民主党が負けた」選挙だったと思います。共和党はオバマ大統領の不人気をうまく突いて、これといった争点もなく闘い、勝ちましたが、民主党としてはオバマ大統領不人気が最後まで響きました。上下院を共和党が押さえましたが、加えて、州知事も全体の6 割以上が共和党になっています。さまざまな政策を進めるに当たり、州政府の許認可や同意を得る法案についても、共和党知事がこれだけ多くなると、民主党として非常に難しいでしょう。「オバマ政権vs 共和党」という対立になると、政治運営も難しく、さらには産業界にも影響が出てくると思います。注目はエネルギー政策、環境対策で、今後は議会として違った動きが出てくるでしょう。2014年11月開催のAPECでは、習近平・中国国家主席とオバマ大統領の間で、CO2排出削減の目標値が出されました。これは、ある程度議会を意識して先手を打った意味も強いと思います。今後、議会で予算を決めていく中で、共和党はさまざまな論点と絡めて、駆け引きをしてくるでしょう。おそらく共和党は民主党よりも、対中東・イラン・ロシア外交、ロシア制裁等で強硬に圧力をかけるべきと、オバマ大統領に揺さぶりをかけるのではないかと思います。

柳原(三菱商事)
今回の投票率は36.3 % と、1942年の33.9%に次ぐ歴史的な低さとなりました。まず今回は大統領選ではない、つまり、オバマ大統領を選ぶわけではなかったので、黒人の投票が低調となりました。またヒスパニックの票田であるニューヨークとカリフォルニアが激戦州ではなかったこともあり、ヒスパニック票の出番もあまりありませんでした。最近の選挙ではこれらのマイノリティー票がいろいろな意味で注目されていますが、実は白人票も当然ながら大事で、カレッジディグリーを持ついわゆるホワイトカラーの白人と、ワーキングクラスの白人に分かれます。ホワイトカラーの白人は民主党系でリベラルというのが一般的ですが、ワーキングクラスの白人の政治志向は安定しないことが多く、今回は圧倒的に共和党に動きました。あるデータでは、「64対26」と共和党に流れましたが、彼らもかつてはオバマ大統領をサポートした人々でもあります。特徴としては、経済的にはリベラルで生活保護もオバマケアも欲しい、しかし外交的には外に打って出たい。つまり共和党と民主党の中間にいる人々で、今回の選挙では米国内のムードに押され、かつ、いろいろな不満に対する反論という意味で、共和党に投票したのだと思います。白人のワーキングクラスの多い地域は中西部で、今回は共和党が勝ちましたが、2016年の大統領選挙ではこのクラスの票がどう動くかが注目されると思います。

秋山(司会)
今後も「民主党大統領VS共和党議会」の対立が続くと予想される一方、選挙直後のオバマ大統領や共和党指導部の発言からは、両党がけん制しつつも是々非々で協力し合うという姿勢が見受けられたようですが、その点についてはいかがでしょうか。

堂ノ脇(住友商事)
オバマ大統領が自分の理想として掲げる政策を、「立法」という手続きを踏んで実践していくことはかなり難しくなりました。一方共和党は2016年の大統領選挙を目指して、責任ある政党として、これまでより法律を可決させていく能力が高まったわけです。ですから、オバマ大統領の意見に対して、なんでもかんでも「No」と言う政党から脱皮を図らないといけない。ただ、上院で過半数を取れたといっても、大統領拒否権を無効化できる数「3分の2」つまり67には至らなかったので、共和党が思いのまま法律を作れるわけではありません。加えて、共和党も当然ある程度歩み寄りながら、自分たちの意向を組み込んだ法案を作ろうとするでしょうが、共和党の中にも一部、超保守勢力がいるため、一枚岩ではありません。これまで以上に両党が歩み寄って、法案が可決できるかは疑問の余地があるところです。

篠崎(三井物産)
これから共和党は、相当国民の目を気にしながら、2年後の大統領選挙でどう戦うかを見据えて動かなければなりません。共和党が「政権与党」として将来の政治をコントロールしていく意識が動けば、国民の評価を得られるような行動に出るのではないでしょうか。しかし一方で、今回の上院改選数は民主党の方が多かったのですが、2016年の改選数は34のうち共和党24、民主党10と、圧倒的に共和党が多いので、逆転される可能性もあります。今回上院を押さえられても、2016年には変わっているかもしれない。そうすると、今後2年間はできるだけいろいろな強硬策に出てくる可能性もなくはありません。どちらに転ぶかは見通しにくいですが、両方の可能性があるといえるでしょう。

栗林(双日)
オバマ大統領は「共和党と協調する」と言っていますが、現実的には残り2年の中で、自らの理想を求めて大統領令を行使していくと思います。それに対して共和党は立法府を押さえる形で応えるでしょう。次期大統領選に向けて、2015年5月からは民主党の、9月からは共和党のディベートが始まります。特に共和党には、民主党のヒラリー・クリントン氏のような候補者がいないので、候補者選びに注力しなければいけない。そうすると、共和党がしっかり政治に取り組めるのは8 ヵ月間程度しかないという気がしています。そのため、結果として、今回の選挙で何か目を見張るような動きが出たり、米国が変わることはないのではと思います。


丸紅米国会社 ワシントン事務所長
今村 卓氏

今村(丸紅)
今回、共和党が勝ったのは、党内の深刻な対立を押さえられたからです。2010年以降、エスタブリッシュメント穏健派と、ティーパーティーを含む保守強硬派の対立が深刻になっていました。これまでの選挙でも、例えば保守の過激な候補者が出てきたことで無党派層から好奇な目で見られ、民主党に負けたことが何度もあります。今回の選挙で共和党の勝利を象徴するのがミッチ・マコーネル氏です。彼はエスタブリッシュメントの代表で穏健派であり、1年前には予備選で保守派の候補に負けるという予想もありましたが、予備選を何とか乗り切り、中間選挙では民主党候補を封じ込めて勝利しました。今回の選挙では、穏健派の優れた候補がそろった共和党といわれています。上下院共にエスタブリッシュメント穏健派は多くおり、例えば上院には次期大統領選に出馬を考えている候補者もいます。ただ、彼らがあまり先のことを考えず党内で保守派へのアピールで目立とうとすると、2011-13年の選挙と同じように民主党に負けてしまいます。共和党が同じことを繰り返すのか、それとも穏健派が押さえ込めるか。ここが共和党の統治能力を見せられるかどうかの境目になるでしょう。もう一点気になるのは、オバマ政権の弱体化です。特に大統領に厳しいことを言える側近がいなくなっている。今後、うまくかじ取りをしながら大胆な妥協をするとか、仕掛け役をするような側近がいないとすると、残りの任期2年で大統領令を連発することになり、共和党と激しい対立を続ける可能性も十分にあります。2015年1月ごろまでに、オバマ政権のスタッフ入れ替えもあるという話ですが、本当に実現するかどうかによっては、党派対立が一層激化する深刻な2年になることも考えなければいけないかもしれません。

堂ノ脇(住友商事)
オバマ政権内の人事を刷新すべきと言っているのは民主党であって、オバマ政権は明確な反応を示していないので、あまり良い方向に進まない気もしています。むしろ、対立軸が深まっていく可能性が高いかもしれません。

豊田(豊田通商)
私は、オバマ大統領の中間選挙後の記者会見を聞いて、少し反省不足で対決色が強いという感じを受けました。オバマ大統領は、できる限り議会と協力するが、協力が得られなければ大統領令を発令すると言っています。これは次期民主党大統領候補とされるヒラリー・クリントン氏にとっても心配でしょう。もう選挙の心配をする必要がなく、イエスマンに囲まれたオバマ大統領が超リベラルという自分の信念に基づいて、大統領令を連発すると、中間派は疎外されてしまいます。ただでさえ同じ政党が8年も大統領を続けると国民の飽きがきてしまう。大統領選挙を3回勝ちぬくのは非常に難しい。一方で共和党も大統領候補を何人か抱えている。彼らは自分のアピールをしたがり、どういう行動に出るかは分かりません。共和党は上院で議事妨害を避けられる60議席を取って予算関連の法案であれば単純多数決で可決できるので、Reconciliation billに共和党の優先政策を付けて、オバマ大統領に送り付け、拒否権を発動するのか、という踏み絵を迫るのではないかと思います。


北米三菱商事会社
ワシントン事務所長
柳原 恒彦氏

柳原(三菱商事)
今回、オバマ大統領に反省の色がなくても済む背景には、中間選挙と大統領選挙に根本的な連続性がなくなってきているという現実があると思います。中間選挙と大統領選挙は2年ごとに行われますが、この2つの選挙では投票率だけでなく投票者の人種、性別、年齢も異なりますし、候補者の戦い方も違いますので、中間選挙と大統領選挙が別物になりつつあります。そのため、オバマは、今回の中間選挙で負けても、2016年の大統領選挙にマイナスになるとは思っていない可能性があります。現時点で大統領選挙を考えると、共和党はトップで走る候補者がいない状況です。ある調査では、今でもミット・ロムニー氏が支持率17%とトップで、続いてマイク・ハッカビー氏、ランド・ポール氏となります。一方、民主党はヒラリー・クリントン氏62%、エリザベス・ウォーレン氏13%と、圧倒的にヒラリー氏支持です。このような構造の中、オバマ大統領が特別なことをして、ヒラリー氏をカバーする動きに出るとは思えません。共和党はまだ候補者が明確になっていない中で闘いが始まっており、一方、オバマ大統領はヒラリー氏との次期選挙に向けた連携が始まっていないので、議会はこれまで以上に分裂していくのではないかと思います。

篠崎(三井物産)
オバマ大統領の視点から見れば、何かしら「レガシー」を残したいという人情があると思います。オバマケアや環境対策、移民制度改革などいろいろな政策がありますが、どれをレガシーとするのか。おそらく共和党もオバマケアや環境対策をつぶそうとしても難しく、妥協点を見つけてくると思います。ここで大きく関係してくるのは予算の問題です。例えば共和党は、キーストンXLパイプライン計画の承認や、石油・ガスのインフラ整備、医療機器の税金廃止など、ある程度これまで一方向に進んできたものを緩和させていくと思います。2013年10月には予算が決まらないために、政府機関が閉鎖する問題が起こりましたが、あのような事態は両党にとって望ましくありません。となると、予算を決める時にはある程度妥協をしなければいけない。オバマ大統領も拒否権ばかりで予算を通さないわけにもいかない。ですから、おそらく今後2年は対立の中で妥協の産物が出てくるような気がします。

(2)オバマ政権6年の評価

秋山(司会)
オバマ大統領の不人気が中間選挙にかなり影響したということです。ではオバマ政権の過去6年間の政策を振り返って評価をお聞きしたいと思います。

堂ノ脇(住友商事)
これまでの評価という点では、オバマ大統領が成した一番画期的な政策はオバマケアだと思います。歴代の大統領ができなかった政策をオバマ大統領が成し遂げたという点ではレガシーといえるでしょう。また、リーマン・ショック後の経済情勢を現在の回復基調まで戻したというのも、彼自身の成果かどうかは分かりませんし、シェール革命等の追い風があったのも事実ですが、評価に値する功績だと思います。


豊田通商アメリカ 顧問
豊田 博氏

豊田(豊田通商)
リーマン・ショック後の不況から回復したことは確かにオバマの功績ですが、その一方で、国の現状に不満を持つ人々は58%、国が誤っている方向に進んでいると思う人は65%との調査結果もあります。確かに雇用は拡大していますが、賃金は停滞しており、家計所得は2008年以来、実質8%減少しています。長期失業者も多く、経済的な理由でパートタイムの仕事をしている人も多い。顕著に表れているのは、学位取得率がいまだ40%という点です。20-30年前の数字と変わっておらず、他国では上昇しているのに米国では変化がありません。問題はこれが社会的モビリティーの減少につながっているということです。出口調査では、「次の世代は、今の世代よりも良くなっていると思いますか?」という質問に対して、良くなっていると思う22%、悪くなっていると思う49%と、非常に暗い答えが出ています。所得格差は拡大し、S&P500(Standard & Poor's500 Stock Index)のCEO平均所得は12億円です。米国人口の1%の人が全体所得の22.5%を占め、個人所得税の45%を払っています。他方で家計の40%の人は所得税を払っていない。このようなゆがんだ状態がいつまで続くのか考えると、オバマ政権の成果には、光の部分もありますが、影の部分も大きいと思います。

栗林(双日)
オバマ大統領にとっては、低所得者にオバマケアで光を当てることが最優先であり、その他の政策はあまり目を見張るものがないため、かえって格差が生まれていると思います。やはり、オバマ大統領の価値観の違いは大きく、過去の大統領ができなかった医療保険制度改革を通したというのは、よほど信念があったのだろうと感じます。しかし、景気が少し戻ってきているにもかかわらず、いまだリセッション(景気後退)と思う人も多く、米国のリーダーとして国民に景気回復の実感を与えていないのであれば、国のリーダーたる者ではないのかなと思います。

篠崎(三井物産)
現時点で過去6年の評価を下すのは難しいのですが、オバマ政権の最初の成果としては、前ブッシュ政権の方向性を修正したことが大きいと思います。例えば、イラクやアフガニスタンから米軍を撤退させましたが、「戦争はもうたくさん」という国民の声もあったと思いますが、実際には結構な力仕事だったと思います。歴史の中で評価されるかは分かりませんが、一つの成果といえるでしょう。ただし、これによって新たなテロが生まれた可能性を考えると、やはり6年間だけで評価することは難しい。また、国内的にはオバマケアを行いましたが、従来の米国にない発想であり、成果といえるかもしれません。経済もある程度回復し、格差が広がったという見方もありますが、いろいろな指標を見ると、前ブッシュ政権の時代にほころんだ経済を多少修正できていると思います。さらに、オバマ大統領は環境政策を推し進めているので、例えば2015年にパリで開催されるCOP21(気候変動枠組条約第21回締約国会議)などの国際会議で中国を巻き込んで環境政策が合意されたとすれば、オバマ大統領のリーダー的役割というのも、ある程度評価されるかもしれません。

今村(丸紅)
やはり外からみて、米国の評価すべきポイントというのは経済だと思います。その経済について、なぜここまで国民が厳しい評価をつけるのか疑問に思います。欧州や日本と比べれば、米国経済ははるかにましな結果になっており、ある意味これは国民の「無い物ねだり」ではないかとも思います。実質賃金でみれば確かに金融危機前の水準には戻っていませんが、戻るパス自体がそもそもなかったのです。金融危機による落ち込みから回復させるには、資産価格を押し上げるような政策を選ぶしかなく、もしも共和党に任せていたらそうした政策も選ばれず、今頃もっと悲惨なことになっていたかもしれません。金融危機を経験した経済は現状まで回復するのがやっとだったと思いますが、それでも国民の理想からすれば程遠い水準にとどまったということでしょう。とはいえ、これは誰にも解決できない問題なので、国民がこの現実を10年、20年かけて受け入れていくことになると思います。所得格差の問題も、解消しようとすれば思い切って所得移転を行うリベラルな政策をとるしかない。しかし、それを国民が嫌と言っているわけで、ある意味、自己矛盾を抱えているような状態です。外交にしても、特に過去2 年間は顕著ですが、シリアへの空爆停止の背景にあったのは、国民の強烈な厭戦気分です。「外には出たくはない」、ただし、「世界のスーパーリーダーではありたい」、揚げ句の果てには、「大統領のリーダーシップが足りない」と。これを達成できる大統領を求めることに無理があると思います。米国が置かれた厳しい現状を冷静にみて、ベストではないとしても、次善の政策をそれなりに選んできたのが、これまでの6年間のオバマ政権だと思います。ただし、国民の理想からは程遠いので、低い評価になってしまうのでしょう。

堂ノ脇(住友商事)
やはり初めての黒人大統領ということで、就任直後の国民からの期待値がピークだったと思います。そこからの落差というのが、オバマ大統領にとってはかなり不利になっている気がします。

(3)米国経済の今後の見通し

秋山(司会)
ここからは2015年以降に視点を向けましょう。米国の株価、企業業績、雇用等といったマクロの経済指標は極めて良い状態を示していますが、今後の米国経済見通しと問題点についてご意見をお聞きしたいと思います。

今村(丸紅)
国民の中には、2015年の景気が悪化すると予想している人が多いようですが、雇用も加速しており、インフレもなく、ゆがみも生まれていませんので、かなり良い経済状態になっていると思います。ただ、あくまで楽観できるのは当面の景気までです。一方で、中長期になると、現在米国で指摘されることが多い「長期停滞論」といわれる問題を考えざるを得ません。国の設備、雇用など、いろいろなものがフル活動した場合に、この国は何%成長できるのかという「潜在成長率」という考え方がありますが、試算でみると米国は2%程度しか成長できない国に変わってきています。米国でも少子高齢化がそれなりに進んでおり、ベビーブーマーは次々に引退しています。逆に成長率を3%に押し上げるような変化は2000年代からは起きていません。1990年代にはIT革命のような生産性を高める事象が起こりましたが、2000年代からは何も起きないまま現在に至ります。シリコンバレーあたりではそれなりに輝く企業もありますが、国全体を広く豊かにするという意味では、限界が見え始めています。このあたりを、2016年以降のリーダーや政権が変えていくことを示せるかどうかが、今後の課題になるでしょう。短期的には議会が共和党主導になり、これまで自由にできていたFRBの政策が今後うまくいくのかという課題もあります。当面はあまり大きな制約は見当たりませんが、その先にあるのは「長期停滞論」といった構造的な問題になります。

篠崎(三井物産)
今村さんがおっしゃったように、米国経済は良い状態ですし、製造業回帰も起こってきています。この背景にはシェール革命や原油価格の高騰もあると思います。ただこれは供給側が引っ張ってきたということでしょう。需要側も自動車や住宅の販売数が増えて消費が回復していますが、消費の伸びがどれくらい経済を引っ張るかは読みにくいところです。大きく米国経済に影響するのは、やはり原油の価格でしょう。ここ3 ヵ月で約20ドル下がっていますが、供給側からすると、もう少し値下がりした時に供給を抑えるのかどうかが、雇用にも影響していきます。ただ一方で、原油の価格が下がるとガソリンも値下がりしますので、例えばガソリンが3ドルを切ると消費者にとっては非常に良いのですが、需要と供給のバランスがどちらにいくかで、経済の方向性も変わってくるのではないかと思います。

豊田(豊田通商)
短期的に見れば、米国の成長率は3%程度になるのではないかと思います。今後も当面はシェール投資は続くでしょうし、原油の値段は下がっていますので、仮に20ドルの低下が1年間続くと、1世帯当たり600-700ドルの減税効果があり、それなりに消費は強いでしょう。問題はやはり、潜在成長率が2%まで低下していることです。背景には、まず労働力人口があります。過去5年で米国人口は毎年231万人増えていますが、労働力人口は毎年たったの22万人しか増えていません。高齢化という理由もありますが、働かない人が増えています。さらに投資停滞の問題があります。米国企業は現金相当で5兆ドル保有していますが、そのうち2兆ドルは海外で保有しています。投資をせず何をしているかと言えば、自社株買いです。ある調査によると、エクソンモービル社は2012年までの10年で20兆円も自社株買いをしています。BP社の時価総額が13兆円ですから、20兆円あればBP社が買収できてしまいます。今後は、企業が持つ現金をどうやって投資に向けさせるかが課題です。米国での起業率と廃業率を調べますと、廃業率が2008年から起業率を上回っています。起業数が減り、いわばアメリカンドリーム、新しいことにチャレンジするのが難しくなっている。これは、規制や特許権の縛りが影響しており、1990年代のIT革命のような革命的なイノベーションが起こらない限り、なかなか問題は解決しないのではないかと懸念しています。


双日米国会社 ワシントン支店長
栗林 顕氏

栗林(双日)
米国以外の経済を考えると、欧州も良くない、アフリカはまだしばらく先、南米は良い国と悪い国に大きく分かれてしまう、ブラジルも苦しいという状況です。結局、米国以外で経済が上向いているというのは中国しかありません。米国経済の将来についても、他国の経済情勢が大きく影響してくると思います。

秋山(司会)
次に2015年以降の経済以外の分野についてご意見を伺いたいと思います。先ほどからも話が出ていますが、われわれのビジネスにも大きく影響があるエネルギー・環境の分野では、今回の中間選挙を踏まえて今後どのような動きや変化が起こるでしょうか。


篠崎(三井物産)
今回の選挙で上院が共和党になり、上院のエネルギー天然資源委員会の委員長がこれまでの民主党のメアリー・ランドリュー氏から、共和党のリサ・マカウスキー議員になります。この方は非常に推進派ですので、例えばLNG輸出や原油輸出を委員長として推し進めてくると思います。議論になっている天然ガスや原油の輸出、エネルギーのためのインフラ促進についても、相当、共和党が前に進める法案を出してくるのではないでしょうか。また、ミッチ・マコーネル氏が上院の院内総務になると、共和党に非常に有利になります。彼はケンタッキー州選出議員で石炭産業とも関係があるので、環境政策については相当骨抜きの案や緩和案を出してくるかもしれません。となると、環境政策的には、石炭産業が多少盛り返してくる可能性もあると思います。注目は、カナダからメキシコ湾岸へ続くキーストンXLパイプライン計画です。6年間も継続審議になっていますし、どうしても法案を通したい共和党議員もいるようですので、今後2年で承認される可能性が出てくると思います。

堂ノ脇(住友商事)
上院の委員会でいいますと、環境関係の委員長には共和党ジェームス・インホフ氏が就任予定で、これまでの民主党バーバラ・ボクサー氏と違って、環境問題やEPAには厳しい方なので、ある程度影響があると思います。行き過ぎた環境政策に対して待ったをかけることは十分に考えられます。篠崎さんから話があったように、エネルギー天然資源委員長は民主党メアリー・ランドリュー氏から共和党リサ・マカウスキー氏に代わります。ランドリュー氏もどちらかというとプロ・インダストリーでしたが、これからさらにLNGや原油輸出等に拍車が掛かるのかなと思います。

柳原(三菱商事)
私は基本的に、共和党の議会になっても、エネルギー政策はこれまでと根本的には変わらないとみています。もしも共和党が、2016年を見据えて共和党自身のアジェンダを作ろうとすれば、今の米国のエネルギー安全保障と、国の安全保障をつなげることは可能だと思います。現在、良い意味で、ガスの輸出は一歩ずつ着実に進んでいます。そこに、ウクライナ危機によって国家安全保障が絡んで、米国から欧州にもガスを輸出できないかという声が相当高まりました。そしてガスの次は油です。コンデンセート(超軽質原油)は石油精製品としてすでに輸出しようという話になっていますが、もしも今後原油が絡んでくると、米国のガスと原油を持つ立場というのは、エネルギー安全保障的にも非常に強くなります。加えて、イランとの核開発の交渉です。もしも交渉がうまくソフトランディングすれば、イランの原油が市場に戻ってくることを考えたときに、米国が切れるカードはおそらくガスや原油の輸出になるでしょう。2016年に向けて共和党がしっかりと政策をつくるのであれば、これまで民主党環境派の力が強かったために進まなかったエネルギー政策を、外交政策とうまく絡めて推進していくことが可能かもしれません。

篠崎(三井物産)
天然ガスの輸出については、非常に注目していますが、原油価格がさらに下がると、米国の天然ガスをLNGにして日本に輸入したとしても、米国産とそれ以外の価格にあまり差がなくなってしまいます。価格的にはメリットがなくなるかもしれませんが、供給元の多様化という意味では米国から輸入した方がいいかもしれません。安全保障上の影響も考えると、原油の価格とエネルギー政策は不可分な感じがしています。

豊田(豊田通商)
柳原さんからイランの話がありましたが、オバマ大統領はイランのハメネイ師に親書を送って妥協策を図ろうとしています。オバマ大統領はレガシーづくりということで一生懸命でしょうが、対イラン制裁を恒久的に解除するには、大統領令ではなく議会の承認が必要になります。ところが議会は逆に追加の対イラン制裁を超党派で準備しています。議会をコントロールするのは難しいのではないかと思います。単純延長か若干修正して、アラクの重水炉施設を平和利用するというような形で共和党議会が制裁強化を思いとどまるかどうか。厳しいところだと思います。

栗林(双日)
豊田さんの意見に非常に賛成です。さらに、米国の制裁ポイントとして、核だけでなくて人権問題やテロ支援国家などもあり、議会では、イラン核協議以外はどうするのかという議論も制裁解除のためには結論を出さねばなりません。今後、議会をコントロールするのは、イスラエルの問題を含めて難しいのではないかと思います。

豊田(豊田通商)
原油価格については、需要も減っていますし、供給側もシェールオイル生産やサウジアラビアでの増産があり、80ドル時代が長く、少なくとも1年は続くのではないかと思います。これにより、世界経済の成長率は0.5%上乗せされ、米国でも各家庭600-700ドルの減税効果、日本も4-5兆円の減税効果が期待できます。一方で不安定要因はイラン、ロシア、ベネズエラであり、高い石油価格に依存していた政治体制が本当に持つのか、2015年以降も注意が必要だと思います。

(4)米国に立ちはだかる外交問題

秋山(司会)
イラン、イスラーム国(ISIS)、ロシアなど、米国が直面する外交問題も山積みです。米国は今後これらの難問とどう向き合っていくべきでしょう。

栗林(双日)
外交政策というのは、いわゆる「人気取り」のような要素があり、オバマ大統領は国民の声に応えてアフガニスタンから米軍を撤退させています。しかし、米国の安全保障の観点からいえば、アフガニスタンに基地を持っていたということは、イランを見張っていたという重要な側面もあったわけです。ですから、米軍の基地を全面的に撤退させるという決断の際に、イランとの関係についての考慮が欠けていたのではないかと思います。シリアもそうですが、外交政策が一歩一歩遅れている、後付けになっている感じを受けます。その点、共和党は外交政策を理解している部分があり、外交安全保障、防衛については、逆に共和党がリーダーシップを取った方が、落ち着いてくるのではないかと期待しています。

篠崎(三井物産)
オバマ大統領は国民の厭戦気分に沿うように米軍を撤退させたわけですが、今のオバマ大統領は「弱腰」と言われてしまっています。それに対し、共和党は「もっと強く出るべき」と真っ向から対立してくる可能性があると思います。対ロシア、イラクにしても、例えば追加制裁といった厳しい動きを議会としてオバマ大統領に提示してくるかもしれません。エボラ出血熱の次はISISと、国民は不安感情を持っていますので、共和党ジョン・マケイン氏などからはオバマ大統領に対して批判の動きが出てくる可能性が高いと思っています。

柳原(三菱商事)
共和党が抱える問題は、党内でも意見が分かれる論点が多く、足並みがそろっていないことです。エボラ出血熱、ISISの脅威に強く反応しているのは、保守強硬派のティーパーティーです。共和党内でもめ事が起こるときは外交面が多いのですが、一方では強気で出たい、しかし派兵について一言でも言うと、2016年の大統領選挙に響いてくるというジレンマがあり、今後もティーパーティーと穏健派の争いは強まると思います。そういう意味でも、外交であまり勇み足はできません。イランについても、オバマ大統領はレガシーづくりのためにリーダーシップを発揮したいでしょうが、早急な解決策はありません。イスラエルも決してイランと戦うことを得策とは思っておらず、イスラエル国内でもさまざまな問題が出てきています。そういう意味では、うまく米国がイランと折り合いをつけるのは、最終的に悪いことではないとみる可能性もあり、うまく妥協したいというのが、共和党の本心だと思います。

豊田(豊田通商)
ISISに関しては、米軍がイラクやシリアに空爆してもなかなか成果が出ない、地上軍なしではやはり本当の勝利は得られないと理解されています。なし崩し的に米国は約3,100人の軍事顧問を派遣していますが、やはりなし崩しではいけないと、戦争権限の法案を議会で通そうとしています。ただ、2015年を待たずに議会を通るかもしれません。ただ、オバマ大統領はイラク戦争の終結をレガシーにしたいので、任期中にイラクへ地上軍を派遣したとは、口を裂けても言いたくない。ISISとの戦いは長期の闘いになりますから、次の大統領選挙の論点となって、次の大統領がどうするか、本当に地上軍を送るかは次の大統領の判断に委ねられると思います。


米国住友商事会社
ワシントン事務所長
堂ノ脇 伸氏

堂ノ脇(住友商事)
国防総省はイラクへの地上軍派遣の必要性を言っていますが、オバマ大統領としては「戦時大統領」のレッテルを貼られたくない。「地上軍さえ送らなければ、自分は戦争をしていない」という考えにこだわり過ぎている気がします。やはりそれに対する反感というか、地上軍が必要なのではないかという意見が共和党にあり、オバマ大統領はどこかで折り合いをつけざるを得ないのではないか。彼の任期中に、「絶対に派遣しない」と言ったレトリックを変えて、「地上軍を送る」と言わざるを得ないようなタイミングが来てしまうのではと危惧しています。

栗林(双日)
「地上軍を出せば勝てる」と分かっていて、オバマ大統領のこだわりだけで地上軍を送らないのであれば、議論はまだ簡単だと思います。「地上軍を送れば勝てるのですか?」という問いに対しては、実際のところは「分かりません」、「出さなければ、絶対に勝てません」となるのでしょうが、これも難しい判断だと思います。またベトナム戦争のように長く続くのではないかという議論も出てくると思います。

今村(丸紅)
国民はものすごく内向きになっています。ISISもエボラ出血熱にしても、国内問題に転化しないと国民の関心は高まりません。外から脅威が来る、新しいテロが起きるというような事態になって初めて、攻撃すべきという話が出てくるわけです。先に外に打って出ていくという考えを持つ人は極めて少ない。今後2年で次なる問題が起きても、抜本的対策ではなく、お茶を濁すような対処策が出てきて、国民の関心は早々に2016年の大統領選に移ってしまうという展開になる気がしています。

堂ノ脇(住友商事)
エボラ出血熱でもなんでも、米国民は自分の身近に危険が迫っていると認識するに至って初めて「何か手を打つべし」と行動します。

栗林(双日)
テロが米国内で起きないという保証もなく、再び米国で起こる可能性もあります。本来であれば、何かが起こる前に、手を打っておくのが国のリーダーだと思います。

柳原(三菱商事)
オバマ大統領には、「世界のお友達」が少ないという弱点があります。ヨルダンのフセイン国王など、何人かとは良い関係のようですが、今回のISISの掃討に関して言えば、今後の軍事攻撃や地域安定にはトルコの協力が不可欠であるにもかかわらず、以前はイスラエルとの関係で親密になっていたエルドアン大統領とは今はあまり親しい関係ではありません。米国主導の掃討作戦に関しても、トルコはトルコ軍の越境行動と外国軍のトルコへの受け入れを承認しましたが、ISISへの爆撃攻撃に欠かせない南部のインジルリク基地の利用は許可していません。トルコには中東への関与を最小限に抑えようとするオバマ政権への不満や、クルド族との複雑な関係があります。その他の周辺諸国も反ISISという点では一致しているものの、それ以外の国や組織間の関係は複雑に絡み合っているため、米国が各国の支援を得ようとしても外交でうまく指導力を発揮していかない限りリーダーたちは動きません。世界のリーダーたちとの接触という意味では、明らかにオバマ大統領は軽く見られています。APECでもオバマ大統領の素行ばかりが報道されましたが、軽いイメージを付けられてしまったのは米国にとっては悲劇でしょう。

秋山(司会)
オバマ大統領は確かにスピーチは上手だが、自分たちの身近な存在とは感じられないし、その一方で米国のリーダーや米軍最高司令官としては軽いというイメージが国民からの不人気の理由ですが、そういった資質が外交にも出ているということでしょう。イラン、ISIS等の中近東が出ましたが、その他の地域ではいかがでしょうか。

栗林(双日)
米中関係で言うと、2国間の貿易額は非常に大きく、米国の貿易赤字の50%以上は中国が占めています。中国に米国マネーが流れているのは間違いなく、やはり自分たちのマーケットになってほしいわけです。今後、米国内で爆発的に消費が増えることはなく、次のマーケットとして消費が増えるのは中国です。米国が中国企業とビジネスをしていくために、人権問題などの面でも、中国のスタンダードをグローバルレベルに上げるべきという議論が起こると思います。とはいえ、米国としては、中国とは絶対にうまくやらなければというのが、変わらない共和党と民主党のコンセンサスだと思います。

(5)日本への影響をどうみるのか

秋山(司会)
今回の中間選挙によって共和党中心の議会になりましたが、今後の日米関係、米国のアジア戦略等については、どのような影響や変化があるでしょう。

篠崎(三井物産)
日本人は日米関係を2国間、つまりバイラテラルの関係で考えますが、今後は日米中、日米中露といったマルチな関係の中で考える必要があり、日米だけという話はしづらいと思います。米中、米露、日中といった入り乱れた関係の中で日米関係が位置付けられており、日米関係が独立して何か一つのターゲットを決めるのではなく、周辺諸国との関係の中で、その時々でベストの選択をしていくことになると思います。日本は受け身外交の面もあるので、日米関係についても米中、米露関係に左右される可能性があるのではないかと思います。

堂ノ脇(住友商事)
篠崎さんのおっしゃる通りだと思います。日本では日米関係がよくトピックスとして取り上げられますが、米国は日米というバイの関係ではみていないと思います。2国間に大きな溝があるとか、解決すべき深刻な問題があるわけではなく、TPPを絡めた通商交渉が課題としてある程度で、大きな対立や緊張があるわけではありません。むしろ米国からみれば、アジア全体の中で日本に果たしてほしい外交的、経済的な役割があり、日本は米国の意図を十分に理解し、意識をした立ち回りを常に念頭に置いておかないと、変なすれ違いが起こりかねないと思っています。

栗林(双日)
お二人の意見に同感です。安全保障面からみても日米関係、日中関係という話がよく日本では出てきますが、バイの関係でみていることが多い。今後は、米中関係の中で沖縄はどういう意味があるのかといったことを念頭に置きながら、日本の戦略を立てていかないと、譲らなくてもいい部分まで譲ってしまうことになりかねません。マルチな見方の中で、力関係を理解した上での日本の政策、考え方を持つ必要があります。

堂ノ脇(住友商事)
私も過去2年米国側からみていますが、日本の果たしている役割は申し分ないと思います。しかし、懸念されてきたことは、米国が当初想定した以上に、日本と周辺国との間にあつれきがあったことでしょう。日中首脳会談も行われましたし、今では解消の方向に向かっていると思いますが、米国が唯一懸念しているのが日本と周辺諸国との関係かなと思います。

秋山(司会)
米国のアジア・リバランス政策は、今後どのような方向に進んでいくと思われますか。

堂ノ脇(住友商事)
当初アジア・リバランス政策を言いだした人は、もはやオバマ政権には残っていません。策定したのはクリントン元国務長官やカート・キャンベル元国務次官補であり、また当時と今では全体的な国際情勢も大きく変わっています。唯一変わってないのは、中国が引き続いて台頭を続けていることで、それを除けば、中東情勢はさらに不安定になり、ロシアとはにらみ合いのような状況になっています。アジアは経済的に重要地域ですので、少なくとも安定した状態を保ってもらい、その間に問題のある他の地域に注力しなければいけないと、米国は考えているのではないでしょうか。

栗林(双日)
米国からすると、中東に軍隊を派遣しないといけない、中国の台頭に対してもバランスを取らないといけない中で、やはりアジアの重要性は依然として変わらないと思います。次のマーケットとしてもアジアは大事ですが、米国としては他の地域に注力しなければいけないので、同盟国の日本には、資金的援助と、諸外国との友好関係を維持してほしいというところでしょう。

篠崎(三井物産)
リバランスというくらいですから、本来のバランスがあって、それがアジアにシフトしてきています。当初はイスラエル、パレスチナ、中東などに軍事費や兵隊をつぎ込み、原油やエネルギーも依存していました。しかし、イラクやアフガニスタンから撤退し軍事費も下げ、中東に関わっているよりも、経済的発展が見込まれる中国やアジアに目を向けるべきと、バランスをシフトしたことが背景にあります。もう一点、米国でシェールオイル・ガスが採れて、中東の原油への依存度が減ってきた中、なぜ中東を守らなければならないのか、米国内でエネルギーも自立できるじゃないか、という背景がありました。しかし、ISISやウクライナの問題が起こってしまい、背景が変わってしまった。不確定要素の多い中で、リバランスの正当性をいつまで証明できるのか。これだけ問題が起こるのであれば、やはりもう少し中東に目を向けなければと、アジア・リバランスの影が薄くなってくる可能性もありますが、基本方針としてはアジア・リバランスという表現は変えないのではと思います。

今村(丸紅)
今では国防費が大幅にカットされているため、アジア優先とすれば、その分大事な中東を減らさなければいけないため、かえってアジアにシフトしづらくなっています。リバランスを言い出した時にも、これからリバランスしますという話であって、その時のバランスでは、アジアは国防費も国務省人員の割合もかなり手薄な状態でした。これをもう一度アジアにシフトするとなると、大事な問題が起きている中東を削ってとなるわけですから、実際には難しいでしょう。財政的に余裕があるのであれば比較的スムーズにシフトできますが、片方が小さくなるシフトというと、なかなかできないと思います。財政赤字を徹底して絞ったのはむしろ共和党の議会ですからね。

篠崎(三井物産)
今後、経済と政治のリバランスが二分化してくる可能性はあると思います。TPPが批准されると、自由貿易の核が環太平洋になるので、経済のリバランスは保たれますが、政治のリバランスは少し違う形になってくるかもしれません。

豊田(豊田通商)
政治や安全保障のリバランスが難しいとなると、経済のリバランスはTPPで、となりますが、TPPの前提となるTPA(TradePromotion Authority /貿易促進権限)の法案は再度議会に提出されるでしょう。2015年前半可決されるのが望ましいのですが、それなりにハードルがあって、共和党ティーパーティーのテッド・クルス氏、ランド・ポール氏らはオバマ大統領に花を持たせたくない。自由貿易に懐疑的なリバタリアンもいる。民主党は労組を中心に慎重である。オバマ大統領がTPAを可決させるために、政治的ポリティカルキャピタルを使うのかどうかを今後注視したいと思っています。

柳原(三菱商事)
通商政策は、米国の政策の中で比較的優先順位が低いといわれています。一方日本にとっては優先度が高いのでこれがジレンマなわけです。米国の経済力を高めるためには、TPPを推進してアジアへのリバランスを実施しないといけないが、まだそれもできていない。そのため、TPPなしでは本質的なリバランスは実現できないということをうまく訴えかけながら、法案を通していく可能性はあると思います。TPPを推進する米企業のロビイストの動きもあるようなので、場合によっては2015年の早い段階でTPA が通る可能性もあります。

栗林(双日)
中国では自国を中心とした通商枠組みをつくろうとしていますが、一方のTPPは米国主導の枠組みですので、ここに米中の力争いがあると思います。別の観点から見ると、アジアを中国主導にするのかという議論も出てくるでしょう。米国としては、自分たちがアジアの主導権をとっていきたいという思いがあるはずですので、そういう観点から見ても、TPP、TPAにとっても追い風なのかと思います。

篠崎(三井物産)
米国の考えるアジア・リバランスというのは、中国をどうやっておさえて、米国がいかにアジアで覇権を持つかということです。アジア重視というのは表向きであって、アジアにおける米国の立場をいかに優位に保つかがTPPの主眼でしょうし、TPPに中国が入っていないのが象徴的なわけです。米国としてはTPPと欧州のTTIP(環大西洋貿易投資パートナーシップ)を合わせて完成型だと思います。そうすれば、世界経済の大部分を米国中心に動かすことができ、中国は枠の中にいない。そのような状況を米国は望んでいると思います。

栗林(双日)
米国主導でできた枠組みの中に、中国が後から入ってくるのは構わない。米国のスタンダードに中国が入ってくるのがベストシナリオであって、大事なのは主導権の維持ということですね。

堂ノ脇(住友商事)
これまで盛んにTPP 交渉では、「関税」ではなく「ルール作り」をと言っています。つまり、米国がルールをまず作り、中国はルールの中でプレーしてもらいましょうというのがポイントです。

豊田(豊田通商)
中国側にはもう一つ、米ドルの基軸体制にくさびを打ち込みたいという考えがあると思います。その点で注目しているのは新設されるAsian InfrastructureInvestment Bankです。2014年10月には了解覚書が結ばれましたが、米国は韓国と豪州へ署名しないように働き掛けたようです。この融資は人民元建てが中心です。米国のドル紙幣の発行額は約120兆円ですが、そのうち100ドル札が90兆円を占めています。100ドル札は米国内で流通せず、ほとんどが外国に流れています。仮に半分としても45兆円ですが、米国にとっては単なる無利子での借入、寄付のようなものですから、メリットは大きい。中国は人民元もそうならないかと思っています。さらに、米国はイラン制裁、ロシア制裁などで、外国の金融機関に過大な課徴金を課していますので、外国の金融機関としては、できればドル以外で使いやすい通貨があればいいと思っており、中国、ロシア、イランあたりがつながって独自の決済システムをつくる可能性もあります。米ドル基軸通貨の時代は当分続くと思いますので、これは中長期的な課題ですが、念頭にいれておく必要があるでしょう。商社にとっては、人民元とどう向き合っていくかが大事でしょう。英国はもう人民元建て国債を発行しており、シティーでは人民元ビジネスも始まっています。

(6)2015年 新たなビジネスを展望する

秋山(司会)
日米、アジア関係の議論を踏まえて、2015年以降の新しいビジネスについて展望したいと思います。

今村(丸紅)
米国はいろいろな悩みを抱えていますが、幸いなことに、日米をつなぐ環境には何の問題もないという最良な状況にあります。象徴的なのは、2013年の日本の対米直接投資額は約4兆円であり、米国にとって最大額です。相対的にみれば、米国は世界で一番経済が安定しており、カントリーリスクもない。一方、中国や新興国はやや頭打ちで、真っすぐ成長していくわけでもない。収益率でみれば米国は非常に稼げる国ですから、大きく崩れない限り、日本からの投資も拡大していくでしょう。ましてや日本からみて、米国は世界で一番分かりやすい国ですから、日本が少子高齢化で大変な状況の中、一方向ではありますが、投資が増えていくことは明らかだと思います。

篠崎(三井物産)
日米の経済関係というのは、非常に補完関係があると思っています。例えばエネルギー面では、米国が日本に輸出すると、日本のエネルギー政策には非常にプラスになり、供給源が増えていきます。すると、日本は米国に対して、技術者や技術協力といった面で、米国に対して補完関係を果たせるようになります。米国で天然ガスや原油が採れるということは、日本のビジネスチャンスでもあります。米国のエネルギーと日本の高度な技術が合わさることで、さらなる技術開発が期待できるでしょう。また、日本や米国、その他先進国でも、高齢化社会への流れがありますので、ヘルスケアやメディカルの分野が大事になると思います。米国のヘルスケア分野も、日本企業にとってビジネスチャンスではないでしょうか。

栗林(双日)
篠崎さんがおっしゃったように、日本には投資と「技術で返す力」がありますので、予算が厳しい中でも、日本がインフラ整備に貢献するというビジネスがあると思います。もう一つ、安全保障の分野で「防衛装備移転三原則」に則った形で日本が技術協力をして、それを広く展開するビジネスがあります。これは日米関係が安定して続いているということが前提ですが、この二つはビジネスチャンスかと思います。

豊田(豊田通商)
日本の安全保障として、軍事技術の輸出は非常に大事だと思います。日本の防衛装備や軍事技術を持つ国が、日本を攻撃する可能性は低いと思いますので、安全保障の観点からももっと力を入れてもよいのではないかと思います。もう一点は気候変動条約の関係です。2014年11月北京で、オバマは温暖化ガスを2025年までに26-28%削減する(2005年基準)と発表しました。2015年12月にはCOP21が開催されるので、温暖化ガス削減はより注目されるでしょう。クリーンエネルギー発電やリサイクルビジネスにおいても、日本がアピールできるチャンスだと思います。

堂ノ脇(住友商事)
私も栗林さんと同じで、米国は道路をはじめとするインフラが老朽化で修繕・再構築の時期に来ていますので、財源の問題はありますが、日本にとってもビジネスチャンスになると思います。また、篠崎さんと同じ意見ですが、日本は高齢化社会を先駆けて迎えますので、今後ヘルスケア等の分野で得られる新たな知見を、米国などで活かせる機会が出てくるのではと思っています。

柳原(三菱商事)
米国の強みとして、既存のエネルギーや化学品、シェールガスなど下支えのような「現場」を持つビジネスがありますが、もう一つ、シリコンバレーやグーグルに代表されるような、インターネットや技術を使って破壊的変化を生み出す先端型ビジネスがあると思います。前者であればある程度は日本の商社も今後連携ないし、米国での存在を高めることができてくるでしょう。しかし、後者の先端型ビジネスでは、日本企業がどの程度関与できるかが悩ましい問題です。日本では、大企業と中小企業が連携できるのが強みであって、企業家が直接海外展開を行うことはあまりありません。逆に米国では、企業家は事業規模を拡大していくのも早く、すぐに融資もつきますし、他国の投資家や、事業を展開しようとする人たちがすぐ集まってしまいます。それが、中国やインドからというのが、米国の先端技術の連携パターンです。その中で今後、下手すると先端型ビジネスが日本以外のアジア諸国に流れる可能性が増えていきます。米国の若者的な先端分野を追う中で、どうやって日本が受け皿になるかが難しくなりつつあると思いますし、大きな問題だと思います。

篠崎(三井物産)
柳原さんのおっしゃった先端技術は重要なキーワードだと思います。米国で生まれた多くの先端技術、イノベーションを、どうやって日本人がビジネスに変えるかが非常に大事です。電力、スマートグリッドなどの分野は米国でも変わりつつあるので、大きな可能性があります。日本企業の単独進出は難しいかもしれませんが、米国企業と協同で、スマートグリッドや先端技術を使って電力ビジネスを生み出す大きなチャンスがあると思います。

秋山(司会)
私が常に注目するのは、デモグラフィー(人口統計)の変化です。人種構成や年代構成も徐々に変化しており、特にベビーブーマー世代に代わってミレニアム世代が中心になると、生活スタイルや消費行動パターンが変わってきています。一例を挙げると、物を自ら購入・所有しないで他人とシェアをする経済行動が増えているなど、米国には新たなビジネスが生まれる俎上があることを常に感じています。

(7)2016年 米国大統領選挙を占う

秋山(司会)
最後に、2016年に行われる米国大統領選挙について予想してみたいと思います。

今村(丸紅)
現在の展望からすれば、珍しく共和党は抜きんでた候補者がいない状況です。エスタブリッシュメント穏健派と保守派のバランスが最大の問題で、普通であればエスタブリッシュメント穏健派から候補が出てくるはずです。しかし、その候補が、2016年も民主党の候補に負ければ共和党の穏健派は3連敗になります。そうすると、共和党の中では、その次の選挙では穏健派ではなく、保守派の、かつてのバリー・ゴールドウォーター氏のような候補が選ばれ、一般投票では無党派層に敬遠されて敗れるという悪循環に陥る恐れも出てくるでしょう。一方で将来の有望な候補者という視点は、大統領候補の養成の場ともいわれる州知事の数において共和党が民主党を圧倒しています。逆に民主党は、中堅若手候補の少なさから空洞化が指摘されているほどです。そこで2016年ですが、当面は共和党の候補争いが大きな注目点になります。果たしてエスタブリッシュメントからの支持が多いジェブ・ブッシュ氏が、候補者選びを勝ち抜けるのか。共和党はかつてのレーガン大統領のころに比べれば、軸が相当右にぶれているという見方もあります。個人的にはランド・ポール氏に注目していますが、同氏が最後まで首位を争うような候補になる場合、同氏がエスタブリッシュメントの支持も得られるように大きく化けるのか、あるいはそれほど変わらないで他の候補よりはやや多い支持を得る選挙戦になるのかで、その後の大統領選の展開は変わってきそうです。

篠崎(三井物産)
もしも現時点で投票が行われたら、民主党のヒラリー氏が大統領になる可能性がかなり高いと思います。ただ、2016年に投票が行われる時に、ヒラリー氏が今の状態でいるかどうか、出馬するかどうかも疑問です。私はヒラリー氏は大統領にならないかもしれないと予想しています。民主党はヒラリー氏しか候補者がいませんので、共和党は集中的に攻撃するでしょう。そこから体制を立て直して、別の候補者を出すのは民主党としてかなり厳しいと思います。一方で、共和党は多くの候補者がいますから、民主党は誰を攻撃していいか分からない。さらに、州知事の中からホープが出てくるかもしれません。2年後の2016年にはかなり面白い大統領選挙になると予想しています。

豊田(豊田通商)
私は共和党のオハイオ州知事ジョン・ケーシック氏、ウィスコンシン州知事スコット・ウォーカー氏に注目しています。彼らは面白い政策を展開しており、中間選挙でもしっかり再選されています。彼らの政策がどれだけ成功するかに注目しています。どちらも大統領選挙の行方を左右するキーステートでもありますし。

秋山(司会)
2016年の次期大統領選挙を展望したところで、本日の座談会を終了とさせていただきます。ありがとうございました。

(2014年11月12日、伊藤忠インターナショナル会社ワシントン事務所にて開催)

米国から展望する2015年世界の政治経済動向 誌面のダウンロードはこちら