北京から見た貿易摩擦

三井物産 北京事務所
経済研究室 主任研究員
岸田 英明

「我が国は今、安全保障と経済の両面で米国から空前の圧力を受けている」。北京のシンクタンク研究員の言葉で、この認識は中国で広く共有されている。安保上の圧力とは米国によるインド太平洋諸国との協力推進や台湾との関係強化、経済は制裁関税や中国企業の対米投資監視強化等を指す。中国では「米国は中国の発展モデル自体を敵視しており、摩擦は長期化する」との見方が支配的になっている。

貿易摩擦への対応として、中国では米国債売却等の強硬措置を含む主戦論と、一定の妥協はやむなしとする協調論とが提起されてきたが、米側の本気度が明らかになるにつれ、主戦論は下火になっている。足元ではダメージコントロールの動きが進む。まずは経済の防衛だ。今回の貿易摩擦の中国経済への影響は限定的であり、関係当局も「輸入先の多角化や代替飼料の導入で(輸入減少が見込まれる)米国産大豆の不足分は完全に補える」「そもそも中国経済は内需主導へ転換している」といった強気のメッセージを発している。だが今後影響が広がるリスクは残り、また株安に象徴される市場センチメントの悪化が続けば、消費や企業投資が冷え込むリスクが高まる。そこで中国は、米国が通商法301条に基づく対中制裁関税を発動させた7月以降、公共投資の拡大や金融緩和等の景気対策や人民元安抑制措置を相次いで打ち出している。

二つ目は政権の防衛だ。習近平政権の強国宣伝や強国化戦略は「米中摩擦を悪化させた」との批判を受け、軌道修正を迫られている。2018年3月公開の記録映画「すごいぞ、我が国」はその典型例で、「中国の技術進歩は著しい」「習主席は国際舞台の中央に立つ」等の自賛が満載。党員の動員で興行は成功し、ネット配信でも視聴者を集めていたが、当局の指導によって現在は配信が止められている。また政権肝いりの「中国製造2025」戦略は、その不透明な補助金政策や知財侵害の問題、基幹部品の国産化率目標等が米国から批判され、今春以降宣伝が抑えられている(戦略の推進は続いている)。「国民の強国意識を肥大化させ、米国の警戒を招いた」といった国内の批判の矛先が指導部に向かわないよう、中国当局は情報統制を強めている。だが今後も摩擦が悪化し、その影響が拡大すれば、政権基盤が不安定化する可能性もある。

この他注目されるのは、中国の改革推進派から「米中摩擦を国内改革加速の好機に」との声が出ている点だ。遅れが目立つ国有企業改革や欧米が求める知財保護の強化等で、外圧を利用して改革を加速させ、欧米を懐柔しつつ、中国自身の更なる発展に不可欠な環境整備を急げ、との主張だ。一方で対外的には中国は日本を含む周辺国やEUとの関係重視へと傾いている。この流れの中で、中国が海洋問題で自制的に行動したり、一帯一路関連プロジェクトの透明性を高めたりできれば、日中が推進する第三国経済協力にとっては追い風になる。米中摩擦は企業活動や世界経済にマイナスの影響も与えるが、外資企業にとっては中国ビジネスの環境改善というプラスの影響も期待できるといえる。

(本稿は2018年8月30日に入稿いただいたものです)

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