2019年の世界と日本を占う、 経済から社会問題まで

(一社)日本貿易会会長、住友商事株式会社取締役会長
中村 邦晴

中村 邦晴

(一社)日本貿易会会長、住友商事(株)取締役会長
1974年住友商事(株)入社、2005年執行役員経営企画部長、2009年専務執行役員資源・化学品事業部門長、2012年代表取締役社長、2018年4 月代表取締役会長、同年6月取締役会長。

櫻井 玲子

NHK解説委員・国際放送局WORLD NEWS部副部長
広島局・報道局経済部・ワシントン支局での勤務を経て現職。ITバブル崩壊・産業再生・リーマンショックなどを取材。地上波と海外視聴者向けのNHKワールドの両方で解説を担当。

揺れ動く世界情勢、続く激動の中で日本は…

櫻井:本日はお話しするお時間をいただき、ありがとうございます。私が報道局経済部で商社業界の担当記者だった頃、中村会長は当時、経営企画部長でいらっしゃいましたが、その頃から、温かいご指導をいただいております。さて、本日は新年の幕開けにふさわしく2019年を展望してまいりたいと思います。2018年は激動の一年ともいわれ、地域や分野によっては不確実性が高まることもありました。2019年は、どのような年になるとお考えでしょうか。


中村:こちらこそ、対談を引き受けてくださり、本日はありがとうございます。当時のことを私もしっかり覚えていますし、その後の櫻井さんのご活躍を、日々うれしく拝見していました。さて、おっしゃる通り、2018年はまさに激動の一年、目まぐるしく変化する一年でした。一時、IT業界の技術革新の速さを例えるのに、ドッグイヤーという用語がはやりましたが、現代では、その比ではないほど、あらゆる分野で変化のスピードが速くなったと思われませんか。変化する世界情勢・社会状況の中で、2019年は国内外のイベントがめじろ押しですが、いっそう先を見通しにくい様相を呈するのではと感じています。だからこそ、商社としてはアンテナを高く張って、次の動きを予測し、それに備えておく必要があります。

櫻井:2019年の干支(えと)は「亥(イノシシ)」。亥(イノシシ)は一般的なイメージとは違って日頃は細心かつ慎重な行動をとっているそうですが、「ここぞ!」という場面で、周囲を驚かせるスピードを見せるそうですね。2019 年、商社をはじめ日本企業に、これまで以上にこういった注意深さと突進力の両方が求められるのではと感じています。

中村:むやみに突っ走るのではなく、行き先をしっかり見極めることが必要です。

櫻井:そこでまず、世界経済の基調は、どのようになるとお考えですか。

中村:世界経済は堅調に推移するとみていますが、米中の貿易摩擦がどのような影響を及ぼすか、見極めねばなりません。米中間の枠を超えてエスカレートした場合、世界経済への悪影響は不可避と考えます。もちろん私としては貿易摩擦の早急な沈静化を願っています。

櫻井:そうすると、まず米国の動きに注目ということですね。2018年11月には中間選挙が行われましたが、結果をどのようにご覧になっていますか。

中村:民主党が下院で過半数を占めたことから、法案審議の遅れ等の影響があるかもしれませんが、トランプ政治の大枠の流れは変わらないと思います。

櫻井:私も、米国政治の底流にある構造的なもの、「アメリカファースト」の考え方そのものは変わらないと感じています。「トランプ大統領の次は別のトランプ大統領が出現する」という見方も聞かれますが、そういった局面に対する備えも私たちに求められるでしょうね。米国政治に対する懸念のようなものを、会長はお持ちでしょうか。

中村:トランプ政権は、「貿易収支が赤字か黒字か」この視点のみで二国間の経済関係を評価し、米国の黒字を追求しているように見受けられますが、長期的に米国に利益をもたらすとは限りません。例えば、米中貿易摩擦ですが、中国経済のみならず世界経済にも負の連鎖が及び、回り回って米国経済も影響を受けることが予想されます。これでは本末転倒ではないでしょうか。

全世界的な視野、中長期的な視点を持ち米国経済のかじ取りをどうすべきか考察する必要があります。

櫻井:ワシントンの一部のリベラルなシンクタンクでも「アメリカファーストの勝利」といった形でトランプ政権を評価しているのには驚きました。確かに米国経済は好調ですが、大型減税などの刺激策が取られた結果でもあり、マイナス面が顕在化するには時間がかかります。また財政悪化で米国債の利払い費がかさんでおり、早ければ4年後にも国防費を上回るのではと予想されています。ここにも中長期的な視点の必要性を感じますね。翻って、中国の動向はいかがでしょうか。

中村:やはり、米国の関税引き上げによる影響を懸念しています。われわれ商社に限らず、日本企業の多くは中国と貿易をして、投資もしていますが、中国の対米貿易比率は比較的高いため米国との貿易摩擦の影響は徐々に拡大するでしょう。それに伴い、中国国内では、成長率の下支えを目的とした政策が実施されると思いますが、日本を含むさまざまな国の企業が進出している中、専ら中国企業への支援に偏り、自由経済がゆがめられることにならないよう願っています。

櫻井:私自身も、米中貿易摩擦が落ち着いたとしても、米中間の関係はステージが変わってしまい摩擦以前には戻らないだろうと予想しています。このような情勢の中で日本が果たせる役割とはどういうものだとお考えですか。

中村:TPP11で、米国の離脱にもかかわらず、他の参加国をまとめ上げた日本のリーダーシップは誇るべきだと思いますし、まさに今後も日本が発揮すべき役割でしょう。具体的には、米中の関係を取り持ち、両国間の対立をソフトランディングさせる手伝いができたなら、世界におけるプレゼンス向上にもつながると思います。ドイツは政権の力が低下していますし、英国はブレグジットで手いっぱいです。いま世界で一番政治も経済も安定している日本が、リーダーシップを発揮していくべきですし、世界もそれを期待しています。

櫻井:まさにその通りですね。TPP11(CPTPP)については、タイや英国などの国の参加の拡大等、日本がリーダーシップを発揮する「のびしろ」があるようにも見受けられます。私はというと「米国国内で高まる日本への期待」を興味深く見ています。先般、Foreign Affairs 誌で米国・中国を除いた「G9」という枠組みへの期待が取り上げられていました。日本をはじめ欧州・カナダ・豪州など米国の同盟国、米国と価値観を共有する国々が、「米国の空白を埋め」手を携えリーダーシップを発揮してほしい、そして米国を、共に、説得していってほしい。ひと昔前であれば、こういった発想はジョークの一つ、あるいは東京で生まれる発想でしたが、実際にニューヨークやワシントンで、まことしやかにささやかれているという点に注目しています。「自由貿易」や「グローバリズム」、それに移民であっても努力すれば富を手に入れられる「アメリカンドリーム」といった、米国が育ててきた価値観が損なわれつつある中で、日本をはじめとする同盟国に守ってほしいという期待があることは、今年(2019年)G20議長国を務める日本にも追い風となるはずです。

中村:米国自身が、トランプ大統領の政策の影響を正しく把握することが必要です。鉄やアルミへの関税引き上げによって、米国内の製造コストが上がり、そのツケがいずれ消費者にも回ってきます。WTOについても、いま役割を果たせていないから「不要」と決め付けるのではなく、枠組みの必要性や脱退した場合の影響を想定することも大切ではないでしょうか。

櫻井:トランプ大統領が脱退を唱える中、日欧が米国を巻き込んでWTO改革を進めようとしていますね。トランプ大統領の勢いもうまく利用して、一筋縄ではいかないWTO改革を軌道に乗せていくという発想も大切だと思っています。

中村:私もその考えに賛成です。中国も含めたオープンな交渉の場で、米国が共同歩調を取ることが望ましいと考えています。

櫻井:その一方で、交渉戦術と通商戦略が入り乱れて、この状況を抜本的に解決していくのはそう簡単ではないですよね。一例を挙げますと、米国の中間選挙の前、中国が米国産大豆を大量に購入することなどを条件に、制裁関税の中止を米国に求めました。交渉はいったんまとまるかにもみえたのですが、トランプ大統領は最終的にはこれをノーと突っぱねたのです。そこへすかさず、EUが「米国産大豆は欧州が買いましょう」と提案。国内の農家からの批判を恐れたトランプ大統領はこの案に同意し、自動車関税の引き上げを一時凍結しました。ホワイトハウスも本来であれば農家からの批判を受けて対・中国戦略を見直すことになるはずですが、米欧合意により批判の声は一時的にせよ、収まってしまいました。EUの情報収集力の高さや外交巧者ぶりがうかがわれますが、少し俯瞰(ふかん)してみると、トランプ政権の二国間協議を優先する戦術に乗せられているようにもみえます。「G9」という発想が出てくることについても、「米中が参加しない枠組みはあり得ない」との指摘もありますが、こういった考えが生まれること自体が、日本の外交が新たな局面を迎えていることを象徴していますね。


中村:歴史を振り返れば、米国と日本は経済面での衝突を乗り越えてきました。正面対決は誰も長期的な勝者になれないことを自覚してもらい、日米のようにうまく解決する、その方法の模索、提示こそが「今こそやるべき」2019年の日本に与えられた使命かもしれません。

社会の変化に対応できる人材を育て、活かす商社


櫻井:会長の「今こそやるべき」というご発言は、AIやIoT等の技術革新などわれわれを取り巻く変化が一時的なものではなく、不可逆的なものだからこそ、雇用機会の喪失など予想される不都合な真実に対しても、目を背けずに立ち向かっていくのがリーダーのあるべき姿であるという決意の表れとお見受けします。

中村:AIやIoTで失われる雇用もあるかもしれませんが、新たに生まれる雇用もあります。要は生産性向上に、それらをどう活用していくかということです。誰も経験したことのない変化が次々と起きてくるわけですから、それがどのような影響をもたらすのか、過去の経験で乗り切れるのかを自問しつつ、過去のルールが通用しない全く新しい世界への対応を迫られていることを肝に銘じねばなりません。

櫻井:国家の存在意義も問われますね。

中村:ビジネスについても同様です。国境や業界の境目がなくなり、次々と生まれる新たなビジネスモデルに対し、どのように対応していくのかが問われています。

櫻井:日本の政府やビジネス界の変化に対するスピード感をどのようにお考えでしょう。

中村:スピード感のある対応ができている、とは言い難いですね。例えば、キャッシュレス決済では、後れを取っていると感じます。今後、国際的に、ビジネスのみならず社会生活においてもAIやIoTの利用が急速に進みますから、日本もキャッチアップする必要があります。

櫻井:先日、インドに長く住む日本人の方に話を伺う機会がありましたが、ついにインドの農村部で、とりわけ女性を中心としてIT・キャッシュレス革命が起きているそうです。彼女たちはタブレットを使って預金管理やビジネスまで始め、さらには十分ではなかった英語教育をネットを通じて遠隔授業で受けて補うようにもなったそうです。これは真の意味でインド経済の爆発につながるのではと言っていました。中国も「中国製造2025」を掲げイノベーションに重点を置いています。日本は遅れていませんか。

中村:その通りです。

櫻井:日本政府に何を求めたいかお考えはありますか。

中村:今の日本は、消費税増税や社会保障費の負担増加など、将来への不安が高まっています。だから賃上げをしても個人消費が増えません。今こそ企業における中期経営計画のように、国民の不安を根本的に解消するためのビジョンや財政健全化へのロードマップを示していただきたいと思います。

櫻井:新しい時代における商社各社の役割はいかがでしょう。

中村:業界のボーダーレス化はどんどん進んでおり、5 - 10年後には業界というくくり方がなくなると予想しています。例えば自動車業界も自動車を売るのではなく、モビリティの提供が役割となります。CASE(コネクテッド / 自動運転化 / シェアード / EV化)と呼ばれる変化が起き、自動運転にはGoogle、シェアビジネスには金融関係企業など、他業種からも次々と参入してきます。いまは、このような変化があらゆる業界で起きている時代です。その中で、あらゆる業界に突き刺さっている商社は複数の産業を「コネクト」し、全く新しいビジネスを創造する、そして日本経済をけん引していく役割を担っていると考えます。そこでビジネスをコネクトできる人材が求められます。ご存じの通り、「商社は人」といわれてきましたが、さらにこれからは、広い分野に精通し、つなぎ合わせる発想ができる人材を育成する必要があります。

櫻井:いろんな分野でビジネスモデルが変化していることは、就職活動中の学生にも戸惑いを与えているのではないかと思います。広く産業をまたがってビジネスをする商社は、入社後の選択肢が多いという点で魅力的に感じられそうだと思っていますが(笑)。

中村:就職活動も変わってきたと実感しているところです。私が学生の頃は、それこそ「商社業界」に対して興味を持っていました。ですが、最近では何の仕事をしたいかという動機が最初にあり、メディアビジネスに関心がある学生は業種を超えて商社とマスコミを志望したりするそうです。学生の皆さんがここまで具体的に考えていることに驚いています。


櫻井:ところで、最近は人生100年時代といわれています。商社人材の活躍の仕方も変わってきますか。

中村:人手不足といわれていますし、定年延長等もささやかれている中、シニアの活用は今後不可欠です。切り口は変わりますが、当会では、NPO法人国際社会貢献センター(ABIC)を設立し、商社OB・OGの経験や能力を、地方自治体や中小企業の支援、人材育成の場に活かしていただけるようにマッチングを進めてまいりました。活動会員数は2,800人を超えています。先輩方の活躍をいま以上に拡大していくことも2019年の目標としています。

櫻井:ワークライフバランスという考え方も、会長が経営企画部長でいらした10年以上前からすでに繰り返し、唱えていらっしゃいましたね。

中村:私自身、働くことがあまり好きではなかったので、そういった発想を持ったのかもしれません(笑)。目の前の業務に追われて、時間を費やす働き方ではクリエイティブな発想は生まれないと考えています。やはり「健康経営宣言」にも表れていますように、心身共に健康で、余裕を持って働くこと。これが「いい仕事」をする秘訣(ひけつ)だと昔から考えています。住友商事でも働き方改革として、テレワークを導入(在宅勤務・サテライトオフィス勤務)しました。また本社移転に伴い、オフィスレイアウトにも「いきいき、わくわく働くことができる」仕掛けも施しています。「働き方そのものを変える」ことを意識し、努力することが、日本の企業にはますます求められていくでしょうね。

櫻井:先日拝見しましたが、(オフィス内に設置された)卓球台にはとても驚きました!従業員の健康に配慮し、きめ細かく対応していく企業姿勢は大切ですよね。

新たな時代にも受け継がれる精神を

櫻井:最後に、2019年の日本貿易会としての抱負をお聞かせください。

中村:やはり2019年は商社・貿易を取り巻く環境が大きく変化する一年だと捉えています。そういった局面だからこそ、世界情勢にアンテナを張り、会員各社が進むべき方向性や、望ましいビジネスの在り方について、正しく情報を発信していきたいと思っています。また商社を支える人材の育成という点でも必要なサポートを提供するとともに、ABIC活動につきましても、一層の充実を図ります。

櫻井:改めて、2019年は平成を総括する一年になります。さらに2020年の五輪に向けた大切な準備の年ということで、節目を迎えます。新しい時代に期待することも教えていただきたいです。

中村:現在の世界情勢は必ずしも楽観視できるものではありませんが、豊かな社会を築く努力も世界で進んでいます。2015年に国連総会で採択された「持続可能な開発目標」(Sustainable Development Goals=SDGs)では国際機関や各国政府、NGOだけでなく企業が事業機会として取り組むことで、民間セクターの力をこれまでにない形で発揮し、困難な目標達成につなげようとしています。日本は100年企業が世界一多く、自分たちの利益が国の利益、社会の利益と重なるよう仕事をしてきました。「三方よし」の考え方はまさにその神髄ですが、この精神はSDGsの目標達成にも発揮してほしいと思います。最後に2019年が夢と希望を持つことができる、明るい年になってほしいと心から願っています。

櫻井:ワシントンに赴任する直前だったでしょうか、「サクラマスの滝登り(青森県)」の動画を会長から見せていただきました。サクラマスが必死に滝越えをしようと、一度ではうまくいかなくてもジャンプを繰り返す姿を見て、あの日以来、つらいと感じた時には「サクラマスの精神」を思い出して奮起してきました。会長も予想されている通り、2019年は簡単な一年ではないと思いますが、わたしたちを取り巻く逆境に「サクラマスの精神」を持ってチャレンジし、前に前に進んでいく姿勢で未来に臨みたいですね。本日はお忙しいところありがとうございました。

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